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背中からベッドに倒れ込む。ちょっとしたパーティは髪をあげなくてもいいのよとパーバティが教えてくれたので今日はハーフアップで済ませていた。まあさすがにこうして寝転んじゃダメだろうが。でも昼間の寮監のお叱りのせいでもうヘトヘトだった。こうして着替えて化粧も終えたくせに行きたくないな〜という気分になっている。ネビルに悪いから行くけどさあ。
いまいち気乗りしない気持ちで横たわったまま、ドレッサーに腰掛け、念入りに粉をパフではたいているハーマイオニーをぼんやり見つめる。彼女とは夕食時に大広間で合流したが、その時にはすでにいつも通り──いや、いつも通り以上だった。ロンの前で「コーマックとパーティに行くのよ」とか「本当にいいクィディッチ選手が好きなの」とか綺麗に微笑んで言っちゃって。あの時の笑顔、とびきり輝いてたね。おたんこなすのロンはかなりショックを受けていたが、私としてはざまあみろだ。
険しい顔で桃色の口紅を引くハーマイオニーからはロンを絶対に後悔させてやるという意気込みが伝わってくる。いい闘志です。怒らせると怖いことで有名なグレンジャー選手。多少むかつく男も復讐のためなら利用してみせます。手段は選ばない。恐ろしいです。おっと選手、ここで口紅をポーチにしまった。化粧は終わったようです。次は髪の毛のセットに取りかかります。今回用意された直毛薬は三本。一昨年に比べれば可愛い量です。
「そういえば、あの後暴れたんですって?」
「ちょっとだけ」
暇だったので身支度をするハーマイオニーを内心で実況していると、不意に尖った空気が和らいだ。ハーマイオニーは一本目のクリームを手の平に全て出し、髪に塗りながら鏡越しに私を見た。ちょっと面白がるような顔つきをしている。
「私だけ宿題倍だって」
「バカね、軽率なことするから」
「……お言葉ですけど」
吐き出されたのは心底あきれ果てたという声音だ。私は少しムッとしてしまったのを隠さず、起き上がって机に並べてあった直毛薬を手に取り、蓋を緩める。パキという音の後に、ワックス特有の香りが鼻をついた。次いで残った最後の一本も同じようにして机に戻す。
「当て付けでマクラーゲンを誘うのはバカじゃないんですかね?」
「なんのことかしら」
髪にクリームをなじませながらハーマイオニーは雑なすっとぼけ方をした。当てつけにクラムはまだ分かる。クラムは(少し重いけど)いい人だし、世界的有名な選手でなおかつ当時は代表選手だった。当て付けにぴったりだ。でも今回はあのマク、マクラーゲンよ? ドクシー卵ドカ食いして入院したという肩書きしか持たないコーマック・マクラーゲン……いやマクラーゲンて。絶対後悔するよ。そっちのが充分軽率。こんなの未来を知ってなくても分かる。今からでもほかの人に変えちゃえばいいのに、シェーマスとか。
しかし今更言っても無駄だろうな。私は少し乱れた髪を手櫛で適当に整え、ヘアセットに勤しむハーマイオニーを残して寝室を後にした。
談話室へ降りるとネビルはもう待っていた。談話室の中でも一際輝くその姿に思わず階段の途中で立ち止まる。
今日のネビルは一昨年とは違って、蝶ネクタイではなく、シルバーグレーのアスコットタイに金の細いタイリングしている。それに落ち着いた黒のジャケットの裏地には、よく見るとペイズリー柄が入っていた。一見すると同系色で控えめだが、反射によって薄い蒼で発光している。
ネビルはグリフィンドールの中でも上背がある方で、体格だってかなりいい。だからきっとこんな難易度の高そうな服もちゃんと着こなせていて、その分普段よりさらに立派に見えるのだろう。それなのになぜか威圧感はなくスラッとしていた。片方の前髪を耳にかけてセットしているのも可愛くて似合ってるし。ま、眩しい、なにあの存在。
近寄るのを戸惑うほどスマートに完璧な親友を見て、私は堪らず両頬を抑えて「やだ!」と叫んだ。
「ネビルかっこいい! 知ってたけど!」
「知ってたって。エレナとパーティに行くって言ったらばあちゃんが送ってくれたんだ、父さんが昔着てたやつだって」
「お父さまのなの? じゃあ写真撮っておかなきゃだ」
「うん、エレナも綺麗だしね。僕も知ってたけど」
「やだもう、そんなことサラッと言っちゃってさあ。恥ずかしい」
「エレナが先に大声で言ったんじゃないか」
ニコニコ照れあっていると、どこからか揶揄うような口笛が聞こえてくる。多分ディーンなので無視した。
談話室にはパーティに参加するためにお洒落をした生徒が数人いた。意外なことにマクラーゲンも既に暖炉近くの椅子で待機している。時刻はまだ七時四十分。パーティは八時からだし待ち合わせ時間には余裕があるはずだ。一応そういうところはしっかりしてるんだな……見くびりすぎていたかもしれない。反省しながら寮をでる。
「どうしてスラグホーン先生は急に係の仕事をなくしたのかな?」
「さあ、なんでだろうね」
「エレナ、あの時先生となにしてたの?」
「授業の質問しに行っただけだよ」
七階のパーティ会場とされた部屋からは、早くも笑い声や軽快なジャズのような音楽が聞こえてきていた。扉を開けるときらびやかな光で一瞬目が眩む。部屋の中にはエメラルドや紅、金色の垂れ幕がいくつも垂れ下がっていて、個室というよりテントみたいだった。いつもより広くみえるのはきっとそういう魔法を使っているからに違いない。それでも大勢の招待客がいるせいか室内は窮屈で、熱気に満ちていた。
「ドリンクはいかがです?」
「いただきます、どうも」
大きな銀のお盆を掲げて客の膝下あたりを動き回る屋敷しもべ妖精から二人分の蜂蜜酒を受け取る。生徒にウェイターを頼まない代わりに彼らを採用したらしい。ハーマイオニー、この状況どんな反応するかな……これなら生徒に頼めばよかったのにって憤慨されたらどうしよう。黒幕が私だとバレなきゃいいな。
「うわこれ……本物の妖精?」
「みたいだね……」
「やあ、エレナに、アー、……ネビル?」
「こんばんは!」
天井からぶら下がるランプの中に閉じ込められた生きた妖精に引いていると、スラグホーン先生が私たちに気付いた。ちゃんと名前を覚えていることが嬉しくて他意のないにっこりが溢れる。愛想のいい私に、先生は小さく息を吐いた。
「ネビル、きみは薬草学が得意なんだってね?」
「えっああはい、好きです──」
「あちらにおられるのは──ご存じかな、フィリダ・スポアの血縁である有名薬草学者の──」
先生の言葉の途中でネビルはもう目を輝かせていた。そんな彼の様子にちょっと驚きながらも、スラグホーン先生はすぐに微笑み、「紹介してあげよう」と彼の背中に手を回した。
「い、いいんですか? 僕、あの人の本もう何回も読み直したんです──」
「ほうほうほう! 本当に熱心なんだな、彼もきっと喜ぶだろう」
「……、……すみません、ちょっと私、お手洗いに──」
来たばかりなのにおかしいかなと思ったけれど二人は特に気にしなかった。というより聞こえてなさそうだ。
二人から離れつつ、先程受け取ったグラスの中身を一気飲みした。キツいアルコールが一遍に頭へ回り、目の前がくらくらする。空になったグラスを近くのテーブルに戻してから、私は垂れ幕やおめかしした人たちの間をすり抜けて部屋から出て、上の階へと向かった。
明かりもろくにない廊下をフラフラと進み、そうして辿り着いたのは去年何度も行った場所──こん棒を振りかざすトロールの肖像画の前だ。
向かいの壁を振り返った途端、示し合わせたようになにもなかった壁から扉が浮き上がった。真鍮のドアノブが勝手に回り、扉が少しだけ開く。私は静かに扉横の壁に背中を預けて身を隠した。冷たい壁にドレスで露出した肩や背中が触れ、火照った体には心地いい。
中の人物は外に人がいないか長いこと警戒していた。しかし死角の私が見えるはずもない。一分ほど待っていると、扉が動き出した。すぐ閉じれないくらい大きく開いたタイミングで、横から扉を掴んで無理やり押し開く。部屋から出てこようとしていたその人は驚愕の表情を浮かべて私を凝視した。
「どうしてお前が──」
「静かに、フィルチが来るから」
黒いシャツで覆われた胸元を押して彼を部屋の中に戻す。彼は私が部屋前にいたことによほど動揺していたらしく、部屋へ侵入するのは思いのほか容易で、背後で扉が閉まる音に第一関門クリアだと笑みを浮かべた。
「さっきミセス・ノリスが見回ってるの見かけたんだ」
「……そうか」
高窓から月明かりが射し込んでいる。今日は満月で、珍しく雪の降っていない静かな夜だ。明るい月光は煩雑に高く積み重なった家具やガラクタ、禁書の山を薄っすらと照らしている。
青白い月明かりを纏った彼──ドラコは、いつにも増して顔色が悪く見えた。今にも倒れてしまうんじゃないかと不安になるほど。それでもドラコは気丈な振る舞いを見せ、怪しむ目付きで私を見つめている。彼は私を部屋の奥に行かせたくないらしく、通せんぼするように目の前に立ち塞がっていた。
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