11



 毛を逆立てる猫のような彼に安堵して小さく笑う。パーティ、来て良かったな。じゃなければ、このことを──ドラコがフィルチに引っ張られてくることを、私はきっと思い出せなかった。

「……スラグホーンのパーティか」
「そう、人酔いしたから散歩してたの」
「誰と来たんだ?」
「ネビル」

 ドラコはまじまじ私の格好を見下ろして少し含み笑いをした。それがなにわらいなのか分からなかったけど、私もつられて笑う。アルコールのせいで少しだけふわふわした心地だった。

「ドラコはここでなにしてたの?」
「きみには関係ない」

 訊かれることを想定して身構えていたのか、ドラコは間髪入れずきっぱり言った。これ以上踏み入ってくるなという拒絶のオーラをビシバシと感じる。腕を組んだ彼は私と視線を合わせようとはせず、ツンとそっぽを向いていた。

 ドラコがこちらを見ていないのをいいことに、そっと自身の両手を握り締める。酔っていても、さすがに緊張するらしい。心臓が早鐘を打つのが他人事のようで、少し面白かった。
 私はできるだけ静かに空気を吸い込み、そのままぐっと息を止めた。目を瞑り、数秒待って、不自然にならないように注意しながらも深く吐き出す。

「関係あるよ」

 沈黙を破って静かに切り出した声は、自分でも笑ってしまいそうなくらいいつも通りだった。

「ドラコのことが好きだから」
「……、……は──」
「『特別』だと思ってるから心配なんだよ」

 どろどろと濁った薬瓶の並びを感慨なく見つめ、細まっていた彼の瞳がゆっくりと見開かれる。一拍置いてドラコはサッとこちらを向き、薄く開いた唇が僅かに震わせた。

「お前──それは──……本気で言ってるのか?」
「冗談なんて言わないよ」

 お酒飲んでてよかった。ほっぺがそれなりに赤いことだろう。ついでに仕草も恥ずかしがった方がいいかもしれないと、私は少しだけ顎を引いて視線を斜め下に落とす。当然気恥ずかしさは一切なく、心にあるのは罪悪感だけだ。


──『自分は特別なんだっていう確証が……』


 ハーマイオニーから教えてもらった、ドラコが何を考えているかを参考にした結果がこれだ。ならば特別であるとこちらから改めて伝えれば、ドラコも頼ってくれるようになる……かもしれない。酔っ払い特有の短絡的で極端な思考だと自分でもわかっている。でも試せることは試しておきたくて、私はこんな愚かな行動へとでていた。特別、つまり恋人になれたなら──……

「(まあフラれたら計画は失敗になるけど……)」

 そうしたらオブリビエイトしてしまおう。でもそれはたとえフラれなくてもするんだが。だって私に告白されたって事実自体が本来のドラコには不要なものだ。
 ともかく、一時だけでもいいから恋人関係になれればドラコも少しは私に事情を話しやすくなるだろう。そうすれば彼の負担がなくなるだけではなく、私も力になることができる。一石二鳥だ。ドラコの気持ちを利用するという最悪のデメリットはついてくるけど、そこは恋人期間の記憶もちゃんと消すから許されたい。

「ドラコはどう?」
「ど、どうって」
「私のことどう思ってる?」

 一歩近付くと、ドラコは大袈裟に肩を跳ねさせて大きくあとずさった。だがすぐにテーブルにぶつかり、その振動でテーブル上に積まれていた物がいくつか床に転がる。爪先がくっつきそうなほど距離を縮めると、硬直していたドラコの喉からカエルの潰れたような音がした。隈は相変わらずひどいけど、突然頬に血の気が戻ったおかげか健康的にみえなくもない。……顔が赤いってことは期待してもいいのだろうか。幻滅させてしまったことで、彼が抱いていた恋愛感情はもう消え失せてるんじゃないかと思ってた。ちょっと意外だ。

「(……一途な人だな)」
「な、んで、そんなこと聞くんだ」
「一応告白したつもりだったんだけど……返事訊くのってそんな変かな」
「こっ」

 ニワトリを絞めたような奇声を最後に黙り込んでしまった。手持無沙汰になったので後ろ髪を触って意味もなく梳かす。首横から前に流して手を滑らせ、指の間に残った毛束の先を指先で擦るようにいじった。
 控えめな咳払いの音に髪から手を放して顔を上げる。目と眉の間を狭くして真剣な表情を作りつつも、その頬はまだほんのり紅色に染まっていた。

「もし──もしだが……もし僕も同じだと言ったら……お前は──?」
「もちろん、恋人にしてほしいよ」
「……、……恋人っていうのは、その──」

 ドラコは息を詰まらせたが、やがて意を決したように口を引き結び、緩慢な動作で手を伸ばして私の首元に指先を添える。その手が恐る恐るといったふうに顔の方へと動いた。擽ったかったけれど、少しでも動けばドラコは逃げてしまいそうな気がしたので私はなんとか身震いを耐える。
 長い時間をかけて、その手はやっと私の片頬を収めた。ゆっくり顔が上に引き寄せられ、鼻が触れ合う寸前で止まる。

「……こういうことをするんだと、わかって言ってるのか?」
「分かってる。……ドラコがしてくれることなら、なんでも嬉しい」

 我ながらすごいセリフ。笑ってしまいそうになるのを、なんとか耐える。お酒の力なしじゃ恥ずかしくてとても言えなかっただろう。
 しかしよくもこう、スラスラと……自分じゃない人間が勝手に口を動かしているような、そんな現実味のない感覚だ。ていうかそんなことも知らないと思われてるんだ、私。ドラコは好きな相手には結構夢を見るタイプなのかもしれない。

 失礼な分析をしていると、不意に目の前の唇がぎゅっと噛み締められて思わず目を見開く。なにを思ってドラコは今そんな悔しそうな──

「ド、」
「──僕も好きだ、エレナ」

 あ、久しぶりだ、名前呼ばれたの。

 名前を呼ぼうとした声と被せるように囁かれ、呼吸ごと吸い込まれた。










 長い時間──そうはいっても実際は数秒だろう──合わせられるだけだった唇が静かに離れ、すぐに首のあたりへドラコの顔が埋まる。息がかかってくすぐったかったけれど今の顔を見られるよかマシだなと思った。

「手を」
「えっあ……はい」
「……左手なんだな」

 促されたので左手を上げると、どこか苦々しい声音とともにするりと握られる。特に何も考えてなかったけど何か問題だっただろうか。右手に変えたほうがいいのかなと考えていると、「ドレス」と耳元で小さい呟き声がした。

「よく似合ってる。あの時も綺麗だった」
「あの時って一昨年の話?」
「ああ。……あの姿のきみと一緒に踊りたかった」

 いや、だってあれはレベッカがさあ……。拗ねた声に言い訳をしようとしたが、それよりも先にドラコは「そういえば、あんなに顔近付けて何してたんだよ」と言い始めた。何の話だ。

「あのボーバトンのパートナーと。ダンス前の食事の時だよ──なにかしてただろう」
「……あー、あれね。うわ、よくそんなこと覚えてるね」
「うるさい。いいから、なんだったんだよ?」
「……、……いや、別に……ただ目を見せてもらってただけ」
「目? なぜ?」
「……私が髪ばっかり見てたから」
「どうして髪ばっかりを……」

 そんなに突っ込んでくれなくていいんだけどな。私が話しだすのを待っているのが伝わってきたので、私は観念して「ドラコと似てるなって思って」と白状した。そうすると、今度は私がドラコが喋りだすのを待つ番だった。
 抱き締められたまましばらく大人しく待っていたけれど、ふわりと漂ってきた香りにスンと鼻をすすって肩口にすり寄る。いつもの香水に混じって仄かにリンゴの匂いがした。いい匂い、ドラコの香水甘いのに爽やかだから好き。シャツに化粧がつかないように気を付けないと……ああ、でもこうしていると安心するし、なによりあったかくて眠くなってくる。

「お前、お前な……」
「ドラコ?」

 聞こえてきた溜息は深いしその後に発せられた声はなんか責めたそうな声だし。なんなんだと困惑して顔を見ようと身動ぎしたが、左手が少し痛いと感じるくらいに握り締められ、腰に回っていた腕にも力が篭る。

「頼むから、そういうの──あとそれも──本当にやめてくれ……錯覚しそうになる」
「抽象的すぎてなんも伝わらないんだけど……錯覚ってなに?」
「……きみが、本当に僕のことが好きなんじゃないかって……そう思いたくなるってことさ」

 言葉の真意を尋ねようとした口の形のまま動きが止まる。声が出ない、口が動かない──いや、口どころか指先、眼球でさえも凍ったように動かなくなっている。それでも背中に意識を集中させると、さっきまでは気付かなかったが、杖を当てられているんだと分かった。無言呪文でなにかされたんだ。

「僕は最低だ。きみの告白がうそだと分かっていてあんなことをした」
「(そんなこと──)」

 全部が全部まるきりうそというわけじゃないのに。
 愁傷さが滲む声を聞いて咄嗟にそう言いそうなって、魔法がかけられてることに安心してしまった。この弁解は聞こえていた方がいいのかもしれないけど、それでも聞いてほしくないような矛盾した気持ちに駆られる。しかしなんにせよ、早く魔法を解いてもらわなきゃ。なんとなく嫌な予感がしていた。

「きみは前、僕を『闇の魔法使いじゃない』と言ってくれた。けれど、もう本当にそんなことを言ってもらえる資格はなくなってしまった」

 ドラコは「さいていだ」と繰り返す。きっとケイティのことを悔やんでいるんだ。それならまだきっと間に合う、だから……今度こそ声が出ないことがもどかしいとはっきり断言できた。杖なしじゃ魔法は使えない。せめて杖を手に持っていれば……。

「『巻き込みたくない』と言っていたきみの気持ちがやっと分かった、気がする。……うそをついてまでこんな僕を助けようとしてくれてありがとう──でも、もう僕にそんな価値はない。ないから──……」

 グッと息を呑む音がして言葉が止む。私は心の中で解除魔法を何度も唱えたが、依然として体は動かないままだし、自嘲気味な声音が改善されることもなかった。

「……きみは僕の初恋だった」

 事態が何も好転しないまま長い沈黙が流れ、やがて後頭部に杖が押し付けられる。

「もう僕を助けようとしないでくれ」

 うなじのあたりが熱くて濡れている。
 吐き出される湿った声色をどうにかしたいのに、私にはただ聴くことしかできなかった。





「──オブリビエイト」
 

- 170 -
 ←前 次→
 back
 >>HOME