11.5



 親友がいない。

 ネビルは屋敷しもべ妖精が次から次へと勧めてくる食べ物を丁重にお断りしながら部屋の中を見回した。やはり見慣れた金髪はどこにも見当たらない。結構前に『お手洗い』と言っていたような気もする。

 それなら、とレースカーテンのほうを見たけれど、その場所にハーマイオニーはもうおらず、代わりにコーマック・マクラーゲンがスネイプのローブに胃の中のものを吐き散らしていた。ネビルは相変わらず恐れ知らずだなと感心した。
 この前も、五年間エレナと同じ寮だったのによく素直に彼女の言うことを聞いたものだ。普段から馴染みある他の寮生だったら事情を尋ねるところを、コーマックはああもあっさり鵜呑みにして……あまり話したことはなかったが、彼は意外と素直な男なのかもしれない。でもエレナはどうも彼を毛嫌いしているようだし、コーマックが事情を尋ねたとしてものらりくらりと笑顔ではぐらかしていたかも。

 そんなことをぼんやりと考えながらそんな彼女を探すため、ネビルは廊下に出た。本当はハーマイオニーに手伝ってほしかったけれど見つからないから仕方ない。


 冬真っただ中の廊下は底冷えしていたが、部屋が暑かったためひんやりとしていてちょうどいい。ネビルはジャケットを脱ぎ片手に持って暗い廊下を歩いていく。途中管理人を見つけたのでエレナを見かけなかったかと訊いてみたが、いつも以上の仏頂面に「知るわけないだろう」と噛みつかれてしまった。

 指先がかじかみ、歯が勝手に震えはじめた。持っていたジャケットを再び羽織り、ネビルはちょっと泣きそうな気持で二の腕を摩った。エレナはいったいどこに行ったんだろう。倒れてるのではないか。そんな焦燥感で、寒いのにいやな汗が出てくる。
 もしかしたら入れ違いになっているだけでもう会場に戻ってるのかもしれない。そうだといいなと思いながら、ネビルは片足を下げて後ろに向けて体を捻って──ぎょっと瞠目する。

「イタチ……?」

 小さな守護霊が真後ろに佇んでいた。廊下に膝を折ってかがみ、つい癖で手を伸ばす。守護霊は実体がないから触れることはできない。けれど親友のフクロウはいつもすり寄ってくれるから。しかしケナガイタチは煩わしそうに小さな体躯を捻って迫る手を避け、身を翻して逃げていく。そうしてあっという間に廊下の端まで行ったケナガイタチだったが、その場で動きを止めた。くるりと再びネビルのほうに向きなおり、動かない。ネビルは獣のその立ち居振る舞いに、呼ばれているのと直感した。この守護霊が彼女のいる場所へと連れて行ってくれると、確証もなくそう感じていた。ネビルは守護霊の青い光を頼りに廊下を歩いていく。

 一定の距離を保ちながら歩いていて、ネビルはふと気が付いた。ここは八階──あの廊下を右に曲がると、去年通い詰めたタペストリーが飾られている壁がある。必要の部屋に連れていかれるのかと思いかけたが、イタチはネビルの予想に反して角を左に曲がり、空中に溶けて消えた。えっと困惑したネビルだけが静寂の中に残される。


 エレナとこのイタチはもしや何の関係もないんじゃないかと落胆しかけた。が、ネビルはすぐにその考えを改める。長い廊下の真ん中に位置するベンチの端にエレナが腰かけているのを見つけたからだ。ベンチの後ろの窓から覗く満月の白い光がエレナをどこか頼りなく染めていた。
 探し人を見つけた安堵からネビルの顔は明るく綻んだが、近付くにつれて彼女の異変に気が付く。呼吸は穏やかで、一見して見た目に異常はない。しかし──

「エレナ、エレナ」

 ネビルは腰掛けたエレナの前にしゃがみこんだ。眉根を寄せて顔を顰めながら性急に名前を繰り返す。数度の呼びかけでエレナはゆっくりと濡れた睫毛を持ち上げた。

「……ネビル?」
「エレナ、どうして泣いてるの?」
「え?」

 自分の名前を呼ぶ声は寝起きのせいか少し掠れていたけれど、概ね平常通りだった。しかしそれでも安心はできない。だって、泣いている。ネビルの質問にエレナはきょとんと目を瞬かせた。その拍子にまたぽろぽろと涙が落ちていく。エレナは虫を叩くような動作で片頬にぱちんと手を添え、頬から放し、手の平をまじまじ見つめて「なにこれ」と困惑した声を出した。そのまま目元を乱暴にこすりだしたので、ネビルは慌てて自身のハンカチを握らせた。

「だめだよ、お化粧してるのに」
「え? うわほんとだ、なんで?」
「なんでって……パーティだからでしょ?」
「パーティ? てか私ドレスだ、道理で寒いと思った」

 ネビルは判断に迷った。自分は揶揄われているのだろうか。悪戯好きの彼女のことだから、そうであってもおかしくはない。でも様子を見ていると、ネビルより揶揄っているはずの本人のほうがこの状況に戸惑っているようだった。演技が上手な方ではないから、きっとうそをついているわけではないのだろう。
 ネビルはそう結論付けて、「さっきまでスラグホーンのクリスマスパーティにいたんだよ」と説明する。ネビルはこの柔軟さはきっと無茶の多い親友のおかげで培われたものだなあと自分で思った。「さっきまで?」エレナは受け取ったハンカチに涙を吸い込ませるようして押し当てながら首を傾げる。

「……あー、そうだったような……? なんかだんだん思い出してきた気がする。宿題倍にされたのは夢ですか?」
「現実だと思う」
「つら……で、ええと、パーティ行って──たしか廊下にでて……」
「お手洗いって言ってたよね」
「え、そうだっけ。人酔いしたんじゃなかった?」

 そうだっただろうか。来たばかりだったから酔うほどかなと思ったが、口を噤む。どうあれば具合が悪くなるかなんて人それぞれだ。それにあの時はスラグホーンと話し込んでいたし、自分の記憶にもいまいち自信が持てない。ネビルはそうかも、と意見を翻した。

「じゃあここで休んでるうちに寝ちゃったってこと?」
「かも? お酒飲んでたし」
「じゃあ泣いてたのは……」
「……悪い夢でも見たのかな」

 エレナは自分で言っておいてあまり納得していなさそうだった。んーと間延びした唸り声を上げながら目を閉じ、思い出そうとしている。目尻にまだ残っていたのか涙が滲み、静かに頬を流れていった。

 夢の内容も気になるけど、ネビルはエレナがわざわざ八階に来たのかも不思議だった。七階の廊下にだってベンチはある。必要の部屋に行きたかったにしても、ほぼ目の前まで来てなぜ諦めてしまったのか。

「……帰ろう!」
「えっあ、うん」

 そこまで考えて、あと少しも歩けないくらい彼女は限界だったのかもという可能性に思い至り、ネビルは使命感に駆られて素早く立ち上がった。驚いた声をあげるエレナに手を差しのべて、ベンチから立ち上がらせる。それなら一刻も早く寮に帰さないといけない。こんな寒い場所にいたら具合が悪化してしまう。

「──あ、イタチって誰の守護霊か知ってる?」
「イタチ?……知らないなあ」

 ぐぐっと身体を解しながら、エレナは「ロンはテリアだしね」と悪戯っぽく口角を上げる。去年スミスが言っていたウィーズルのことを思い出してネビルも笑った。
 

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