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休み明けからは「姿現わし」練習コースがはじまった。十二週間、約三か月の講座だ。全講座が終わる四月の中頃に十七歳以上を対象とした本試験が行われるらしい。けれど十七歳になるのは夏なので、一応受講するとはいえ私にはあまり現実味のない話だった。
魔女になったからには、そりゃ姿あらわしは一度は体験してみたい。瞬間移動なんて全人類の憧れだ。けれど乗り気になれないのにはいくつかの理由があった。実技テストはまだまだ先なこと、それから内臓をシェイクされるのが正直かなりいやなこと。さらにいえばもう一つ、マグル学予備試験が迫ってきていることだ。変身術の授業の終わり、マクゴナガル先生に「ワイアット」と呼び止められ、絶対そのことについてだと察して見られない角度で顔を歪める。
「予備試験の勉強は進んでいますか」
「えー、まあ、そこそこですかね……」
「完璧になさい」
やっぱそうだったー。
ばしっと言われてしまい、つい項垂れる。進行状況としてはバーベッジ先生からいただいた参考書がもうすぐ終わるくらいだ。完璧というからには何周かしておけということだろう。
「それから試験日である三月一日、ホグズミードへ出掛けることは誰にも言わないように」
「どうしてですか?」
「本来ならホグズミード休暇を設ける予定だったのですが、あのような事件が起こった以上、生徒の外出は極力控えるべきだと学校で判断したからです」
ケイティが呪われたことで、ホグズミードですら安全とは言い切れなくなってしまった。そんな厳戒態勢を敷いている現状だというのに、私は特別措置を取らせてもらってしまったらしい。動揺する私の表情に何を思ったのか、マクゴナガル先生は「当日の移動は護衛がつきますのであなたの安全は確約されます」と安心させるように微笑んでくれた。いやそうじゃない〜これは持論だけど日本人は特例扱いが苦手……。
申し訳なくなったので「やっぱり今年は見送ろうかな」といったことを仄めかすと、先生の眉が高く吊り上がり、瞳がキラリと光った。アッ絶対余計なこと言っちゃったなこれ。そんな予想を違わず、先生は休み時間が終わるギリギリまですぐに受験して資格を取得しなさいあなたは若干の怠け癖があるのですから早ければ早いほどいいですと説教交じりに懇々と説明した。
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そんなわけで予定通り迎えた試験日。ネビルから応援の言葉もらい、私は早朝こっそり談話室を後にした。今更言うまでもないと思うけど、私の中でネビルは“誰にも”に含まれない。そんなことマクゴナガル先生も当然ご承知の上だっただろう。……違ったかな。まあネビルは言いふらしたりしないし大丈夫でしょ。
「やあエレナ、久しぶり」
「護衛の人ってトンクスだったんだ!」
麗らかな澄み切った初春の朝。花信風がそよぐ正門前に立っていた懐かしい顔に笑顔がこぼれる。最後に見たときはショッキングピンクの髪色だったけれど、今は落ち着いた茶色になっていた。大人っぽくて一瞬誰か分からなかったから髪の影響って偉大だなあと感心する。私も染めようかな。
思わぬ知り合いの登場にはしゃぐ私とは対照的に、トンクスは言葉少なに頷くだけだった。そしてむっつりとした真顔のまま「誰かに見られる前に行こう」と歩き出しす。あれ、こんなにクールビューティーな人だったっけ。さっさか進んでいくその背中を慌てて追いかけて隣に並び、そっと彼女の横顔を窺う。あまり寝れていないのかどこか不機嫌そうな目付きで、肌も少しくすんでおり、ひどく疲弊してみえた。トンクスはきっとホグワーツ周辺の警護を任されてるんだろうけど、ろくに睡眠時間を確保できないほど忙しいのかな。……それともなにか心配事でもあるのか。
「さあ、ここだよ──うん、きっかり十八分前」
「きっかり……?」
「それじゃあ、頑張ってね」
三本の箒の斜め前に位置するログハウスの前でトンクスが立ち止まった。マントから歪んだ形の懐中時計を取り出し、折れ曲がった分針を見て満足そうに呟いた。彼女は今日初めての笑顔を見せながら、「出てくるまで三本の箒で待ってるから」と続ける。笑うのが久しぶりなのか、固まった頬の筋肉を無理やり動かすようなぎこちなさだった。
「(……なるべく時間をかけて問題を解こう)」
そんなことを決意しながら、私は試験会場へと足を踏み入れた。
試験はクリップボードを持った魔女二人に見守れられて実施された。実技を含め三時間だ。筆記のほうはこれがなかなか意外と難しく、テレビの原理とかガスコンロの仕組みを説明しろとか、馴染みはあってもいざ聞かれると分からないことや、銃の構造についてなど全然馴染みがないものまで出題された。舐めプしてノー勉とかしなくて本当によかった……。
実技一つ目のダイヤル式電話を正しく使用できるかを試験した後、別部屋に通された。魔法をかけられているらしく、室内は広く、駅のホームを完全再現している。券売機で切符を買って改札を通ってちゃんと電車に乗れるかのテストだった。
「実技で杖を一度もとりださなかった受験生は珍しいですね」
試験を一通り終え部屋を出る直前、背後で試験管の魔女が意外そうにそう話すのが聞こえた。
「ミネルバから聞いたけど、マグル育ちの子らしいわ」
「なるほど! だからあんなに落ち着いてたんですね」
これ私聞いていい会話なの? だめな気がしたので急いで扉を閉めた。
足早にログハウスを出て、外の窓からカウンター席にいるはずのトンクスを確認すれば、彼女は隣に座る誰かと話し込んでいるようだった。私からはちょうど死角で見えないけど、トンクスもリラックスした様子で楽しそうだし知り合いなんだろう。だったらもう少し二人にしておいてあげたいけど……多分私を自由にしていて怒られるのは彼女だしな。私は申し訳ない気持ちで三本の箒の中に入った。
生徒がいない三本の箒は初めてだけど、いつもと変わらず繁盛していた。ただ若干治安が悪い気がする。奥の小さなテーブル上ではバケツくらい大きいジョッキに頭を突っ込んだレプラコーンたちが顔を真っ赤にして、小さな体躯からは信じられないくらいの大音量でげらげら笑っていた。それを胡乱げに見ている小鬼の集団も、吹かしたパイプからカラフルな煙をパブいっぱいに蔓延させていてすごく煙たいし。
酔っぱらった赤ら顔の魔法使いが伸ばしてきた手を避けてカウンター席に近付きながら、私はトンクスと話しているのがだれか気付いた。
「お、来たな。試験お疲れ──おーい、バタービール一つ、それからなんかつまめるもの頼むよ!」
「あっちょっと、だめだよ、私すぐに帰らなきゃなんだよ──」
「いいよいいよ、一杯くらい!」
「え、ええ? でも……」
ジョージは挨拶もそこそこにマダムへ注文をしたので慌てて断ろうとしたが、トンクスが朗らかにそれを止めた。彼女の顔色は健康的になっていて機嫌がいいみたいだ。さっきより元気な様子を前に、好意を無碍にもしづらく口ごもる。そうまごついている間にバタービールが運ばれてきてしまったので、私は諦めて席についた。
「ジョージはなんでここに?」
「WWW二号店としてゾンコを買収しようと思って。ロンのサプライズがてらにな」
「ついでで買収されるゾンコ……ってロン?」
「今日はロンの誕生日なんだってさ」
トンクスが唐傘飾りを小さく振りながら教えてくれる。ジョージは「でも今日のホグズミード行きが中止になってたなんて計算外だったぜ」と至極残念そうに顔を顰めた。
そっか、ロンの誕生日か。じゃあ帰ったら絡まれそうだな……毎年この日が来ると彼は『祝ってどうぞ?』という顔で一日中ふんぞり返る。でももしかすると今年は彼女と静かにベタベタするので私たちからの『おめでとう』は一度で許してくれる可能性もある。うん、そっちに賭けよう。
そういえば、ともう一つの同じ顔を探してパブを見回すが、見える範囲に彼は見つからない。私がだれを探しているのか気付いたジョージは「来てるよ」と言ってファイアウィスキーを飲み干して流れるように追加注文をした。
「多分ゾンコにいる。俺、フレッドとのコイントスで負けちまってここにお遣い頼まれてたんだ──思うに、絶対イカサマしたんだと思うな。最近あいつ、マグルのマジックにはまってるし──、それでトンクスを見つけてつい話が弾んじゃってさ」
「そっか。でももう全然お遣い果たす気ないでしょ」
今持ってるグラスは何杯目のウィスキーなのか。二人してそれなりに出来上がって見えるし結構長く話してるんじゃないかな。そんで探しに来ないフレッドもすごいな、忍耐強い。
「それより、なあ、知ってるだろ? 気の毒なラベンダー・ブラウン不定の狂気事件を」
「TRPGにもハマってるの?」
「一部マニアに売れてるからな。で、どうなんだよ、公平な第三者から見てあの二人は?」
「…………仲良しだと思う」
このお兄さん方がどこまで知っているのか分からなかったのでオブラートに伝えることにした。「意外よねえ」トンクスは唇についたクリームをぺろりと舐め上げる。
「ロンとハーマイオニー、結構イケてる組み合わせだと思ってたのに」
「まあロンにハーマイオニーは過ぎたってことだな」
「そんなことないよ!」
「そうかぁ? しっかしあのロニーちゃんにすら追い抜かれるとは……なんて可哀想なエレナ……」
「うるさいな。そういうそっちはどうなのさ。もうすぐ約束の一年が経ちますけど?」
「えっなに、何の話?」
興味津々で身を乗り出すトンクスに、ジョージは急に狼狽しだす。してやったりとそんな彼を横目にちょうど運ばれてきたチップスを一つ口に運んだ。
と、楽しい遠足を満喫している間に、誕生日ボーイであるはずのロンが毒を盛られて倒れていたなんて、このときの私たちは知る由もなかった。
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