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 エドガー・ワイアットとかいう補助職員が年明けの授業からめっきり大人しくなり、基本的にニコニコ控えているだけになった……ということはスネイプ先生の意地悪節だったり贔屓節が復活したことを指す。まあ補助職員様の存在のおかげかその悪癖も若干なりを潜めてるし、この五年の中では一番マシだと思う。

 とにかく、補助職員が授業のリズムを崩さなくなったため、スネイプ先生も姪の私に的を絞って実演するといった八つ当たり行為をしなくなった。
 つまり例年通りの変にタゲ集中されない地味で平和な受講形態が帰ってきた──わけだが。最近の私は色々あってなんかもう全部どうでもいい気持ちだった。



 人が疎らになり始めた教室で、ネビルは机の上のものを片しながら「この後はまたスネイプのところ?」と尋ねてくる。なぜか心配そうな様子の親友を不思議に思いながら教科書類をすべてしまいこみ、鞄の留め具をパチンと閉じた。

「そうするつもりだよ、今日の授業はもうないから」
「魔法薬学ならスラグホーン先生に質問したらいいのに」
「スネイプ先生のほどよく放っておいてくれる感じがちょうどいいんだよね。嫌味はまあ、若干うざいけど……」
「若干どころじゃないでしょう」

 珍しくまだ残っていたハーマイオニーがひょこっと会話に加わる。教室には私とネビルとハーマイオニー、そしてドラコしか残っていない。なにこのメンツ。

「一昨年のこと、私絶対に忘れないわ。あの人、歯が顎まで伸びた私になんて言った? 『いつもと変わらない』……変わらないわけないでしょう!」
「あー、あれ……自分が教師って立場だってことたまに忘れてるよねあの先生。どういう神経であんなこと言えたんだろう……謎すぎ」
「それに三年前のことだって──ほら、ネビルの縮み薬! 初めてネビルが一人で成功させた薬だったのに、私が手伝ったのだろうとかわけのわからない難癖つけて減点してきたじゃない!」
「けどあのときは授業終わりエレナが猛抗議しにいってくれたし。スネイプも根負けして減点分は取り消してくれたじゃないか」
「取り消しだけじゃんか。得点はしてくれなかった」

 半純血のプリンス(笑)もかくやというくらいの完璧な縮み薬だったのに。それにあの後ネビルが提出したレポートだって三年生にしては絶対及第点以上の出来だったはずなのに無駄な赤ペン入れて結局A判定で──まずい、思い出すと愚痴が止まらない。寮生がまだ残ってるのに……いやそもそもあからさまな贔屓してる先生が悪いんだよ。

「そうよ、教科書の通り答えたってネチネチ嫌味を飛ばしてくるんだもの。そんな先生から個人指導受けるなんて、私だったらとても耐えきれないわ。……そりゃ、優秀な教授ではあるけど」
「……そういえば、エレナが──今年は例外として──スネイプに減点されてるとこ見たことない気がする。結構お気に入りなのかも?」
「まさか! それに私、ネビルをいじめる人は嫌いだよ。アンブリッジの部屋で首絞めてたクラッブも絶対に許さない」
「もしかしてこの前クラッブが謎の部屋に閉じ込められたのってあなたのせいだったりするの?」
「え、しらない」

 胡乱げな眼差しのハーマイオニーに即答する。知らん知らん、『ピクシー九十匹分の好物をそれぞれ当てるまで出られません』の部屋なんてまったく存じ上げません。

「五日行方不明だったのよ、彼」
「衣食住は完備してる部屋だから大丈夫だよ」
「なんで知ってるの?」
「……、……あの、僕、昔マルフォイに足縛られたりしていじめられたことがあるんだけど──」
「じゃあマルフォイも嫌い」

 どんがらがっしゃんと、話題の本人のほうから日本昔話のような騒音がした。三人揃って少し離れた席を見れば、床には教科書ノート羽根ペン、ケースに杖と、色んな物が散乱していた。机に乗ってたものを全部落としたらしい。インクの瓶割れなくてよかったねと余計な心配をしながら「ごめんうそ」とネビルに謝る。

「一人だけ特別扱いしてもいい?」
「それはいいけど……え、マルフォイを?」
「うん、好きなの」

 教室がしんと静まり返る。ネビルは言葉をなくしてこれでもかと目を見開いた。その隣でハーマイオニーがあんぐり口を開けていたので彼女の顎をそっと押して口を閉じてあげる。一昨年のクリスマスを経てるし、そりゃあそんな顔にもなるよね。いやあの尋問ほんと怖かったな……。両手に花のはずだったのに冷や汗止まらなかったもん。

 なんとなくドラコのほうを見ると、床に広がっていた濡れ羽色のインクが青い芝生へと変化していた。なんで? 芝生はすぐさま成長し背を伸ばし、色とりどりの花が咲き乱れどこからともなくヒラヒラと白いチョウが遊びにくる。少し目を離していただけなのにドラコの机下だけ一瞬ですごいファンシーになっていた。どうして? そんな惨状をなんとかしようと、あわただしい動作で白金の頭が机の下へと消えていく。なにをしたらそんなことになるんだろう。逆に器用だ。

「ど、どういう心境の変化なの?」
「どういうって」
「あなた、ずっと認めたがらなかったじゃない! 偏屈親父みたいな頑固さで!」
「そんなこと思ってたの?」

 思わず聞き返すとハーマイオニーは「だって」とあたふたした様子で頬を赤らめた。ハーマイオニーの口から偏屈親父なんて単語聞きたくなかったな……なんか妙にショックだ。なんだろうこの気持ち。

「心境、心境はねえ……こう、本当にやりたかった計画はもうとっくの昔にご破算になってたのにそれに気付かず、なんならつい最近心機一転一念発起がんばろーう!……ってした直後無慈悲に『無理です出来ません(笑)』って現実を突き付けられて決意虚しく撃沈した心境というか」
「……はあ?」

 八割も分からなかったというような、意味不明だという顔が並ぶ。こちらとしても説明する気はない言葉選びだし伝わるわけない。
 それでもこのどうしようもないむしゃくしゃした気持ちを吐き出してしまいたかった。ほんのちょっぴり胸がすくような思いになりながら、鞄を持って立ち上がり、二人に笑いかける。

「要はヤケクソってこと」




「この“フル・ギル”って材料だけ手に入らなかったんですが、これって……?」
「アヘンの別称だ」
「ア……」

 スネイプ先生が杖を振ると部屋の奥から鎖がカチャカチャ擦れる音やカシャンという鍵が回る音が研究室に響く。やがて厳重に封をされた小瓶が飛んできて、私の目の前に置かれた。透明な液体が少量入っている。これが我が国代表カス案件物質……お目にかかるのは無論初めてなので恐れ戦いて身体が強張る。

「え、これお借りしてもいいんですか?」
「ああ、貸してやろう。早急に返せ」
「ありがとうございます!」

 無駄に元気のいい返事を聞いて先生は目を眇めて胡散臭そうに見る。嘘じゃないですよ、来年には返しますから。その身体に直接な。にこにこ笑顔を保ったまま心の中で捕捉する。


 今日からは取扱注意品の使用がはじまり、作業工程の難易度も一気に跳ね上がる。初っ端アヘン。飛ばすねえ〜。これまでは催眠豆とかサイプレスとか一度は使ったことがある材料ばかりだったけれど、ここにきてやっと先生の研究室でやっている意味が出てきたというわけだ。アヘン以外の材料は何とか自力で用意できたが、どれも一度教科書で見た……かな……? くらいの馴染みのないものばかりだったし。今後の作業は防護ゴーグルやドラゴン革グローブ、泡頭呪文などの装備が必須となっていて、未資格者だけじゃ調合禁止なのも頷ける。


 よし、と気合を入れて白衣を羽織る。ゴーグルのベルトが少しきつかったが、まあ緩いよりかはいいだろう。一応息を止めて少し離れた場所から杖で瓶を開封しビーカーにいれた。今日は精留作業だ。これまで作った薬にフル・ギルを加えて精製する。一分おきに温度を確認し調整して冷却、を繰り返しておよそ一時間半だ。その間にグラジオラスの根を刻んで鉢ですり潰して雪解け水に溶かして煮詰めて一つの結晶にさせる。余計なことを考える暇もないくらい忙しくなりそうだ。


 雑談はしないというのがこの特別補講タイムの暗黙の約束だった。先生も基本レポートの採点とか、なんかちっさい文字がびっしり書かれた分厚い資料を片手に携えながら調合してたり何かと忙しそうにしている。
 だから質問することがなければ私も基本的に黙っているし、先生が時たま気紛れに飛ばしてくる嫌味に応酬する以外に会話はなかった。地下牢だから生徒はほとんど通らないし、紙がたまに捲れる音や薬がグツグツ煮立つ音以外しない空間だ。ホグワーツでは珍しいくらい静かで好き。特に今みたいな人と話したくないときには都合がいい。

「一分経った」
「あ──すみません、ありがとうございます」
「今日はいつにもまして気がそぞろのようだ。眠いのならそこで休むといい、ああ、我輩のことなど気にせず」
「……大丈夫です、お気遣いどうも」

 どうして話しかけてほしくないときばっかに絡んでくれるかな。ほんと空気をお読みになるのがお上手なこと。さすプリだよ。
 精製作業が一時間にもなると、暇になったのかネチネチ攻撃が始まった。めんどくさいという感情が隠せず、つい重いため息が零れる。普段以上に生意気な態度をとられ、先生の眉がぴくりと動いた。今にも減点されて今日の補講を終了させられそうな雰囲気だったので、私は「すみません」とすぐに謝った。

「少し、エー、ほんのちょっと考え事をしていました。ちゃんと集中します」
「ほう?」

 今更殊勝にしてみせても先生はまだ追い出したそうな空気を霧散させてくれない。なんなら小馬鹿にするように鼻で笑われた。

「ミス・ワイアットは考え事をしていてもこの薬の調合は容易だということを、よくご存知のようだな」

 たしかにこの薬は少しのミスが大事故につながりかねない工程もあるし、一瞬でも気を抜いた私が悪い。でもすごい嫌味だな。『集中しろ』くらいサクッと言えないものだろうか。さらに先生が「勤勉なことだ」と続け、意地悪く口角を上げたのがゴーグル越しで見えた。絶好調なのは結構だけど、今日に限っては最悪だ。だって今の私は心の余裕がないから、こんないつも通りの小姑ムーブを流せない。気持ちが簡単に煽られてしまう。

「そんな怖い笑顔するから唇捲り上がり三兄弟とか言われるんですよ」
「なんだと?」
「ところで今日はお忙しくないんですか? いつになくお元気ですね」
「それはきみだろう。手も頭もお疲れのようだが口だけはよく働いている」
「ええ……ちゃんとやってるじゃないですか。ほら、根だってもう溶かしきりましたよ! だいたい誰のせいでこんな抜け殻になっちゃってる、と……」
「……我輩のせいだとでも?」

 しまった、口が滑った。
 視線で続きを促されたが逃げるように俯いた。ああ、そろそろ鍋混ぜなきゃダマができてしまう。時計回りで二回ゆっくりかき混ぜて柄杓の持ち手を鍋淵に立てかけて、ついでに温度を確認して。それからそっと顔を上げる。混ぜるだけにしてはそれなりの時間をかけたはずなのに、先生は私を静かに見つめて観察していた。本当に私の様子がおかしいから多分訝しんでいるだけなんだろうけど、いかんせん素で目付きが悪すぎるので超怖い。

「すみません、今のは失言でした。認めるので忘れてください」
「残念だが我輩はきみのように都合のいい脳の作りはしていないものでね」

 どうあっても引く気はないようだった。私はどうしようかなともはや半分諦めの気持ちで鍋を見つめる。根っこが溶けた溶液は最初は牛乳のような色だったが作業を進めるうちにうっすら緑がかった色になってきていた。こうして抽出を続けて一ヶ月もすれば、最終的に青色の結晶になるらしい。

「(しつこいなあ、この人)」

 未だに視線が突き刺さるのを感じる。要らん探求心だ。学者だから? しかしこんな話を深堀りしてもいいことはないのでさっさと諦めてほしい。口を滑らせたのは私だけど、だから私はその分早く話を終わらせようと率直にお願いしたのに。

 あー、もういい。そっちが協力してくれないならもうしらない。言ってやる。

 私はヤケクソになって鍋から目を離して憮然としているスネイプ先生をしっかり見据えた。


「そうです、先生のせいですよ。だって先生がダンブルドアを殺すから」
 

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