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私にとってダンブルドアを救うことはドラコを救うことと同義だった。
ドラコの計画を阻止すれば結果的にダンブルドアは死なないし、ドラコは殺人の片棒を担いだというショックで心を擦り減らすこともない。そして阻止できるということは、ドラコがあちらの陣営から身を引けたということにもなる。あとついでにスネイプ先生の魂も守られるし。Win-winどころか一石那由多鳥。いいことしかない!
と、馬鹿で間抜けで能天気な史上最低最悪に頭ぱっぱらぱーの私は思っていた。
そんな理想はとっくの昔に絵空事になっていたというのに。
ダンブルドアは今年死ななきゃ──殺されなきゃいけない。それはドラコがどうとかって話ではなく、ダンブルドアの寿命自体今年が始まる前にもう確定していたからだ。
──『この死を未来のため利用したい』
それが当人の強い希望だった。以前校長室に呼び出された夜に、私は本人の口から直接そう説明──宣告された。「どうせ死ぬのだから」なんてあっけらかんとした口調で、なんでもないことのように。そして「だから邪魔しないでくれ」だなんて困ったような青い瞳を向けられて。
その“邪魔”というのが“ドラコを助けようと動くこと”を指しているのは明白で。叔父さんは私が『対話で引き込むことは困難』と判断すれば、『計画自体をぶち壊す』という強硬手段に切り替えると予測していたんだろう。ほんと、姪をよく理解していらっしゃる叔父上だ。喜ばしくてかなわない。教えるんじゃなかった。大事なことはどう足掻こうともう取り返しのつかなくなるその時まで誰にも言わないのが一番いいのかもしれない。今後は彼らのそういうスタンスを見習って生きなきゃな。
私は老獪二人の要求を呑み込んだ。否、呑み込まざるを得なかったというべきか。まあともかくドラコの計画を遂行させてしまう、本来の流れとそう変わらない結末の未来を選んだ。
「(あんなに大見え切ったのに)」
この前ドラコに言ったことはもうすべて無意味になったってわけだ。なーにが『助けたい』だよ。助けるどころか、結局最後まで彼を苦しめる選択肢しか取れないくせに。
何にも変えられない。何もできない。誰も助けられない。セドリックもシリウスも、私がしたことなんてなにもない。いつだってだれかのおかげだった。私って、この世界において何の価値があるんだろうなあ。はーーー消えたい、知り合い全員に忘却術かけていこうかな。
「合格おめでとうございます、ミス・ワイアット」
「ありがとうございます、バーベッジ先生のおかげです」
「私はなにも。あなたが頑張ったからですよ」
不意打ちの優しい微笑みに鬱々とした気持ちがちょっと晴れる。マグル学のチャリティ・バーベッジ先生は私の手に合格証書の封筒と一緒に、スーパーでよく売ってるウエハースを握らせた。昔よく買ってもらってたなと思い出し、懐かしさで顔が綻ぶ。さすがマグル学の教授だ。
「その年頃の子はいつもそんなふうになるわ」
「えっ」
「ダイエットもいいけどほどほどにね」
「(あー、なるほど……)」
「合格したんだし、今日くらいはたくさん食べてしまいなさい」
ちょこんとお茶目にウィンクされ、曖昧に笑う。そういうわけじゃないんだけど、と思いつつも否定は特にしなかった。
マグル学の教室を出て、ポケットにウエハースをしまってからとぼとぼ七階の廊下を歩きだす。本当はこのまま寮に帰っちゃおうかと考えてたんだけど、ああ言われてしまってはなんとなく気が引ける。
「(大広間行くか……)」
夕食を食べるのかと思ったら、自然と口から深いため息が吐き出された。正直、あんまりお腹は空いていない。でも行かないとネビルにも心配をかけてしまうし。そんな惰性的な使命感でのろのろと足を動かす。
スネイプ先生の研究室でのギャン泣きから数日。メンタルはそこそこ回復した。しかしそれでも、まだ完璧に安定しているとは言い難い精神状態だった。突然泣き喚きたくなることもしばしばだ。そんなことはもう意地でもしないけど。
そんなわけで、自分の気持ちを自覚してからというもの私は食が細くなっていた。慣れたとはいえ、イギリス料理ってやっぱり重いから。コンポートとかゼリーとか、あとは具を避けたスープとか。そういった胃に負担の少なそうなものばかりを選んでしまう。あんな簡単に炭水化物を摂取できるお粥って実はすごい偉大だったんだなあ。
しかし食事は最低限だが睡眠はきちんととっているし、たまにしか会わない人が痩せたと分かる顔だとしても、そこまでひどい顔色にはなっていない……はずだ。分からない、鞄を持ってくれたりとか、階段では手を握ってくれたりとか、ネビルの介助レベルが日に日に増しているような気もする。てことは結局顔色もよくないのね。寝ても寝なくても変わらないならもう薬飲まなくてもいいかな。
だんだんゆっくりになっていた足をとうとう完全に止めた。廊下、長いなー。こっから大広間まで降りなきゃいけないの、まじ? これだからホグワーツは。校内で姿現わし使えるようにしてほしい、許可制とかにしてさ。ってこれ誰かも似たようなこと言ってた気がする、誰だっけ。……ああ、叔父さんだ。今は思い出したくなかったのに。自分の思考回路どうなってん、と呆れたところですぐ目の前の通路を誰かが走り抜けていった。
「……ハリー?」
なんでこんなところに。しかもあんなに走って……不思議に思いながら彼の背中が飛び込んでいった先を見る。相当急いでいたのか、もう曲がってその姿は見えない。曲がった方ってトイレしかなかったような。行きたかったのかな。限界だったのか。
「(他の階のトイレ全部埋まってたんだろうな)」
世界一適当にあたりを付けて、ハリーが走っていった方向に背を向ける。ああそうだ、厨房借りれないかな。お粥作りたい。さすがにそろそろしっかり食べないと体調に支障をきたすし……ってもうきたしてるか。いやでも地下まで行くのはダルすぎるなー、なんて一歩踏み出して、その体勢でピタリと止まる。
一瞬見えたハリー、たしか何か握り締めてた。あれはたぶん忍びの地図だ。で、最近ハリーが忍びの地図を使って熱心にやってることって──……。
──『あいつはなにか企んでるんだ』
気が付くと、私の体はハリーを追いかけて走り出していた。腕をがむしゃらに動かして駆けていく。爆音のような鼓動がうるさくて、靴が床を叩く音すら耳に入らない。胸が苦しい、頭が痛い、喉が極端に乾いていた。
「さい、あく……!」
急速に疲れを訴えはじめた体に切れ切れな呼吸の合間から悪態をつく。ガタが来るの早すぎない。まだ廊下半分だ。駄々こねてないで体調管理しっかりしておけばよかった。休息はこういうときのためにあるのに!
「やめて、やめてよ! ねえだれか──!」
私はやっとのことで辿り着いた、女の子の金切り声が響く男子トイレへ勢いを殺さず飛び込んだ。しかし入ってすぐに水が降りかかって思わず立ち止まる。壊された蛇口の水槽タンクが水を勢いよく噴き出して、床を薄く浸水させていた。亀裂の入った壁や壊れた電灯、床に散らばる鏡の破片が惨状を物語っていて唾を飲み込む。水の匂いが充満していて、ぞわぞわする湿った空気だ。パシャパシャとひっきりなしに跳ねる水音の中、私は顔に滴る水滴をぐっと袖で拭って、呪文を打ち合う音の発生源、暗さを増すトイレの奥へと足早に向かった。
最初に見つけたのはドラコだ。ちょうど擦りガラス窓の前に立ってぼんやり照らされた彼は、まだどこも怪我をしていないようで一先ずはホッとする。しかしドラコは安堵する私の存在に気付かないまま、奥にいる(私の位置からは見えないが恐らく)ハリーに向けて杖を突き付けていた。半分だけ見えているドラコの顔が、恐ろしい形相に歪む。ハリーを一際激しく睨みつけ、ギリと食い縛った口を開いて──
「(あ、だめ)」
「クル、っ──?!」
その呪文はだめ、使っちゃいやだ。言わせたくなくて、咄嗟に無言で武装解除する。ドラコの横顔が驚愕に染まった。見開かれた目が弧を描く杖を追って素早く動き、やがて私を捉える。
目の前に落ちてくるドラコの黒い杖を追い越して、走りながら自分の杖も腕を振る動きと一緒に床へ叩き捨てた。薄く開いたドラコの口が、私の名前を紡ぐように動いたのがやけにはっきり見える。私は少しでも早くドラコへ届くようにと、関節が痛むほど両腕を目一杯伸ばし、最後の一歩は床を強く蹴って大きく跳ねた。
「セクタムセンプラ!」
ドラコに飛びついた瞬間、背後から呪文が聞こえ、私たちは二人まとめて水浸しのタイルに転がった。
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