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 三日も経つと首まで巻かれていた包帯もとれ、私の懇願の甲斐あって生徒の面会も許可された。私はこの入院生活でマダム・ポンフリーは意外にもおねだりに弱いという有益な情報を得た。いやまさかうるうる見上げてお願いしたら許可してくれるなんて思わなかったよね。これ効く人いるんだ。マクゴナガル先生と叔父さんには全く効かないのに。


 面会が許可されてすぐにハリーたちが朝から来てくれた。ハリーは私を見るなり素早く瞳を腕や首に走らせ、少し脱力する。その様子に私もつられてホッとした。包帯が外から見える範囲にはもうなくてよかった。

「エレナ、あの、本当にごめん……」

 なんとも弱々しい声だった。謝ったハリーは見るからに落ち込んでいて、いつもより小さく見える。三日も経ったというのに、まだあの日に囚われているようなひどい顔をしていた。なんなら私より入院が必要なんじゃないのかと思うほど青白くて病的だ。

「いいよー、生きてるし……ごめんジョーク、怒んないでネビル」
「怒ってないよ」

 ロンと目が合った。「絶対うそだよ」と深刻に囁かれる。やっぱり。ですよね。だって口元はニコニコしていたけど、目は笑ってないもの。怒ってるとき笑うんだ、ネビルって。こわ……。去年のホッグズ・ヘッドのときが十段階中の九だとしたら今の怒りゲージは七くらいかな。

「あの教科書に書いてあった呪文だよね、あれ」
「なんで知って──あ、前に見せたんだっけ……ああ、そうなんだ。でもあれは今はもうない──」
「“もうない”?」

 軽蔑するような声音は今までずっと黙っていたハーマイオニーのものだ。ハーマイオニーはハリーの言葉を一語一語噛み締めるようにはっきりと復唱した。彼はハーマイオニーの鋭い視線から逃れるように俯く。ロンはまた始まったと肩を竦め、ネビルは凪いだ瞳でハリーを黙って見ていた。

「必要の部屋に隠しただけでしょう、回収するつもりのくせに! エレナからも何か言ってよ」
「いいんじゃない?」
「“いいんじゃない”?」

 ハーマイオニーが今度はこちらを睨んだ。ただでさえ寄っていた眉根がさらに濃くなり、この前三本の箒で見かけた山姥のように目が吊り上がったので、私はつい怯んで「だ、だって」と吃る。

「“だって”なに? あなたまであの本の味方をするわけ? 怪我をさせられたあなたまで?」
「いやちが、だってほら、その、反対呪文、が……」

 小声でボソボソそう言うと、しゅうっとハーマイオニーが漂わせていた怒りの空気が穴の開いた風船のように勢いよく萎んでいった。彼女の顔がぽかんとした隙にと急いで口を動かす。

「たしかにやばい呪いだけど、それなら反対呪文も知ってなきゃダメじゃん? あの教科書──プリンスだっけ、その人が呪文の製作者なら書いてないはずないんだし」
「それは──そうかもしれないけど……。……じゃあ、あなたは怒ってないの? 一週間も入院しなくちゃいけないような大怪我を負わされたのに?」
「まあ事故だし……ハリーだって本を取り戻したってこの呪文はもう二度と使わないでしょ?」
「うん、もちろんだよ」

 ハリーは急き込んでそう言って赤べこのようにコクコク肯定する。ずれた眼鏡を上げるハリーをハーマイオニーはまた侮蔑を込めた眼差しで見た。

「私は許せないし、怒ってるわ。なのに肝心のあなたがそんな甘いなんて」
「えー……怒るの苦手だし」
「よく言うよ」
「は?」
「ほら!」

 この瞬間沸騰はロンだけの特権だ、もっと喜んでほしい。いやぶっちゃけ、ロンっていい反応してくれるから私も楽しくなってきてるんだよね。

「大丈夫、スネイプ先生のおかげで大変なことにはなってないし」
「でも──」
「心配してくれてありがとう、嬉しい……ごめんね」

 白くなるほど握り締められていた拳を両手で包むと、ハーマイオニーはきつく唇を噛み締めた。やがて円らな瞳から透明なしずくが玉のようにぽろっと零れ落ちる。いきなりのことに瞠目する私にハーマイオニーはワッと泣きながら抱き着いた。しがみつく力は強かったが、背中には決して触れないように配慮してくれている。

「ハ、ハリーの服は真っ赤で、それが全部エレナの血だっていうし、あの本の呪いで切り裂かれたって言うから」
「ごめん、びっくりしちゃったよね」
「一週間も入院するって聞いて、でも面会も、で、できないって」
「念のため長めに設定されてただけで翌日にはもう元気だったんだ。守護霊送ればよかった、落ち着かなかったよね、ごめん」

 くぐもった声がしゃくりあげながら必死に言葉を紡ぐ。私は胸元に埋まった栗色に頭に顔を寄せた。彼女の背中を撫で、ぽんぽんと優しくリズムをとれば、彼女の身体の震えが徐々に落ち着いていく。
 ふと視線を上げればロンとハリーがそわそわとしていた。挙動不審な二人は面白かったが、その隣のネビルの顔までくしゃりと泣きそうに歪みかけていたのでスンと笑いが引っ込んだ。顔の筋肉がぎゅっと強張り、ぐるりと胃がひっくり返るようなざわざわした心地になる。

「危ないことばっかりするんだから」
「ご、ごめんなさい」

 掠れた声色を送られて反射的に謝る。いや、適当じゃない、本当に悪いと思ってるよ。特に無言で武装解除したこととか。声出しておけば、ハリーも私の存在に気付いて呪文を打つことはなかったかもしれないし。

「あの、わざとじゃないんだよ、本当に」
「当たり前さ、わざとだったら怒ってるよ」
「はい」

 そういえばネビル、今日一度もハリーと目を合わせていない。私が逆の立場でもハリーにこういう態度をとってしまいそうだし、正直何とも言えなかった。

「傷跡とかは大丈夫なんだよね? 残らない?」
「うん、すぐに薬飲めたから」
「じゃあ反対呪文なんてもういいんじゃないかな。僕、エレナをあんなひどい目にあわせた元凶と同じ部屋で眠るなんて嫌だよ」

 どうやら彼も教科書回収反対派らしく、珍しく棘のある口調で言い捨てた。辛辣なネビルの言葉にハリーが肩身を狭そうにし、体を縮こませる。大丈夫、あくまで本の話だから……多分。

「でもほら、必要の部屋なんて場所さえ知ってれば誰でも入れちゃうし。もしかしたら他の人があの本を見つけて今回みたいな過ちを犯しちゃうかもしれないじゃない? それならまだ手元に置いといた方が──って……ごめんハリー」
「いや、うん、いいよ……ほんとのことだし」

 捲し立ててたら意図せず私までハリーを刺してしまった。項垂れるハリーに慌てたけど、ハーマイオニーはすんすん鼻を鳴らしつつ、いい気味よとばかりに赤い目をハリーへ向けた。そんなつもりじゃなかったんだけど……。話題を変えるために「ところで」と切り出す。

「明日の試合はどうなるの? ハリーは罰則なんでしょ?」
「ジニーがシーカーで入る。空いたチェイサーをディーンが」

 ジニーがシーカーならもう勝ち確だ、去年チョウを上回った実績があるし。それじゃあハリーがいなくても試合は安泰だね。という言葉を舌にのせかけたがなんとか口内で押し留めた。これ以上傷心ハリーに追い打ちをかけるのは可哀想なので。

「ジニーがシーカーならハリーがいなくてもきっと大丈夫だよ」
「ええ、去年チョウに勝ってるもの」

 が、ネビルとハーマイオニーは素知らぬ顔で容赦なく言い放った。今度はハリーが泣きそうになったけど、まあ、もうフォローする気は起きないから泣いててください。


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 キャプテン不在のグリフィンドールチームはそれでも大差でレイブンクローに勝利し、なんと寮対抗優勝杯も獲得した。それに関連して、ハリーとジニーは付き合うことになったらしい。元カレのディーンや実兄のロンの前だというのも気にせずに熱烈なちゅーを交わしたのだと、試合の翌日お見舞いに来てくれたハーマイオニー、そしてジニーが直接教えてくれた。ハーマイオニーとジニーはセクタムセンプラの件で若干ギスったらしいが、長年の片思いの成就を前に一時休戦していた。

「いやほんとめでたい、今度キャッサバキメに行こ」
「なにそれ」
「芋」
「なんで芋……」
「いや絶対流行るからこれ」

 二十年後の日本とかで。


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 六月を目と鼻の先にして私の入院生活も無事終わり、魔法薬の補講も再開した。結晶化作業も今日で最後だ。根っこの溶液は一ヶ月で鉱石のようになっていた。出来上がった飴玉サイズの青い固体は、光の角度で蝶の羽の紋様で虹色に煌めく。ラブラドライトみたいで綺麗だけど、薬にはこれの灰が必要だから結局跡形もなく燃やさなきゃなんだよね。残念だけど仕方ない。
 薬の調合自体はまだ五ヶ月くらいかかる。しかし一つの難関を超えた。鼻唄を歌いながら浮かれ気分で机の上を片していく。

「バルネラサネンスツー……」
「……」
「バウ、バル……ヴァ? ルネラ? サネンスツー?」
「……」
「で合ってますか、先生」

 スネイプ先生は一心に羽根ペンを動かして無視を決め込もうとしていた。そうはさせるかとしっかり話しかけると、先生は静かに動きを止める。何かを堪えるように眉間に皺を作って瞼を固く閉ざした。数秒硬直した後じろりと目を開けた先生は、かったるそうなうんざりした雰囲気を隠そうともしていない。

「なにがだ」
「セクタムセンプラの反対呪文ですよ、先生使ってましたよね。あの歌みたいなやつ」
「……きみはポッターがどこであの呪いを習得したのか知っているのか?」
「さあ? 聞いてません」

 疑念を孕んだ黒い瞳がじっと差し向けられる。任せて、バックビークのおかげでにらめっこは得意なんだ。自信満々に見つめ続けていれば、先生のほうが早く視線を逸らした。っしゃ、勝ち。

「叔父上から閉心術を教わっているのか」
「えっいや教わってませんけど……なんだろ、才能ですかね。すみませんうそです、なんの話でしょうか」

 絶対零度の眼差しに謝ると疲れ切った溜息が吐かれた。ああそっか、今のにらめっこじゃなくて開心術をかけられてたのか。バックビークのこと考えていたのが功をなした。私のふらふら意識もたまには役に立つじゃんと少し得意になってにんまり笑う。

「前任殿を思い出す随分素敵な笑顔ですな」
「ひどい暴言ですよそれ!」
「それは失礼」

 先生は口先だけの謝罪をしてわざとらしく肩を竦めた。皮肉気な笑顔が輝いていて腹が立ったけど反対呪文を教えてもらえたので良しとする。十六歳本気の駄々を見せてやろうかという心持で質問したけど、案外あっさり教えてくれた。もしや製作者として罪悪感を……? いや、あの人になにか小言でチクチク刺されたのかもしれないな。身内が本当にすまない、今年スネイプ先生に迷惑かけすぎだね、ワイアット家。
 

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