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闇は長いこと続いていた。右も左も分からないけど、耳を澄ませば足音が聞こえるので時々足を止めてそれを頼りに進んでいく。神経を尖らせて空気の流れに集中した。壁に片手を付けながら走っていると、突然闇が晴れて目を瞬かせる。戸惑ってたたらを踏み、状況を飲み込むために首を回して廊下の先にぞろぞろ群れる黒い集団を見つけた。
「ペトリフィカス・トタルス!」
「プロテゴ!」
気付いたのはやっぱりグレイバックだった。背後からの呪文にいち早く反応し、振り向きざまに私の呪文を防ぐ。死喰い人たちが異変に気付き、こちらを振り返った。ビルは、と奥を注視するとドラコを見つける。顔を白くさせた彼としっかり目が合ったが、視線をすぐに移した。
「さっきいた女だな?」
「おやおや……元気そうじゃないか、穢れた血のお嬢ちゃん。え?」
グレイバックがにたりと笑えば、尖った歯──牙が剥き出しになる。ドラコの一番近くに控えていたベラトリックス・レストレンジがせせら笑いながら近付いてきた。最悪コンビに辟易して顔が歪む。他の死喰い人はベラトリックスの言った「穢れた血」に反応して馬鹿にする笑い声を伝播させた。はーでたでた、笑いのツボ激浅奴……。
「まさか戦おうってのかい? この人数を相手に、たった一人で?」
「一人じゃないぞ──ステューピファイ!」
ドラコの向こうから、赤いポニーテールを振り乱した背の高い男性がヒーローのようなタイミングで現れた。大きな牙のイヤリングを片耳に揺らしている。見たことの無い顔だけど、この人がきっとビルだろう。思えばビルに会うのって初めてだ。こんな時だけどシンプルにイケメンな人だなと感心してしまった。
顔がすこぶる良いビル・ウィーズリーは、失神呪文をしっかり死喰い人の一人に命中させた。元首席という話通り、顔だけじゃなく魔法使いとしても大いに優秀だ。
「いいだろう──ドラコ、ギボン! お前たちは別道から天文台へお行き!」
「そうはさせない」
また人が増えた。今度は私の背後からだ。息を切らしたシリウスやルーピン先生が険しく死喰い人たちを睨みつけていた。ロンとジニーもいる。二人とも連絡するの早かったな。確かに地図上では割と近くにいた気がするけど……え、まさかとは思うけど私の足が遅かっただけ?
「目障りな──だがいいだろう!」
ベラトリックスが狂気的な笑みを顔に刻んだまま、俊敏な動きで杖を振った。廊下の松明が一気に消え、再び世界が暗くなる。煙幕には劣るが、それでも十分な薄暗さだ。
飛んでくる呪いの閃光しか灯りのない中、呪文を受けた鎧や銅像が崩れていく。窓ガラスが破損して壊れる音が耳を劈いた。壁が砕けて破片や砂埃が舞う。怒号が飛び交い、緑色の光が辺りを照らした。敵も味方もろくに判別がつかず夢中になってもみ合う輪郭がぼんやり見える。
「がんばれ、持ちこたえろ! ダンブルドアが来るまでは──」
「シレンシオ!」
混戦状態の仲、周りを鼓舞していたルーピン先生の声が途切れた。動揺して先生を探すが、当然見つけられない。いつの間にか駆けつけていたトンクスが半狂乱になってルーピン先生を探す声がする。
「アバダ──」
「デパルソ!」
通りすがりにマクゴナガル先生に狙いを定める猪面の魔女に吹き飛ばす。魔女は壁に当たって絶命寸前の豚のような悲鳴を上げた。
気が付けば戦場には相当味方が増えていた。視界の範囲では叔父さんやソフィア、それからネビルがそれぞれ死喰い人と一騎打ちしている。こちらの人数のほうがやや多い……しかし乱反射する緑の光に翻弄され、みんな意識を削がれている。誰だよアバダ ケダブラ連発してる馬鹿は! ついでに元凶を探すかと、ネビルに茶々をいれようとしていたベラトリックスを炎で牽制しながら戦場を横切っていく。
「(ビルかグレイバック、どちらか見つけられれば──)」
突然前からぬっと現れた手に喉を鷲掴まれて勢いよく背中から倒れ込んだ。背中を打ち付けた衝撃で呼吸が困難になり咳き込む。固い床へ強かに打ち付けた頭がジンジンと熱をもって激しく痛んだ。
「……え、なに……?」
「ヒヒ……」
痛みに混乱していると、のしかかってきた相手の熱い息や、チリチリした髪が頬をくすぐった。
私を押し倒したのはまったく知らない人だった。いや顔はちょっとグレイバックに似てるかも。分かりやすく血に飢えてるし、こいつも人狼だろう。でもあいつ以外にも人狼が来ていたなんて考えもしなかった。まあこっちだって人数が増えてるし色々変わってるから、展開にどれだけのイレギュラーがあったとしてもおかしくはないが。
「子どもの、しかも女の肉だ──きっととびきり柔らかい……」
開いた口からは黄ばんだ牙が覗き、血の滴る生肉しか食べてないような悪臭が漂ってくる。鳥肌が立って身震いすると目の前の男は引き攣った笑い声を上げた。
「グレイバックについてきて正解だったぜ」
「ルーモス・マキシマ!」
なにをされるか瞬時に察して、ゾッと心臓が止まったがすぐに目の前に杖を突き出す。いきなりの光に男がギャッと叫んで怯む。力が緩んだその隙に男の両耳を引き千切るつもりで掴み、そのまま左に引っ張ると、男の体も一緒に傾いた。距離をとろうと腹部を思いっきり蹴り飛ばす。男の下から抜け出して体勢を立て直そうと四つん這いになった。
知らん人に構ってるひまはない。帰って熊本の馬刺しでも食ってろ! そして薬味のつけすぎで悶絶しろ。
「くそが、逃がすか!」
「っ、う……!」
が、すぐに足首を引っ張られて体勢を崩されてしまった。床にうつ伏せで押し付けられ、しかも今度は左腕を捩じられ背中に回される。
抵抗できない状態の私の背中へ馬乗りになった男は、私の三つ編みを容赦ない強さで後ろへと引っ張った。頭が上がり、無理やり動かされた首の筋肉やそって伸ばされた喉が痛くて苦しくて、荒い息の合間に口から低い呻き声が零れる。
「手間取らせやがってよォ!」
「や、だっ……!」
無意味な抵抗と分かっていたが必死に身を捩れば、背中にかかる圧力がグッと強くなる。首元にかかる息遣いで、男の口が大きく開かれたのを感じた。
「させるか!」
激しい怒りが込められた女性の声が轟いた。身体の上から大きな音がしたと思ったら、ふっと体が軽くなる。男が退いた──否、退かされたのか。なんであれ、体に自由が戻ってきた。
さっきの二の舞にならないよう急いで立ち上がろうとしたら、誰かが私の肩を掴む。その人は私を素早く立たせて乱戦から少し離れた場所に移動させた。
「怪我は……」
「ない、大丈夫。ありがとう──レベッカ」
レベッカは小さく息を吐いた。けれど眉をひそめて口を引き結び、私の首元に手を伸ばす。
「髪、ごめんなさい」
「え?……ああ、いいよ別に」
悲痛そうな声に初めて首から下がバッサリ切れていることに気付く。自分でもうなじあたりを手をやると、長い間定位置となっていた三つ編みが消え去り、代わりに毛先が触れた。やけに頭が軽い気がしてたけど、まあそんなこと気にしないし、助けてくれたんだから文句なんてあるわけない。なにより今はそんな場合ではない。
「レベッカも騎士団メンバーだったの?」
「ええ、まあね……」
一年ぶりに見るレベッカの顔には汗や血が流れていて、濃い疲労が滲んでいる。彼女は額にできた切り傷から垂れていた血を手の甲で乱暴に擦って拭いた。
「塔の上に闇の印が上がってたから来たけど、まさか誰か──?」
「ううん、それはただの疑似餌だと思う……それより早く戦いに戻らなきゃ。グレイバックたちを野放しにはしておけないし──」
「一人じゃ無理でしょ、私も一緒に──」
男性の恐ろしい絶叫が会話を切り裂いた。全員が動きを止める。「ドラコ、早く行け!」その隙をついてベラトリックスが怒鳴りを上げ、ドラコが弾かれたように天文台に続く階段を駆け上っていった。
ネビルがそのあとを追って突進していくが、死喰い人の誰かが張った階段の出入り口の靄のような障壁に弾き飛ばされる。ネビルの体が高く飛んだ瞬間、私は走り出していた。
「っ、ネビル、ネビル?」
「……う、ん……平気……」
地面とネビルの滑り込んだが、彼はうわ言のように「だいじょぶ」と弱々しく繰り返すばかりで、目を瞑ったままだ。あの障壁は触れるだけでなんらかのダメージが入るのだろうか。どんどん血の気が引いていく親友の顔にどうすればいいか分からなくて途方に暮れる。
追いついたレベッカがネビルの体を杖で軽くなぞって調べ、「大丈夫よ」と悄然とする私を励ますように言った。
「後遺症の残るような呪いではないみたいだし、心配ならスネイプ先生にも見てもらって──ほら、噂をすれば!」
安心した声に誘われて顔を上げた。長いローブを引き摺ったスネイプ先生が、ジニーが戦っている脇を抜け、靄をなんの障害もなく通り過ぎていく。
苦戦という苦戦はしていないし、むしろややこちらが押している。けれどいまいち決め手に欠けているため、騎士団メンバーは二の足を踏んでいた。そこに颯爽と現れた頼もしい援軍に、騎士団のメンバーの顔に活力が戻っていく。
「ドラコが何しに行ったかは分からないけど、先生がいるなら安心だわ」
レベッカも元気を取り戻した調子で笑ってみせると、すくっと立ち上がって戦闘に帰っていく。状況の好転を信じ切っているみんなの顔を見ていられなくて、私はネビルをぎゅっと抱き締めた。
死喰い人たちはドラコを追って光に群がる虫のように階段のほうへと向かっていっていた。騎士団メンバーはそれを必死に阻止している。スネイプ先生という希望のおかげか、かなり善戦していた。
ネビルを安全な場所へ避難させ、私も戦闘に戻る。呪文や瓦礫を避けながら慎重に進むと、赤毛が床に散らばっているのを見つけた。髪に覆われていて顔は見えない。意識はあるようで厚い胸が荒く上下していたが、四肢は投げ出されてピクリとも動かない。絶望が胸に押し寄せ、体が急に重たく感じて急速に力が抜けていく。
「崩れるぞ!」
シリウスの叫びに天井を見る。死喰い人の一人であるブロンドの大男が馬鹿みたいに乱発していた呪詛があたり、天井半分が崩壊したところだった。
私は大慌てでビルの腕を肩に回して移動させる。重力に従ってビルの顔からボタボタと血滴が落ちていった。身長が足りなくて引き摺ってしまったけれど、なんとか移動させたところで壁がガラガラと崩れ、壊れた天井の間から曇った暗い夜空が見える。
瓦礫は騎士団メンバーだけを不自然に避けて降り注いでいた。奇怪な現象に周りを見渡して、私はそれがどうも叔父さんの仕業らしいと察した。
叔父さんは怒っていた。あの大男はずっとみんなを危険に曝していたのだから、ずっとフラストレーションを溜めてはいたのだろう。しかしとうとう、虎の尾を踏んだのだ。静かに怒りを燃やす叔父さんが、杖を指揮者のように大きく振って瓦礫を死喰い人へとまとめてぶつける。大男は投げつけられた大量の瓦礫を避けることができず、為す術もなく瓦礫と壁の中に閉じ込められた。WINNER、エドガー・ワイアット。まあ当然の結果だろう。
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