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ハリーがマクゴナガル先生に連れていかれ、私たち生徒も寮に戻ろうと医務室を出る。念のため、入院するネビル以外のグリフィンドール生を叔父さんが、ソフィアとシリウスがルーナを送っていくことになった。
叔父さんは『太った婦人』の前まで送ると、「今日はもう寮から出るなよ」と私たちに念押しをした。言われなくとも、私たちは疲れ果てていたしそんなことをするつもりはない。
啜り泣く婦人の肖像画の裏の穴を登っていくと、真夜中に近いというのに、談話室内は人で溢れていた。ホグ生のこういう時の団結力に感心していると、夢中で話し込んでいた寮生が私たちに気付きピタリと話すのをやめる。出入り口近くにいたディーンとシェーマスが何かを聞きたそうに口を開いた。聞きたいことがある気持ちは分かるけど、この人数を相手にしていたら疲労で死んでしまう。私たちは質問攻めにされないように早足で談話室を横切った。
女子寮の自分たちの寝室に入る。室内にはラベンダーとパーバティが身を寄せ合って話していた。二人は怯えたようにこちらを見て、「ほんとなの?」と囁く。
「ダンブルドアが……死んだって?」
「ええ」
ハーマイオニーが肯定すると、パーバティが「ああ!」と泣き声を上げながらベッドへ頭を伏せる。ラベンダーは充血した目で私を見つめた。
「あなたたちは……戦ったのね」
「エレナだけよ」
「まあ、成り行きで少しだけね……」
「少しだなんて!」
ラベンダーは急に金切り声を上げて立ち上がった。その拍子にラベンダーの円らな瞳から涙がこぼれる。
「その包帯は何? 髪だってそんなにして──あんなに綺麗だったのに!」
「傷はすぐ治るし、髪なんてすぐ生えるよ。ちょうど切ろうかと思ってたし──」
「そういう問題じゃないわ! あなたはいつも無茶ばかりって話を言いたいのよ!」
いや、そんなことないけどな。困ってハーマイオニーを見ると、なぜか彼女も眉を下げていた。
「狼人間の傷は呪いの傷ってさっき仰っていたけど……ねえ、エレナ、もしかして三年生の時の傷も──噛まれてなかったとはいえ、まだ残ってるんじゃないの?」
「いやまさか。ドレスとか普通に着てたでしょ、私」
「そんなの魔法でどうとでもなるわ」
「私がそこまでするようなマメな人間に見える?」
「……見えるわよ」
パーバティが鼻を啜りながら顔を上げた。涙で濡れた睫毛がダイヤモンドのようにキラキラしている。
「でもあなた、背中の真ん中あたりにまで傷が伸びてること知らないんでしょう」
「……え」
「この前のパーティ、誰があなたの髪をセットしたと思ってるの」
おろしましょうかと提案してくれた時のパーバティはどんな顔をしていただろうか。……思い出せない。
「四年生の時は大勢の前にでるからってきっと念入りに──なんなら全身に──魔法をかけてたんでしょう?」
「あー……」
どうだろ、これ。言い逃れ、出来そうだろうか。ちょっと考えてパーバティを見つめ返した。……むりかも!
「魔法、かかってなかった?」
「かかってたわよ。でもちょっと弱かったから、うっすら見えてたの」
「そっか……気を付け、ウワ二人とも顔こわ」
ラベンダーとハーマイオニーがそっくりな形相で私を睨んでいた。髪も皮膚も魔法でどうにかできる世界なんだからもうなんでもよくない? とか言おうもんならさらに怒らせそうだな……。怖くて視線を窓のほうへ泳がせると、タイミングよくフクロウが窓の外に見える。私は窓のほうへ近寄り、フクロウを迎え入れた。
「パーバティ宛だって」
「え?……ああ、ママからだわ」
「……で、二人は何してるの?」
涙をぬぐいながら、パーバティがベッドに座りなおして手紙を読みはじめる。その間に、ハーマイオニーとラベンダーがいそいそと床周りを片付け始めていた。
「あなたの髪を整えるのよ」
「今ァ?! いや気持ちは嬉しいけど……もう夜中だよ、明日でいいよ」
「その長さじゃボブは無理ね……」
「でもエレナのショートってちょっと新鮮ね」
「聞いてる?」
流れるように片付けられた部屋の中心に座らせられ、大きな布を体に巻かれた。私存在してないのかなと思うほど無視されている。
「ねえ、エレナなにか希望はある?」
「寝たい……」
無視された。
シャキシャキと髪が切られる音や、細い櫛が入れられる感覚がする。そういえばシャワー浴びてない……もっと早く言えばよかった。触らせるのが申し訳ないからもういっそ立ち上がろうとしたら頸動脈あたりに杖を突き付けられた。はい、動きません。
「──パーバティ?」
手紙を開いてから一言も喋らない彼女を訝しんで、ラベンダーが声をかけた。パーバティは視線を落としたまま「ママが」と掠れ声で呟いた。
「ママが、私とパドマを明日の朝には連れ帰るって」
「……え? で、でも、授業が、いえ、それよりダンブルドアの葬儀とか──」
「だ、だめだって。絶対連れて帰るって」
パーバティの瞳にまた涙がみるみるうちに溜まっていった。パトル家のご両親は今年が始まってからずっと学校に通うことを反対していた。彼女たちは『ダンブルドアがいるから』という理由で押し切ってなんとか通わせてもらっていたのだ。ケイティのときでさえ、パチル姉妹は朝夕フクロウを飛ばして大変な思いで説得していた。だがダンブルドアはもういない。提示していた条件が崩れてしまった今、もう……。
「たぶん、来年度だって通わせてもらえないわ!」
はらはらと泣き濡れる彼女をラベンダーが駆け寄って抱き締める。
「私も通えないだろうな。ホグワーツはきっとヴォルデモートの手に落ちる」
「……そうね。私たちマグル生まれは……行かないほうが安全でしょうね」
「わ、私は……」
この中でただ一人純血のラベンダーはおろおろと身を縮こませた。片側に寄せた髪の毛を落ち着かない様子で弄り、俯く。「私は通うわ」少しの葛藤を見せたのち、彼女はそう言い切った。
「学校に残って、それで、戦わなきゃ……──三人の居場所を守りたいから、私も戦うわ」
これから始まる闇の時代は彼女が卒業したって終わらないかもしれない。戦ったって、私たちマグルを庇ったって、在学一年間──もしかすると卒業したあとでさえ苦しい思いをするだけになるかもしれない。すべて無意味になるかもしれないのに。
それなのに、あの臆病で見栄っ張りなラベンダー・ブラウンが、背筋をしゃんと伸ばして瞳を強い覚悟で輝かせて、そんなことをはっきり言った。
「(大人になったなあ)」
去年の最初の駄々っ子ぶりがうそみたいじゃない? 友人の成長ぶりに母親のような感極まった気持ちになる。
「ラベンダー」
「大丈夫よ、私のことは心配しないで。だって私純血だし、余程のことがなければ殺されることはないだろうから……出来る限り抗ってみせるわ──」
「怖かったら逃げてもいいんだよ」
「え……」
しかしまだ十七歳なんだから。無理をして頑張る必要はない。
ラベンダーのきりっとしていた眉から力が抜ける。「そうよ」背後でハーマイオニーがガラガラになった声で同意して、髪切り鋏を置いてラベンダーに抱き着いた。パーバティも反対側からラベンダーを包み込む。
「たとえ学校に残れたって危険なことをしたら意味ないわ」
「ほんとうに……無茶なんてしないでよね……」
自身を案じる二人の言葉に、ラベンダーの気丈さが決壊した。わんわん泣いているハーマイオニーとラベンダーの姿はどこかさっきのフラーとウィーズリーおばさんを彷彿とさせる。
三人分の泣き声が重なってひそやかに寝室を回る。私は座ったまま鏡を覗き込み、切り終わったのかなと判断してケープ替わりの布をそっと外す。念のため服を軽く払い、三人にまとめてとびついた。
「ラベンダーもパーバティもハーマイオニーも! みんないい子だねーかわいーねー!」
「わ、もう、エレナったら……」
「茶化さないでよ!」
「茶化してないよ、大好きだよー!」
「……あ、ちょっと、まだ切り終わってないのに!」
「待って、切った髪がすごい散らばってる!」
大慌てで部屋を清掃する声で、哀しい泣き声は掻き消されていく。
「ギャア! ふ、フクロウの羽ばたきで二次災害が……!」
「あ、あ、インクが私のリボンに零れた! 明日つけようと思ってたのに!」
「言ってる場合か?!」
「あああ待ってクルックシャンクスそこでゴロゴロしないで!」
「鋏しまって鋏!」
最後の夜はこうして湿っぽさもなく、いつも通り、軽やかに過ぎていった。
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授業はすべて中止され、試験は延期のお達しが各寮の掲示板に張られた。パチル姉妹は昨夜の言葉通り、翌日には朝食の前に乗り込んできた両親によって連れ去られていった。彼女たち以外にも、何人かの生徒たちが次々とホグワーツから連れ去られていく。シェーマスの母親も同様に学校へやってきたが、その息子はダンブルドアの葬儀を前に城を去ることを断固として拒否をし、怒鳴り合いにまで発展していた。
ネビルは騒動の翌日に退院した。さっぱりした私の頭を見て、彼は私以上にショックを受けていた。
「か、髪生え薬とか……!」
「いいよ、これはこれで楽だし」
「だめよ! ちょっとネビルもっと言ってやって」
授業もなにもない日中。退院したネビルと中庭の木陰でレベッカは苛々と目を細めて腕を組む。助けるためとは切ってしまったから罪悪感を抱いちゃうのは分かるよ。でもだからって深さ一メートルの大鍋たっぷり煎じようとすんのはやりすぎだと思うの。彼女のとんでも規模を聞けばすぐにネビルも「さすがにそれは」と私の味方をしてくれた。
「裏切者!」
「だってエレナがパフスケインになっちゃう……」
「パフ……えー、短いのそんなに似合ってない? せっかくハーマイオニーが整えてくれたんだけどな」
「似合ってるわよ!」
似合ってるんかい。
あからさまに落ち込んでみせたら間髪入れずにギャンと噛みつかれたので、つい声を上げて笑った。五百リットルの髪生え薬を飲んだらどうなるか正直めちゃくちゃ気になるけどね。
レベッカのように、騎士団メンバーの数人は学校に留まっている。ドラコの使ったキャビネット棚は廃棄されたが、万が一に備え、城内の警護は万全にしておこうというのが学校側の意向だったからだ──少なくとも、明日のダンブルドアの葬儀までは。
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