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クリスマスパーティの余韻なのか、ほとんどの生徒は普段よりずっと早い時間から寝室へと戻って行った。そうして皆が寝静まった深夜、私は一人暖炉前のソファにうつ伏せに寝っ転がる。
なんだか目が冴えてしまっていた。明日授業があるというわけでもないしと、図鑑を捲りながらのんびりココアを啜る。ジンジャー入りのココアはちょうどいい甘さで身体の芯から蝋燭が灯されるようにぽかぽかと暖まる。
叔父さんから貰った(推定)図鑑の、栞が挟まっていたページを一言一句見逃さないようにじっくりと読み込んでいく。
【ムネモリア
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草丈十五センチ~三十センチ。キョウチクトウ科に近い植物だと推測されている。原産地・開花期ともに不明で繁殖環境等に規則性はみられない。自然群生が基本で人の手で培養することが非常に困難。とても希少。
ムネモリアのエキスは強い忘却作用があり、『記憶を消す』薬と『傷を癒す』薬を調合することができる。治療に関しての回復効果は驚異的で「傷自体が傷を忘れる」と評されるほど。しかし用法用量を間違えると重度の記憶障害や、身体の大部分の感覚麻痺を半永久的に患うことになる。
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……色鮮やかで豊富な色彩の花弁は服の染色に使用されたりする。非常に高価。しかし色が薄れやすく、五日と持たず色素が完全に抜け落ちてしまうのが難点。香水や化粧品などにも使われているがやはり同様である。だがその繊細な色合いや淡い芳香は上流貴族の女性たちから根強い人気を誇っている。】
挿絵を見る限り、どうやら生垣に咲かせた花のようだ。なんだかとんでもなく珍しくて貴重っぽい。こんなすっごい花を大量量産したのか。そりゃ叔父さんも腰抜かすわけだ。意図的じゃないのでもう二度とできないけど。
しかしそんな貴重な花を押し花なんかにしてよかったのだろうか? 可愛いから私としては嬉しいけど……ああそうだ、夏に帰ったときまだ咲いてたらハーマイオニー用に同じものを作ってあげよう。
少し目が疲れた、と思ったら自然と欠伸が込み上げてくる。顎が外れそうなくらい口が開いた。談話室に人がいないことを安堵しつつ時計を見ればもう丑三つ時が近い。二日連続夜更かし。生活リズムが乱れまくっている、これはよくない。そろそろ寝ようとガウンを羽織ろうとしたときだった。
寮の扉が突然開いたかと思えばドタドタという足音がする。しかし談話室には誰の姿もない。えっなに、ポルターガイスト? でもピーブズは足音を立てたりしない。寮の扉が空いたってことは寮生には違いないはず。虚空に向かって話し掛ける。傍目から見たら間抜けかもだけど仕方ない。
「誰かいるの?」
「…………エレナ」
「ひっ?! ……えっ、ハリー?」
何も無かった場所からいきなりずるりと皮がむけるようにハリーが姿を現した。その頬は赤く高揚し、瞳はどこかぼんやりとしている。常軌を逸したその様子に慌てて近寄った。様子をよくみるためハリーの顔を手でこちらに向けたが、あまりの冷たさに驚いてしまう。真冬の大理石だってこんなに冷たくはないだろうと思った。
「どうしてこんな……ていうか今どこから……?」
「その──うん、ちょっと来て!」
「なにいきなり……え、ちょっ、説明を──」
「説明はあと!」
そう言うやいなや、ハリーに腕を力強くぐいぐい引っ張られ、あっという間に寮の外へと連れ出されてしまった。なんか……ハイになってない? まさかなにかしらの薬でもキメてしまったの?
ともかくこんな時間に外にいるのがばれたら、とハリーを注意しようとすればバサリと頭になにか被せられる。しかし確かに布を被ってるはずなのに目の前の風景は先程までとなんにも変わっていなかった。
「これって……」
「透明マント! 貰ったんだ。いいからついて来て!」
「透明マント……」
そっか、ハリーがあの鏡をみつけるのはクリスマスの夜だったっけ。うっかりしてた。
ハリーがどこへ私を導こうとしているか分かったあとは、私はただ黙って彼についていった。自分の『のぞみ』がなんなのかは、正直興味があったからだ。
……うそ、帰りたい。
「こっちだっけ……? いや違うな、確かここの廊下を左に……」
「ハリー、あの、もうさ……」
「大丈夫、もうすぐだよ」
心強い返事だが、もう少なくとも四回は聞いたものだ。全然大丈夫じゃないのではなかろうか。
失念していたが今は十二月も終わりかけの、冬真っ只中。そんな時期の深夜の廊下は寒いなんて言葉に収められるもんじゃなかった。寮からでてきた直後は暖炉の炎で充分暖まっていたし、校内の冷気も火照りを冷ますのにちょうどいいだなんて思っていたけど。もうそんな悠長なことはいってられない。だってもう歩き続けて一時間は経っている。いつだかにもこんなことあったような……いや気のせいか。寒くて頭がおかしくなってきたみたいだ。
「あっ、多分そこ……後ろの扉の……」
「っくしゅ!」
「……誰だ?!」
「(やっば!)」
寒すぎておかしくなったのは頭じゃなくて鼻だったようだ。堪え切れなかったくしゃみは廊下に響き渡りばっちりフィルチに聞かれてしまった。ハリーが隣で般若のような顔をしている。わざとじゃないんだからそんな怒らないでよぉ……つい半泣きになってしまう。
フィルチとミセスノリスは私たちを通せんぼするように前方をウロウロとしている。いくら透明だからって堂々とドアを開けるなんて真似はさすがにできない。それに一人ならともかく二人いるこの状態で透明マントを被ったまま走るのは難しいだろう。かと言っていつまでもここにいてはいけない。
どうしよう、八方塞がりじゃん。困り果てて足元に視線を落とせば胸元できらっとなにかが光った。叔父さんからのクリスマスプレゼントだ。
硝子の留め具部分を急いで開く。するとたちまちその場に紫色の煙が床を這うよう広がって、やがて分厚いカーテンのように私たちとフィルチの間に立ちはだかった。すごい効果だなこれ。十一歳の子どもに贈る物か?
「なんだ? やっぱり誰かいるんだな? でてこい!」
「……今のうちに行こう」
「あ、うん。あっちだよ……」
煙の向こうでフィルチが怒鳴ったりミセスノリスがにゃーにゃーと喚き立てている。その喧騒に小声で紛れてハリーに合図を送ってなるべく足音を殺しつつその場から立ち去った。
入った部屋は今はもう使われていない空き教室のようだった。古びた机や椅子が積み重ねっている。埃がキラキラと大きな天窓から差し込む月明かりに照らされていた。
ハリーが透明マントを乱暴に脱ぎ捨てて大きな鏡まで駆けていく。
「ほら、これだよ! 見て、この人たち僕の父さんと母さんなんだ!」
「……ハリーしか見えないよ」
「真ん中に立ってちゃんとよく見てよ」
焦れったそうにハリーは私の背後に回ると背中を前に押し出した。ちょっと待ってよまだ心の準備が……しかしそんなこと言ってもハリーは許してくれないだろう。仕方ない。
鏡よ鏡、私ののぞみはなーん、
「だ──……」
「……『だ』? エレナ?」
鏡へ手を伸ばす。震えていた。それは決して寒いからじゃないと分かっていた。そして私の周りにいる『彼ら』をそっと撫でる。
分かったよ、エレナ・ワイアット。
これがあなたののぞみなんだね?
それなら私は、この通りに生きるとこの鏡に誓おう。
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