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 決まったならば善は急げだ。私と叔父さんはすぐに亡命の準備をしようとした。荷物をまとめたり、護衛の連絡とか住む場所の手配とか。しかし慌ただしく動き回ろうとする私たちを、お母さんたちが止めた。

「そんなに急がなくてもいいじゃない。それよりお祝いしましょ?」
「お、お祝い?」
「そうだよ、せっかく帰ってきたんだし……それにちょっと早いけど誕生日のお祝いもしたいし」

 ね、ね、とやさしく押し切られて叔父さんと顔を見合わせる。私と同様に困った顔をしていた。だって正直そんなことしている場合ではない。今すぐにでもこの国から逃げてほしい。が、ここで素気無く突っぱねてしまうとこの和やかな空気が壊れてしまう気がした。
 最大の譲歩として、早朝には家を出ることを約束して、私たちは二人のお願いを聞き入れた。



「テレビ面白い?」
「うん、まあ……」

 お父さんがローストビーフを作ったり、私はお母さんに強請られたアップルパイの準備をしたりと、家族総出でご馳走の準備をはじめる。そんな中、私は一人リビングのソファに座ってテレビを見る叔父さんに話しかけにいった。手伝おうかと名乗りを上げたが、お母さんに「休んでていいわよ」とあっさり断られた叔父さんは、準備が始まって以来ずっとここに座って動いていない。テレビが映しているのは毒にも薬にもならないようなくだらないローカル番組だ。
 いま叔父さんは、多分、休めと言われたから休んでいるだけだ。あとこういう時、どう動けば正解なのか分からない。そんな理由でソファから離れられないのだろう。きっと暇で仕方ないはずだ。こんなの面白いわけないだろうなと思って尋ねれば、叔父さんは煮え切らない返事を寄越した。

「ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「任せろ」

 内容を聞く前に食い気味で返事をし、叔父さんは勢いよく立ち上がった。「で、なにをすればいい?」とどこかわくわくしたような顔をする五十歳児にフルーツナイフとリンゴを五つ渡す。アップルパイで使うフィリング用のリンゴを切っておいてもらいたかった。これでしばらくは暇を潰せるだろう、と思ったら五分もしないうちに声をかけられる。

「え、もう終わっ……わあ、すごい凝った飾り切り。薔薇、不死鳥にフクロウに猫……あっこれマクゴナガル先生?」
「我ながらなかなかうまくできてると思うんだ」
「眼鏡のところとか細かい、よく見てるんだね。でもリンゴはフィリングに使いたいから次は魔法なしで、皮は普通に向いてサイコロ状に切ってね」
「えっ……」

 新たにリンゴを五つ追加して彫刻のような飾り切りをキッチンへと回収する。質量保存の法則をはるかに超えた立体感のリンゴたちにお母さんがぎょっとしてまじまじと見つめた。お父さんは感心したようにそっと薔薇のリンゴを手に取る。

「すごい、でもエドガーってこんなに器用だったっけ……」
「フクロウと猫は分かるけどこの炎のような鳥はなに?」
「これは不死鳥。あと猫じゃなくて私の寮の寮監で副校長だよ」
「えっ猫なのに?」
「うん。……あ、今は校長か」
「グリフィンドールの寮監さんって、たしかマクゴナガルさんって女性だったと思うんだけど……」

 両親が不思議そうに首を傾げるのを捕捉はせずにただにこにこと見守る。そう、うちの寮監様はスーパーウルトラにゃんこなの。にゃーん。


 魔法なしでも叔父さんの手際はそう悪くはなかった。ふむ、魔法でやったからあんな芸術的な飾り切りができたのかと思ったけど、杖なしでもいけそう。今度やってみてもらお。そんなことを考えながら、サイコロ状のリンゴとバターを一緒に炒めてレモン汁やシナモンを入れてフィリングを完成させる。パイ生地を敷いた型に流し込んで格子状に蓋を作って、卵黄を塗って約一時間オーブンでブン。
 お母さんたちが作っていた料理ももう終わりそうだ。食事が終わったくらいで、ちょうど焼き上がりかな。デザートにはぴったりの時間だろう。バニラアイスも乗っけちゃお。

「叔父さん、ちょっと」
「ん?」

 ただ、夕食を食べてお腹がいっぱいになる前に彼と二人で話したいことがあった。私はキッチンから抜け出して、叔父さんの手を引いて廊下へ出る。すぐあとをついてきてくれた叔父さんがリビングへつながる扉を閉じた。
 夕方になり急に天気が悪くなっていて、廊下はひどく薄暗い。若干冷えた空気が肌寒く感じた。オレンジ色のライトを付けながら、私は言葉を選びながら口を開く。

「やっぱりアバーフォースさんにも伝えようよ」
「いや、いい」

 叔父さんは一瞬驚いたあと、厳しい顔で私の提案を却下した。くそう、にべもない……。しかし予想はしていた。このくらいで引くものか。

「でもあの人はきっと知りたいと思うよ」
「いや、あいつはアルバスが大好きというわけじゃない。むしろ恨んでいる」
「かもしれないけど……でも家族だよ。……唯一残った弟なのに」
「……何故そこまでこだわるんだ?」
「だって、これじゃあ私ばっかり報われてる」

 叔父さんの目が見開かれる。しかしすぐにキュッと眉間に皺を作り、怒っているような、憐れむような表情を私に向けた。

「馬鹿なことを言うんじゃない」
「でも……」

 言い淀んでいると叔父さんの手がスッと上がった。反射的にチョップだと身構えて目を瞑ったが、いや今の叔父さんがするか? と正気に戻り目を開ける。
 案の定手刀が落ちてくる気配はなく、ピンと指先まで立てられた手は中途半端なところで硬直していた。下手くそなロボットポーズのようになっている。その手をどうするつもりなのかと訝しむ私の頭にぎこちなく──それこそロボットのような動きで──、ゆっくりと手の平が降ろされた。その手は恐る恐るといったように、短くなった髪を少しも乱すことなく頭上を動く。躊躇いが伝わる動きに噴き出した。

「困るくらいならなんでやったの」
「いや……エレナが頑固な時はこうするといいと聞いたから……」

 口元を緩めてふうんと零す。そっか、そんなこと思ってたのか。ご機嫌な顔のままなんとなく視線を窓に移す。灰色だった世界から、細い線のような雨が降り始めていた。

「うわやだ、私洗濯物取って──」

 廊下の明かりが突然消えた。「静かに!」驚いて声を上げかけた私の腕を叔父さんが掴み、緊迫した声で囁く。すぐに青い光が灯され、叔父さんを中心に辺りをぼんやり照らした。安心したような顔を浮かべた叔父さんと目が合い、きつく掴まれていた腕が離される。

「停電?」
「……いや……」

 雷の音も光もなかった。そんなわけないだろうと自分でも思いながら小声で尋ねると、叔父さんは緩慢に返事をする。その答え方で、彼も事態をまだ飲み込めていないのだと分かった。
 歩き出した叔父さんについて、廊下を進む。やけに静かだった。うちの家はそんな広いはずがないのに、闇に包まれた廊下は、いやに長くて、どこまでも続いているように感じた。なんとなく怖くなって、私も杖を取り出す。まだ成人してないけど、念のためね。

 リビングに続く扉の直前で、叔父さんは杖を振って明かりを消した。身体の中心から、響き渡るようないやな鼓動がする。いきなりの停電にまだ体がびっくりしているのかもしれない。

 叔父さんが私を庇うように片手を構えながら、ゆっくりリビングの扉を開いた。


 その瞬間、窓ガラスが割れるけたたましい音が鼓膜を切り裂き、視界を緑の光が染めた。
 

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