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黒いサイドカー付きのオートバイから降りたハグリッドから「ハリー、準備はええか?」と声をかけられ、ハリーはかんばせを綻ばせた。
「ばっちりだ。でもこんなにたくさん来るなんて思わなかった! 計画の詳細は──」
「あとだ、まず安全な場所に入ろう」
「どうだった? 彼の叔父さんたち、うまくいった?」
「ばっちし!」
そっと隣に並んできたハーマイオニーに親指を立てる。彼女が「よかった」とにっこりすれば、無造作に束ねられたポニーテールが夕風にそよいだ。
「髪伸びたね」
「そうなの。私も切ろうかしら」
「そしたらおそろいだね」
それはそれで嬉しいけど、でもできれば切らないでほしいなあ。笑顔の裏でそんなことを考えていると、「無駄話をしている暇はないぞ!」とムーディ先生がそれぞれの雑談を遮って大声を出す。みんなに注目されながら、彼は居間の真ん中に大きな袋を置いた。
「すでに聞き及んでいるだろうが、計画Aは中止だ。『臭い』が嗅ぎつけられない方法を使わねばならないからな。よって移動には箒、セストラル、それとハグリッドのオートバイを使う」
ハリーが何か言いたそうに口をもごっとさせる。が、先生の話の腰を折るまいとなんとか耐えた。
「さて、お前の母親の呪文は二つの条件のどちらかが満たされたときにのみ破れる。お前が成人に達したとき。またはこの場所をもはやお前の家と呼べなくなったときだ。今回この家を去れば、お前はもはや戻ることはない。お前がこの家の領域から外に出た途端、呪文は破れる」
成人を待っての移動はリスクが大きい。『っしゃ十七歳だー!』ってなった瞬間、半笑いのヴォルデモートが突撃、隣の晩御飯! してくる可能性がありまくるからだ。
「魔法省には私がガセネタを流しておいた。連中はきみが三十日の夜中までは発たないと思っているだろう」
「しかし『例のあの人』は抜け目のないやつだ。このあたりの空全体を二人の死喰い人にパトロールさせているに違いない。そこで我々は十二軒の家に出来得る限りの保護呪文をかけた。そのいずれも、お前が隠れていそうな家だ。騎士団と何らかの関係がある場所ばかりだからな」
魔法がかけられたのはムーディ先生の家、キングズリーの家、ウィーズリーおばさんの親戚、ミュリエルさんの家……まあその他省略。ムーディ先生の家行ってみたいな。迷宮アトラクションみたいで楽しそう。
「今日お前はトンクスの家に向かう。いったん我々がかけておいた保護呪文の境界内に入ってしまえば、『隠れ穴』に向かう移動キーが使える。質問は?」
「あ──はい。最初のうちは、十二軒のどれに僕が向かうのか、あいつらにはわからないかもしれませんが、でも、もし──十五人もトンクスのご両親の家に向かって飛んだら、ちょっと目立ちませんか?」
やっと喋るのを許可されたハリーは急き込んで話し出した。「ああ、忘れておった」ムーディ先生はけろりとして口を開く。
「ここにいる全員がトンクスの家に向かうのではない。今夜は七人のポッターが空を移動する。それぞれに随行が付き、それぞれの組が別々の安全な家に向かう」
そう言って、先生はマントの中から泥のようなものが入ったフラスコを取り出した。「ダメだ!」ハリーの顔が紙のように白くなる。
「絶対にダメだ!」
「きっとそう来るだろうって、私みんなに言ったのよ」
「僕のために六人もの命を危険に晒すなんて、僕が許すとでも──!」
「──なにしろ、そんなこと僕らにとっては初めてだから、とか言っちゃって」
一人は自慢げに、もう一人は茶化したように。親友たちのお気楽な態度にハリーは目を鋭くさせた。
「今度はわけが違う、僕に変身するなんて──」
「そりゃハリー、好き好んでそうするわけじゃない。失敗すればおれちゃ一生冴えないガリヒョロ眼鏡くんだ」
「私の作った薬で失敗なんてするわけないでしょ!」
大真面目で憂いたフレッドにレベッカが過敏に反応して噛みついた。セドリックが「やめなよ」と額に手を当てる。気の抜けるやり取りを前にしてもハリーは笑わなかった。
「僕が協力しなかったらできないぞ」
「ああ、それがこの計画の弱みだぜ。きみの協力がなけりゃ、髪の毛を頂戴するチャンスは明らかにゼロだからな」
「まったくだ。我ら十四人の魔女魔法使いに対するは、未成年の魔法使い一人だ。できる気がしないね」
まあここにいる限りどうせ魔法は使えないけどね。ハリーが駄々を捏ねまくるようならリンチに近い形になるやもしれん。その状態でポリったらどうなるのかな。ぼこぼこのハリーが七人出来上がるのかな。
「力ずくでもということになれば、そうするぞ。ここにいる全員が成人の騎士団メンバーだ、ポッター。しかも全員が危険を覚悟しておる」
「そんな──でも──……エレナ!」
ハッとした声で名指しされ、サッと顔を逸らす。逸らした視線の先で勝ち誇った顔のシリウスと目が合った。くそう、ほんと似た者親子だ。
「エレナは僕より誕生日が遅かったはずだ!」
「一日だけね! たった一日だよ、細かいこと言わないで」
「一日でも未成年なことには変わりない──」
「ええい、その話にはもうとっくにケリがついている! 今更蒸し返すなポッター!」
ムーディ先生が一喝した。ハリーがここでごねると思っていなかったのか、時間に遅れそうでかなり苛々している。
「だめだ、とんでもない──こんなの必要ない──」
「必要ないだと! 『例のあの人』が待ち受けて居るし、魔法省の半分がすでに敵に回っておるというのにか? あいつは馬鹿じゃない。たとえまだ手出しはできないとしても見張りを付けておることには間違いないんだぞ。囮を使い確実に安全な方法をとる必要が本当にないと思うのか?」
歯をむき出しにした恐ろしい形相の先生に睨みつけられ、ハリーはむっつりと黙り込む。「そういうことだ、ポッター──髪の毛をくれ、頼む」疲れ顔のムーディ先生にハリーはまだ何か言いたそうに私を見たが、催促をする唸り声にとうとう諦めて頭のてっぺんに手をやった。数本の髪の毛がフラスコへと落とされる。中の液体はたちまち泡立ち、明るい金へとその色を変えた。
「うわぁ、ハリー、あなたって、クラッブやゴイルよりずっとおいしそう」
「どういう感想……?」
「あの、ゴイルのなんて鼻糞みたいだったし──」
ハーマイオニーはそう弁解しながらちょっと顔を赤くした。そうなんだ、それにしたってすごい発言だったけどね。ロンの眉が高く吊り上がっている。一丁前に嫉妬してるのかな。……ドラコだったら何色になるんだろう。ハリーが金なら銀とか? うーん、あんまり美味しそうではないな……想像だけど。
「よし。偽ポッターたち、ここに並んでくれ」
ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、セドリック。そして最後に私が流し台の前に並んだ。ムーディ先生が六つのグラスを取り出して、少量ずつ注いでいく。目配せし合って同時に杯を傾けた。
薬を嚥下した直後、内臓が意思を持って激しく跳ね回りだした。ぐるぐると掻き混ぜられる──作り替えられている感覚に身を捩る。吐き出した息に血が混じっていてもおかしくないと思った。血が沸騰し皮膚が焼け爛れていく。骨が無理やり引き伸ばされ軋む音がした。
痛みが収まった頃そっと目を開けると、新鮮な高さの景色が広がる。おでこを触り、傷跡を確認しながら近くのレンジを鏡がわりに覗き込んだ。額に手を当てたハリーがこちらを見ている。
「わおっ──俺たちそっくりだ!」
「しかしどうかな、やっぱり俺のほうがいい男だぜ。なあレベッカ?」
「いつも通り見分けつかないわよ」
フレッドのハリーから気軽に話を振られたが、レベッカは素っ気なく返し、袋から取り出した服を二着分双子に投げつけた。そのほかのハリーには律義に手渡していくのを見て、フレッドが隣で顰め面をするハリーを肘で突いた。
「いつも通りフラれたな相棒」
「うるさい」
「スミルノフ、ちょっと眼鏡取って──投げるなよ!」
「ジニーのやつ、刺青のことやっぱり嘘ついてたぜ」
「刺青ってなに?」
「背中にドラゴンがあるとか──」
「ああ、ロンはお尻にピグミーパフだっけ」
「ないよ!」
「ハリー、あなたの視力ってホントに悪いのね」
思い思いのことをしゃべりながら着替える偽ハリー達に真ハリーは複雑そうだった。全員が洋服を着替え終わると、レベッカは次に二つ目の袋からリュックサックとぬいぐるみが入った鳥籠を取り出していく。ヘドウィグを模したぬいぐるみだ、可愛い。誰が用意したんだろ。そうして荷物も揃え完璧なハリーの同位体が七人勢揃いした。
「よし、それでは、次の者同士が組む。ディゴリーの坊主はわしとエドガーが箒で護送する」
セドリックハリーがエドガーの隣へ移動する。ハリーと同じくらい箒に乗るのが上手な彼が元闇祓い二人に護衛されてるなんてすごく本物っぽいだろう。まあそれっぽすぎて若干餌感も強いが。
「次に、アーサーはフレッド、ジョージはレベッカと。ロンはリーマスだ。全員箒で」
「しっかり守ってもらえよ、ジョージちゃん」
ジョージちゃんと呼ばれたハリーが無言で片割れの肩を殴った。レベッカはそんなやり取りに呆れた目を向けている。この約一か月、双子とレベッカの組み合わせはよく見てきたけどジョージ全然レベッカと会話しないな……口開いたら変なことを口走ってしまう気がするからだと言っていたけど。だからってこれはどうなの。もはやフレッドのほうがレベッカと仲良さそうだよ。ジョージの話を聞く限り、その『変なこと』は別に悪態ってわけじゃなさそうだし普通にすればいいのに。
「グレンジャーはキングズリーとセストラルで。最後にシリウスとエレナだ、こちらもセストラル」
「よろしくね!」
愛想よく笑ったのにシリウスは獣のように低く唸るだけで返事をしなかった。なんだその態度は。可愛いだろうがハリーの満面の笑みは。デレデレしろ。
「そんでもって、お前さんは俺とだ、ハリー」
ハグリッドがノシノシ歩いて残ったハリーに近寄っていく。
「俺たちはバイクで行く。箒やセストラルじゃ、俺の体重を支えきらんからな。だけんどバイクのほうも俺が乗るとあんまり場所がねえんで、おまえさんはサイドカーだ」
「すごいや」
ハリーは不服なことがあると「すごいや」と言いがちだ。六年間過ごしていて気付いた。
「死喰い人はお前は箒に乗ると予想するだろう。スネイプが詳しく連中に伝えているに違いないからな──さあ出発すべき時間まで三分を切った。外へ行くぞ!」
ぞろぞろと裏庭へ移動する。私はセストラルに乗る前にハリーの乗る予定のオートバイに駆け寄った。荷物を押し込みサイドカーに乗り込もうとしている彼を止め、足元の空間を指差す。
「ハリー、ここ、窪みあるでしょ。ここに鳥籠嵌めてみて、固定できるから」
「わ、ぴったりだ。だけどどうしてこんなものを?」
「え、便利かなって……」
「きみそういうの多いね」
分かられている……。六年の付き合いだからね。私は曖昧に笑って「あとでね」とハリー達から離れ、シリウスの元へと戻った。彼は私をセストラルに乗せ、その後ろに跨る。「なあ」背後からの声に振り返ると心配そうな顔をしたシリウスと目が合った。不機嫌な顔以外は久しぶりだ。
「どうして私を指名したんだ?」
「……シリウスはハリーの名付け親だよね」
「ああ」
「だからもしも敵に遭遇したとして、あいつらが二番目に狙うとしたらシリウスかなって」
「……ん?」
「正当防衛しまくれるかなあって!」
本当はここにいるはずのない人間だから──とはとても言えないのでもう一つの理由を口にした。半分建前半分本気な理由を聞いて、シリウスは目をぱちくりさせる。実年齢よりずっと幼く見えるその表情に笑いを零すと、それで我に返ったのかシリウスの顔が途端にギャンと歪んだ。
「やっぱり自棄じゃないか!」
「時間だ!」
シリウスの声にムーディ先生が叫ぶ声がタイミング良く被さる。自棄じゃないよぉと笑えば彼は悔しそうに唇を食い縛った。ほんとうに自棄ではない。
「約一時間後に『隠れ穴』で会おう! いち……に……さん!」
合図と同時にハグリッドとハリーを乗せたバイクがガスを噴かし、大爆音を響かせる。それに合わせて、私たちも暗い夜空へと飛び上がった。
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