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 『臭い』。
 正確には『十七歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』。魔法省が未成年の魔法を発見する方法のことを指す。何度も問題にされているように、未成年である私にもそれはまだついていた。
 でもこれについて私はそこまで重要視してない。誰が使った特定できるわけでもない、結局穴だらけのバグ技だもんね。マスボ百個なぞのばしょ金の生る木無限増殖。『臭い』なんて所詮ワザップレベルだ、と舐め切っている。

 さて、ではハリーの家をすっかり遥か下にし、保護呪文の管轄区域を出た今。未成年の『臭い』つきな私及びハリーが魔法を使ったらなにが問題になるか。顔も知らぬこの付近の未成年魔法使い──いるとしたらの話だが──が魔法省に怒られちゃうかもね、というだけだ。運の悪いその魔法使いさんが魔法族の子供であることを祈って、私は杖を振った。

「エクスパルソ!」

 派手な爆発が夜空を照らす。私たちを包囲していた死喰い人の一人に直撃し、体勢を崩し落下していく。きたねえ花火だ。シリウスが手綱をグイッと引っ張るとセストラルが後方に体を逸らす。その鼻先を緑色の閃光が掠めた。突然の乱戦にもかかわらず、セストラルは落ち着いて従ってくれている。暴れないなんてさすがハグリッドが手塩にかけてただけある。あとで生肉あげようね。

「インペディメンタ──私が散らすから!」
「ああ、道は任せろ!」

 シリウスはセストラルに集中してと頼み、油断なく周囲を牽制する。他のみんなが呪文を叫ぶ声──ハリーは……いた、随分低い位置にいる、そのまま車道を使うつもりらしい。追って行こうとする一人へ背後から呪文を撃ち込み撃退する。ムーディ先生やレベッカたちが一際高く飛び上がり、戦線を離れていった。私たちも目的地──叔父さんの家に向かわなくては。
 セストラルがクルクルと呪文を避けながら急降下し、地面にぶつかる寸前で体勢を戻し今度は急上昇していく。追ってきていた死喰い人にすれ違いざまに呪文をぶつけつつ、雲に突っ込み姿を隠せば、激しい高低差や空気の冷たさにキンと耳鳴りがして痛んだ。

「もうすぐ──もうすぐだ!」
「クルーシオ!」
「しまっ──!」
「っ──グレイシアス!」

 雲を抜けた先で待ち構えていた二人の死喰い人の片割れが飛ばしてきた最悪な呪文がセストラルに当たってしまった。セストラルが悲痛な鳴き声を上げ、大きな羽根から力が抜けてだらりと下がる。重力のまま、一気に降下していく中、私は近くの雲を片っ端から凍らせ、細かいつぶてを死喰い人らめがけて飛ばした。ラッキーなことに最初の数弾が二人の杖を弾きとばした。次いで、すぐに近くにあった電柱から電線を切り外し、縄のように操って死喰い人たちを拘束する。電気を帯びた紐でぐるぐる巻きにされ身動きが取れなくなった彼らを、最後にシリウスが呪文で地平の彼方まで吹き飛ばせば、夜は静寂を取り戻した。
 これでもう私たちの追手はいない。いないが──。

「シリウス!」
「く、エネルベート──エピスキー! だめだ、錯乱してしまっている!」

 先程の磔の呪文のせいでセストラルが大暴れしてしまっていた。セストラルは魔法が効きづらいのに手加減抜きでめちゃくちゃやってくれたなあいつ。なんて恨んでいる合間にも私たちはものすごい勢いで落下している。このままじゃ大怪我どころか死んでしまう、せめてひと羽ばたきしてくれなきゃ全員ぺしゃんこだ。ひゅうと耳元で風を切る音がする。ああごめん、怖かったよね、守れなくてごめん。私はすべすべした首にしがみついて必死に叫んだ。

「あと少し、少しだけお願い──テネブルス!」

 抱いた首に入っていた力が少し抜け、張り詰めていた筋肉が緩まる。いななきが止み、暴れる力が弱まった。大きな羽根が宙を掬い上げるように撫で、セストラルは空へ高く舞い上がる。少し浮いた私の腰をシリウスが慌てて掴んだ。

「お手柄だったな、エレナ」
「うーん……でも電線壊しちゃったし……この近辺にPC作業してる人いなきゃいいけど」
「こっちも緊急事態だったんだ、仕方ない……ああ、やっと着くぞ。他のみんなは大丈夫だろうか……」

 家に入り、移動キー発動時間まで少し休憩したり、アンブル(しばらく叔父さんに世話を任せていた)やフォークスと戯れ。そうこうしている間に変身も解け、移動キーの時間になったのでセストラルの様子を見がてら庭に出る。セストラルあらためテネブルスちゃんは渡した生肉を食べ終わり、今は落ち着いているようだった。疲れたのか、目がとろんとしている気がする。私たちに気付くと、テネブルスは立ち上がり駆け寄ってきた。巨体に迫られ圧の強さに一瞬怖気づく。

「しかし助かったよ。魔法も頼りになったがなにより最後の……よく名前を知っていたな」
「半分は賭けだったんだけどね」

 見覚えあるようなないような……ってところだった。テネブルスの首辺りを軽く叩く。手に擦りついてくるテネブルスの瞳は心なしかうれしそうだった。

「そんなわけでこれから私のことは風の谷の姫姉さまと呼んでほしい」
「はいはいプリンセス。それじゃ、行くぞ」
「またね、テネブルス」

 次はもっと平和な時に遊ぼう。片方だけレンズのない眼鏡のつるを掴むと、へその裏側をぐっと引かれそのままくるくると体が回った。平衡感覚を失いぐらついた私をシリウスが支える。走ってくる音に顔を上げるとジニーとウィーズリーおばさんが駆け寄ってくるところだった。

「よかった、時間通りよ。あなたたちが一番目──予定通りならマッド・アイたちがもうすぐ──」

 言葉の途中で暗闇に青い光が灯る。光が静まったころ、三人の人影が現れた。セドリック、叔父さん、そして──。

「ムーディ先生! 生きてた!」
「わしがこのくらいで死ぬわけないだろうが」
「ですよね! セドリックは──無事! 叔父さんも五体満足!」

 三人に走り寄り、全員の身体検査を素早く行う。ムーディ先生に関しては煩わしそうに振り払われたが、それさえも元気な証拠なので嬉しい。

「エレナも無事でよかったよ。きみの叔父さんはすごいね、僕何度も助けられちゃった──」
「助けられる? なにかあったの?」

 セドリックの言葉にウィーズリーおばさんの顔が青くなった。似たような顔でジニーも私を見る。

「死喰い人に待ち伏せされてたの。飛んですぐに襲撃された」
「そんな!」
「我々は最初『例のあの人』に追われていた。引っかかってくれたのはありがたかったがね……」
「まったく、どういうことだ? なぜ計画がバレていた?」
「まさかマンダンガスが──?」
「いや、それはないはずだ。それより、他の者の安否は──たしか次はハリーじゃないか? 本物の」

 ちょうど空中に光の渦が巻き起こり、大きなシルエットを生み出した。シリウスが走っていき、四つん這いになっているハリーを助け起こし、きつく抱きしめた。

「ああ、よかった、ハリー……」
「シリウスも、無事で……ほんとうに……」

 その後ろでよっこいしょと立ち上がったハグリッドは具合悪そうにしている。片手にはヘドウィグの鳥籠を持っている。中の鳥も、激しい旅路のせいでぐったりはしていたがそれでも生きていた。近くに寄ってちゃんと温かさを確認し、深く息を吐く。
 とりあえず、今回の山場は越えたといっていいだろう。一先ずは……あとは流れの通り進んでいてくれていれば……。ビルやフラー、トンクスといった新婚組を巻き込まずに済んだことにも、私は安堵していた。ルーピン先生は是が非でも参加する心づもりだったらしくてうまいこと誘導できなかったけど、まあ大丈夫、なはずだ。

「ヘドウィグ預かるよ。ハグリッド、大丈夫?」
「んにゃ、ああ……ブランデーをちっくともらえりゃ──」

 隠れ穴に入ろうとしていたところでジニーの叫びに振り返る。光の中から現れたのはレベッカとジョージだ。地面に倒れた二人は──違う、倒れたのは一人だ。もう一人は倒れた方を地面すれすれで支えていた。

「だれか!」

 レベッカの叫びにセドリックが走った。続いてハリーやシリウス、叔父さんが駆け寄り、三人がかりでジョージを抱えて居間へと運びこむ。私とセドリックはフラフラのレベッカを支えた。怪我こそしていないが彼女は服も手も血塗れで、頭の片隅で遠い記憶が疼く。

「ああ、ジョージ、そんな──!」
「(──ああ、そうだ)」

 ソファに寝かされたジョージの顔を恐る恐る覗き込み、記憶と嘔吐感が同時に襲ってきた。耳がない。あったはずの場所にぽっかり穴が開き、顔の半分を鮮血が染めている。「レベッカ、何の呪いか分かるかい?」ボロボロ泣いているレベッカに叔父さんがやさしく尋ねた。

「た、たしか、セクタムセンプラと──」
「それじゃあこれはスネイプが?」

 鋭く叫んだハリーにレベッカは少し迷った末に小さく頷く。

「あの人の声だったと思うわ……」
「……止血しよう、私がやります」

 取れた耳がないから生やすことはできないけど、反対呪文なら知っているし、止血くらいならできる──教えてもらったから。この事件を忘れていたという後悔を今は押し殺し、傷口に向き合った。肉の間に骨が覗いている。数度反対呪文を唱えると傷口が縫うように塞がっていき、最初の裂傷した状態に比べればずっとましになった。でもまだ完全に治ったわけではないし、薄い傷跡が見える。

「多分ハナハッカを飲んだ方が──私がそうだったから」
「あ、あるわ──アクシオ ハナハッカ──」
「……フレッドとアーサーが来るぞ」

 時計を見ながら言ったムーディ先生にみんなが肩を跳ねさせ、庭のほうを見る。ハナハッカを私に押し付けたウィーズリーおばさんが勝手口のほうへ飛びつき、「アーサー!」と声を上げた。

「ああ、二人とも無事でよかった──」
「他の者は? みんな──」

 慌ただしく居間に入ってきたウィーズリーさんが言葉を失くす。フレッドはそんな父親の後ろから部屋を、私たちが囲む人物を──自身の片割れを見て、口を半開きにしていた。そんな彼を見て、「ごめんなさい」とレベッカが消え入りそうな声で謝罪する。目を赤くする彼女に、ウィーズリーおばさんが涙で目を光らせながらも首を振った。こびりついた血をふわふわのタオルで丁寧に拭っていく。

「あなたのせいじゃないわ……襲撃されるなんて誰も──」
「違うの、そうじゃなくて、彼──わ、私を庇ったの……ごめんなさい」

 レベッカは再び泣き出す。謝罪を繰り返す彼女になんて声を掛けたらいいのか誰も分からなかった。弱気なレベッカにウィーズリーおばさんも戸惑った様子を見せていたが、やがて啜り泣く彼女をそっと抱き締め、その黒髪を撫でた。話し声で意識が戻ったのかジョージが身動ぎをする。

「ジョージ、具合はどう?」
「聖人みたいだ」

 ウィーズリーおばさんが具合を尋ねると、目を薄く開いたまま耳の辺りを指でまさぐって呟いた。「頭もやられてるのか?」フレッドがゾッとしたようにジョージを見下ろす。

「見ろよ、穴……ホールだ、ホーリーだ。聖人だろ? 分かったかフレッド?」
「──……なっさけねえ」

 ウィーズリーおばさんが息子の首元にしがみついて激しく啜り泣く。フレッドは強張っていた筋肉を無理やり動かして精一杯笑顔を作ってみせた。

「情けねえぜ! 耳に関するジョークなら吐いて捨てるほどあるっていうのに、なんだい、『ホーリー』しか考えつかないのか?」

 調子を取り戻した兄弟にジョージは口の片端を上げた。それからなにかを探すように目を動かし、ある一点で動きを止めてふっと微笑む。射止められたレベッカはぎしりと音が出そうなほど硬直した。

「これで見分けがつくだろ、レベッカ?」
「……ごめんなさい」
「やめてくれよ。これは正真正銘、名誉の傷なんだぜ。誇るべき勲章だ」
「でも、私を庇ったせいで──」
「気付いたら体が動いてた。そりゃあいたかったよ。でもそれより、きみにこれが当たらなくてよかったって、それだけを強く思った――後悔は、すこしもしてないんだ」

 ジョージはそう言って、レベッカの垂れた艶やかな髪に手を伸ばす。指先でさらりと掠め、「短いのも似合ってた」と、もう鎖骨辺りまでの長さの彼女の髪をそう褒め、満足そうに笑った。
 

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