13



 私がなぜハーマイオニーの支度を手伝うことになったのか。理由は単純。大事できゃわな友達を一度思い切りかわいくしたかったからだ。打倒ロン・ウィーズリー。晴らせいつぞやの雪辱。尚こんな野望を掲げているのは私だけである。ニニィは私の企みなどこれっぽっちも知らない。

「おはよ」
「おはよう。……あの……本当にやるつもりなの?」
「もちのロナルド」

 昼前から向かった隠れ穴、ハーマイオニーの部屋。挨拶もそこそこにドレッサーの前へ座らせ、指の背で白い頬を軽くつつく。もっちり滑らかな肌にふにと柔く反発された。スキンケアは事前に、とお願いしていたが、さすがハーマイオニー。随分念入りにやってくれたみたいだ。

「ドレスはあれだよね」
「ええ、そうだけど――」

 壁にかかる赤いドレスを横目にテーブルに並ぶ化粧品に魔法をかけ宙に浮かせ、ブラシの一本を手に取る。落ち着かない様子のハーマイオニーの頬へと下地をのせれば、彼女はなぜか覚悟を決めたような顔で口を引き結んだ。



「エレナにこんな特技があったなんて知らなかったわ」
「意外だった?」
「少しね」

 一時間半近く経った頃、ハーマイオニーは普段より少し濃い睫毛をぱちぱちとさせて驚いていた。別に得意ってわけではないが、それでも同年代の女子よりは慣れてる。多少のブランクはあるけど。ちゃんと今日のために練習もしたしね! 叔父さんのアドバイスはなかなか的確でちょっと面白かったな。さすが年の功。
 化粧をする前の様子を思い出して問いかければ、彼女は居心地悪げににやっとした。ハリーに似た笑い方だ。つられて口角を上げつつ「でもまだ終わりじゃないよ」と口にすれば、ハーマイオニーは少し首を傾げた。くるんと巻かれた毛先が揺れる。

「髪だってもう完璧なのに?」
「あとちょっとだけ。――薔薇は紅く、菫は青い」

 歌うように口ずさみながら杖を軽く振った。纏っていたルームウェアが溶けるように赤いドレスへと変化していく。続けて彼女の後頭部を自作のヘアアクセサリーで飾り立てた。中心に咲いたオーロラ色の花から葉や蔦を模した金の細工がのびていく。ところどころにあしらわれている朝露をイメージした宝石がキラキラと光った。クリスタルもあれば、ほんのりピンクのもの、角度によって淡い紫にも見えるようなものもある。ハーマイオニーの身動ぎで、天窓から射し込む陽光を反射して美しく煌めいた。

「花は芳しく、あなたは綺麗だ」

 ものすごく何か言いたそうなハーマイオニーを押し留め、机に置いてあった彼女の香水を取った。うなじや手首、最後に跪いて足首へふわりと軽く纏わせる。

「……はい、かわいい!」

 出来栄えを確認するために数歩離れた。うん、我ながら完璧。素材が良すぎたというのが大きい。メイクも、華々しい赤のドレスに引けを取らない天才的な塩梅でできた。髪形も無事レベッカから教えてもらった通りに完成させられたという満足感にほうと息を吐く。これでロンは間違いなく骨抜き。勝ちました。「エレナ、これ!」ハーマイオニーは鏡で後頭部に咲いた花飾りを確認し、すぐにこれがなんなのかということに気が付いた。

「まさか、いつもあなたが使ってたものじゃないわよね?」
「使ってたやつです」
「だめよ!」

 ハーマイオニーが金切り声を上げて椅子から立ち上がる。あ、この香水いい匂い。漂ってきた香りに惚けていたが、ハーマイオニーが「使えないわ」と髪を解こうとするので慌てて制する。急いで上着のポケットから取り出したものをハーマイオニーの顔の前に突きつける。

「もしかして壊れたの? いつ?」
「ダンブルドアが死んだ夜」

 あの戦いの夜、ドラコから貰ったこの髪飾りは切り離された髪と一緒に飛んでいき、見つけたときには花細工の花弁は一枚だけ外れてしまっていた。乱戦だったから仕方ない。むしろこれだけの破損で済んでむしろラッキーだったと思う。

「それなら直すわよ、貸して」
「私も最初は直すつもりだったよ。でも髪は短くなっちゃったし──」
「伸ばせばいいじゃない!」
「伸ばす伸ばす、伸ばすから聞――」
「あの夜以降あなたはピアスもつけてないわ!」

 それも壊れただなんて言わないわよね、と険しさを孕んだ眼差しを送られたが、私は肩を竦めるだけに留めた。ノーコメント。

「いいから聞いてってば――あのね、せっかくならこれはハーマイオニーに持って行ってほしいなって思ったの。周りの装飾外せばそんな荷物にもならないだろうし……で、全部終わったら返しに来て」

 ぎくりと身を強ばらせたハーマイオニーの視線が、部屋の隅へと素早く動く。視線の先にあるのは、何の変哲もない小さなビーズバッグだ。ハーマイオニーはしばらく瞳をうろうろさせ、言葉を探したすえに「分かったわ」と静かに呟いた。

「ありがとう、エレナ」
「こちらこそ」
「私もエレナに持っててほしいものがあるの」

 彼女はぱっと立ち上がると、ビーズバッグの方へ早足で近付いた。しゃがんで少しごそごそしたあと、包装された細長い箱を手にして戻ってくる。

「開けてみて」

 差し出された箱を受け取り、淡い桃色のリボンを解いて蓋を開けると、中にはロケットペンダントが入っていた。楕円のペンダントの表面には小さなフクロウが描かれていて、すぐにアンブルだと分かり頬が緩む。あの子そっくりな綺麗な琥珀の瞳だ。
 縁にある突起を押して中を見る。けれど手の中のペンダントの中身は、墨塗りされたように真っ黒だった。てっきり写真が入ってるかと思っていたため戸惑う。目を瞬かせる私に、ハーマイオニーはグロスが艷めく美しい唇を綻ばせた。

「ねえ、これ――?」
「両面鏡の一部を嵌め込んでるの。両面鏡――ハリーとシリウスの持ってるあの鏡よ。実は、シリウスに頼んで一部を使わせてもらったのよ」

 興奮気味な早口での説明に唖然とする。慌てて手元に視線を落とすと、「多分今はハリーのリュックの中が映ってるのね」なんて冷静な解説が入った。

「このこと、ハリーは知ってるの?」
「もちろんちゃんと説明したし了承ももらってるわ。……これで私がどこにいてもあなたといつでも連絡をとれるでしょ」

 呆然としたままペンダントを握り締める私の手をハーマイオニーは両手で包み込み、真剣な面持ちで目を合わせてくる。

「私はエレナのことを妹みたいに思ってる。血は繋がってないけど、それでも大事な家族だって。そんなあなたを置いていくのは本当に辛いのよ。色々とあったばかりだし、状況が状況だし、それに今はネビルだって傍にいれないし。だからなにかあったら――いえ、なにもなくても――これを使って連絡して」
「……分かった」

 縋るようにギュッと力が込められる。揺れる瞳に、彼女は私が断ると思っているのかもしれないなと感じた。たしかに最初はこんな貴重なもの受け取れないと思ったけれど……しかしこんなことを大切な友達に言われて突き返せるやつがこの世にいるだろうか。ありがとう、と微笑むと、ハーマイオニーはやっと安心したように相好を崩した。

「ハーマイオニーも男二人への鬱憤が溜まったら連絡してね。爆発しちゃう前に」
「ぜひそうさせてもらうわ」

 至極真面目ぶって神妙に告げればハーマイオニーも重々しく頷く。数拍後、私たちは同時に噴き出した。

「誕生日おめでとう、エレナ。あの日、私のコンパートメントに来てくれてありがとう」

 眦が落ちたやさしい笑みを向けられ、言葉を探して口を開ける。けれど喉が張り付いたように乾いていて声がでそうになかったので、何も言わずに閉じた。私はこんなことを言ってもらえるような人間じゃない。だって本来ならいないはずの――いなくてよかった存在なのだ。無理やり捩じ込んだ邪魔者に過ぎないのに。

「……ありがとう」

 しかしそうと分かっていてもハーマイオニーの言葉がどうしようもなく嬉しくてたまらなくて、渦巻く感情たちをどう処理すればいいのかよく分からなかった。絞り出した声の掠れをどうとったのか、ハーマイオニーは黙って私の頭を撫でてくれた。



 しっとりしたなんだか気恥しい空気を霧散させるように自分の身支度も手早く済ませ――十分程度で終わらせたらハーマイオニーにすごい目で見られた――、会場へと向かう。ハーマイオニーにはバッグの中身をもう一度一から確認しておきたいから先に行っててと言われたので一人だ。テント付近で、フレッドからすれ違いざまに「なんだよ!」と声をかけられる。

「開口一番にそっちがなに??」
「せっかくの結婚式なのに、随分色気のない格好じゃないか」
「シンプルでいいでしょ」
「シンプルすぎだぜ、裸も同然だ」

 私は“この後に起こること”に備え、なるべく動きやすそうでシンプルな衣装を選んでいた。原作通りに進むなら、きっと招かねざる客たちが来てしまうはずだから。
 たしかに、言ってる本人は髪も服もばっちりきまっていた。まあそっちは兄貴の結婚式だしね。気合いが入ろうというものでしょうね。じろじろとした品定めするような視線を、放っておいてと手をひらひらさせて跳ね除ける。そりゃフレッドに比べればシンプルではあるかもしれないが、別にマナー違反ってほどカジュアルではないんだから。ていうかセクハラじみた言い方だ。なんかやだ。

「今日は結婚式なんだぜ。しかもなんときみの誕生日でもある。今から支度手伝ってやろうか?」
「お気持ちだけで結構です。ジョージは?」
「相棒なら絶賛鏡とお友達さ」

 まだ支度してるのかと目を見張ると、フレッドは「今日はレベッカも来るからな」と補足してくれた。

「無謀なことに、やつは今どうにかこうにか、この俺よりいい男になろうと必死さ。名誉の勲章だけで満足しときゃいいのに」

 フレッドは軽い調子でそう言って片耳を指さした。正直笑えないなと思ったが、愛想笑いで場を濁しておく。私の様子を不自然がることもなく、フレッドは杖を一振りした。「ほら」顔の前でふわふわ浮く分厚い冊子に目を眇める。

「なに?」
「誕生日プレゼントに決まってる。ほら、見てみろよ」
「……開けた瞬間劇的に老化したりしない?」
「そりゃいいな、次誰かになにか贈る時はそうするよ」

 余計なこと言ったな。後悔しながら腹を括って重厚な表紙を捲る。中は普通の(ただし動くが)写真だった。主に私が中心に撮られているため、ネビルが一緒に映っているものが多い。DAの時や、休日の談話室でたむろしてる一幕が切り取られている。かぼちゃタルトを口いっぱい頬張っているネビルを撫でると、フィルムの中の彼は擽ったそうにはにかんだ。懐かしい思い出に胸があたたかくなると同時に、ぎゅっと締め付けられる。

「実はコリンにも協力してもらったんだ。どうにか連絡とってな」
「すごい、こんなにたくさん……」
「だろ? きっと喜ぶだろうってエドガーからのお墨付きもあるからな」
「……は?」
「ああ、これは俺とジョージ、レベッカとセドリック、それからスペシャルサンクスのエドガー・ワイアットの五人で作ったんだよ」

 ほら、と言って彼が何ページか捲り一枚の写真を指差す。レモンパイにかぶりつく叔父さんをむっつりとした顔で見つめる私の写真だった。これは――この日は。

「……撮ってたなんてきいてない」
「当然だろ、言ったらサプライズにならない」
「プライバシーの侵害だ」
「エドガーのおかげで完璧に完成させられたんだぜ、そうカリカリするなよ――これなんかほら」

 顎を引いて俯いたまま動かない私のかわりに、フレッドがまたページを捲る。視界に飛び込んできた“数ヶ月前の”写真をみた瞬間、心臓が一度大きく跳ねて、止まった。
 橙色の炎が燃え盛る暖炉。もみの木に巻かれた電飾が、チカチカ色彩豊かに点滅している。追加でブランデーを持ってくる叔父さんと、珍しくそれに便乗するお母さん。お父さんがプディングを取り分けて、私がそれを満面の笑みで食べている。もう何度も食べたものだ。見ただけであの懐かしい味が口内に味が広がるような気さえする。もう二度と食べることはできないのに。

「……最高でイチオシの一枚だと思うぜ」

 私もそうおもう、ほんとうに。
 本心からそう思っていたのに、これを音にすることはどうしても叶わなかった。



 フレッドはジョージを冷やかしに行くと言い、家へと戻っていった。気を遣わせてしまった。あとで改めてお礼言わなきゃ。
 気を取り直し、私は私でテントの入口へと向かう。受付カウンターには、ロンとハリー――正体モロだしで出席するわけにはいかないので、ポリジュース薬で赤毛の男の子に変装している――が立っていた。

「鏡、さっき受け取ったよ。ありがとう」
「そっか、よかった。……でもあんまり頻繁に連絡はできないと思う、きっと危険な旅になるから」
「うん、分かってる」

 険しい顔つきで付け足すハリーに頷く。現時点で手掛かりゼロだしね。ヴォル呼びNGのこともレギュラスの真相も知っているから情報戦においてはかなりリードしている。ムーディ先生達だってピンピンしてるし戦力も申し分なければ、ロケットは壊れてるから分霊箱の残数も少ない。……はずなのに、原作よりハードモードに入ってる気がするのはなぜだろう。なぜもなにもワイアットのせいですねごめんなさい。

「一日一時間に留めるね」
「エレナ」
「ごめんなさい」
「……にしてもさ、ハーマイオニーって意外と寂しがり屋だよなぁ」

 ロンはニヤニヤと顎を撫でた。なんだかあらぬ妄想をしていそうな、だらしなくていやらしい顔だ。ふとペンダントを貰ったときにハーマイオニーが言ってくれたことを思い出す。

「ねえ、私これ貰うとき、ハーマイオニーに妹って言われたんだけど知ってた? ロナルド・ウィーズリーさん」
「知ってたっていうかハーマイオニーからは聞いてたけど……なんで名指しなんだよ」
「いや、そういうわけだから我が姉と付き合いたいなら妹の私を倒してからにしてねっていう宣告的な」
「無理だよ!」
「そんな悠長なこと言ってていいのかなぁ」

 含みを持たせて目を細めれば、ロンは「どういう意味さ?」と狼狽えた。リストの下段をトンと指でつついてから二人の横を通り抜けて会場へと向かう。

「――ビクトール・クラムだって?」

 妙な機嫌の良さが一遍に取り払われたロンの声を背後に、私はテント内から伸びている紫の絨毯を進んでいった。


- 200 -
 ←前 次→
 back
 >>HOME