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しまった、ロンをからかうのに夢中でどの席に座ればいいのか聞くの忘れてた。
人がほとんどいない会場内を目の当たりにして、ようやく自らの失態に気が付く。客の入場が本格的に始まるのは十五時。しかし現在の時刻は十四時半過ぎだ。会場内に客はまだほとんどおらず、豪華な飾り付けに反して閑散としていた。案内係の彼らが先んじて気付いてくれまいかと振り返ったが、誰かが来てくれる気配もない。今から戻るのはなんかちょっと……かっこ悪いよね。あんだけ煽っといてね……。
完全に自業自得なのだがさてどうしたものかなと会場内を見回しかけ、隅っこの席にぽつねんと座っている人影――我が叔父の姿をはたと見つけた。彼は白いローブのウェイターたちが場内を忙しなくセットしていく様や、金色の派手な衣装を纏ったバンドマンたちがステージで楽器をチューニングしたりしているのをじっと眺めている。身動ぎ一つしないブロンドの後頭部と背中がどうしてかやけに小さく、そして頼りなく見え、無性に落ち着かない気持ちに駆られた。腰掛けている椅子が華奢なせいだろうか。細く捻れた脚も、てっぺんについたヒラヒラとした妖精の羽のような半透明なリボンもとても可愛いが、そこに叔父さんが座っていると思うと少し不思議な感じがした。
「叔父さん」
「……ああ、エレナ」
近付きながら声をかければ叔父さんはゆったりとした動作で振り向いたが、それは夢現のように眠たげな声で、浮かぶ表情もどこかぼんやりとしていた。
叔父さんの隣にあった椅子がひとりでに引かれたのでそこに腰掛ける。すると目の前に置いてあったホタテ貝の内側に、【エレナ・ワイアット】という光る青文字が浮かび上がった。おしゃれなプレイスカードだ、かわいい。フラーらしいな。叔父さんの前には手のひらドラゴンのレプリカが吐き出した炎で名前を作っていた。こっちはビル発案なんだろうなとひと目で分かる。うーん、おとこのこっていつもドラゴン……。
「随分早くから来てたんだ?」
「まあ、今の私にやれることはそう多くないからな」
叔父さんは手をくんと動かし、どこからかロゼシャンパンが並々入ったグラスを呼び寄せて私に差し出した。淡いピンクのそれに口付けながら、テーブルに置かれた叔父さんのものと思しき普通のシャンパンをちらりと見遣る。グラスは汗を浮かべていたけれど、中身はほとんど減ってないように見えた。
「成人おめでとう。手紙は読んだか?」
「うん」
言いながら、鞄から封筒を少しだして彼に見せる。去年のクリスマスに叔父さんから渡されたこの封筒に入っていた紙は二枚。一枚は深夜に読んだ手紙。そしてもう一枚は――。
「まさかあの家の相続人にしてもらえるなんて」
「きみなら完璧に管理できるだろうという判断さ」
知らなかったはずもない彼は、いたずらっぽく笑った。
入っていたもう一枚とは、私が何度か夏にお世話になっているあの家の権利書だった。あの家には思い出が詰まっているし、もちろん嬉しい。成人祝いとはいえ、ちょっとあげすぎな気はするが。
「でもやっぱり直接欲しいなあ」
「うん?」
「誕生日プレゼント。ちゃんと今日この日に、あなたから欲しい」
「……それもそうだな」
苦笑した叔父さんから「なにがお望みだ?」と尋ねられ、今度は私がしてやったりと目を細める。まんまとかかったな。私を取り巻く現状に罪悪感のある彼なら、こういう言い方をすれば私の『お願い』をきいてくれるだろうと分かっていた。「じゃあ」綺麗に笑って口を開く。
「ホッグズ・ヘッドに行きたい」
「……なに?」
「うそ、ホッグズ・ヘッドには別に行きたくないかな。でもあのお店の物を食べてみたい。から、叔父さんが一人で行って、なにか店主さんのオススメをテイクアウトしてきて」
おねがい、と精一杯かわいい甘え声――猫撫で声とも言うかもしれない――をだしてみたつもりなのだが、叔父さんの顔はぴしりと凍りついた。まるで脅迫されたみたいな顔だ。ひどい。
「明後日のディナーには使いたいから、その時までによろしくね」
日付を指定し追い討ちをかける。口の上手い彼の逃げ道をなにがあっても断たねばという強い意志があった。明後日と猶予を作ったのはせめてもの慈悲である。
「それから、『それ』もなし」
トドメに紅色のジャケットの胸あたりを指差す。その内側に彼愛用の携帯用酒瓶がしまわれていることは知っているのだ。
長い沈黙の末、「わかった」という小さな声が低く絞り出される。その言葉に満足しながらグラスを大きく傾けると、よく冷えた酒が弾けながら喉を滑っていき、目の前が鮮明に冴えた。実はこれでもちょっとだけ緊張していたため、喉が乾いていた。他人の家族問題に踏み入るの、勇気いるよね。
「……あ、あと、こっちはもしよければなんだけど。今年一年、個人レッスンしてくれないかなぁって」
「個人レッスン?」
「ほら、私、今年は学校に行けないでしょう? だから叔父さんが色々教えてくれたらとっても嬉しいなって。……お手隙の際だけでいいので」
「それはもちろん構わないよ。私でいいならば、いくらでも。……なんなら、むしろそっちを優先させてほしいくらいなんだが」
どこか縋るような眼差しで窺ってくる彼の様子が子どものようで面白く、からりと笑う。「それはだめ」ばっさり切ってグラスを空にすると、叔父さんはがっくりと肩を落とした。
「にしても暇ですねえ。百味ビーンズで度胸試しでもします?」
「よかろう」
叔父さんは渋い顔でお菓子を呼び寄せた。そんな顔するなら断ればいいのに……。
百味ビーンズを酒のあてにしながらだべっていると、不意に肩をトントンと叩かれる。振り返るなり飛び込んでくる輝かんばかりの笑顔。
「えっライアン?」
「久しぶり、エレナ! 覚えててくれて嬉しいよ」
「そっちこそ、よく私が分かったね。髪も短くなってるのに」
「当然じゃないか。今の髪型も素敵だね」
歯の浮くような台詞とともにウインクを飛ばされ、その相変わらずさにちょっと苦笑いをしてしまう。ライアン・ロベール。四年の三校対抗試合のクリスマスパーティの際、一緒に踊ってくれたボーバトンの彼だ。そういえば彼は、フラーとは良い友人だって言ってたっけ。
叔父さんがじろじろと品定めするような眼差しをライアンさんへ送っていたので、二人は初対面だったかと気付く。
「叔父さん、こちらはライアン・ロベール。トライウィザード・トーナメントのときに知り合ったの」
「ああ、知っているさ。お前のパートナーだった彼だろう」
叔父さんはアルバスから聞いた、とおざなりに付け加えながらぶっきらぼうに手を差し出す。握り合っている手にやたらと力が籠って見えるのは気のせいだろうか。
「エドガー・ワイアットだ。元闇祓い」
「はじめまして、エドガー」
「いきなりで失礼かとは思うが、現在のご職業は?」
「フランス魔法省で外交関連の部門に所属しています」
「上司は誰だ?」
……なんか面接みたい。ライアンさんもそう感じているのか、受け答えしつつも笑顔が若干困っていた。変に気難しい顔の叔父さんを、「上司なんてきいてどうするの」と窘める。
「私はこれでも顔が広くてな。フランス魔法省にだって友人は少なくない」
「それにしたって……もうちょっと雑談のノリで聞いたら? なんか査定っぽくて怖いよ」
「そうか? すまないな。しかし査定というのはあながち間違いでもないよ。なにせうちの大事な姪と、随分仲が良いみたいだから」
思わずライアンさんと顔を見合わせる。彼は少し驚いていたが、むず痒そうにはにかんでいた。その様子から彼も同じ気持ちを抱いたのだと分かり、私も軽く吹き出して笑う。
「やだ、全然そんなんじゃないよ、私たち。ねえ?」
「えっ」
「それにライアンは恋人もいるし」
「えっ?!」
「ああ、あのね、実は去年の休暇にノルウェーに行ったんだけど。その時ライアンのこと見かけたんだ。金髪の女性と歩いてたよね?」
「それは姉だよ!」
間を置かず叫ばれ、そうなの? と首を傾げれば、「そうさ」と熱を持って頷かれた。あれ、お姉さんがいたんだっけ? 知らなかった。遠目だからはっきりとはいえないけど、言われてみればたしかに似てたような……。
「まあどちらにせよ私たちはそういうんじゃないけどね」
「……そうか」
重々しく呻いた叔父さんはまた新しくグラスを呼び寄せ、なぜか肩をがっくりと落としているライアンさんへと差し出した。「先は長そうだな」とかなんとか、なんだかよく分からない妙な言葉をかけていたが、不思議なことにライアンさんにはしっかり意味が通じたらしく、彼は彼でさらに深く項垂れた。仲良くなったみたいでなにより。なんだか知らんけど。
十五時にもなれば招待客が次から次へと現れだし、やがて式が始まった。ウェディングドレスを身に付けたフラーは、それはもう美しかった。ヴィーラの血が流れているから、とかは関係ないだろうと断言出来る。きっとただ幸せなだけなんだ。愛する人と永遠を誓えることが。いつになく穏やかで今にも蕩けてしまいそうなほどの微笑を携えている花嫁の姿に、そんなことを確信した。
花婿達の誓いの儀が終わると、天井を残してテントの外壁部分が消えた。巨大な傘の中に集められているような形になる。周りを取り囲んでいた見事な果樹園や田園風景が一望できるスタイルになり、誰かがその美しさにほうと感嘆の息を漏らしたのが聞こえてきた。中央にある支柱から溶けた金がするすると流れていったかと思えば、フロア一面が金色に眩く光る。せり上がったステージへ上がったバンドマンたちが、スローテンポの音楽が奏で始めた。新郎新婦、その両親同士のダンスをしばらく全員で見守り、一組、また一組と輝くダンスフロアへと身を投じていく。人が増えるのに合わせ、音楽のテンポは早くなっていった。ライアンさんが「ねえ」とそわそわとした顔を近付けてくる。
「また一緒に踊らない?」
「あ、ごめん、友達と合流したいから今回はパスで。新郎新婦に挨拶もしておきたいし――叔父さんは?」
「私はあとでゆっくりさせてもらうよ」
携帯用酒瓶をちびりと一口飲みながら、叔父さんはいっておいでとばかりに手を振ってくれる。私がライアンさんの手を握りにっこり微笑むと、いきなりだったため驚いたのか、彼はほんのりと頬を染めた。
「今日は会えてよかった! 機会があれば、いずれまた!」
「えっ、あ、うん……また……」
ぎゅっとして数秒でパッと離すと、ライアンさんはなんともいえない顔付きで力なく手を落とした。叔父さんが意味ありげな顔をしてライアンさんの背中に手をやり、またお酒をすすめている。ほんとに仲良しになったみたいだ。ああそうだ、せっかくなら叔父さんと踊ってあげてくれないかな。気分転換にもなりそうだし。
お節介なことを考えながら、人混みを歩き知り合いを探す。ルーナが一人で踊っていたので少しだけお相手してもらったりしながら会場内を歩き回る。こんなおめでたい日に不釣り合いな不機嫌顔のクラムがいたので、杖先から泡を作って彼の顎髭を真似してみせたら、ぽかんとした後に口端を歪めるようにして相好を崩してくれた。
それなりに長いこと歩き、そうしてやっと背の高い赤毛二人組を発見する。先に私に気が付いたフレッドは、片割れをつついて私の存在を教えた。ジョージが私を見ようと振り返ったことで、二人の影に隠れていたレベッカが姿を現す。スリットが深く入ったチャイナ服のような深緑色のロングドレスを着ている。さっぱりと纏められた髪には、燃えるような緋色をした火花のような髪飾りを付けていた。彼女は私を見るなり、途端に美しい相貌をげんなりとさせて歪めた。
「あんたね、もうちょっとまともな格好しなさいよ」
「いやいや、充分及第点でしょ」
「我らが偉大なる兄上の結婚式に及第点を狙うなんて度胸あるな」
「ミュリエルを見習えよ」
「だれ」
ジョージが顎を使って左斜めの方向を差す。「目は合わせるなよ」忠告に従いつつ注意してそちらへ視線を向ければ、育ち過ぎたフラミンゴのような格好をした老婆が視界に映った。存在感……周りが遠巻きにしてる分ひとしおだ。アレを目指せって? 無茶言うな。
「みんなフラーたちへの挨拶は行ったの?」
「ああ、ついさっきな」
「……ねえ、そういえば花婿に『未来の義妹』とか言われたんだけど」
「は?!」
「あんた達、普段一体どんな馬鹿げたことを吹聴してるのかしら?」
「僕はなにも言ってない!」
一瞬でジョージの顔がレベッカの髪飾りと同じくらい真っ赤になった。ジョージは茶化すようにひゅうと口笛を吹くフレッドを激しくひと睨みし、次いで私を睨む。鬼のような形相だが、赤いせいで全く怖くない。
「私は何も言ってません」
「右に同じく」
身に覚えがなさすぎるのでキッパリと断言する。フレッドが知るかよと軽く肩を竦める横で、「きっとビルの独断だよ」と推測を伝えれば、ジョージは「文句言ってやらなきゃ」と肩をいからせて人混みに消えていった。そんな背中を見ながら、フレッドは頭を私の方へと傾け、そっと耳打ちをしてくる。先程ジョージへ向けていた無関心とは打って変わって、状況を心底面白がっている声をしていた。
「アイツの様子を見てたら、今更わざわざ言わないでもダダ漏れだってことくらい、分かりそうなもんだけどな?」
「だよねぇ」
だって夏の間、ジョージはずっと無言でレベッカの隣についていたんだから。なにか言おうとしてはやめて、の繰り返し。レベッカはガン無視してたけど、傍から見たらもう可哀想やら情けないやらで……。意外にも健気なわんぱく悪戯坊主の恋路を密かに見守っていた騎士団メンバーは、実は少なくない。
「……私に言うことはなんにもないわけ?」
そしてそれを知らないのは当人たち――というよりむしろ、もはやジョージだけなのである。
ぽつりと落とされたレベッカの不機嫌そうな声に、私とフレッドは気付かれない程度に吹き出した。
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