15



 新郎新婦の元へと迎えば、ジョージの猛抗議をビルがアルカイックスマイルで受け流している最中だった。フラーは近付いてきた私に気が付くと、青い目をぐるりとさせておどけた。

「彼、素直じゃありませーん。フレッドとは違いますね」
「意外と似てないよね」

 フラーがこっくりと頷けば、頭上に座する見事なティアラがキラキラと煌めいた。フレッドはビルに似てる。ジョージはチャーリー似だったり? チャーリーさんとあまり関わったことがないからなんとも言えないけれど。ああ、真面目なところはパーシー譲りなのかな。
 そんな取り留めのないことを考えつつ、新郎新婦のテーブル近くに配置された大きなケーキの山を見上げる。

「これ、クロカンブッシュだっけ。すごーい、かわいい」
「デラクール家専属のシェフがいまーす。お祝いごとのときは、いつーもその人にお願いするのです」

 フラーはにっこり笑って「ぜひ食べてくださーい」と私へ皿を差し出した。うーん、食べたい気持ちはあるのですが……。苦笑いしながら、高く積まれたクロカンブッシュを矯めつ眇めつ見る。
 ウェディング特別仕様のクロカンブッシュは、金の派手な飴細工や、バタークリームで造られた極彩色の薔薇、パステルカラーのマカロン、果物で周りを豪華に飾られていて、見る目も鮮やかで可愛かった。可愛すぎて崩すのを躊躇ってしまうほどに。

「こういうマカロンって食べていいものか迷わない?」
「食えばいいだろ、普通に」

 一通り文句を言い終えて気が済んだのか、ジョージは情緒のないことをぽんと言ってマカロンやクリームなどがたっぷり乗った一角をざっくり皿に取った。蝶の飴細工も一匹オマケに取り、小さな山の上へちょこんと飾る。お前そんな、みんなが暗黙のうちに避けていたところを遠慮なく……。けろりとしているジョージへ、感嘆とともに半ば戦慄する。

「ええと、ありが――」
「あいつに渡してくる」
「ああそう」

 話の流れでもらえるのかと勘違いしちゃった。あー恥ずかし。一生やってろ。ヤケクソでしっしっと追い払う手振りをすると、ビルがくすくす笑った。

「僕が取ってあげるよ」
「やった〜! 素敵な旦那さんだねフラー!」
「そうでーす、ビルはきっと――」

 きっとなんなのかは聞けずじまいだった。会場のド真ん中に、銀色の光が矢のように降ってきたからだ。音楽が止まり、それに合わせて客たちもダンスを止める。皆に見守られる中、銀色の光はすうっとオオヤマネコの姿をとった。

「魔法省は陥落した」

 青白いオオヤマネコが聞き覚えのある深い声で朗々と告げる。魔法省にいるはずのキングズリー・シャックルボルトの声だ。

「スクリムジョールは死んだ。連中が、そちらに向かっている」

 守護霊の不吉な報せにざわざわとしたどよめきがさざ波立つ。
 私はふと虫の知らせのようなものを感じ、弾かれたように顔を上げた。果樹園の立ち並ぶリンゴの木の合間に、突として黒い煙が吹き上がったと思った。けれどそうではない。黒い煙が、“降り立った”のだ。
 そう正しく理解した瞬間、私の手は胸にぶら下げていた硝子体を引っ掴んでいた。金の留め具を外し、中の煙を解放すれば、少し前に消えた幕のかわりとばかりに紫色の煙が会場を包み込む。客たちが守護霊のおかげでテント周辺に固まっていてよかっと。
 ドン、と、煙の外から何かがぶつかる激しい音がした。今度はなんだと周囲を見回していた客たちのざわめきがピタリと止む。煙の向こう側から、衝撃音が二発三発と続いた。「くそ!」苛立ったように悪態を吐く男のがなり声がする。

「なんだこの壁、いや煙は――触れない!」
「どけ、さっさと――」
「……! 全員逃げろ!」

 私の行動を隣で見ていたビルが、素早く状況を理解した。新郎が吠えると、シンと水を打ったように静まり返る。刹那、式場内がわっと爆発したように騒がしくなった。叫び声や知人を探す声、逃げ惑う人々。楽しんでいたところに突如としてぶち込まれた爆弾は、浮かれきっていた客たちの不安や恐怖を煽るには覿面だった。
 こんなめでたい日にさあ……まじで空気読めんよな、あいつら。舌打ちをしながら、動けなくなっている人はいないかと会場内を動き回る。子どもが一人はぐれて泣いていたので、母親の元まで連れて行ったりしながら、私は客たちの避難を手伝った。

「(……そうだ、ハリーたち)」

 彼らは無事集まれたのだろうかとキョロキョロすれば、少し離れたところでハーマイオニーが赤毛の青年とちょうど落ち合ったところだった。よかった、でも背の高い方の赤毛がいない――。
 不意に手首を引かれハッと顔を上げる。「エレナ!」焦り顔の叔父さんだった。かなり探したのか、ネクタイが乱れている。

「ああよかった、死喰い人と聞いて飛び出してしまうんじゃないかと――」
「しませんよそんなこと! それより叔父さんロンを――あっいた、ロン!」

 群衆から一個分ほど飛び出た頭へ向けて声を張ると、気が付いたロンがこちらへ駆け寄ってきた。杖を持っていない方の手を伸ばしてロンの腕を掴み、グンと遠心力を使って彼を私の後ろへと引っ張る。「ロン!」彼をやった方向から、ハーマイオニーの泣きそうな声がした。よし、これで三人は合流できたはず――。

「えっ」

 急に体を大きな力でぐにゃりと捻られ、なにかに無理やり丸め込まれる。そんな姿くらましの感覚に襲われ、何が起こったか分からず戸惑ったまま、私は結婚式場から消えるハメとなった。



「え、なんでエレナとエドガーが?」
「し、知らん。こっちが聞きたい」

 一緒に道路へと投げ出されたハリーたちは、意図せぬ二人の人間の姿にそれはもう仰天していた。が、今は私と叔父さんだって同じ気持ちだ。察するに、ロンが私の腕を掴んだままだったため、結果連鎖的に私と叔父さんも着いてきてしまったようだ。

「ここはどこだ?」
「トテナム・コート通り。パパやママとよくお芝居を観に行ったの」
「……とりあえずどこかで着替えた方がいいかも。私たち、すごい目立ってるみたい」

 酔っ払いのグループから注がれる不躾な視線に顔をしかめる。すでに日は沈みとっぷり暮れているとはいえ、人の多い通りを堂々と歩くには些か派手だった。広い通りを半分走りながら、ロンが「でも着替えるったって」と息を切らしながら言った。

「服なんてないぜ」
「僕も『透明マント』を肌身離さず持っているべきだったのに、どうしてそうしなかったんだろう!」
「大丈夫、マントも服もちゃんとあるから――ここがいいわね」

 口々にそう言う二人をいなして、ハーマイオニーは脇道に入った。ハーマイオニーはビーズバッグの中からロンの服一式とマントを引っ張り出した。質量保存の法則を無視したビーズバッグをロンとハリーが唖然と見る。

「いったい全体どうやって――?」
「『検知不可能拡大呪文』だな。難しい呪文だが、うまいもんだ」

 叔父さんが「グリフィンドールに十点」と呟いたので私は思わずギョッとしてしまったけれど、ハーマイオニーは緊張でピリついていた顔を弛め、笑顔を浮かべた。

「えーっと……三人は、もう行くんだよね? なにかその、大切な旅に?」
「あ、うん……」

 普段着へと着替え終えた三人へ、何も知らない第三者を装って尋ねる。三人はすっかり動きやすそうな格好をしていた。ポリジュース薬の効果も切れて元の姿となったハリーは、居心地悪そうにしながら叔父さんの方をチラ見した。ハリーの意図を汲んだ叔父さんは、黙って鷹揚に頷く。『なんて言えばいい?』『私から説明しておくよ』的なアイコンタクトかな。茶番〜。いや、言っちゃなんだけども。

「しっかし、またエレナの魔法具に助けられちゃったな。ほら、DAの時といい、そいつが活躍するのは二度目だろ? すっげえ便利だよな、それ。な、ちょっとでいいから僕たちに貸してくれない?」
「あー……ごめん。貸してあげたいのは山々なんだけど、もうないんだ、煙」

 さっきので最後、と見せつけるため、空っぽになった硝子体を揺らす。ロンがひどく残念そうにするので、申し訳ない気持ちになった。え〜薬作り終わったら研究してみるかぁ……? 薬はクリスマス前には完成する予定だし、最終決戦には間に合うはず……。「エドガー?」むむ、と私が思案を巡らせていれば、ロンが縋るように製作者の名を呼んだ。叔父さんは私の持つネックレスを覗き込むように顔を近付け、興味深げに顎を撫でた。

「……ふむ。たしかによくできた魔法具だ。いったいどこで手に入れた?」
「エドガーが作ったんでしょう?」

 素っ頓狂なことを言う叔父さんにハーマイオニーが目をぱちくりさせる。私は深い溜息を吐いて大袈裟に肩を竦めた。

「構っちゃだめだよ、ハーマイオニー。この人は『偉大なる我が叔父エドガー・ワイアット様から賜りました』って言わせたいだけなんだから」
「おおそうとも、その言葉を待っていた」

 ニヤニヤと満足げに笑う叔父さんへハーマイオニーが呆れた眼差しを向けた。私は私でひっそりと息を吐く。あーあ、マカロン付きクロカンブッシュ食べたかったな。アバーフォースさん、ワンチャン作れたりしないかな。

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