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友情、努力、勝利。
王道を進むための、大事な大事な三大原則。しかし勝利を掴むには、私には重大な要素が著しく欠けていた。
結婚式から早くも一ヶ月以上が経った。あの日は参列者全員なんとか逃げ果せたが、しかしそれ以降、それなりの頻度で良くない噂が流れたりして、相変わらずイギリスの治安はゴミカスを極めている。けれど幸いなことに、人死だとかの最悪なニュースはないまま、九月も中盤へと差し掛かっていた。
九月に入ったということは、当然、学校も既に始まっている。余談だが、ホグワーツは、スネイプ先生が校長職を引き継ぐことになったらしい。先日新聞で読んだ。スネイプ先生、胃痛えぐそう。騎士団メンバーと死喰い人とに板挟みの職場、キツすぎない? 過労とストレスでその内倒れるんじゃないか、あの人。
さて、学校にも行かず私は何をしているかと言うと、叔父さん宅――名義的にはもう私の家だけど――の薄暗い地下室にて、分厚いゴーグル越しに目の前で煮え滾っている薬を睨みつけていた。長かった精製もほぼ終わり、作成工程も折り返しをとうに過ぎた。あと二ヶ月もしないで完成する予定なので、決戦には充分間に合う、はずだ。多分。……けれどやっぱりこれだけでは『努力』というには足りない気がする。たかだか数ヶ月お鍋を掻き混ぜるなどしただけなのに、果たしてそれは本当に努力といえるのか? あの少年誌の主人公たちを思い出してみろ? いや全然言えないだろ。舐めてんのか?
鍋にはなんの罪もないけれど、そんな思いで自然と目が窄まってしまう。あーだめだ、集中力が切れてきてるな。被った泡の中で深い溜息を吐く。火を止めて、小鍋に蓋をした。杖を振って室内に蔓延する蒸発していた薬を消失させてから、ゴーグルと泡頭を外す。一旦休憩。そろそろ洗濯物も取り込まなきゃいけないし、時間的に夕飯に呼ばれそうな気もする。
地下室の階段を上がって裏口から庭まで回れば、吹き抜けたひんやりした風に体を包まれる。さっきまで密閉空間で火を使った作業をしていたので、実際の気温以上に冷たく感じた。
汗が乾かされる感覚に身震いをしながら杖を振り、洗濯バサミを外していく。私は、宙に留まったまま黄昏時の風と戯れている洗濯物たちへ手を伸ばし、その中から紺色のカーディガンをとった。まだ晴れやかな水色の空の下、肩にかけただけのカーディガンの前をそっと寄せる。なんとなく深呼吸をすると、羽織ったカーディガンから、柔軟剤の芳香や昼間の柔らかな日差しの香りが漂ってきた。風に運ばれてプランターからの青い葉の匂い、そして――。
最後に嗅ぎ取った香りに、私はぎくりと匂いを辿り、発生源であるキッチンがある方を見て、思わず頬を引き攣らせてしまった。
「シチュー……」
昼を抜いての作業だったからもちろんお腹はペコペコだし、食欲をそそるとっても美味しそうな匂いではあるんだけど。でも結婚式の翌日に、ホッグズ・ヘッドからのお土産として持って帰ってきてくれたシチューをちょっとオーバー気味に喜んでみせたら、どうも私はなにかしらのスイッチを押してしまったらしい。そこからもうずっとこれだ。シチュー祭り。体はシチューでできている。いや冗談抜きで。最近髪の毛からミルクの匂いがしてきてる気がしてならない。
「(でもすっごい楽しそうなんだよなあ……)」
その時、眺めていたキッチンの戸口がパッと開き、叔父さんがひょっこり顔を出した。花柄エプロンを身に着けた叔父さんは、宙に浮く洗濯物と私を見てお礼を言うようににっこり笑い、手にしていたお玉を振る。私も無理やり口角を上げ、笑顔を返してみせた。やっぱとても言えないな、もう食べたくないです、なんて……。叔父さんが引っ込んだキッチンの戸口を見ながら、私はまあいいかと肩を竦めた。なんだかとっても楽しそうだし。叔父さんが料理当番の日だけだから二日にいっぺんだし、まだ別に超飽きたってわけじゃない。付け合わせや具、味付けも毎回違うから、栄養面とかも大丈夫なんじゃないかな、知らんけど。
開き直った途端に胃を絞るような空腹に襲われ、自分の単純さに苦笑する。手首をクルクル回して洗濯物たちを畳みつつ、私は家へと戻った。秋を滲ませ始めた夕風に、淡く背を押されながら。
「え、わざわざ買ってきたの、これ」
「結構面白かったぞ」
ダイニングテーブルの端に置かれた、オーキッド色の表紙の本を見てつい失笑してしまった。もう読んでるし。『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』とでかでか書かれた本を手に取り、しげしげ眺める。
「飛ぶように売れているみたいだぞ」
わざわざ手ずからシチューをよそってまめまめしく給仕をしながら、叔父さんがそう教えてくれる。タイミング良く高笑いが聞こえたので振り返ると、ソファの上にほっぽかれていた新聞の小見出しから、リータが赤い唇を吊り上げて笑っていた。見える手には全て大きな宝石のついた指輪をしている。前に会った時より太、あの……ふくよかに見える。とにかく、随分と景気がいいみたいだ。
「リータもよくやるよ。一昨年騎士団に保護してもらったことを都合よく忘れてるのかな」
「まあまあ。悪いことは別にしてないだろ」
そうかなあ。……いやそうかな? 亡くなって、しかも殺されてからまだ数か月しか経ってない人を食いものにするなんて、かなりあくどいと思うけど。夕食の写真を撮るためにカメラを構えてうろうろしている叔父さんへ、じっとりとした眼差しを送る。呑気だなぁ。あなたが怒らず誰が怒るんだ、まったく。
「訴えたりしないの?」
「しないさ。なにせ真実しか書かれていない。エレナも読んでみるといい」
「やることが終わったらね」
席につこうとしたが、叔父さんが物言いたげな眼をしていたので、椅子を引いた状態で動きを止める。
「……別に読んでも読まなくても、今更ダンブルドアへの心象に変化はありませんよ」
「そうかな。なんにせよ、叔父の友がどんな人間だったか、ちゃんと知っておいたほうがいい」
叔父さんの態度は頑なだ。そうは言われてもなあ、と内心でボヤく。だって知ってるしな、ダンブルドアの真実なんて。言わずもがな、恒例の前世特典だ。しかしそうも言えない。仕方ないので「今日の夜から読むよ」と言って、私は叔父さんの背後に姿くらましした。素早く取り出した杖を振り下ろそうとした瞬間、左手首がなにかに掴まれたように動かなくなる。
「こら、埃が立つから食事中はだめだと言っただろう」
「まだ席についてなかったからセーフかなって」
悪びれもせずけろりと言ってのけると、叔父さんはちょっとおかしそうに微笑んだ。妙に張り詰めていた空気が和らいだのを感じ、私もほっとして頬を緩める。「さ、食べようか」その言葉と共に魔法が解除されたので、私は大人しく自分の席へと戻った。
この一ヶ月、私は叔父さんから戦闘指導をしてもらっていた。結婚式の日にお願いしていた『個人レッスン』の件だ。とりあえずの課題は、どんな方法でもいいから叔父さんに一つ呪文を当てること。あーあ、今日もだめだった。でも今日は杖を構えるところまでいけたから進歩と言えなくもない。我ながらレベルがあかちゃん過ぎて切なくなってくるな……。でもほんとに今日はあとちょっとだった! 隙をつけたし、呪文の発動も……。あとは瞬発力と動作かな……。
「あ、ねえ、レッスン科目の追加って可能?」
「無論構わん、喜んで」
「じゃあ……たとえば言語学とか?」
悩みながら挙げてみれば、叔父さんは「何冊か見繕っておこう」と頷いた。
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