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「……やっぱり一緒に行ってはだめか?」
「大丈夫だってば。あ、今日のシチューはカボチャとエビの入ったやつがいいなぁ、私」
ちょっとだけ手間がかかるメニューだけど、どうかなとお伺いを立てるように首を傾ける。叔父さんは複雑そうな顔で「それは構わないが」と言った。
そわそわ心配そうな叔父さんに見送られながら玄関先で姿くらましをして、私は本来の目的地からずっと離れた森へと移動した。長居するわけでもないし、適当でもいいかな。そう判断して最低限の保護呪文だけ簡単に張ってから、私は自身に消臭魔法をかけた。腰につけたポーチから衣服一式を取り出して、手早く着替えていく。眼鏡は……最後でいいか。ハリーの眼鏡って、度がおっそろしくキツいし。先にポリった方がいいよね。薬を取り出すため、小型ポーチの中へ肘あたりまで腕を突っ込む。ええと、どこにしまってたっけな……。便利かなと思って検知不可能拡大呪文使ってたけど、広すぎて逆に不便だ。ていうか袖が邪魔すぎ。たらたら文句を垂れつつ、そうしてしばらくごそごそした末、私はやっとポリジュース薬の入った瓶を発掘した。
コルクを開け、保存していた髪をいれる。金色となった薬を一気に飲み干し、全身の燃えるような痛みを乗り越え――そして私は、無事『ハリー・ポッター』に変身した。
「大丈夫そう、かな」
手鏡で矯めつ眇めつ、自分の顔を確認してみる。映った緑色の瞳の青年の顔は、思ってたよりもずっと不安げだった。気合を入れるためにキッと眉根を寄せる。うわハリーが怒ってる! こわっ! なんて茶番をしてたら自然と呆れ顔になった。ああうん、これが一番ハリーっぽいわ。
ハーマイオニーから貰ったネックレスをポーチの奥底へしまう。変化させた杖は、うろ覚えにしては様になっているような気がした。ま、元から私の杖とハリーの杖って結構見た目似てたしね。特徴のないつるりとした杖。ドラコのなんかは杖先に近付くにつれ明るくなっててかわいいデザインだけど。
と、どうでもいいことを考えながら、目くらましの呪文をかけるため、頭のてっぺんを杖先で叩いた。冷たい水が流れていく感覚がする。……あ、そういえば杖を持つ手も右手にした方がいいのかな。身バレリスクとパフォーマンスの低下を天秤にかけて少し悩み、いいやと一人首を横に振った。バレてもバレなくても、最終的には私の望む結末になってくれるだろう。
「……行くか」
覚悟を決め、深呼吸を数度繰り返す。けれど、心音はますます大きくなるばかりだった。指先が少し震えていて、その情けない有り様にちょっと口内を食む。ビビるの早すぎでしょ。今からこんな調子で大丈夫かなぁ。
ため息を吐いた先で見上げた夕暮れ空は、世界の終焉を報せるような赤黒く不気味な色をしていた。
私が姿現わしした先は、広場の中央、“戦争記念碑”の真ん前だった。危うくオベリスクを壊すところだったらしい。一歩場所を間違えていたら、と想像してしまい、ゾッと血の気が引く。どうしていつも私ってこんな、なんか綱渡り……思わず口端が引き攣った。
「……あ」
目の前の光景に、小さな声が溢れる。数度の瞬きで、目の前にあった色んな人の名前が刻まれたオベリスクが、三人の像へと変わっていた。丸眼鏡をかけたくしゃくしゃの髪の男性、長く豊かな髪を片側に流す美しい女性。そんな彼女に抱かれた赤ん坊。幸せそうな家族だ。彼らがただの幸せな家族だったら、こんな像は建てられなかっただろうけれど。
「……ごめんなさい、会いに来るのが偽物で」
小さく呟いて、目を逸らして戦争記念碑を通り過ぎる。広場を進み、教会脇にある墓地の入口に辿り着いた。
入口には一人ずつ通るようの小開き扉があったが、開けるのが面倒だったので姿くらましして中へと入った。どうせ誰にも見えないんだから、と教会の裏手まで一気に飛ぶ。何列も並ぶ大量の墓石はどれも古く、この墓地がしばらく使われていないことが一目で分かった。
日も完全に暮れ、辺りはすっかり暗くなっていた。光源といえば、教会のステンドグラスの灯りが、灰色の景色には似つかわしくない色彩をぽつぽつと落としているくらいだ。どこからかカランカランとドアベルの鳴る音が朧に聞こえてくる。すっかり冬となった冷たい夜風が唸り、埃だとかカビだとかの匂いを運んできた。そんな澱んでじめっとした空気の中、私は黒い土をザクザクと踏みしめて墓石の合間を進んでいく。見覚えのある苗字がいくつかあって、代わり映えのない光景が続いてもさほど退屈はしなかった。
私はしばらくそうして歩き、そしてようやくお目当てとしていた墓石、“ケンドラ・ダンブルドア”の名前を見つけた。そのすぐ下に、『そして娘のアリアナ』と続いている。墓石は経年劣化して黒ずんだ上に苔がびっしりとむしていてとても読みづらかったけれど、たしかに書いてあった。
「『なんじの宝のある所には、なんじの心もあるべし』……」
久しく聞いていない男の子の声が、引用文を読み上げた。リータの本には、お母様が先に亡くなったと書いてあったし、ダンブルドアが選んだものなのだろう。これはたしかマタイだったっけな。マタイによる福音書だったら少しは覚えてる。聖書の一番最初に載ってるからね。それ以降は飽きて毎回寝ちゃうからさっぱりだが。
心の在処を、帰る場所を、もう二度と違えないように。
あの人がそう思って刻んであろう文を、丁寧に磨いて掃除していく。仕上げに白い花を作り出して飾った。全部が完璧に終わったところで、満足して杖を下ろし、それから歩いてきた方、墓地の入口の方へと視線を向けた。
暗闇の方をじっと見つめれば、小さなシルエットが浮かび上がってくる。私は杖を持ったまま、ゆっくりと歩み寄る。二メートルほどの間隔を開けて、腰を曲げて立ち尽くす老婆の姿がしっかり見える位置で立ち止まった。落窪んだ眼がぎょろぎょろ動き、私の顔を舐めまわすように見ている。老婆の瞳は、目くらましをしていて見えないはずの私を、確実に捉えていると感じた。
「バチルダ?」
私が意図して声を潜めて囁くと、老婆は一拍置いてこっくりと頷いた。バチルダの口が僅かに開く。嗄れた唇の合間から、くちゃ、という水音が響いた。
バチルダは少しの間口を震わせただけで、何も言わなかった。手招きを一度だけして、よたよたと私に背を向けた。ついてこいということだろう。彼女の意図は分かったけれど、しかし足が動かない。ぴったりとその場に糊付けされてしまったようだった。
凍りついたまま、緊張と恐怖で溜まっていた唾を飲むこむ。その瞬間、バチルダがゆらりと振り返った。濁って奇妙なてらつきをみせる瞳が、真っ直ぐ突き刺さる。バチルダが口を開いた。
「おいで」
歯の隙間から零されたようなシューッという吐息音が、脳内できちんとした言葉へと変換される。ちゃんと言葉が理解できたという事実に、全身を蝕んでいた緊張が少しだけ解れた。……うん、よし。よしよし! たまにはやるじゃん、私。いいぞ、いい調子だ。
「……はい」
私が同じような音を喉奥から絞り出すと、バチルダは再び緩慢に頷いて歩き出した。また安心する。よし、ちゃんと通じてる。第二関門もクリアだ。このままいけるぞ、私。
そう自分を鼓舞しながら、杖を持たない方の手を、爪が食い込むほど握り締める。
この調子で残りあと少し、頑張ろう。
大丈夫、あとはちょっと、痛いだけ。
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