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人生の指針を定めた、そんな運命のクリスマスを越えて。
休暇を終えた私は、図書室でハーマイオニーに図鑑を見せていた。彼女はキラキラとした目で食い入るように本を眺めている。
「すごいわ、こんな本読んだことない!」
「うそ、ハーマイオニーでも?」
「ええ。きっとすごく貴重な本よ。どうしたのこれ」
「クリスマスに叔父さんから貰ったの。栞と一緒にね」
そう言った途端、背後の棚裏からガタガタッと大きな物音がする。カウンターに座るマダム・ピンスは眼鏡をキラリと光らせてこちらを見ていた。私たちじゃないが、それでもなんとなく声を潜めて話を続ける。
「ホグワーツ入学前に、庭の水遣りしてたらいきなりこの花が咲き始めてね。それで自分が魔法使いって分かったんだ」
「そうだったの……じゃあ思い出の花ね」
「うん! 夏休み、家に帰ってまだ咲いてたらハーマイオニーにも栞作ってあげる」
再び物音がする。さっきより大きい。なんだろうと思っていればとうとうマダム・ピンスが険しい顔をして立ち上がりキビキビとそちらへ向っていった。息を詰めて聞き耳を立てる。
「さっきから何をしているの!」
「ぼ、僕じゃないです……!」
「……ネビルの声だわ」
「見てくるよ」
「私は先に談話室に行ってるわ。ロンとチェスの約束してるの」
ハーマイオニーの瞳の中で小さな炎がめらめらと燻っているのが見えて苦笑する。あのハーマイオニーに無敗なんてロンはすごいなあ。戦術と学力は別ということなのだろうか。
「あはは、今日こそ勝てるといいね」
そうエールを送り、気合いを漲らせて図書室を出て行ったハーマイオニーを見届けると、本棚の裏側へと回り込んだ。ちょうどふんっと大きく鼻を鳴らしたマダム・ピンスとすれ違う。彼女が来た方向を覗き込めばそこには情けなさそうな顔で散らばった荷物を拾い集めるネビルの姿があった。目の前にしゃがみ込めば彼は一瞬ビクリと肩を跳ね上げたが、私だと分かるとホッと息を吐く。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫……マルフォイなんだ」
この棚を調べに来たときに走り去るマルフォイにぶつかられたらしい。じゃあさっきまでの物音は全部マルフォイだったのかな。
一通り集め終わったかと思えば、ネビルの顔からサッと血の気が引く。
「思い出し玉がなくなっちゃった!」
「(よく思い出したな……)転がっちゃったのかもね。私向こう側探してくるよ」
「ごめんね、ありがとう……」
玉だから際限なく転がっちゃうよね……見つかるといいけど。キョロキョロと首を回しながら通路を歩く。床ばかり見つめて歩いているせいで何度も人にぶつかりかけて迷惑そうな顔をされてしまった。
「捜し物はこれか?」
唐突に降ってきた声に顔を上げると、マルフォイが棚に寄りかかって思い出し玉を片手で弄んでいた。口端を吊り上げて底意地悪い笑みを浮かべる彼からは如何にもスリザリン生ですといった風格がでてる。
「えっまだいたんだ」
「はあ?!」
「ちょっと、声が大きいよ……!」
もう帰ってると思ってたから、驚いて心の声がそのまま口にしまった。そんなに過剰反応すること……? 私の注意に彼は図書室の支配人がいる方をちらりと見遣ってチッと鋭い舌打ちを鳴らした。そして無言でどこか遠くを見ていて視線は合わない。
思い出し玉を探しているうちに図書室の奥まで来てしまっていた。周りには生徒はいない。マルフォイも今日は取り巻きを連れていないようだ。……これはお近付きになるチャンスなのではないか? とりあえず思い出し玉を返してもらわなくては。
「それ、返してもらえないかな。ネビルのなの」
「はっ、知ってるともそんなこと。あの愚図でノロマなロングボトム」
「……私の大事な友達のこと、そんなふうに言わないで」
せせら笑ってネビルの悪口を言うマルフォイに眉根が寄る。息をするようにディスるんだからほんと……なんとなく出鼻を挫かれた気分になった。もしかして仲良くなれるフラグなんてなかったのかもしれない。だってマルフォイ、グリフィンドール生に対する棘が鋭すぎるもの。確執があまりにも根強いぞ。
しかし、そうやってネビルのことを嘲りながらもマルフォイは思い出し玉を手渡してくれた。……あれ、でもネビルのだって分かってて拾ってくれたってことはやっぱり仲良くなれるフラグは建設されてるのかな?
「……アイツなんかのことを『大事な友達』だって? 落ちぶれたものだなお前も」
「別に、元からそんな高いところにいないと思うんだけど……」
落ちぶれるって。なんだか妙な物言いだ。私がマグル生まれだと知らないのだろうか? ハリー達以外のグリフィンドール生に興味なんかないだろうから、知らなくても別におかしくはないけど。でもこの言い方は違和感がある。そもそも、落ちぶれるもなにも落ちるほど登った覚えだってない。
マルフォイはそこで初めて余裕の姿勢を崩して狼狽えた。言葉を探すように口をこわごわと開いて、「……エドガー・ワイアット」……なぜここで叔父の名が。ホグワーツに来てからもう幾度となく聞いている。叔父さん、思いの外有名人だったみたい。
「彼は有能な闇祓いだ。だから、お前が彼と親戚なんだと知ったら、父上もきっと……」
「……父上も?」
叔父さんって有能な闇祓いなんだ。それじゃあ元死喰い人のルシウス・マルフォイとはきっと仲が悪いんだろうなぁ……それにウィーズリー家とよく会ってるらしいし。うーん、仲良くなれないフラグの気配を察してしまった。したくなかったぞ。
マルフォイはそれきり黙り込んで──いや、これは黙り込むというよりなんて続ければいいか迷っているようだ。視線がウロウロと床を動いている。とにかく、彼は随分と長い間そうしていたが、やがて覚悟を決めたように口を動かそうとした。
「……きっと分かって──」
「エレナ? どこまで行っちゃったの?」
「あ、ネビル……ごめん、呼んでるからもう行くね」
「えっ、いや、まだ話は……」
「思い出し玉、拾ってくれてありがとう!」
またね、と手を振ってマルフォイに背を向ける。あんまりネビルを一人にして司書様に目を付けさせるわけにもいかないし、と小走りでネビルがいた方向へと進んでいった。
案の定というかなんというか。
レポート用紙を机いっぱいに広げて椅子に座るネビルのすぐ後ろには眉尻を高く上げたマダムピンスが仁王立ちしていた。当のネビルも当然背後の圧には気付いてるようで、羽根ペンを持つ手が可哀想なくらい震えてる。あ、インク垂れた。
私の姿を見るとマダムはネビルと交互に見比べて口をキュッと結んだままその場から去っていった。ネビルがホッと息を吐く。
「緊張したぁ……」
「ロックオンされちゃったねぇ。はいどうぞ」
「ありがとう! あれ、赤くなってる……」
「え、ほんとだ……さっきまでなんにもなってなかったのに。落としたときどこか壊れちゃったのかな。それより、これなんだけど、あー……マルフォイが拾ってくれてたの」
ネビルの向かいの席に座る。いつの間にか赤くなっていた思い出し玉に二人で首を傾げた。でも私は忘れることなんてないはずだし、ついさっきまでは白いままだったんだからきっと馬鹿になってしまったんだろう。手早くそう結論づける。
それから伝えるか迷ったが隠す理由もないしと、マルフォイが拾ってくれたことを教えれば、ネビルは信じられないという顔をした。
「やっぱり仲良くなりたいんじゃないかな、みんなと」
「嘘だぁ……多分それ、エレナが相手だから素直に渡してくれたんだよ。僕が取りに行ってたらきっと一生見つけられない場所に隠されちゃうよ」
「まさか、そんなわけないよ。だって私マグルだよ?」
「うーん……」
やたらと自信満々に告げたネビルだったが、『マグル』という言い分にはさすがに反論できなかったのか彼は腕を組んで唸った。それでも納得はいっていない様子だ。マルフォイ、少なくともハリーとは仲良くなりたいと思ってる──思ってた? はずなんだけど……。
「ままならないね……」
「え?」
「ううん、別に。ところで私はもう寮に戻るけどネビルはどうする?」
「あー……僕はもうちょっとだけ調べていく」
そう言いながらネビルは分厚い本をパラパラと捲った。魔法薬の宿題をやっていたようだ。頑張ってと声をかけてから図書室を後にした。
寮への階段を上がりながら先程のネビルのレポート用紙を思い出す。アコナイトってニガヨモギのことだっけ。トリカブトだったような? あとでハーマイオニーに聞こう。
期末試験なんてもう目前だ、私もそろそろ勉強を始めないといけないかもしれない。肖像画の穴を這い上がりながらそんなことを考えた。
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