16



 今日はグリフィンドールとハッフルパフの試合だった。観客席が普段の三倍沸いている。これで勝てばグリフィンドールが寮対抗杯を獲得できるのだから、期待で興奮してしまうのだろう。が、勝ったとしてもこの後マイナス一五〇点が大きな口を開けて待ち構えているのを私は知っている。運命を変えるために生きていくとは誓ったがここはノータッチでいくと決めた。これも愛じゃよ、愛。回避方法が思い付かなかったとか、そんなんではない。決して。
 
「……ねえ、何してるの?」
「エレナ、きみ足縛りの呪文はできるかい?」

 ともかく、そんな大舞台。
 だというのにロンとハーマイオニーは客席についてからもずっと杖を小さく振ってブツブツと呪文を呟いていた。異様なその雰囲気に怯えつつも、恐る恐る話しかける。ロンは問いには答えず逆に質問してきた。杖を振る手の動きは止めないままだ。
 
「ロコモーター モルティス? 多分できると思うけど」
「ならいざというときはきみも頼むぞ」
「待ってよほんとになんの話?」
 
 どうしよう、会話が成立しない。
 困り果ててネビルに「足縛りの呪文ってなんのことか分かる?」と聞けば彼は顔を歪めてぷるぷると震えながら、どんよりとした暗い表情で話す。
 
「それ、この前僕がマルフォイにかけられた呪文だ」
「……え?! なにそれ、いつの話?」
 
 目を伏せたまま「一昨日、図書室からでようとしたとき」と答える。うそ、原作でそんなことあっ…………た! あったな! ネビルあなたってほんとに災難の星に生まれてるのね……。
 哀れんだり驚いたりしていると、トラウマを思い出してしまったのかネビルの顔色がどんどん悪くなっていく。慌てて彼の背を擦った。
 
「大丈夫、じゃないよね……一緒に帰ればよかった」
「……。……ねえ、エレナってマルフォイと何かあったの?」
「私がマルフォイと?……いや、特にはなかったと思うけど。どうして?」
「……ううん、なんでもない。ただ聞いただけだよ」
 
 それ以上の追求はできなかった。なぜなら試合が始まってしまったからだ。ホイッスルの音に急いでピッチの方へ乗り出す。あ、スネイプ先生が審判なんだ。だからロンハーはあんな警戒を。ていうか先生が箒乗ってるのなんかすごく面白いな……。
 そんな失礼な考えが聞こえたのかと思うほどのタイミングでスネイプ先生がこちらに箒の向きを変えた。笑いながら見ていたのがバレていませんようにと祈りながら必死にクアッフルを視線で追う。
 
「この試合、ポッターはどのくらい箒に乗ってられるかな?」
 
 神経をわざと逆撫でするような声音に振り返れば、いつの間にか私たちの背後にはマルフォイが立っていた。両隣にはいつものごとくクラッブとゴイル。……いや、やっぱり絶対グリフィンドール好きだよね、マルフォイって。みんな大好きクィディッチの観戦を放ってまでこっちの座席までくるって……。ただグリフィンドール生に『好きな子には意地悪しちゃう』戦法は通じないと思うんだ、私。どちらかといえばそれは最大の悪手じゃろて。

 私たちが特に反応を示さないでいても、彼らは尚もグリフィンドールを馬鹿にする言葉の羅列を続けていった。そんなマルフォイの減らず口に一番最初に反応したのは、意外なことにネビルだった。
 
「ぼ、ぼく、っ僕は、きみが十人束になっても敵わないくらいの価値があるんだ」
 
 ネビルは赤い顔させながらも、マルフォイへ毅然として皮肉を返した。おお、かっこいい。しかしそんなネビルの言葉を聞いたマルフォイたちは腹を抱えて笑い、苦しそうに身を捩っている。
 
「そうだ、ネビル、もっと言ってやれよ……」
「っ……マルフォイだって、僕の方が価値があるって分かってるんだろう? それこそ僕よりも」
 
 試合を見たままの、いやに真顔で静かなロンに後押しされ、ネビルは続けた。ネビルの言葉を聞くやいなや、マルフォイはその顔から素早く笑顔を消し去った。ロンに負けず劣らずの恐ろしいほどの真顔だ。スリザリン然とした冷酷な表情で静かにネビルを嘲笑う。
 
「随分おめでたい頭をしているようだな、ロングボトム。お前の価値? そうだな、お前の脳みそが金で出来ていることなんて僕じゃなくても知ってるさ。貧乏人のウィーズリーに欠片でも分けてやれば、少しは頭の回転が早くなるんじゃないか?」
「マルフォイ、これ以上一言でも言ってみろ。ただでは……」
「ロン!」
 
 ハーマイオニーの叫びにその場の全員の視線がハリーへと集まる。物凄い急降下だ。スニッチを見つけたかのような動きだ。だがまだ試合が始まって五分も経っていない。
 
「ポッターが地面にお金を見つけたようだ、よかったなウィーズリー!」
「……うっわ……えっネビル?!」
 
 ブチッと何かが切れる音がした。いや正確にいうとバキッという殴る音だ。見ればロンがマルフォイに馬乗りになって地面に組み伏せていた。痛そうな音と悲惨な状況に頬を引き攣らせていると、ネビルまでそこに参戦していった。クラッブもゴイルもこれには予想外だったのだろう。不意をつかれて体勢が崩れる。そんな男子勢の攻防に気付かず、ハーマイオニーだけはずっとハリーを見つめていた。なにこれカオス。
 

 
 甲高いホイッスルが鳴り響いて、試合は終了する。結果はもちろんグリフィンドールの勝利だった。おかげで談話室はお祭り騒ぎの浮かれ三昧。そりゃあそうだ。だって試合開始五分で勝利したんだもの。しかもこれでグリフィンドールの優勝杯はほぼ確定ときた。なんと華々しい結果だろうか。浮かれるなというほうが無理だ。……この先待ち受ける悲劇を何も知らなければ、の話だが。

 部屋の隅で腫れ上がったネビルの目元に軟膏を塗りながら呆れ半分で口を開く。
 
「二体三でよくやったよね、ほんと……」
「三だって? クラッブとゴイルなんて一人で普通の人間二人分なんだから実質二対五だぜ!」
「だからって喧嘩はだめよ」
 
 先生に呪いかけようとしてた人が言うセリフなのかな……怖いから口には出さないが、得意げなロンの頬に湿布を貼り付けるハーマイオニーに内心でそう突っ込んだ。

 みんながそうして勝利に酔いしれる中、最大の功労者のハリーの顔だけは酷く曇っていた。
 クィレル先生が賢者の石を狙うのはもう少し先のはずだし、まだヴォルデモートにも会ってないはずなのに。何があったのかと内心で首を傾げる。

 しかし私が聞いたところで教えてくれはしないだろうと、ハリーの様子には気付かないフリをしながら糖蜜パイを彼に勧めた。
 
 
 
 
 なんやかんやあって、グリフィンドールは最下位になった。なんやかんやっていうか、まあ、つまりはハリー・ハーマイオニー・ネビルが夜中に抜け出して減点されたっていうシンプルなものなんだけど。いやぁ、一五〇点か……すごいなあ……。
 
「あ、ネビル。アコナイトってニガヨモギじゃなくてトリカブトだったみたいだよ」
「えっそうなんだ。間違えて提出しちゃったよ」
「……ねえ、エレナは怒ってないの?」
「……そうね、私たちのせいでまた今年もスリザリンが優勝杯を手にしてしまうのに」
 
 減点された三人は今や談話室の片隅に追いやられてしまっていた。怖いなあ、閉鎖空間。スリザリンの他寮からの嫌われ具合も怖いけど。
 そんな彼らとロンを含めて五人で明日の試験対策会をしていればそれまでずっと黙っていたハリーがぽつりと尋ねてくる。ハーマイオニーも聞きづらそうに質問を重ねてきた。別に怒ってないと首を振れば「どうして?」とネビルまでも首を傾げてくる。内容が内容なだけ、声を潜めて小声で理由を話す。
 
「優勝杯は別にスリザリンでもいいんじゃないって思うから。だってどの寮が獲得するにしたって、それはその寮が一年頑張ったっていう印だし。……ああ、それと」
「それと?」
「『絶対、だいじょうぶだよ』、って感じかな!」
「……なぁにそれ?」
「信じて頑張ればなんとかなるよ、みたいな」
 
 封印解除なみんなのヒロインのセリフを引用させてもらえば、ハーマイオニーは目をぱちくりとさせた。しかし次の瞬間にはみんなは揃ってがっくりと落ち込んでしまった。慰めたつもりだったのに。
 
「私たち、これ以上頑張れることなんてあるのかしら……」
「あるでしょ」
「え?」
「ハリーたちが名誉挽回汚名返上する機会、あるでしょ」
 
 珍しいハーマイオニーの弱音に間髪入れずに肯定する。けろっとして言う私にハリーが訝しげな、怪しむような顔をした。
 
「……エレナ、きみ、何知ってるの?」
「私が何を知ってると思うの?」
「それは──……分からないけど」
「少なくとも、ベゾアールの石が取り出されるのは山羊の肺じゃなくて胃ってことは知ってるかな」
「あっ」

 コンコンと指先でハリーの羊皮紙の間違いを指摘した。
 

- 22 -
 ←前 次→
 back
 >>HOME