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 全方位地雷源錯乱女、怖すぎる。

 さざ波の音ともに目を覚まし、意識を失う前の醜態を思い出してベッドの上で頭を抱えた。「あなた、急に気絶したように眠ってしまって」とは同室のハーマイオニーの談だが、まあ十中八九叔父さんだろう。朧気ではあるが、胸を抑えていたような気がする。そこらへんの事情を皆に突っ込ませないために、私を使って気絶ハプニングを起こして場を有耶無耶にしたに違いない。ありがとう叔父さん、あれ以上の痴態を晒す前に私をなんとかしてくれて。もう感謝しかない。ああいやていうかまた八つ当たりクソ野郎をかましてしまった、こんな人間性ド破綻女を姪に宛てがわれて本当に可哀想あの人……。

「後悔してる?」
「え?」
「悪いことをしたと思ってるの?」
「……うん」

 ハーマイオニーの静かな問いかけに戸惑いながらも頷き、そのまま視線を膝へ落とした。「誰に?」淡々としたハーマイオニーの問いに少し考える。

 誰に、なんて答えられない。なにせ相手が多すぎる。ピーターや叔父さんは言わずもがな、不必要に巻き込んでしまったソフィアにクリーチャー。私がもっと早く駆けつけていれば、ハーマイオニーの身体に刻まれた惨い傷だってもっと少なかったかもしれない。その上しょうがなかったとはいえ、苦しい思いをしているドラコにまで杖を向けた。挙げればもうキリがなくて、とても絞れなかった。

「……シリウスは、あなたのおかげでピーターは戻ってきてくれたんだって、涙ぐんで感謝してたわ」
「違うよ、私は何もしてない。戻ったのはピーター自身の意志だもの」
「エドガーもあなたがピーターに施した腕の処置を褒めていたのよ。あのまま呪いの腕を宿していたら、それはピーターにとってきっと、恐ろしい結末になっていただろうって」
「でも私はピーターの気持ちなんて無視して無理やり解呪した。結果は良かったかもしれないけど、今思えば傲慢な行動だった」

 あの時は切羽詰まっていたけれど、冷静になった今顧みると最低だ。思い上がりの偽善を有無を言わさず押し付けた。鼓膜にこびり付いたピーターの血反吐混じりの悲鳴が、ワンワン鳴って頭を痛ませる。

「……散々苦しめた上、またさらに傷を負わせて……」
「それこそピーターの意志でしょう。彼はそうしたかった、エレナを庇いたかった」
「そう、かなぁ」

 慰める言葉に相槌を打つ。ハーマイオニーの気持ちを無下にしないため角を立てないような返事をしたが、本心ではとてもそうとは思えていなかった。だって庇われる理由がないもの。これは彼にとっては不幸な事故かもしれないが、私にとってはとんでもない過失だ。

 そう、これは回避できたはずの因果律だった。あのナイフで誰かが犠牲になるのは分かっていた。だから私がもっと気を張っていれば、少なくともピーターが刺されることはなかった。そんな後悔が止まらない。

「謝って済むことじゃないよなぁ……」
「……ねえ、エレナ」

 立てた膝に額をぐりぐり押し付けていれば、トーンの一つ落ちた声が波紋のように思考を揺らす。私が顔を上げると、ハーマイオニーは眉間に薄い皺を作って眩しそうに目を細めた。彼女が頭を僅かに左へ傾けると、ふわふわした栗色の髪が、動きに合わせてさらりと流れる。

「私たち、あなたに謝ってほしいなんて言ったことも――思ったことだって、これまで一度もないのよ」

 震えた吐息を孕んだひそやかな囁き。久方ぶりのハーマイオニーは昨晩の拷問のせいでかなり草臥れていたけれど、レースカーテン越しの陽射しを纏った微笑みは、胸を打つ切ない美しさが湛えられていた。あまりの美しさに私は息を呑んでしまい、言葉の真意を問うこともできなかった。




「ありがとう、エレナ」

 ハーマイオニーが少し休むというので、部屋をでて、そのままリビングへと向かう。暖炉前のソファには、ルーピン先生とシリウスが向かい合ってなにやら話し込んでいた。二人は戸口に現れた私の姿を見るなりぴたりと話すのをやめた。突き刺さる視線に慄いていれば、ルーピン先生が大股でこちらへ向かってきて、無言で抱き締められ、離されたと思ったら冒頭のこれ。びっくりしてなにも反応できなかった。

「ありがとうって……」
「連れて帰って来てくれただろう、アイツを」
「そんな、私は何も……」

 先生からの感極まったような眼差しが居た堪れなくなって、逃げるように視線を泳がせる。しかしその先で似たような面持ちのシリウスを見てしまって、私はつい眉をひそめた。

「……やめてください」
「エレナ?」

 ぎこちなく笑みを作り、肩に添えられていた手を外して距離をとる。細かい引っ掻き傷が沢山の硬い皮膚だ。先生からのスキンシップは珍しい。それだけ感情が動いているということだろう。今じゃなければ、純粋な気持ちで喜べたのに。

「別に連れて帰ったわけじゃない。それに……私のせいで、ピーターは今寝込んでしまっているんですから」

 錯乱はしていたけれど、皆の話は一応頭に入っていた。だからピーターの今の状態はなんとなく分かっている。私のせいで余計なショックを与えてしまった。後ろめたくて俯くと、上から「何の話だ?」と当惑したルーピン先生の声が聞こえた。声はシリウスの方を向いている。

「いや、私にもなんのことか……昨晩もそう言っていたな、きみは」

 そうか、思えばピーターに腕を引いてもらったことを知るのは引かれた当人である私だけだ。ますます口が重くなる。けれど話さない訳にもいかない。特に、親友であった彼らには。私は覚悟を決めて細く息を吐き出した。

「――そうか」

 事情を簡単に説明すると、居間に沈黙が流れた。パチパチと暖炉で炎が弾ける音がする。募る罪悪感が堪えきれず、謝るために口を開こうとした。

「エレナに怪我がなくてよかった」

 落ちてきたやさしい声に、ヒュッと喉が引き攣る。私は衝動的に顔を上げた。ルーピン先生は声と違わない穏やかな顔つきをしている。シリウスも同様で、意味が分からなくて言葉を失ってしまった。

「誰に頼まれたわけじゃない、アイツ自身の選択だ。誰もきみを恨んだりしない。無論、ピーターだってね」
「ど、どうしてそんなこと――」
「分かるとも」

 ルーピン先生とシリウスは、目配せをし合い、当然だろというように肩を竦めた。

「私たちは親友だったんだから」
 

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