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貝殻の家は、本来新婚の二人が仲睦まじく生活するための家だ。決して困った人達の駆け込み下宿所ではない。人攫いにあって監禁されていたルーナたちならばいざしらず、五体満足元気満々な私が、いつまでも貴重な寝床を占領するわけにはいかなかった。
「お世話になりました! 色々落ち着いたらまた挨拶に来るね」
「ああ、その時はエドガーも一緒に」
微笑むビルへ、私も笑顔で返事をする。その隣へ視線を流せば、フラーは美しい眉をひそませて、なぜか妙に心配げな顔をしていた。
「いつでも来てくださーい。私は、エレナに会いたいです」
「ありがとう、フラー」
私を今日までこの家に引き止めてくれていたのは、他でもないフラーだった。頬にキスを受けながら、彼女の華奢な背中に手を回す。大勢の寝食の世話をして、フラーだって大変だろうに、優しい人だ。
「……やっぱりあと一日泊まらない?」
「もう、フラーったら」
フラーが間近から瞳をぱちぱちさせながらお願いしてくる。睫毛の風を受けながら、私はちいさく笑った。
「だめだよ、帰らなきゃ、私」
この家にはハーマイオニーがいる。ルーナも、ハリーもロンもディーンも。足りないけれどそれでも揃った懐かしい顔ぶれに、この数日だけで、心が一気に学生に戻ったような気分だった。学校を離れてまだたかが半年少ししか経っていないけれど、今年は怒涛だったから尚更だ。
「だって、叔父さんが寂しがっちゃうから」
けれどそれ以上に、もう何日も一人で過ごしている“あの人”が気がかりだった。
私の言葉に、フラーも「それは、仕方ありませーんね」とくすりと笑った。
……とか言ったくせに、帰ってきた我が家を前にして、私は腕組みをして顔を顰めていた。
さーーーて、どうしたものか第一声……。謝罪か感謝か。……うぅん、どっちにしても言いづらい、というか蒸し返すのやだなー! 気まずいな〜!
何が気まずいって、まずマルフォイの館へ勝手に突撃したこと。それから、連れて帰って且つ巻き込んだのは私なのに、結局ピーターのことを全て任せてしまったこと。まあつまり、だいたい全部だ。
「(あとは、苦しませちゃったし……)」
胸を抑えていた叔父さんを思い出し、唇を噛み締める。下手したら死ぬところだったんだろう。もうあの人も若くないのに、いらん苦労ばっかりかけて……。私というやつは、ほんと……。
「あーあ……」
「なにしてるんだ、エレナ。家の前で立ちつくして」
「どわっ?!」
悩み込んでいればいつの間にか扉が開いていて、玄関口では、叔父さんがきょとんとした顔で立っていた。
「寒いだろう、早く入りなさい」
「あ、うん……。ただいま」
「おかえり」
叔父さんは杖を軽く振ると、玄関脇に積まれていた薪を舞い上がらせた。促されるまま私も家に入り、薪と並んで廊下を進む。……なんかヌルッと会話してるな。叔父さんがいつも通りすぎてつられる。
「今日帰るとビルに聞いてたからな。『フラーに引き止められてやっぱり帰って来られない』、という可能性も考えていたが」
前を歩いていた叔父さんは、顔だけで少し振り返ってニヤリとした。出際のあのやりとりはお見通しだったらしい。
「ピーターのことが気になるから帰ってきたんだろう? 安心しなさい、あの子は信頼できる者に預けている。もう目も覚め、具合もかなり持ち直したときいている」
「信頼できる者?」
「とある店主とだけ言っておこう」
「……だ、大丈夫なんですか?」
もしかして:答え。あのそれどこのアバなんとかドアさんのことかな? たしかにあの店は宿屋も兼ねてるらしいけど……でもホグワーツが目と鼻の先じゃん。ホグズミード村には死喰い人だって複数人常駐してるって噂も聞いてるし。いやピーターを預けられるくらいアバなんとかさんとの仲が良好になってくれたのは嬉しい限りですけども……でもあの、あのぉ……!
「そんな心配そうな顔をしなくていい」
色々な感情でもだもだそわそわとろくろを回す私に、叔父さんは軽く笑いながら暖炉へ薪をくべた。弱くなっていた炎がたちまち鮮やかに燃え上がる。入り切らず余った数本は、暖炉の上にお行儀よく鎮座した。
「アレだって騎士団の団員なのだから。もちろん、ピーターもな」
「……そうですね」
創立メンバーが言うと重みが違うな。積まれた薪の隣に置いてある本を手に取りながら、相槌を打つ。視界の端で叔父さんがこちらを見ている気配を感じた。
「読むのか?」
「もう読みましたよ」
空き時間で軽くだが、思っていたよりひどい書かれ方はしていなかったな、というのが正直な感想だ。四年時に出回っていた日刊予言者新聞の、真実を八倍くらい悪く膨らませて書いた文章とは大違いの、それなりに“真っ当な”文章だった。
「全体的にあんまり意地悪な書き方ではなかったですよね?」
「ああ。きみの影響だろうな」
確認のために尋ねると、叔父さんは鷹揚に頷いた。なんで私だ。ザ・クィブラーの取材以降会ってないし連絡もとってないけど。
「……それで、内容の感想がそれなのかい?」
叔父さんは他の感想がほしいらしく、じっと視線を刺してきた。感想、感想ね……。うーんと唸りながら、パラパラ本を捲ってみる。この人は最悪だとか幻滅しただとか言ってほしいんだろうけど、そんなこと入学するより前から知ってたからな〜……。
どう答えようかと考えあぐねていれば、捲っていたページがあるページで急に止まった。目を落として納得する。こうして開き癖がついてしまうくらい何度も開いたのだろう。
「じゃあ――グリンデルバルドが気になります」
「……ほう」
含みを持たせて口元を緩めながら、開かれたページを見せつける。ほう、とかいって。白々しい。窓横にかけているカレンダーへ目をやる。今はまだ年が明けたばかり。原作の通りなら、彼はまだ生きているはずだ。
「この人、今はヌルメンガード城にいるんですよね?」
「ああ、元は彼が自分で建設した牢獄だった」
「らしいですねぇ。面会って可能ですか?」
「……なんだって?」
叔父さんが真意を探ろうとするかのように、鋭く目を細めた。うわ〜こっわ、心臓がちょっと走り出した。なんとか緊張を笑顔で隠す。
「今度一緒に行きましょうよ。全てが終わったあとにでも。あ、やっぱり一人がいいですか?」
「……なぜそんな提案を」
「べつに? ただダンブルドアの訃報くらいはあの場所にも届いてるでしょうし、彼の人もさすがに落ち込んでるんじゃないかなって」
軽い調子を意識してそう言って、肩を竦める。あと個人的にはバチルダの件も伝えておきたいというか、知っておいた方がいいんじゃないかなと思っていた。……バチルダといえばどうしよ、いつの間にかパクってたあのグリンデルバルドの写真。手元にあっても普通に困るんだけど……。今度こっそり叔父さんの枕元に置いておこうかな。
「きみは……」
不埒なことを考えていると、目の前からぽつりとした声が聞こえてくる。叔父さんは、顔をくしゃりと歪めていた。青い目に涙が光っている。彼は俯いて顔を隠すと、ふーっと深く息を吐いた。
「――ずっと、問うてみたかったことがある」
再び顔を上げた叔父さんは、もう泣いていなかった。静かで厳かな語り出しに、自然と背筋が伸びる。ああきっと、ろくなことじゃない。内容の予想はつかないけれど、少なくとも、私にとって喜ばしい質問でないことだけは、どうしてか確信できた。それでも私は、固唾を飲んで続きを待つ。
「きみの“のぞみ”描く幸せな未来に、エレナ・ワイアットの姿はあったのかどうか……。それを教えてはくれないかね」
その言葉に私が自然と思い出したのは、七年前のクリスマスのことだった。ハリーとともに寮を抜け出し、寒い城を彷徨い、フィルチを撒き、苦労して目指した場所で覗き込んだ私の“のぞみ”――みぞの鏡。
私は「やだ」と眉根を寄せた。無論、本気で怒っているわけではない。それが伝わるように口元には笑顔を乗せた。
「やっぱりいたんですね、あの日」
「クリスマスの夜というものは、誰しもが歩き回りたくなるものさ」
「そうでしょうとも、あのお茶目な校長なんかは特に」
私の皮肉に、叔父さんはいたずらっぽく笑う。私はしばらく暖炉の炎を見つめた。そういえばハリーにも同じようなことを聞かれた気がする。どうせそれも聞いてるくせに、改めてこう聞いてくるってことは、答えなんてもう分かってるでしょ。まったく、この人はさぁ。
「(……でも分かってて、それでも敢えて聞いてくれたんだよね)」
質問をしてくれた、という事実に、信頼とか期待とかを感じてしまった。私は言おうか言わまいか――信頼と期待に答えるべきか否かを、たっぷりじっくり悩んで、悩んで――やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……これは、誰にも内緒なんですけど――」
たまには誠実でいたくて、先日の謝罪や感謝のかわりとして、私は言葉を舌にのせた。……いや、嘘を吐き続けるのに疲れてしまったといったほうが正確だろう。
とにかく私はそんな身勝手な理由で、目の前のやさしい人が哀しむと分かっていて、質問の答えを音にしたのだった。
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