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どうしてあなたがここに。
どうしてあなたがこんなことを。
降りてくるドラコへ問いを投げようにも、混乱で頭が真っ白になっており、ろくに言葉を発することができなかった。なにも理解できない、なにから聞いていいか分からない。
それでも、ダンッと床を踏み締めた音に、“ここは戦場で、敵はまだ制圧できていない”という意識が、すぐさま引き戻される。背後からの襲撃をターンで躱し、私はその流れでクラッブへ杖先を真っ直ぐに固定した。杖向こうにあるクラッブの顔が、敗北を悟ってぐにゃりと歪む。その引き際は、存外に潔かった。
「インカーセラス」
「ぐ、う――クソッ! 離せ!」
現れたロープが蛇のように素早く巻き付き、クラッブの身体を硬く縛り付けた。拘束されて床に転がったクラッブは、芋虫のようにモゾモゾと往生際悪く暴れている。そんなクラッブの元へ、箒から降りてきたドラコがスタスタと歩を進めた。
「ドラコ! この野郎、裏切ったな!」
「聞いてくれ、クラッブ」
「うるせえ、日和見の臆病者! ただじゃおかないぞ、闇の帝王に必ず言って――」
流れるように膝をついてクラッブと視線を合わせたドラコは、「聞いてくれ」と繰り返した。なんの後ろめたさも感じさせない落ち着き払った声色に、ギャーギャー喚いていたクラッブも大きな口をグッと噤む。私にはクラッブが理性を取り戻したようには見えなかったけれど、長年の付き合いがクラッブをそうさせたのかもしれないと思った。
「僕はもう友人を失いたくなかっただけなんだ、クラッブ」
「なんだって?」
「僕はこの七年間、ゴイルもクラッブも友だと思って接していたつもりだ」
きっぱり言い切ったドラコに、クラッブは唖然としてパクパクと口を動かしていたが、パッと顔を背けて「気持ち悪い」「意味がわからない」だとか、そういうことをブツブツ呟いているのが聞こえてくる。……なんかクラッブ照れてない? ちょっと嬉しそうじゃない? 何を見せられてるんだろう私。手に入れられなかった友情を見せつけられるの、羨ましすぎて普通に歯軋りなんだけど……。
「だから、クラッブ。戦いが終わるまで、安全な所へいてくれ。お前が起きる頃には、きっと平和な世界になっているはずだから」
「なにを言――」
「……クラッブ?」
クラッブの言葉がなんだか不自然に途切れたので、ドラコの背後から様子を窺う。見ればクラッブはだらんと口を開け、深い眠りに落ちているようだった。えっ急に? いやおかしい、こんなの、明らかに人為的――。
この場にいる私以外の人物――つまりドラコを見る。ドラコは何事も無かったかのようにコートの裾を叩き、悠然と立ち上がるところだった。
「そういうわけで、眠ってもらうことにした」
「……ご、強引過ぎない?」
「誰かさんの影響だろうな」
悪びれもせず言ってのけたドラコに言葉を失う。だってなんか……なんかこんな人だったっけ、ドラコって。
憑き物が落ちたようなすっきりとした顔つきのドラコをまじまじ見ていれば、視線に気が付いた彼が口を開いた。
「どうした?」
「どうしたって……こっちの台詞なんだけど」
“平和な世界”と。ドラコはたしかにそう言った。
本来ならば敵対する立場であるドラコ・マルフォイの口から出てきたとは到底思えない、にわかには信じ難い言葉だ。私を油断させるための虚言かもしれない。ドラコの真意が読めないうちは、警戒を解くわけにはいかなかった。
「いったいどういうつもりなの?」
私は杖を握り締め、ドラコの挙動を注意深く窺った。上からも下からも人が絶えず動き回る音がしていて、けれど私たちがいる空間だけが戦場らしからぬ静けさに包まれていた。
ドラコは困ったように眉をひそめた。彼は言葉を選ぶように瞳を泳がせてから、恐る恐るといったように口を開いていく。
「きみが、僕をまだ軽蔑していなかったから」
「え?」
「ポッターたちを助けに来たあのとき。きみは僕を攻撃することを躊躇っていた」
「そんなことない!」
だって私はあの日、今こうしているのと同じようにドラコへと杖を向けた。ろくに準備もできていないドラコへ、先手必勝とばかりに間違いなく呪文を放った。
語気を強めて否定した私へ、なんとドラコは控えめにだが相好を崩した。
「僕がどれだけきみを見てきたと思ってるんだ? きみのうそくらい――“強がり”くらい、もう見抜ける」
反撃させる隙も与えないほど瞬殺したじゃんか、私。お忘れなのかな。
けれどそんな反論を口にする気にはなんとなくなれなくて、私はただ眉根を寄せるだけに反応を留めた。言ってもなんか、今のドラコに響く気がしない。
「去年僕はダンブルドアを死に追いやった」
自身を戒めるような低い声で言いながら、ドラコは上に続く螺旋階段へ顔を向けた。上での喧騒で床が揺れ、パラパラと木屑や埃が落ちてきている。
「多くの者を苦しめ、傷付け、そして危険に晒した。本当に愚かだった。弱かった。僕の罪が生涯許されることはないと、ちゃんと理解している」
「そんな――でも、ドラコだってやりたくてやったわけじゃ――」
「そう、それだ。お前はずっとそうだろう」
私の言葉を遮って、ドラコは真面目腐った調子で真剣に言った。それが少し呆れたふうでもあったので、私は目を瞬かせる。
「そ、“そう”?」
「そうだ、僕は許されない。絶対に、誰がどう見たって。それなのにきみはまだそんなふうに言うんだ。『ドラコは悪くない』ってそういうふうに、きみだけがまだ僕を救おうとしてる。――僕でさえもう僕のことを諦めているというのに」
それは、だって――そんなの、当たり前じゃないか。
どうしてそうしたいのかはもう既に伝えている。今更な話だ。そう口を開きかけたが、「“僕を助けようとしないでくれ”」という台詞に声を止める。
「もう何遍も言ったな。お前が僕を救おうとする度、僕は自分が惨めになるんだ。お前に助けようと思わせている自分に心底ウンザリもするし、なんて情けないやつなんだと自分を殺してやりたくなる」
助けるという行為は、傲慢で身勝手なものだ。
それはずっと分かっていたことである。けれどやはり、こうして直接ぶつけられると、胸を抉るものがあった。
吐き捨てるようなドラコの言葉に、私は唇を噛み締めた。
「やっぱり僕はお前に救われたいとは思わない。願い下げだ。だが何を言おうと頑固なお前は諦めない。だから、だったら――」
爆弾が炸裂したような振動で城全体が大きく揺れる。倒れる途中の視界に、薄水色の空が破けて燃えていくのが映り込み、私は城の護りがとうとう決壊したことを知った。
そうして体勢を崩しかけたところをドラコに引き寄せられる。すぐ間近で交錯した灰色の瞳が、外からの閃光で青く透けるように輝いていた。
「それならせめて、きみに相応しい僕でありたい!」
私の肩を痛いほど掴んだまま、ドラコが爆発音に負けないくらいの声で言った。
「きみが見放さないでいてくれるなら、じゃあ僕はきみが手を伸ばすに値する人間になりたいと思ったんだ。正しくて強い、少しでも誇れる自分になって、それで、……」
「……ドラコ?」
自信なさげに瞳を落としたドラコが急にぷっつりと口を噤んだので、当惑して思わず名前を呼ぶ。ハッとしたように顔を持ち上げたドラコは少し私を見つめ、やがてぐしゃりと顔を顰めた。彼らしからぬ不格好な笑顔は初めて見る。瞳は今にも決壊していきそうなほど潤んで歪んでいるのに、どうしてか幸せそうにも見える、奇妙な顔だった。
「ぼくは」
声を出すのが苦しいのか、吐息混じりのそれは頼りなく揺れている。
「エレナが好きだ。これからは、エレナの隣を歩いていきたい」
それは聞き間違いであってほしいとそう思ってしまうほど、私にとって都合の悪い、けれど同時に夢のような言葉だった。
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