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「――こ、こまる」
ぐるぐると悩んだ果てに絞り出した返答は余りにもお粗末だったし、隠しきれない動揺で蚊の鳴くような声になっていた。脳内が目まぐるしく回っていたせいで、かなり長いこと時間が経過したような感覚だった。だ、だって今こんなこと言われると思ってなかったし。心の準備とかなにもなかったし!
「そうだろうな」
いっぱいいっぱいになっている私へ、ドラコは意外にもあっさり理解を示した。
「きみは『ドラコは好きだけど恋人になるつもりはない』とか意味不明な勝手を宣っていたくらいだし」
ほんの数秒前まで泣きそうになっていたはずなのにけろりと受け答えるドラコは、もうすっかり平常通りの顔になっていた。言葉の節々に棘を感じて顔が強ばる。調子を取り戻したみたいでなにより、いや困るけど。
「まあエレナに倣って、この際僕も肩書きには拘らないことにするさ。勝手にこの先一生好きでいるだけだから、何も気にするな」
ドラコはこちらの反応を楽しむみたいにわざとらしい言葉を並べた挙句、意地悪く口を歪ませた。感情の大渋滞で口がわなわな震える。恋人にならないっていうのは肩書きに拘らないとかそういう意味じゃないし、ていうかせめて若気の至りにしてよ。一生とかそんな、無駄に決意固められても――。
また壁が揺れ、遠くから悲鳴が聞こえてくる。敵か味方かも分からないそれにびくりと肩が跳ねた。
「……悠長にしている時間はないな」
「え、あ、そうだね」
ドラコがサッと杖を振って、意識を失ったままのクラッブの巨体を浮かび上がらせる。切り替え早……いやそうだよ、色ボケてる場合じゃないんだから。私も咳払いして気持ちを入れ替える。
「下の階にゴイルがいるから、そっちへ――あ、待って!」
歩き出そうとしていたドラコを慌てて止める。不思議そうな彼へ大きな楕円を書くように杖を振り、髪色と服装を変化させた。前置きもなくグリフィンドール寮生のコスプレをさせられた黒髪のドラコは、自身の格好を驚いたように見回した。
「これは……」
「ドラコって目立つし、素のままだと敵と間違われるかもしれないでしょう」
「……この期に及んでまだ守ろうとするんだな、お前は」
「……私の勝手はこういうことですので」
恨みがましげな視線を無視して、下へ続く階段を直す。そうして私たちが階段を降りていくと、ちょうど必要の部屋からハリーたちが出てくるところだった。ハリーの手には、割れたティアラらしき物が収まっている。
「あなた――」
「じゃあそこに引っ掛かってるゴイルもやっぱりきみの仕業か。相変わらず怖いことするよなぁ」
ハーマイオニーは私の後ろに佇む人物を凝視して、ぽかんと口を開く。それに気付かず、ロンが顎でクイッと壁際を指した。そこには火のついていない松明が立て掛けてあり、縛られたゴイルがぶら下がっていた。うわ誰がやったんだ。私は普通に放置してたからそれは知らん……。
冤罪だと弁解しようとしたところで、切羽詰まった顔のハリーに距離を詰め寄られる。
「ジニーを知らないか? 僕らの用事が済んだら部屋に戻ることになってるんだ」
「ごめん知らない、でも上にはいないと思う――」
私は言葉を切った。叫び声や悲鳴が廊下いっぱいに広がって、恐怖で声が途切れてしまった。その場にいる全員がどきりとしたように周囲を見回す。廊下の先へと目を凝らせば、仮面とフードを被った人間――死喰い人が、誰かと戦っているのが分かった。
全員が一斉にそちらへと走りだし、加勢へと向かう。元から味方が多くいたため、若干だが、死喰い人側が押されてるようだった。
「やあ、大臣!」
パーシー・ウィーズリーが、たった今呪いを放った相手へ高らかに話しかける。呼び掛けられたシックネスは、杖を取り落としてひどく気持ちが悪そうにローブの前を掻き毟った。
「辞職すると申し上げましたかね?」
「パース、ご冗談を!」
堅物兄貴のキメた最高の冗談に、背中合わせになっていたフレッドが嬉しそうに叫んだ。ニヤッと笑ったその顔を見た瞬間、冷水を浴びせかけられたような心地に苛まれる。
「パース、マジ冗談言ってくれるじゃないか……お前の冗談なんか、いままで一度だって――」
空気が破裂した。それは、私がフレッドの方は足を踏み出したのと同時に起こったことだった。廊下全体が崩れて、敵も味方も等しく宙へと放り出される。爆風で散り散りになり、あっという間に世界が引き裂かれた。私はフレッドの身体が、まるで高く飛び上がったように吹き飛ばされていくのを見た――。
気が付くと、辺りは静まり返っていた。遠くでは変わらず紛れもない戦いの物音がしているが、この空間だけが切り取られたかのように黙り込んでいる。
廊下の残骸が私の腰から下を押し潰していた。瓦礫の下から出ようと力を込めると身体が軋み、生暖かくドロッとしたものが身体の至る所から流れていくのが分かった。それでもなんとか這い出して、座り込んだまま霞む視界をなんとかしようと瞬きをする。どうやら城の側壁が吹き飛ばされたらしい。大きく欠けた壁や天井が外からの冷たい空気を流して、それを教えてくれた。
「ぅ……」
小さな悲鳴に急いで駆け寄る。ドラコだった。身体は瓦礫の下だし、額からは血が流れていて、顔は青白い。だが、呼吸はしていた。瓦礫を手で押しどけようと数秒奮闘してから、私は自分が魔女だったということを思い出したので、杖を振って近くの瓦礫を一掃した。現れた身体を見るに、そこまでの重症ではなさそうで安心する。ドラコに癒しの呪文をかけてから、まだ呻き声が蠢く周囲を歩き出す。
「ハーマイオニー?」
みんなの名前を呼びながら、瓦礫だらけの廊下を歩く。ハリーやハーマイオニー、ロンにパーシーも、それぞれ立ち上がり始めていた。幸いなことに一番酷い怪我をしているのは私らしく、みんな爆発の余波でふらついてはいるものの、それなりに元気そうだった。
「フレッドはどこだ?」
「それが見つけられなくて――」
シックネスや、巻き込まれた死喰い人も見つかった。けれどただ一人、フレッドの返事だけが一向に聞こえてこない。パーシーがフレッドの名前を呼びながら、あちこちの瓦礫の山をひっくり返して動き回る。
どんな小さな声でも聞き逃すまいと澄ました鼓膜を、風を切る音が揺らした。障壁を張って塞ぎ、閃光が飛んできた方へと間髪入れず呪いを正確に打ち返す。暗闇の中から「ギャッ」と短い悲鳴が上がり、倒れ込む音がした。
「伏せろ!」
ハリーの叫びに頭を伏せる。闇の中から次々と呪いが飛んできた。舌打ちがでそうになる。うっさいな、これじゃ聞こえない。もう結界は壊れているし、姿くらましは可能だ。
「(いっそ闇の中に飛んで特攻でも仕掛けてやろうか……)」
――なんて自暴自棄になった思考を晴らすように。
突然パァンと爆竹のような激しい音が辺りに鳴り響き、そして、
「――ヒィィイイィヤァッホーゥ!!!!」
誰かの声、が。
流星のごとく現れた花火たちは私たちの頭上を素通りし、死喰い人の潜む闇を目がけて一直線に飛んでいった。色とりどりの花火が辺りを眩く照らし、死喰い人を匿っていた闇があっという間に取り払われる。花火でできた巨大なドラゴンの群れが火を噴きながら敵を追い立て、死喰い人たちを火だるまにしていく。死喰い人の一人が消失呪文を花火へ放てば、花火は大きく膨らんで弾けて、十倍にもなってまた爆発した。
「これはいったい――?」
「――出張ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ、ホグワーツ支店!」
何が起こっているのか理解するより先に、上から朗々とした高らかな声が降ってくる。緊迫したこの場には似つかわしくない、けれどいつでもユーモアを忘れない『彼』にぴったりの、明るく弾む声音。
「まずご覧にいれますは『ウィーズリーの暴れバンバン花火』!」
「あ……!」
声の方を見上げ、誰ともなく息を呑んだ。
「――なお死喰い人の皆様方には特別割増でお譲りいたしませんが、どうぞご了承くださいますよう!」
「――フレッド!!」
誰かが感極まったように叫ぶ。頭上、崩れかけた屋根に登ったフレッド・ウィーズリーは、切り傷で血の滴る頬を気にもとめず、世界一不敵に不遜に笑っていた。
「〜〜〜っフレッド!!」
「うおっ?!」
ぶち上がったテンションに任せて、フレッドの元まで姿現しする。真横に現れた私にフレッドはひどく驚いて、危うく屋根から落ちかけてしまった。フレッドの背後にいた人物が、フレッドの背中の服を掴んで元の位置まで引き戻す。その人の顔を私が確認するよりも先に、バシンと容赦なく頭部を叩かれた。
「アンタね、せっかく私が助けたやつを殺したいわけ?」
「レベッカが助けてくれたんだ!」
「ああ。もう瓦礫に直撃するって寸前でここまで引き上げられたんだ。レベッカさ、これでも落下してくる瓦礫の位置も調整してたんだぜ? 多すぎて全部除けることは無理だったけど。でもとにかく、ほーんとスマートな手際過ぎて、うっかり俺まで恋に落ちちゃいそうだったぜ」
「その顔は一つで充分よ。それよりそんなバカ言ってる暇があるんなら、ちゃんと集中してくれない?」
「仰せのままに!」
ピシャリと言い放ったレベッカは、禁じられた森からやってきた蜘蛛の大群を見据えている。フレッドは謙るように恭しく頭を下げながら、「手厳しい妹だぜ」と囁いて、私の方へこっそりウインクを飛ばした。
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