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 レベッカは、血塗れの私を上から下までじっくり見て、じろりと眼光を鋭くさせた。

「私が瓦礫を調整しきれなかったのかと思ったけど、違うわね。あんた、余計なことしたでしょう」
「なんの話?」
「とぼけないで。私はちゃんとあんたのことだって守ろうとしたのに――!」
「まあまあ、瓦礫をちょーっと呼び寄せちゃっただけだよ。うっかりうっかり。そんな怒らないでよ、私だって死んではないんだし」

 階下で戦う味方へ保護呪文を施しながら、レベッカからの追及を雑に流す。レベッカは納得いかない様子で憤慨していたけれど、気にしないふりをした。だって私はどれだけ怪我を負ったって別に構わないのだ。どうせこの後、全快する予定があるんだから。

「(……あれ、効果は直前の怪我にしか反映されないから全快はしないっけ。まあいっか)」
「大体あの黒髪のグリフィンドール生、誰よ」
「あ、それドラコ」
「ああ、ドラコ……、……は?!」

 屋根上にて蜘蛛の群れを敵へけしかけたりする最中、レベッカになら教えてもいいかなと判断して、杖と口を動かす。レベッカは休むことなく振り捌いていた手を止めて下層を二度見した。驚愕で目をまん丸とさせた顔は普段より幼くて、レベッカってばほんと感情豊かになったものだなぁと場違いにも感慨深くなる。昔は不機嫌そうな仏頂面ばっかりだったのに……。
 小さく笑いながら、私が彼女の背後から飛んできた瓦礫を蜂の群れに変えれば、レベッカもハッと我に返った。振り向きざまに杖を振って蜂の大群を死喰い人たちへと見舞わせた彼女は、視線を戦場へと向けたまま口を動かした。

「どうしてあんな妙な格好になってんのよ。それに……どうしてドラコがエレナと一緒に?」
「色々あって、奴らと戦う道を選んでくれたの。でも普段の姿のままじゃ死喰い人陣営だって思われて味方に討たれるかもしれないしと思って」
「ふぅん、なるほどね。……で、“色々”って?」
「色々は色々」

 私が端的に答えると、紫色の閃光に顔を照らされたレベッカは、目線を少しだけこちらへ流して口角を持ち上げた。

「本当はそれ、“色々”じゃなくて、“エレナの為”なんでしょう」
「……別に。色々だってば」
「あははっ、うそよ!」

 レベッカは少女のように笑い声を上げ、軽やかに杖を振った。そんな優雅な動きで、下層でまた敵が一人戦闘不能にされる。こ、こわ〜……。急に笑いだした彼女に、フレッドさえも大立ち回りを止めてまじまじ見ていた。ジェスチャーで『トんじまったのか?』と尋ねられたので、私は沈痛な面持ちで深刻げに首を横に振る。見ようによっては――というよりどう見たってーーYESに捉えられてしまうだろうけど、まあ仕返しだ。
 思惑通りに勘違いしてくれたフレッドは、さもありなんという気の毒そうな顔をして、「ちょっと下がって休んでなよ」とレベッカの腕を引いた。

「は? なによ?」
「ずっと魔法打ちっぱで疲れたんだろ? 分かるぜ。ここは俺に任せてくれていいからさ」
「だからなにを――」
「……じゃあレベッカ、下で眠ってる人のことよろしくね。私は行くところがあるから」

 この乱闘の中でも、ドラコはまだ目を覚まさない。今年はクィディッチなんてなかったろうし、体力が落ちてるのかもなぁ。思い出してみても、彼はずっと疲れてる顔をしていた。レベッカなら近くで見れば彼の疲労は察せるだろうし、なんとかしてくれるだろう。
 私は近くに転がっていた箒を呼び寄せてぴょんと跨って、空高く舞い上がった。最後のお土産として、去り際に黒い雷雲を死喰い人たちの頭上へセッティングしてやった。



 どこもかしこも戦場と化しているせいで、真夜中だというのに校内は眩しいくらいに明るくて、目的の人物たちを見つけるのにそう時間はかからなかった。

「――総員、撃て!」

 校庭の真ん中辺りでは、ちょうどムーディ先生の怒号により、一斉に呪文が放たれていた。即席チームとは思えないほどに統率のとれた動きで、生徒たちがムーディ先生の指示に従い防御や攻撃を行っていた。
 そんなムーディ隊の死角を補うように配置されたグループにも、見知った顔が幾つか混じっている。私は両隊の中間あたりで降り立ち、敵と応戦しつつ目線を走らせた。ムーディ先生は今のところ大丈夫そうだ。もちろん怪我はしているけれど、キングスリーが補助してくれている。向こうにルーナやシェーマスといったDAの面子が見えたので、とりあえず私はそちらへ向かおうと足を踏み出す。

「エドガー、危ない!」

 その瞬間響いてきたセドリックの叫びでハッとしてそちらへ顔を向ければ、名前を呼ばれた彼は、背後を軽く顧みていた。杖先をクンと動かすと、襲いかかろうとしていた死喰い人を、数人まとめて水の牢に閉じ込めてしまう。それを見て逃げ惑う死喰い人たちも、次々に彼の僅かな挙動によってあの手この手で捕縛されていく。必要最小限の動きだけで敵を無力化していく様は圧巻で、いっそ芸術的であるとさえいえた。

「お見事ですね、ほんと……」
「光栄だよ」

 久しぶりの実戦だろうに、少しも衰えていないようで。まったくなによりですよ。
 恭しく頭を下げる叔父さんに、肩から力が抜ける。少し気になってたけど、やっぱり要らぬ心配だったな。ニコリと笑った叔父さんは杖を一度サッと振って、再び戦場へと戻った。入れ違いでセドリックが私の方へと走ってくる。所々焦げたように煤けているが、目立った怪我はない。鳶色の瞳はクィディッチの話をしている時のように爛々としていた。

「元気そうだね?」
「そりゃあそうさ! なんたってここにはマッドアイもエドガーもいるんだから! きみの叔父さん本当にすごいね!」
「……まあ一応、闇の魔法使いと戦うのが仕事だったから」

 セドリックは目を輝かせて大興奮している。元本職だし、と苦笑すれば「それでもだよ!」とセドリックは声を大きくした。

「本当にすごいよ。以前も思ったけれど、戦う彼の姿って、まるで――……いや、今はいいか……そういえばきみ、なんだか綺麗だね?」
「ヒント。さっきまで件のエドガー・ワイアットと話してた」

 急に口説かれた。のではなく、これは私の服が新品同然だね、という意味だ。うーん、こういうとこ。こういうとこほんと変わらないなセドリックは……。
 肩を竦めて、通り魔のごとく人の怪我と服を綺麗にしていった人の名をだすと、セドリックは「腑に落ちたよ」と口元を緩ませた。


 セドリックが表情を引き締めて持ち場へ戻ったので、私はルーナたちの方の援護をすることにした。敵へ呪いを放ちながら、次の行き先を考える。ルーピン先生やシリウスはどこだろう。校庭に配置されたと思っていたがいないみたいだ。一度校内に戻ってみなければ……。
 思考につられて城を振り返る。見計らったようなタイミングで大きな窓が吹き飛び、大量のガラス片がキラキラと敵味方関係なしに降り注いだ。階段から落ちた生徒が玄関ホールの中央で転がって、ぐったりとしているのが遠目から見えた。倒れ伏した女生徒の、その豊かな薄黄色の髪には、ひどく見覚えがあった。草臥れたリボンが流れている――ラベンダー色のリボンが。
 血の気が一気に引いて、目の前が霞むような寒々しい絶望に包まれる。そんな中、灰色の影が玄関ホールの奥から獣のように駆けてきて、彼女に覆いかぶさった――。

 大音響が二つ、辺りに轟く。私の杖先と、城の奥の方から。二つの音と光が目掛けた先はどちらも同じ場所――ラベンダーに牙を立てようとしていたフェンリール・グレイバックだった。二人分の呪いを受けたグレイバックは、大理石の階段の手摺にぶつかり、少しピクピクともがいてからがっくりと意識を失った。床に落ちてぺしゃりと潰れる。グレイバック蘇生のため駆け寄った敵へ、どこからともなく飛んできた輝く水晶玉がぶち当たった。ここからでは誰だか分からないけど、少なくとも向こうにも味方はいるらしい。

「あれはラベンダーか?」

 シェーマスがゾッとしたように掠れた声を上げた。

「まさか、咬まれたのか?」
「……分からない、ごめんなさい」

 私の力ない謝罪を聞くやいなや、シェーマスは猛スピードで彼女の方へと向かい、激戦の中へと消えていった。追いかけようとしかけたところで、辺りを大きな影が覆う。

「っ避けて!」

 正体を知るよりも先に脳が警告を出したので、喧騒に負けないよう怒鳴って横へと転がった。身体が数センチ浮くほどに地面が激しく揺れる。見れば、先程までいた場所には、途方もなく巨大な壁が――足が、地面にめり込んでいた。私たちはようやく影の正体を知った。およそ六メートルはあろう巨人だった。
 大地を震わせて進んでいく巨人の目的は城らしく、私たちのことは、行進のついでに踏み潰そうくらいの気持ちらしい。それ以上の攻撃はされなかった。一安心ではあるが、このまま乗り込まれるのを黙って見ている訳にもいかない。

「アーニー、私、城の方の援護に行きたいんだけどいいかな?!」
「あ、あ! 大丈夫、ここは、首席の僕に任せて――」

 息を荒らげたアーニーが無駄のない洗練された動きで敵の杖を奪う。周囲の空気が凍てついたのは、ちょうど死喰い人の杖がクルクルと宙を回った時だった。
 息が詰まり、肺に氷の粒を流し込まれたように苦しくなる。辛うじて持ち上げた視界に映った夜は、のっぺりとした闇に、百体を超える吸魂鬼に呑み込まれていた。杖を握っていた手がたちまち真っ白に悴み、滑り落ちそうになる。


 最終決戦は、私が思い描いていたよりもずっとずっと、うまくいきすぎていた。だからこそ、心のどこかで恐怖を感じていた。肝心の場面で台無しにしてしまうんじゃないかと、そんな不安を抱いていた。大丈夫、うまくいく。私はあの人を犠牲にまでして、家族だって守れなかった。だから、絶対に上手くいかせなきゃいけない。いけないのに……。


 恐れと迷いが、銀色を曇らせ濁らせる。
 私の守護霊は霧のように弱々しく吹き出るばかりで、気が付くと私は膝をついていた。身体に力が入らなくて、背中が丸くなっていく。


 立ち上がることができない。杖を握ることができない。前を向くことができない。だって、失敗してしまうかもしれない。私はいつも失敗するから。上手くいったことなんて一度もないから。だったら、それならもう、これ以上なにもしたくない。しない方がいい。私にできることなんてなにもない。諦めた方がいい、諦めるべきだ。ああ、最初から全部無理だった、無理だったのに。どうしてこんなことをしているんだろう。私はどうして、この世界にいるのだろう。

 戦うことも守ることも、瞬きも呼吸も――鼓動さえも、もうなにもかも、やめてしまいたい。


「――エクスペクト・パトローナム」

 すぐ隣から、深く伸びやかな声がした。背中を力強く摩られていて、熱い。慰めるというよりは、叱咤するような痛いくらいの力の強さだった。

「立て、エレナ・ワイアット」

 初めて聞いた声だった。目の前を走る守護霊を、ぼんやり見つめる。

「絶望したふりをするな。そんなタマじゃないだろうが。まだ戦いは終わっていないぞ」

 ふりじゃなくて、本当に本当に苦しいのに。私はもう、心の底から終わってしまいたいのに。聞き知らぬ声は、容赦なく厳しいことを言ってくる。

「エドガー・ワイアットをガッカリさせたいのか?」

 ……ああ、それは。

「――させたく、ないなぁ」

 これ以上、期待を裏切るような真似は、もう。

 私は気力を振り絞って腕を持ち上げた。杖先から銀色のフクロウを飛び出していく。しっかりとした実体となっていつものように自由気ままに空を翔けるフクロウは、銀の山羊とともに吸魂鬼たちを蹴散らした。

 吸魂鬼が雲散霧消すると、夜は暖かい黒と静けさと取り戻した。遮断されていた周囲の喧騒も帰ってくる。深呼吸を大きくして、私は背後の人物へと笑いかけた。

「……ありがとう、ございます。アバーフォースさん」
「エレナ・ワイアットが俺に礼など、もう金輪際二度とするなよ」

 反論を捩じ伏せるように威圧的に睨まれ、私は口を噤むことしかできなかった。不器用な人だな。これじゃあ料理のお礼も言えなくなっちゃうじゃないか。
 

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