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 トンネルを這って校庭へと戻り、一人で城への道を歩く。辺りは相変わらず真っ暗だったが、夜明けはきっともうすぐだと信じながら私は夜空の下を進んだ。

 城の入口の石段には、小船ほどもある木靴の片方――恐らく、ヴォルデモートが連れてきた巨人たちの物だ――が転がっていた。大回りして靴を避けて歩く。この戦いが終わったら巨人たちはどうなるのだろうと、血に染まった玄関ホールの敷石を踏み締めながらふと思った。寮ごとの美しい砂時計は無惨に砕けて散らばり、歩く度に大理石の欠片や裂けた木片と擦れて悲しいガラス音を奏でた。

 
 敵や閃光、数多の悲鳴怒声は去れども、城は未だにざわついている。私は出入りする人混みに紛れて大広間に入った。

 各寮のテーブルはなくなり、大広間はひどく混雑していて、かつて大広間を飾っていた精巧なステンドグラスは見る影もなく破壊されていた。倒壊した壁や天井のせいで外の冷気が至る所から入ってきているはずなのに、人々が忙しなく動き回っているため熱気が立ち込めていた。
 壇上ではマダム・ポンフリーが動ける者に手伝わせて負傷者の手当てに勤しんでいた。壇上に続く段差では、ケンタウルスのフィレンツェが横たわっている。勇敢にも教師として戦闘に参加してくれたらしい彼は、脇腹からドクドクと血を流し、立つこともできず体を震わせていた。フィレンツェは近付いてきた私に気が付くと、起き上がろうともぞもぞ動いて、苦しげに喘いだ。なにか言いたそうにはくはく口を動かすので、私は慌てて駆け寄った。

「無理しないで、先生。すぐ止血するので」
「ああ、エレナ・ワイアット……きみは、きみはいま、孤独な星の下にいる……だが……」
「話しちゃだめです、ほら、横になって……」

 しばらく治癒を施すと、フィレンツェはやがてゆっくり目蓋を下ろし眠りについた。ふと視線を感じ顔を上げると、小柄な男性が私を見つめていた。言葉もなくして数秒見つめあって、私はやっと声を上げた。

「ピーター?!」
「や、やあ、エレナ……きみも無事みたいでッ……?!」

 久しぶりに見たピーターの顔は、両頬が赤く腫れ上がっていた。そんな顔で弱々しい笑みを浮かべるピーターが、急に勢いよくつんのめって倒れる。何事かと慌てたが、原因はすぐに分かった。近くにいたシリウスがかなり容赦なくピーターの背中を叩いたらしい。シリウスは人を床とキスさせた直後とは思えないくらいのいい笑顔で溌剌と私へ笑いかけた。

「よっ、元気そうだな。なあ、ハリーを見なかったか? さっきヴォルデモートがあんなことを言っていただろう、気にしているんじゃないかと……」
「ハリーにはロンたちがついてる、私さっきまで一緒にいて――あっルーピン先生! よかった!」
「こちらは概ね問題ない――概ねはね。ベラトリックスと闘ったが、ピーターが――」
「シリウス! きみ、もう少し力加減とか体格差ってものを考えてくれ!」

 跳ね起きたピーターがシリウスに怒鳴りあげたので、私は面を食らった。ピーターがここにいることすら驚きだったのに。額を赤くして噛み付くピーターへ、シリウスは面倒くさそうに目を細めた。

「それになにも、いま叩く理由はなかった!」
「悪かったよ、ちょっとしたおふざけだろ。それよりやることは山ほどあるんだ、遊んでる場合はないぞ」
「きみが言うのか? きみが?」

 ぶつぶつ文句を言うピーターが、シリウスに引き摺られていく。気さくなやり取りに呆然とする私へ、ルーピン先生は訳知り顔で肩を竦めた。「あとで話すよ」と困ったように微笑んでみせてから、先生も二人を追って人混みの中へと消えていく。

「(……話し合えたのかな)」

 短い会話だったけれど、彼らは対等のように見えた。いや、シリウスはやや横柄でいつもより大人げなかったが。しかしピーターもしっかり言い返していたし……。色々気になることはあるけれど――あとで教えてくれるというなら、あれこれ考えるのはひとまずやめだ。今は、味方が増えたという事実だけを喜んでおこう。

 私は一息吐いてから、今度こそ大広間の中央へと向かった。

 そこには、すでに事切れた者達が並んでいた。

 私は恐れていた顔ぶれがないことを視線を何度も往復させて念入りに確認した。該当する顔が一つもないことに、私は深く息を吐いた。そうして安堵した直後、心臓が軋むように痛んだ。それは自身の最低さによるものだった。

 叔父さんがいるおかげで、きっと犠牲は格段に減っている。でもだからなんだというのだろう。犠牲は犠牲で、数もそれが誰かも、本当なら関係ないのに。私は最低だ。死者の中には話したことのある生徒の顔がいくつもあった。それなのに私は――私は!
 呼吸が浅く、短くなる。周囲の喧騒が突然遠くなった。足元からは寒気が這い上がってきているのに、全身からドッと汗が噴き出していた。ちぐはぐな体の調子に眩暈がする。よろよろとその場から後退る。なにかが背中にぶつかった。

「――エレナ! よかった、姿が見えないからみんなで心配してたんだよ」
「……ネビル」

 すぐ背後で私を支えるネビルは、嬉しげににっこりしていた。最後に見た時よりも傷が増えている。
 ネビルは入念に私の体を検分した。全て通り魔(叔父さん)に治してもらったあとだ。服についた夥しいドラコの血は、歩きがてらに消している。もとより怪我はしていないしで、とにかく無傷な私へ、ネビルは安心したように脱力した。

「みんなは向こうの奥で休んでる。次の戦いに備えてるんだ。きみも行って、顔色が良くないし――」
「ネビルは? どこに行くの?」
「僕は、まだ――その――運びきれてない人がいるから」

 言いづらそうに口籠るネビルが何を言いたいのかは簡単に分かって、ハッと息を呑む。すぐに「私も行く」と告げれば、ネビルは少し迷ってから頷いた。



 私たちは、何往復もして遺体を運んだ。魔法を使った方が効率がよかったのだろうけど使う気にはなれなかったので、私たちは手作業で彼らを運んだ。この場にいる全員がそうして黙々と遺体をその手で直接触れて、担いでいた。
 知り合いの顔に何度も遭遇し、胃に鈍痛が走る。その度に、心が冷たく無機質な鉛のようになっていくのを感じた。

「エレナ、もう休もう」
「大丈夫」
「でも酷い顔だ」

 ネビルのいうとおり、私は疲弊しきっていた。校庭と大広間を何往復もして重たい遺体を運んで、もはや手足の感覚がなくなりかけてるくらいだった。けれど今は動き続けていたかった。その方がなにも考えずに済む。次の遺体を探して手を彷徨わせる。その手をネビルがやさしく掴んだ。

「もういないよ、全員運び終えた」
「……そっか」
「少し座ろう」

 ネビルは私の手を引いて、石段の端へと連れていった。座り込んで一息ついても、手は握られたままだった。

「……ネビルの手、あったかいね」

 特に意識したわけじゃなかったが、勝手に言葉が零れた。「そうだよ」ネビルは取り留めのない雑談にも、律儀に相槌を打ってくれた。

「エレナの手が冷たいとき、僕の手はいつだってあたたかいんだよ」

 ネビルは何気ない調子でさらりと言った。「覚えておいてね」と微笑んで付け加られ、ジンと胸に熱いものが広がっていく。そんな状況ではないのに、涙が溢れていきそうになる。まだなにも終わっていないのに――そう、そうだ。まだ、終わっていない。草臥れてる場合じゃない。

「……最後まで頑張らなきゃ」

 込み上げた決意を静かに口にする。返事の代わりに、手を握る力が強くなった。
 

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