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「ダンブルドア! ダンブルドアだ!」
「ダンブルドアがいるぞ! ダンブルドアが生き返った!!」
「まさか、そんな――!」

 動揺や歓声があちこちから湧き起こる。

「――じゃあ、エドガーは?」
「つまり」

 ヴォルデモートの声はさして大きな声でもなかったのに、不思議と大広間中に響き渡り、群衆のざわめきが魔法もなしに止んだ。それは存外に波のない声だったが、その異様なほどの平坦さは、激情をなんとか取り繕った結果のような声にも聞こえた。

「貴様は……貴様は――」
「おお、トムよ。お主がいま頭に思い描いておるであろう愚かな結論とわしがいまこの場に存在するという真実は、全く異なるだろうとも」
「果たして本当にそうか?」

 短い声には侮蔑や厭忌、そしてごくごく僅かだが、ほの暗い歓喜のような高揚感が滲み出ていた。「そうだとも」ダンブルドアは涼しい顔をしてさらりと言う。

「口にするのも恐ろしいほどの浅慮の末路であることは否定できぬ。しかしわしのこの生は、愚かな執着ではない。お主のように自然の摂理に悖った結果でもない。死を制した、あるいは克服したとも、無論異なる」
「ではなんだと言うつもりだ」
「一人の勇敢な男による、勇気ある選択の結果じゃ。――あの日塔から落ちたのは、エドガー・ワイアットだった」
「……なに?」

 沈痛な声を絞り出したダンブルドアは、一つ息を吐いた。

「エドガーは、お主が哀れなマルフォイ少年にわしを殺させようとすることに、誰よりも早くから勘づいておった。マルフォイ少年が作戦を遂行できなかった時、セブルスがその仕事を引き継ぐであろうことも」

 雨の夜を思い出す。手遅れであることを知った初夏の夜。ぽつんとした丸いランプが照らす橙色の室内。美しい朱い鳥が身じろぐ音。悄然と瞳を彷徨わせた先では、分厚いガラスが無数の雨粒を受けて光っていた。

「お主の計画とは関係なく、エドガーの死は決まっておった。そしてお主の計画を知ったエドガーは、自身の死に方を選んだ。全ては示し合わせて行われたことだったのじゃよ」

 絢爛な装飾が彫られたテーブルに置かれた左手は、黒く萎びていた。当の本人は、『冷蔵庫に入れ過ぎたマンドレイクみたいだろう?』とからから笑っていた。私はそれになんて返したっけ。たしか、なにも言えなかった気がする。

「年が明ける頃には、エドガーの企てた計画の殆どは達成されていた。残すところとしては、セブルスがお主の命に従ってアルバス・ダンブルドアを殺すのみとなった」
「あのマグルが計画を企てただと?」
「左様。わしと――アルバス・ダンブルドアと、入れ替わることじゃ」

 白い花に囲まれたダンブルドアを思い出す。目蓋を固く閉ざした顔は青く透き通っていて、落窪んでいた。正真正銘の死に顔に以前の面影は、 文字通りなかった。

「戯言を抜かす……俺様は墓を暴いた。老耄の死体に魔力の痕跡はなかった!」
「なにもおかしいことはない。魔法は使っていないのだから。彼の偽装は、全てマグルの技術をもって行われた」

 叔父さんは――ダンブルドアの見目をした叔父さんは、『背丈は同じくらいで助かった』と肩を竦めていた。『身長を伸ばす手術までしたら、お前たちに渡す遺産がいよいよボウトラックルの涙ほどになる所だった』、と。これにはちゃんと反応できた。

「(“そんなもの、なくてよかったのに”)」
「お主は散々虚仮にして見下し、軽んじてきた者たちの技術によって欺かれ、出し抜かれたのだ、愚かなトムよ」

 長い沈黙が下りた。見守る人々の呼吸は一つとなっていて、大広間は静かなものだった。

「なるほどな」

 ヴォルデモートが冷たく鼻を鳴らした。

「要するに、命惜しさに他者を犠牲としたわけだ。貴様らお得意のやり方だな、ダンブルドア」
「わしが彼の選択に身を委ねたという点に関しては、釈明の余地はないといえるのう」

 中傷を重々しく肯定してしまったダンブルドアへ眉根を寄せる。適当に話をまとめたヴォルデモートと同じくらい腹が立った。
 私たちは私たちの考えの下で好き勝手動いていただけだ。ダンブルドアはその結果に巻き込まれただけなんだから、なにも気にする必要はないのだ。罪悪の意識なんて獏にでも食わせてしまえばいい。と、いうことをもう一年近くずうっっっと伝えているというのに、まったくこの人は。

「それで、どうするつもりだ?」

 蛇の囁きが大理石の床を這う。

「小賢しい影武者も、貴様のお気に入りのハリー・ポッターももういない。どちらも俺様が殺した、俺様が勝った!」
「一方がいる限り、他方は生きられぬ。二人のうちどちらかが、永遠に去ることになる……。この意味が分かるかの、トムよ」
「貴様が俺様に勝つと?」

 ヴォルデモートの赤い瞳がギラギラと光る。射竦める殺意をものともせず、ダンブルドアは首を横に振った。

「これは予言じゃ。お主と、ハリー・ポッターとの、二人に関しての予言なのじゃよ、トム。予言にのっとるならば、お主に打ち勝つのは、当然わしでは在り得ない」

 言い終わるやいなや、ダンブルドアの傍らの空間がきらめいて捻れる。ダンブルドアの隣に佇む人物の姿が露わになるなり、先程よりもさらに大きな歓声が大広間中を満たした。

「ハリー!」
「ハリー・ポッター!」
「ハリーは生きている!!」

 ダンブルドアとハリーは目配せをして、静かに頷いたダンブルドアは一歩下がった。

「誰も手を出さないでくれ。僕でなければならないんだ」
「“僕でなければならない”」

 ヴォルデモートが冷ややかに繰り返す。ハリーとヴォルデモートは睨み合って互いの距離を保ったまま、動かない。

「ダンブルドアは貴様をうまく操っているな、ポッター。よもや勝つのは自分だと考えているのか? 偶然生き残ったに過ぎない貴様が? 自分より力のある者たちの陰に蹲り、自らの身代わりとしてそいつらを殺させた貴様が?」
「今夜のお前は、他の誰も殺せない。お前はもう決して、誰も殺すことはできない。僕は、お前を阻止するために死ぬ覚悟だった……」
「しかし死ななかったな!」
「――死ぬつもりだった。だからこそお前は誰も傷付けられないんだ。母の場合と同じだ、古の愛の魔法だ。お前はこの人達に指一本として触れることも、苦しめることもできない。トム・リドル、お前は過ちから学ぶことを知らないのか?」
「よくも――」
「僕はお前の知らないことを知っている。お前には分からない大切なこともたくさん知っている。――例えば、その杖のこととか」

 蝋のような白い指がぴくりと動く。

「お前はその杖をダンブルドアの墓から、つまりエドガーから奪った。エドガーとダンブルドアは完璧な偽装のために、生前杖の所有権を入れ替えた。ニワトコの杖の最後にして真の所有者となったエドガーは、敗北せずに死ぬつもりだった」
「スネイプが殺した――」
「まだ話が分かっていないようだな、リドル。スネイプは誰のことも打ち負かしてはいない! セブルス・スネイプはお前のものではなかった。スネイプはダンブルドアのものだった。お前が僕の母を追い始めたときからな。お前が気付けなかったのは、お前が『愛』を理解できないせいだ」

 声こそ上がらなかったが、さすがに動揺が広がっていた。ここにいる全員がスネイプ先生を敵だと信じていた。うーん、耳を覆いたくなるくらいの大暴露。スネイプ先生、この場にいなくてよかったのかむしろいた方がよかったのか……。

「スネイプの守護霊を知っているか? 牝鹿――僕の母と同じだ」
「(あっそれ言っちゃうんだ)」
「スネイプは子どもの頃からほとんど全生涯をかけて、僕の母を愛した」
「(あっそれも言っちゃうんだ)」

 ハリーに悪気はまったくないのだろう。しかしスネイプ先生の今後を思うと手を合わせたくなる。……いや悪気本当にないかな? さすがにない……と、信じたい……。

「……だからなんだと言うのだ? スネイプが誰のものであろうかなどと、どうでもよいことだ。ニワトコの杖がエドガー・ワイアットのものだったとしても、あやつがドラコ・マルフォイに敗北したことにかわりない」
「(あ、やっぱちゃんと気付いてたんだ)」

 どうやらヴォルデモートは原作よりもずっと真面目にオリバンダー老人からの薫陶を受けたらしい。結果的になんとかはなったが、でもイレギュラーな真面目さ見せやがってと忌々しくなる。

「ニワトコの杖の真の主人は、ドラコ・マルフォイだということに俺様が気が付いていないとでも? 俺様は三時間前に、ドラコ・マルフォイを殺した!」
「残念だったな。ドラコは死んでいない、生きている。エレナ・ワイアットが助けた。お前はまたしてもワイアットに、魔法族の血を引かない者に阻まれたんだ」
「(うわーーーっ?!)」

 ハリーばかハリー! なんでこういう時いっつも名前だす?! 煽りに私使うのまじでやめてくれ。急にスネイプ先生のことが他人事じゃなくなった。当然の流れで周囲からの注目を一斉に浴び、サッと俯く。恥ずかしいというかいたたまれないというか、なんかこの、この……なに?! 自分に目くらまし呪文をかけていなかったことを激しく後悔した。いやだってこんなことされるとは思わないじゃん……!

「そもそも、ドラコはもうニワトコの杖の所有者ではない。お前は機会を逸した。何週間も前に、僕はドラコを打ち負かしている。この杖はドラコから奪ったものだ」

 ハリーがサンザシの杖をピクピク動かした。大広間の目という目が、その杖に注がれる。
 
「お前の手にあるその杖が、最後の所有者が『武装解除』されたことを知っているかどうか……全てはこの一点にかかっている。もし知っているならニワトコの杖の真の所有者は、僕だ」

 ヴォルデモートの胸は激しく波打っていた。いつ呪いが飛んできてもおかしくはないという危険な雰囲気が漂っている。

「僕を殺そうとする前に、忠告しておこう。自分がこれまでしたことを考えてみたらどうだ……考えるんだ。リドル、そして少しは後悔してみろ」
「何を戯けたことを?」

 ヴォルデモートは驚愕していた。ハリーはヴォルデモートにチャンスをあげようとしていた。

「お前には悔いる以外に残された道はない。さもなければ、お前がどんな姿になるか僕は知っているぞ。さあ、勇気をだせ……努力するんだ、少しでも後悔してみるんだ……」
「よくもそんなことを――?」
「ああ、言ってやるとも。いいか、最後のチャンスだ、リドル……」

 ハリーは口を噤んだ。ヴォルデモートも押し黙った。
 やがて、魔法で空を模した天井の唯一無事な部分に、突如、茜色と金色の光が広がる。いちばん近い窓の向こうに、眩しい太陽の先端が顔を出した。降り注ぐ分厚い光の帯が二人を包み込む。

 それが合図だった。

「――アバダ ケダブラ!」
「――エクスペリアームス!」

 大砲のような音とともに二つの呪文が衝突し、二人の中心に黄金の炎が噴き出した。


 勝負は瞬刻のことだった。
 朝日を背にして舞ったニワトコの杖が、放物線のいちばん高いところで一瞬ぴたりと止まったように見えた。

 緩やかな軌跡を経て落下したニワトコの杖は、吸い込まれるようにしてハリーの手の中に収まった。


 大広間の中央で立っているのは、ハリー・ポッターだけだった。トム・リドルは、ありふれた最期を迎えて床に倒れた。
 

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