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 身震いするような沈黙の中、ロンとハーマイオニーが真っ先に駆け出す。二人は、二本の杖を手にヴォルデモートをじっと見下ろすハリーに飛びついて、叫びやら泣き声やらをワンワン上げていた。それを切っ掛けに、全員の時間が動き出す。シリウス、ジニー、それからネビルやルーナ。ウィーズリー一家にハグリッド、マクゴナガル先生やフリットウィック先生やスプラウト先生。とにかく多くの人間が、何百という人々が英雄に触れるために少しでも近付こうと押しあっていた。

「終わりましたね」
「ああ」

 人集りから離れて、一人ぽつんと佇むダンブルドアの隣にそっと寄り添う。ダンブルドアは、知り合いかも分からない相手と抱き合い、心のままに泣いて喜びを分かち合っている人々を、しばらく見つめていた。やがて透けるように青い瞳が、眩しげに細められる。

「……ああ」

 深いため息に紛れて落とされた囁きは震えていた。横目で見れば、折れ曲がった鼻先は下へと向けられていた。皺だらけの顔へは深い影が落ち、瞼は閉ざされている。何十年分もの疲弊が一遍にのしかかってきたというような面持ちの頬に、一筋の光る線が滑り落ちた。

「ついに、終わったのじゃ……全てが……『生き残った男の子』のおかげで――」
「ダンブルドア――」

 絞り出された声は、命を削っているのかと思わされるほどに迫真の声色をしていた。倒れてしまうのではないかと心配になり、彼の顔を覗き込む。背中を丸めて静かに泣き濡れるダンブルドアの姿はひどく小さく、どこにでもいる普通の老人にしか見えなかった。

 かける言葉を探して口を開閉していれば、逆光となる位置に誰かが現れた。目を凝らして陰る顔を見つめ、それがアバーフォースさんであることに気付く。ダンブルドアは、まだ目を瞑ったままだった。無機質な眼差しで三秒ほど実兄の後頭部を見下ろしていたアバーフォースさんが、突然ゆるりと片手を高く持ち上げ――。

「グッ……?!」
「お、おお……」

 頼りない背中を思いっきり叩いた。それはもう容赦なく、見てただけのこちらが顔を痛みで歪めたくなるくらいの勢いで。ダンブルドアの背中から、バシンと盛大な破裂音が鳴る。おじいちゃん同士がなにやってんだ、戦いが終わったばっかなのに……体を労れ双方。
 ダンブルドアは怖々と弟を見上げた。そうして少し見つめあったかと思ったら、アバーフォースはフンと鼻を鳴らして踵を返して去っていった。ちょ、一言も喋らんで帰ったがあの人……。

「……もしかしていつもこんな感じだったんですか?」
「ああ、いや、うぅむ……」

 ダンブルドアとしてはどちらともとれない唸り声をあげたつもりだろうが、私はなんとなく、多分そうだったんだろうなと思った。ええ、なにそのバイオレンスコミュニケーション……。私の周りそんな人ばっか。レベッカとセドリックとか。



 朝の陽射しが射し込む大広間は、生命と光で輝いていた。歓喜や悲しみ、哀悼と祝賀が交ざる空間にハリーは欠かせない存在で、ハリーはあっちこっちにと引っ張りだこだった。

「選ばれし者は大変だな〜」

 草臥れた様子で大広間を行ったり来たりしているハリーの姿をツマミに、壁に凭れ、蜂蜜酒をのんびり傾ける。
 屋敷しもべ妖精たちは早くも働き始めていて、大広間で休んでいる者たちへ精がつくようなあたたかい料理を振る舞っていた。城で働いているわけではないクリーチャーまで、仲間と一緒になってくるくる働いている。自分たちだって戦ったばかりなんだから休んだほうがいいんじゃないか、とドビーに言ってみたが、「こうするほうが嬉しいのです!」とお肉やパンがたんまり乗った大皿を渡されてしまった。前から思ってたんだけど、妖精たちって筋力すごいよね。腕相撲どころか指相撲も勝てない気がする。

「臨時ボーナスが必要では? 金銭の類は受け取ってくれなそうだし、スネイプ先生のポケットマネーで地下厨房を大幅改築してあげるとか」
「素晴らしいアイデアじゃ」

 ダンブルドアは金のゴブレットに口を寄せながら、クスクス笑った。それからずいと皿を寄せてくる。つい先程空にしたはずの皿には、いつの間にか色んな種類の果物が盛られていた。

 てっきり私は、この蘇った老戦士にもハリーの時みたいなお触りラッシュが来るかと身構えていた。のだが、それは杞憂で、ダンブルドアの周りは案外平和だった。ダンブルドアのカリスマ性はどうもハリーとは色が違うようだ。ダンブルドアはむしろ遠巻きにされていた。声をかけてくる人はほとんどおらず、畏敬の眼差しが突き刺さるばかりだ。唯一アクションかけてきた弟さんだって声自体はかけてないしね。

「いやぁ、アルバス・ダンブルドアって偉大だったんだなあ!」
「うむ。それはわしも長いこと意外に思うておるところじゃ」
「やだ、ジョークですよ。あなたの偉大さは身に染みてますって」

 そして、その絶賛遠巻きにされてる人の隣に立っている私も恩恵に預かっていた。質問責めに合わない状況、とってもハッピー。

「エレナの言う通りです」

 ふざけた軽口を叩きながらマスカットを摘んでいれば、キングスリーがやって来た。シリウス、ルーピン先生、ピーター、それからムーディ先生も一緒だ。

「ああ、ダンブルドア……!」
「まさか生きているなんて!」

 全員が涙ぐんで――いやうそ。ムーディ先生はいつもの仏頂面のままだった。……この人も最後まで無事で本当によかったな。

「マッド・アイも知っていたのか?」
「まあどう頑張ってもその眼にはバレちゃうでしょうし。だから最初から伝えてあったんですよね?」
「『入れ替わった』ことだけな」

 含みを持たせたムーディ先生の言葉に、喜色に満ちていたみんなの顔が一気に沈んだ。もう一人の、『入れ替わり』に欠かせなかった存在を思い出してしまったせいだろう。誰もが気遣うような表情で私を窺っている。

「きみの叔父上も……エドガーも立派な御仁だった」
「えへ、どうも!」

 明るく笑ってみせたのだが、大人たちはますます困ったように顔を見合わせていた。別に無理をしているわけじゃないのにな。ただ、この件に関しての慰めは不要というだけだ。これはそういう意思表示の笑顔である。

「勇気ある行動だと、彼と共に戦った者として誇りに思うよ。エドガーにはマーリン勲章が与えられるはずだ」
「わあ、それはきっと喜、ぶ、かな……? どうだろ……まあ恐らく喜ぶはず! ありがとうございます!」
「フン、どうだかな」
「こらっムーディ先生!」

 余計なこと言わないのと目を眇めれば、彼はとぼけるように魔法の瞳をグルグルさせた。たしかにマーリン勲章とかあんま興味なさそうだけど、まあ貰えるものは貰うだろう、きっと。

「……ねえ、それより。讃えるべき人物がこの場にもう一人、足りない気がしません?」

 頭上でふわりと影が舞い、目の前にフォークスが降りてくる。計ったようなタイミングだ。これはもしや、期待していいのだろうか。黒い眼を覗き込むと、フォークスはいいよと笑うように、長い睫毛をゆったりと上下させた。不死鳥が炎を纏って大きく羽ばたき、一瞬で姿を消した。

 私たちの話に大広間中が耳を澄ませていたのか、いつの間にか話し声は少しも聞こえなくなっていた。な、なんで? みんなお喋りしててよかったのに。全員聞き耳クリティカルだしてるじゃん。
 まったく意図していなかった状況に、私は内心では冷や汗ダラダラだった。ごめんなさい、そんなつもりじゃなかった、軽い気持ちだったんだけど、あの、本当に……。


 落ち着かない沈黙で身を縮こませる中、約一分。

 唐突に現れた黄金色の炎は激しく燃え上がり、その中から、黒づくめの男性が現れた。


 誰もが息を呑んで固まる中、最初に動いたのはハリーだった。人の輪から抜け出し、男の前に立つ。男は、自分とそう高さの変わらない位置から真っ直ぐ送られる緑の瞳に、居心地悪げに顔を顰めた。

「全部終わりました」
「……そのようだ」
「僕たちの勝ちです」
「……」
「それもこれも、全てあなたの力があったからだ」

 ハリーの声は感極まって震えている。男はひどい顔で口をひん曲げてそれを聞いていた。なんて顔だよ。

「今までずっと僕を守ってくれて、ありがとうございました――スネイプ先生」

 ハリーが頭を下げたと同時に、割れんばかりの拍手と歓声が爆発する。生徒たちが一斉に駆け寄って、ハリーとスネイプ先生をぎゅうぎゅうと押し潰した。突如――彼からしたら――意味不明な大喝采の渦中に放り込まれたスネイプ先生は、ギョッとした様子で目を白黒させている。そりゃあそう、なぜなら全てを大暴露されてしまいましたって知らないからね……。

「……やっぱり呼ばない方がよかったかも」

 マルフォイ夫妻が見ていたのだってナギニの首が飛ぶとこまでだし、その後でハリーがこの場にいる全員の前でそんなとんでもない暴挙に及んだなんて、まだ誰からも聞いてないだろう。むしろ聞かない方がいいだろう。私だったら絶対しばらく引き篭る。三年は固い。スネイプ先生がそうならないことを願うばかりだ。だってホグワーツにはまだ彼が必要なのだから。スラグホーン先生の授業も遊び心満載で楽しかったけど、やっぱり私は、スネイプ先生が執り行う粛々とした魔法薬の授業が好きだった。

「うーん、悪いことしちゃったかな……」
「別に構わないだろう」
「ああ、アイツの人生でもう二度とない機会だろうしな」
「きみはまたそんなことを……」

 嫌われ者の校長がたった数時間で大スターに。好感度のインフレが激しい。ルーピン先生とシリウス、そしてピーターは、揉みくちゃにされているスネイプ先生を、おかしそうに見ていた。
 

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