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ヴォルデモートと戦って死んだ者は、三十名近くにも及んだ。ヴォルデモートの遺体は彼らの亡骸から離すため大広間からは運び出され、今は小部屋に置かれている。誰も近寄りたがらないヴォルデモートの遺体を移動させたのは、ムーディ先生だった。
マクゴナガル先生が寮の長テーブルを元通りにしたが、座る寮を気にしている者はいなかった。先生も生徒も、ゴーストも、屋敷しもべ妖精も和気あいあいと笑いあっていた。ケンタウルス達の輪に交じるフィレンツェも、穏やかに微笑んでいる。座り込むグロウプへみんなが食べ物をお裾分けしているのを見て、ハグリッドは嬉しそうにしていた。
家族からの手紙や号外を運ぶフクロウの内一羽が、キングスリーの手元に一通の手紙を落とした。キングスリーは、紫色の封筒から取り出した手紙へ、素早く視線を往復させる。
「パイアス・シックネスを始めとして役人の何人かが――つまり国中の『服従の呪文』にかけられていた人々が我に返ったらしい。それに逃亡した死喰い人も既に何人か捕まえたようで……ああ、それから、私が魔法省の暫定大臣に指名された、と」
「それは重畳じゃ。きみならきっと歴代で最も優れた魔法大臣になるじゃろう」
「身に余るお言葉、大変恐縮です。しかし私としては、やはりあなたが請け負って下さったほうが魔法界にとってなによりの安泰に違いないと思うのですが……」
どうでしょう、と言いたげなキングスリーに、ダンブルドアはただ微笑むだけだった。穏やかなお断りは想定内だったのだろう、キングスリーも苦笑を返した。
「だが魔法省へはわしも同行しよう。色々と話さねばならぬことがあるからのう」
「ありがとうございます。戦士たちの弔いや、死喰い人の連行や捕縛の手続きをしなければならないし、人手はいくらあってもありがたい……」
「私も手伝おう」
「いや、いや、気持ちだけで十分だよ、シリウス。きみには家族との時間が必要だろう」
窓際のベンチでは、クリーチャーとソフィアが寄り添い合っていた。クリーチャーが乱れたソフィアの髪を直してあげている。
「帰れる者は家に帰って、ゆっくり過ごすといい。平和が訪れた幸せをより多くの者と分かち合うべきだ」
「……そうだな。私もトンクスの元へ帰りたい。彼女のお腹、もうかなり大きくなってきたんだ」
「もうどっちか分かったんでしたっけ?」
「ああ、男の子だ」
ルーピン先生はニッコリと笑った。皺の一つひとつから幸福が滲み出ていて、今まで見た中で一番眩しい笑顔だと思った。
「さあ、これから忙しくなるぞ」
ムーディ先生が厳しい顔で唸りながら、大広間の片隅を睨んだ。縄で繋がれている死喰い人の半数は意識がない。しかし起きている者ももはや戦闘の意思は消え失せているようで、げっそり痩けた虚ろな顔で俯いていた。
「……あれ、ベラトリックスは?」
「あの歴史に残る決闘を見ていなかったのか? あの女は、モリーが打ち倒したよ」
「わあすごい! それで?」
「うん? 終わりだ」
「えっ?……あっ……」
察しがつくと同時に、ふんわり記憶が戻ってきた。そうでしたね。ベラトリックスは終わったんでした。この話も終わりです。
「……私はできる限り罪を償いたい」
ピーターはそう言いながら、木製の指先で左の腕を撫でた。そして未だ次から次へとひっきりなしに話しかけられ続けているハリーの方をちらりと見遣る。
「決して許されないということはわかっている。許されようとは思っていない。それでも……」
「ピーター――」
ルーピン先生がなにかを言おうとしたが、彼は結局何も言わず口を噤んだ。言葉の代わりに、ピーターの背中を思いっきり叩く。力加減に手心はなく、ピーターは頭から倒れ込んだ。ピーター、背中叩かれて床に沈みがち。ていうかアバーフォースさんもやってたけどなにそれ流行ってんの? 私もネビルにやってくるべき? うーん、ネビルを叩くのいやだな……。
「セブルス」
ダンブルドアの一声で、潮が引くように人の壁がサッと避けられる。奥の方から、登場した時よりも十歳くらい老けたスネイプ先生が、ボサボサの髪のままヨロヨロとでてきた。酷い有様だ。けれど、憑き物が落ちたような顔にはなっていた。
「きみも共に」
「はい」
スネイプ先生はどこへ行くのか聞かなかった。とにかくこの場から退散したい一心で頷いたのかも、この人。恐らく、恐怖の真実(ハリーの大暴露)はまだ耳にしていないのだろう。みんなテンション上がってお祭り騒ぎしているだけって思っているのだろう。そうだったらよかったのにね……の気持ちで、私は心の中で手を合わせた。
「……ああ、夕飯はどうします? 私、夜には一旦家帰るつもりなんですけど、なにか軽く作っときましょうか?」
「恐らくわしは明け方になるじゃろうが、用意してくれるなら有難くいただこうかの」
「はーい」
昨夜食べるはずだったダンブルドアお手製シチューもあるし、そこまで手のかかるものを用意する必要はないだろう。サラダとロールパンと……うーん、めんどくさいな、もうオムレツとかでいいか。ほぼ朝食みたいになるんだろうし。
姿くらましして行ったキングスリー、ムーディ先生、ピーター、ダンブルドア、スネイプ先生を見送り、脳内で適当に献立を組み立てる。しかしなんとも言えない顔つきをしているシリウスたちに、私は眉をひそめた。
「なに?」
「いや、なんというか……すごい会話だったな、と」
「そう?……そうかも」
よくよく考えたら確かにおかしいな、ダンブルドアと夕飯の話て。何ヶ月もしていたやり取りだったから、だいぶ麻痺してたみたいだ。
寄りかかっていたダンブルドアという抑止力が消え、シリウス達も去った今。一人になった私は大ピンチだった。私に話しかけたくてうずうずしている人達からの熱視線に、さてどうやって逃げようかなと思案を巡らせる。
「――うわァー、見て。ブリバリング・ハムディンガーだ!」
ブリバリング・ハムディンガーとかいう絶妙に声に出して言いたい謎語を最高のタイミングで叫んだのはルーナだった。というかルーナしか使えん、こんな言葉。熱っぽく興奮した彼女の大声に、周囲のみんながルーナが指差す方を見る。それに乗じて、私は自身に目くらましの呪文をかけてその場から逃げた。
ネビルを探して――もちろん背中を叩くためではない――大広間を移動する。ネビルはすぐに見つかったが、何人かの熱狂的な崇拝者に囲まれていて、彼だけこっそり呼び出すのはかなり難しそうだった。私のが……私のがネビルのこと大好きなんですけど……?! 急に現れたライバル達にむむ、と眉間に深い皺を刻みつつ、まあ譲ってやるかと古参の余裕でその場を後にする。
他のみんなは、と探してみたが、グリフィンドール組は散在してるし、レベッカはジョージを始めとしたウィーズリー一家と談笑しているし、セドリックはスプラウト先生達といるし……と、それぞれ団欒の和の中にいたりして、そこにわざわざお邪魔して話しかけるというのはなんだか無性に憚られた。
え、えー、うそでしょ? こんなお祝いムードの中でぼっちなの、私。いや目くらまししてるからいけないんだけど……! むしろ自分からぼっちになりにいったみたいなとこあるけど! でもネビルやみんなとゆっくり話したかったからなのに……。
今からでも呪文を解くべきか少し悩んだが、しかしやっぱり質問責めに合うのも絶対にいやだなと思ったので、甘んじてぼっちを受け入れることにした。
渋々一人大広間を抜け、人のいない場所で今度こそ呪文を解く。特にやることもなく手持ち無沙汰だったので、壁や床にこびりついた血や汚れを洗ったり、分かる範囲で城を直していき、疲れたらその辺に座って休憩、をしばらく繰り返した。いや一人じゃ全然終わらん、これ。途方もない。みんな好き勝手ぶち壊しすぎでしょ。
大広間から遠く離れてしまえば喧騒は途絶え、辺りはすっかり静かな城の朝だった。聞こえてくるのはピーブズの歌声くらいだ。城の混沌は城中を飛び回りながら、自作自演の歌を歌っているらしい。お気楽な歌声はブンブン飛び回るピーブズの動きに合わせて、高くなったり低くなったりして聴こえた。
「やったぜ勝ったぜ俺たちは――」
「……ピーブズ、ご機嫌だなあ」
どこまでも平和的な存在だ。俺たちはとか歌ってるけどピーブズってなにかしたのかな。うーん、まあしたんだろうな、きっと。あの城の混沌は、人をめちゃくちゃに困らせる悪戯をなによりも愛しているだけであって、邪悪というわけじゃないのだし。
「エレナ」
階段の端っこに腰掛けてぼんやりしていたが、呼ぼれた名前と、服を引っ張られる感覚に背後を振り返る。誰もいない。けれど服は不自然に摘まれた形のままだ。私は少し考えて、それがどういう意味なのかを理解した。立ち上がる。
階段を上がりきった踊り場にはハーマイオニーとロンが待っていた。ハリーが透明マントを脱いで姿を現す。
「エレナ、僕、その……なんて言ったらいいか――」
「何も言わなくていいよ」
ハリーとロンは、まごまごとしていた。どういう反応をするのが正解か分からなくて、とりあえず笑ってみたら、ハーマイオニーが抱き着いてきた。彼女に倣うように、ハリーたちも私の肩へ腕を回してくる。私たち全員から血と泥と埃っぽい匂いがして、けれどみんなの温もりは、涙腺が緩みそうになる暖かさをしていた。
私たちは、瓦礫や血の跡のある廊下を横並びで歩いた。
「(……あ、この道……)」
少し歩いたところで、ハリー達が私をどこへ連れて行こうとしているかに気付く。でもなぜ私を……ああ、親戚がいるから? 気を遣ってくれたのかな。たしかに額縁でわちゃわちゃしてる叔父さんは見たいかも。だってダンブルドアの肖像画と一つの額縁で一緒に住んでるんでしょ? 絶対面白いじゃんそんなの。
お言葉に甘えることにして、私は特になにかを質問することもせず、ただ黙って彼らと共に廊下を歩いた。疲労困憊しているためか、誰も喋らなかった。
中庭では、木立に止まる小夜啼鳥が美しく囀っていた。軽やかな囀りに耳を傾けながら、空へと視線を伸ばす。太陽が本格的に昇ろうとしている空は目の覚めるような青色をしていた。雲ひとつない、今日という日に相応しい晴天だ。
「……そういえば、エレナはどこまで知っていたんだ?」
「どこまでって?」
ハリーの問いかけに首を傾げてすっとぼける。ハリーは恐らく私が事態のほとんど全てを把握していたと思っているようだ。
けれどそれは間違いで、実際に私が知らされたことはそう多くない。分霊箱のあれそれについてだって、私はなにも知らないことになっている。最後の日に叔父さんがハリーとともに城を発った理由は(表向き)明かされていないし、この一年の間にダンブルドアと分霊箱の話をしたこともない。
「私が知ってたのは、叔父さんは不治の呪いにかかったからいっそ寿命を有効活用しようと決めたこと。それから最期の相手をスネイプ先生に頼んだこと。……ああ、あとは年明けの学期からはもうダンブルドアと入れ替わってたことくらいかな」
「待って、年明けから?」
「え、じゃあ一月からのDADAにいたエドガーはまさかもう……?」
「ダンブルドアだった」
「全然気付かなかった!」
あんぐり口を開ける三人に、「ね」と笑い返す。
「見事だったよね。私もしばらく騙されてた。ったくほんとにあの狸親父どもはさぁ」
「あー、エレナのその感じ久しぶりだなぁ。やっぱ相変わらず――ほら見て、すっごい鳥肌」
「ロン、今後は私がアルバス・ダンブルドアに一年近くみっちりしごかれた女だってことをよく考えてから喋った方がいいよ」
お調子者へしっかり釘を刺しながら、前方の廊下でバラバラになっていた甲冑を一振りして直した。二本の足で立てるようになった鈍色の甲冑は、自分で歩いて壁際の定位置へと戻っていく。ついでに体を磨くための布を呼び寄せてあげると、甲冑は動き回る布巾へ身を預けて、気持ち良さそうに身動ぎをした。犬みたいで可愛い、全然毛ないけど。
「エドガーは去年受けてたダンブルドアとのレッスンの場にもいたから……僕てっきりエレナもその、色々知っているんだと」
「十分知ってると思うけど」
「そうじゃなくて、その……」
三人は物言いたげに視線を交わしあっている。恐らく分霊箱のことを言いたいのだろうと容易に推測できたけれど、私は素知らぬ顔を続けた。だって設定には忠実にしなくちゃならない。
「それこそ叔父さんは、色々知ってたのかもね。でも“私は”それ以上のことは聞いてないから」
エドガー・ワイアットは、ダンブルドアがいる場では分霊箱の話を一度としてしなかった。指輪の件について説明するときも、『呪い』としか説明しなかった。
それはきっと、『エレナ・ワイアットは分霊箱に関わらなくていい』という叔父さんなりの意思表示で、そして――明言はされなかったけれど、彼の最後のささやかな願いだと私は思っている。
だったら、ならば。
「――だから、私は知らないの」
私はそれを叶えることに、なんの異存もない。
至らないところばかりの姪でも、そのくらいの叔父孝行はしてあげたいもの。
「……ていうかハリーさんさぁ!」
「な、なに?」
そうだ思い出したと声を荒らげると、ハリーはびくっと揺れた。
「ヴォルデモートの――というよりあんな大勢の前で私の名前だすのやめてよ! すごい恥ずかしかったしさっきも大変だったんだから!」
「ええ? でも事実じゃないか」
「だからって……」
終わった後はダンブルドアブロッカーがあったからマシだったとはいえ、それこそ視線が集まった瞬間を思い出すだけでも、ゾワゾワした感覚が背中を走る。叔父さんの真実もあったしどちらにせよ注目を浴びるのは必然だったのかもしれないが、でもやっぱり余計な注目を浴びたと思う。極力目立ちたくないって気持ちは、ハリーならよーく理解してくれると思ったのに。
「腹いせとしてリータにハリーの自伝書について打診しちゃおうかな〜。タイトルは『ハリー・ポッターとセブルス・スネイプ』とか。どう?」
「絶対にやめて、頼むから。……それに僕は、僕の仲間はすごいんだってヴォルデモートに教えてやりたかったんだよ」
困り果てた顔のハリーに肩を竦める。まあ、たしかに叔父さんはとんでもない偉業を成し遂げた。それにかんして異論はない。
「(――そうだ、ちゃんとしたお墓作り直さなきゃ……)」
「じゃあエレナ、ここからはきみ一人で」
「えっ、うわ……!」
ハーマイオニーに背中をぐいぐい押され、石の螺旋階段に半ば無理やり乗せられる。エスカレーターのようにゆっくりと上へと運ばれる中、最後に見えた三人の顔は優しく綻んでいた。
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