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所用でロンドンへ来るのにも慣れてきた。
そろそろ新しいステップへ踏みだしてもいいと思う。
というわけで私は、帰りがてらに前々から気になっていたパブへ寄ることを決めた。ロンドン通い半年近く経ってやっとの一大決心である。知らないお店での一人飲みって大人っぽくて憧れるよね。
世界というのは案外魔法に満ち溢れていて、少し目を凝らせば魔法の痕跡は簡単に分かる。
私は、街路樹であるプラタナスの並木に紛れる一本の街灯へ近付いた。ブロンズ色のそれに呆れ返る。昼見た時は深緑だったろお前。
気分で色を変えてるらしい自由な街灯の柱へそっと指を当てた。込められた魔力に反応して、彫られたような文字が浮かび上がってくる。【Hole Mole ↑】の指示に従って路地裏に入った。
薄暗い路地を進んでいけば、袋小路に行き当る。壁には路地裏らしく落書きが描いてあった。その中の一つである、ジョッキを抱えたモグラを杖で突く。モグラは鬱陶しそうに身動ぎをしてゴソゴソと地面へ潜っていった。アスファルトの地面が、モグラが逃げていく軌道の形にボコボコと膨れ上がる。ぐるりと一周円を描き終わると、モグラが最後に沈んでいった膨らみが取手へと変化した。それを掴んで蓋を開くように上へ持ち上げると、中の空洞には地下への階段が続いていた。なるほど、【穴ぐらのモグラ】。魔法族って洒落が好きだよなと半分呆れながら、私はモグラと一緒に階段を下りていった。
少し下れば、やがて丸い木の扉が私を出迎える。私が無事扉へ辿り着いたのを確認してモグラもぽてぽてと地上へと戻っていった。
扉を押し開け、橙色の灯りに満ちた店内へ入る。食欲を誘う揚げ物や濃いアルコール、煙草の匂いがぶわりと広がり、生暖かい空気となって私を包んだ。なんだか三本の箒を思い出すな。パブってどこもこんな感じなんだ。いや、ホッグズ・ヘッドは例外として。(あそこは埃の臭いが酷かった。)
「えっと、一人なんですけど……」
「ああ……、ッ!」
夕食のピークにはやや早い時間帯だったけれど店内は既に人が入っており、ガヤガヤとしている。繁盛してそうだった。でもまだ座れないことはなさそう。
扉のベルを鳴らした私に、カウンターで作業をしていた店主が挨拶のために顔を上げた。見たことあるような顔だなぁ、なんてありがちなことを思いながら人差し指を立てる。店主は何故か目を丸くして、作業を中断してキッチンから飛び出してきた。えっなに。
「一目で分かったよ! アンタ、エドガーの姪御さんだろ?」
「アッはい。叔父がお世話になってたみたいで……」
でたこのパターン。懐かしいね〜。たしかに叔父さんにも『おすすめの店だから一度寄ってみるといい』と言われたことはあったけど、本当によく通っていたみたいだ。店主は満面の笑みを浮かべて私を歓迎してくれた。なんならちょっと目が潤んでる。そんなに仲良かったのか。うん、全然知らないお店での一人飲みじゃなくなっちゃったな。別にいいけど……。
「来てくれて嬉しいよ。エドガーがあんな事になって、本当に寂しかった。お葬式にも行ったんだ」
「えっ、……あっ通りで! 見たことがある気がするって思ってたんです」
「そうかいそうかい! 俺はエドガーには本当に世話に――」
ガタンという大きな音が私たちの会話を遮った。音が鳴った部屋の奥を見れば、一人の男と、男が座っていたであろう丸椅子が床に転がっている。かなり酔っているのか立ち上がることもままならずウーウー呻く男を、周りのお客さんたちは非難するように眺めていた。店主が迷惑そうに大きく嘆息する。
「ああ、アイツまた……悪いね、離れた席がまだ空いてるから、アンタはそっちに――」
「……いや、あのテーブルで大丈夫。飲み物はなにか適当にお願いします」
「えっ? いや、でも――」
狼狽える店主を置いて、陸で溺れた魚みたくなっている男の方へと歩を進めた。倒れていた丸椅子を近くに立ててやりつつ、その男を観察した。酒を求めるうわ言をむにゃむにゃ呟いている。
「大丈夫? 立てそう?」
「あ?」
自分を覆った影に、男が緩慢な動作で顔を上げる。男は床に這いつくばったまま、目をぎゅっと線のようにして私を凝視した。細められていた目が徐々に見開かれていくのを確認して、私はニッコリした。
「卒業ぶりだね、マクラーゲン」
「……ああ、これはこれは」
何十秒もかけて私の姿を認めたコーマック・マクラーゲンは、皮肉っぽい仕草で口端をクイッと持ち上げた。顔真っ赤・酒臭い・無精髭は伸び放題・服には染み・床ペロ状態と、完璧コンボ決めの全方位隙のない酔っ払い仕様なので全く様になっていない。ダサすぎる。
「英雄様じゃないか」
「聖マンゴならすぐそこの信号渡って右だよ。まだ受付時間内で良かったね」
「どうして聖マンゴの話をしてる?」
「私がハリーに見えてるのは重症すぎるから」
「この野郎」
悪態をつきながら、マクラーゲンはなんとかといった様子で立ち上がる。そのふらつき加減に不安になって私が差し出した手をウザったそうにして跳ね除け、彼は不遜な態度で椅子へ腰を下ろした。
それに倣って私が向かいの席に座ったタイミングで(マクラーゲンが「なんでだよ」とか言っていたが無視した)エールを持ってきてくれた店主が物言いたげな瞳を寄越してくる。仮にも元お得意様の親族だし、別の席へ移動してほしいのかもしれない。まあね。たしかになんちゅう態度だこんにゃろとは思ったけど。それでも私は笑顔を浮かべて、小声で「大丈夫です」と伝えた。
「オイ、俺にも」私たちのそんなやり取りを無視して、マクラーゲンががなり声で横柄に注文をつける。彼は尖った顎で私の持つエールを指した。
「こいつと同じの」
「アンタ、飲み過ぎじゃないか? 昼からいる。それにここんとこ毎日だ」
「昼から毎日空いてるのが悪い」
「こっちは商売だ。それに昼間はランチ営業」
「商売ってんなら儲かってることを大人しく喜んでおけよ。金だって毎回多すぎるくらい払ってる。ツケたことだってない。……分かったら早く持ってこい!」
まったく、とボヤきながら店主は私へもう一度すまなそうな顔を向けて、カウンターへと引っ込んでいった。それを見届けてフンと鼻を鳴らしたマクラーゲンは、今度は私へ向かって挑むような顔を作った。
「言いたいことがあるなら言えよ」
「じゃ、遠慮なく。昼から飲んでるの?」
「だったらなんだってんだ、ア?」
「なんで喧嘩腰? 別にダメとは言ってないじゃん。そりゃメチャイヤな常連だな〜とは思ったけど」
「金を落としてる。文句を言われる筋合いはないね」
「ハハ、客として最上級に最悪の言い分だねそれ。一回接客業やったほうがいい。ていうか毎日いるの?」
こんな感謝の精神と礼節に欠けるお客さんが毎日来てるなんてお店に同情しちゃうな。エールと一緒にオリーブとチーズの盛り合わせが目の前まで運ばれてくる。店主を見ればウインクをされた。サービスらしい。ほら、こんなにいいお店なのに。
「どこにいようが俺の勝手だろ」
マクラーゲンはふてぶてしい態度で新たなエールを補給すると、許可も取らず皿へ手を伸ばした。チーズをオリーブで挟んだ贅沢なピックを悪びれもせず堂々口に運んでいる。
「それはそうかもね。でも少なくともそのおつまみは私のなんだけど?」
「相席を許した覚えはない。つまり座った方が悪い」
一理あるかも、と思ったので大人しく皿をテーブルの中央へと寄せた。勝手に座った私もいけない、それはそう。和平の証としてこのおつまみは仲良くシェアしましょう。マクラーゲンは皿を完全に自分の方へと引き寄せた。おいこいつ人の厚意を!
「なんか意地悪じゃない? 元からだっけ」
「喧しい、そう思うんなら別の席へ行けよ」
やさぐれた態度のマクラーゲンに、この人ほんとにこんなんだったっけと内心で首を傾げる。ホグワーツに八年もいると性格が歪むのかな。じゃあ九年目に入ってたら一体どうなっちゃってたんだろう……。
恐ろしい未来を想像して静かにちびちび飲んでいると、マクラーゲンが急に疑り深い眼差しで睨んできた。皿は既に半分近く無くなっている。マジで全部食べるつもりじゃんこの人。信じられないと思いながら、私も酒を追加する。
「いきなり黙って、何を企んでる?」
「貴方が二回目の留年をしなくて良かったなって」
「ハッハッハ思ってもいないことをこれまたお優しいな。余計なお世話だクソッタレ」
「本心なんだけど……なに、なんかほんとに変じゃない? そんな卑屈だったっけ。どしたん話聞こか?」
「ハ、例え最悪な客だとしても慈悲をかけてくれるってのか。さすがだよ」
「うそ気にしてる? ごめんて。言い過ぎたよね、訂正する。経験がないなら仕方ない。誰だって最初は初心者だし、これから頑張っていけばいいよ。聖マンゴでも受付事務員募集してるらしいし」
「働きたいなんて言ってない。そんなに俺を病院送りにしたいならやってみろ」
それも最終手段としては吝かではない。出来ちゃうと思うし。それに、働くかどうかは別として毎日昼から飲んでるというマクラーゲンが純粋に心配になってきた。だってちょっとこう、卒業前と比べて性格が変わりすぎてない?
「一旦……一旦行ってみない? ほら、健康診断とか?」
「俺の体がどうなっていようがお前には微塵も関係ないだろ」
「ええ、一応元クラスメイトじゃん、関係あるよ。私は私以外のみんながずっと幸せで永遠に続いていってほしいと思ってるし」
……あ、ちょっと一部要らないこと言ってたな、今。
二杯目の酒に口をつけた瞬間、静かにそれを自覚する。口が軽くなっている、反省。そんな私の後悔に共鳴したかのように、どうしてかマクラーゲンも急にピタリと黙り込んだ。伸び放題の眉頭を眉間へギチギチに寄せた形相で、まじまじと私を見つめる。全体的に顔が赤いせいか、なにを考えているのかいまいち読み取れなかった。
マクラーゲンは、充血した瞳でたっぷり十秒ぎょろぎょろ無遠慮に見つめて、ようやっと口を開く。
「気持ち悪いな、お前」
「ストレートな悪口」
ためにためて言うのがそれなの?
そう思うと、傷付くより先にウケが勝った。やたら再現性の高いオエーッという失礼すぎるパントマイムも気にならないくらいだ。
「自分以外だけが幸せでずっと続いていけばいい、なんて思想はおよそ真っ当で健全に生きてる人間のそれではないだろ。怪物的怪物の思想。良かったなぁ、その内あの怪物本に載れるぞ」
「(コイツほんま……)マクラーゲンには理解の範疇外かもしれないけど、これって多分そこそこ普通でありふれた思想だと思う。私の叔父さんもそうだし」
「叔父?……ああ、あの脳天気な……。ハハ、なるほど。つまりお前の家族は怪物の集まりってわけだ」
「私が怒りを知らない人間だと思ってる? ほら見て、私の杖がうずうずしすぎて花火でウォームアップ始めた」
「は?……アァ?!」
「えっなに」
軽い冗談つもりだった、のにマクラーゲンは、杖先の可愛い花火を視界にいれた瞬間、突如としてガッタンと椅子を後ろへひっくり返して立ち上がった。さっきから椅子が可哀想。
「おいやめろふざけんじゃねえぞこのバカが! 店を吹っ飛ばすだと?! ここは! この店は! このロンドンで俺がまだ出禁にされてない唯一の店なんだぞテメェ! 変なことすんな!!」
「吹っ飛ば、えっ? や、そこまで言ってない、普通に冗談のつもりで……さすがにお店に迷惑をかけるつもりは無かったし……。てか出禁とか唯一ってなに……、……ちょっ、あの――マクラーゲン、さん? 話……お話聞いて、聞こえてます?」
あちこちに唾を撒き散らして怒鳴る声は酒焼けを無視して無理やり張り上げているせいか、まるで理性のない獣の咆哮じみていていた。
さて私はといえば、突然の豹変ぶりや衝撃的な内容のせいで困惑してすっかり固まってしまっていた。花火っていってもほんと、卒業式のときみたいな城を覆う大きさのやつをだしてたわけじゃ勿論ない。ほんとに、ゴブストーンより小さいくらいの光の玉を遊ばせてただけだったんだけど……。
仁王立ちしていたマクラーゲンは大きな体躯をゆらりと揺らした。一瞬また倒れるのかと思ったがそうではなかった。マクラーゲンは、酔っ払いとは思えないほど俊敏な動きで私の左手――つまり杖に飛びついてきた。例えどうしようもない酔っ払いだったとて、例え我が寮の歴史的惨敗試合の逆MVP選手だったとて。これでも成人男性のスポーツ経験者。その腕力と瞬発力は、酒が入っていてもまだまだ衰え知らずらしい。威嚇行為でバチバチしていた私の杖は、あっという間にもぎり取られた。
マクラーゲンは、奪った杖を自身のジーンズの尻ポケットにぎゅうと捩じ込んだ。そうして乱暴に椅子を立て直し、どっかり腰掛ける。マクラーゲンは機嫌良さげに酒で喉を潤してから、どうだと言わんばかりに顎を持ち上げた。
「これで天下のワイアット様もザマないな?」
「……あー、うん。そだね、お手上げかも……」
杖なしでも簡単な呼び寄せくらいならできるんだけど……。
と思ったけど、刺激したくなかったのでその事実は胸にしまっておくことにした。両手を上げて降参のポーズをとる。それからご機嫌取りのつもりでまだ半分ほど残っている自分のジョッキをさりげなく彼の方へと押すと、マクラーゲンは一切の躊躇いを見せず中身を一気に飲み干した。わあ。わあ……。血の気が引いて冷えた指先を握り締めながら、その思い切りの良さにドン引きする。
「……あのー……なぜ私の杖を?」
「お前が店を壊そうとするからだろ」
「待っていつ? そんなこと全然絶対に言ってないしミリもしてない。まさか酔いすぎて幻覚見えてる?」
「丸腰のくせにその態度でいられる図太さ、呆れを通り越していっそ賞賛に値するな……」
さっきよりかは話しやすい雰囲気に戻ったから少し安心した。せいでうっかり口が緩んじゃった。てへ! 許してほしい。
「たしかにお前はそうは言わなかったが、しかし前科がありすぎる。だよな? お前は生きたピーブズだ。しかも最悪なことにホグワーツから解き放たれてる。そういうわけで、俺は先回りして店を守ったってわけだ。つまり讃えられるべき善行だ。ファイヤウイスキー五本は飲んだって許されるくらいのな」
「こんなに侮辱されたの初めてかも。悔しくて泣けてきた、一回泣こっかな。マクラーゲンの中の私ってどうなってるの?」
「怪物」
「揺るぎないシンプルな悪口。まあ別にいいけど」
「いいのかよ。気持ち悪いな……」
「あのね、これはマクラーゲンになんと思われようがどうでもいいって意味なの。生きたピーブズだとか怪物だとかの事実無根の侮辱を受容してる訳じゃないんだよ」
「お前、やっぱり俺の事嫌いだろ」
「嫌いじゃない」
迷いなく本心から返答したが、マクラーゲンは「嘘つけ」とどうでも良さげに吐き捨てて酒を煽った。
「えぇ、本当なのに。私この世界で憎むほど嫌いな人って数える程しかいないよ。殆どみんなに対して初期値でうっすら好意を持ってる」
「きも」
「あー、嫌いになりそう」
「そりゃ残念だ」
「ねえそっちこそ私が嫌いじゃない?」
コーマックは答えるかわりに意地の悪いせせら笑いを浮かべて肩を竦めた。あっそうイエスね。言葉にする程度の誠実さも見せたくないってわけ。好感度低すぎてびっくりなんだけど。なんで? バタビガイザー花火の件で怒ってる? そりゃあホグワーツ二大恐ろしい寮監両方から大減点の大罰則は食らってたけど、あのあとだって自主的に遊んでたじゃん。
「……ああ、もしかして決闘挑んで惨敗したこと根に持ってる? たしかにあの時点の私はなんの才能もないボンクラで負けるなんて恥だったかもしれないけど、でも翌年には“アルバス・ダンブルドアの弟子”っていう箒を躍らせるネズミもびっくりなチートアチーブメントを手に入れちゃう人間なんだし。要はそういう運命だったってことで、あんまり気にしないでいいよ!」
「言ってることの六割も理解できないししたくもないけど、とことん癇に障るってことだけはハッキリ分かるな。その後ろ盾いつまで利用するつもりだ?」
「死んだって使う。墓標にも刻む予定だからね」
「在学中は上手く隠していたつもりかもしれないが、実のところお前ってやつはかなり性格が歪んでるぞ。今まで誰にも指摘されなかったのは幸運としか言えないな」
「え?? めっちゃ言うじゃん……」
流れるように人の心を大いに傷付けたマクラーゲンは、ふと自身のジョッキの中身が空っぽなことに気が付いた。追加注文のために店内を見回して首を回す。
私はその隙に人差し指をクイッと折って、自身の杖を呼び戻した。……コーマックの尻の温もりを感じる……。顔を顰めつつ、私はこっそり自分の腕に強化魔法をかけた。帰ってきた愛しの杖を袖口にしっかり隠してから、注文のために上げられたマクラーゲンの腕へ手を伸ばす。
「待って」
「あ?」
目元まで真っ赤にしたマクラーゲンが片眉を持ち上げた。
「なんだよ? お前もいるのか?」
「いや、今日はもういいや。帰ろう」
「そうかありがとう、清々する。この店にはもう二度と来るなよ」
「いやいや、せっかくだからせーのでお開きしよう。付き添いくらまししたげるから。もう十分楽しんだでしょ?」
「ハッ、まだまだ全然足りないね」
「いやぁ、うーん、でも……『もうちょっと飲みたい! もう少しだけ!』って思えてる内におうち帰った方が絶対いいって……」
「チッ……オイいいか? お前が性悪だろうがどうでもいい。だがな、俺の邪魔だけはするな」
唸るように低く言ってこちらを睨む瞳は、既にだいぶ据わっている。ここで放置して帰ったら目も当てられない結末に陥るのは現時点で一目瞭然だ。
「邪魔したいわけじゃないよ。ただ心配なだけで……」
「ハッ! この期に及んでいい子ちゃんぶるのはよせよ」コーマックは小馬鹿にするように言った。
「俺とお前は仲良しこよしのお友だちじゃない。そうだろ? それとも、今更になって俺とお友だちになりたいのか?」
「それは……」
正直、別に全然なりたくない。私は転生ファンガールとして殆どの人類――厳密に言うなら、“作中登場人物”――のことがうっすら好きだが、単純にうっすら好きというだけで、そこから更に友好関係を結びたいかと言われたら別にそうじゃない。
ただ、こんな泥酔状態の元同級生をハアそうですかじゃあ、と言って置いて帰れるほど薄情でもないつもりだった。
「友だちだったら一緒に帰ってくれるの?」
「お前は友だちじゃないから帰らないけどな。分かったらさっさと手を離せよ。前も思ったけど女のくせに力強いんだよ、お前」
鍛えてるのに加え、今はブーストかけてるからね。内緒だけど。ていうか女のくせにとか言わない方がいい。
いやそれより、バッサリ切り捨てられてどうしようかなと、手は離さないまま悩む。
そんな中、不意に定期的な振動が二つすることに気が付いた。一つは、マクラーゲンが長い足を窮屈げにしまったテーブル下で、全力貧乏揺すりをしている音だ。もう一つの音の出処はテーブルの上。馬の足音みたいに軽快で気楽な感じのやつだったら良かったけど全然そんなのじゃない。マクラーゲンはフリーになっている方の手で、テーブルに爪を押し付けて引っ掻いていた。そのせいで木の机には早くも痛々しい跡がつき始めている。なんだよ、そっちの方がよっぽどお店を壊してるじゃんか。てかめっちゃイライラしてるし。
「……あっ、じゃあこうだ」
「あ?」
私はイライラ最高潮といった様子のマクラーゲンへ、にっこり笑ってみせた。にっこり笑顔。ロンのお墨付きのやつね。
「私が性悪なことって実は友人間では公然の秘密ってやつで、つまり友だちなら大体の人は知ってる。てことは、それを知ってるマクラーゲンも残念ながらもう友だちってことになるよね」
「……は?」
「友だちがゲロ吐いて粗相して汚物に塗れた挙句全裸で路地裏に捨てられるのを黙って見送る訳にはいかないし、ね?」
「ね、じゃねえよ。意味が分からないクソ理論だし、そもそもそれが本当に友人へ対する言い草だと思ってんのか」
「思ってる。私ってほら、性悪だから」
Fワードで罵られた。
が、怖くない。なぜなら私は性悪なだけではなく、なんと魔女でもあるから。
「まあまあ、まあまあまあ! ね!!」
「お前それで押し通せると思っ、あ?! おまっ杖いつの間に――あああクソッタレ!! カスのピーブズ!」
「なんとでもどうぞ。縛ってしまえばこっちのものよ」
ベロベロの酔っ払いに負ける実力じゃ、ホグワーツの職員は務まりませんからね。
でも最終的には諦めたのか――まあ会計中に始まり店を出るまで、いや出た後もずっとブツクサ文句をぶうたれていたが――、なんだかんだちゃんと家まで送られてくれたし、コーマックって結構おもしれー男なのかもしれない。バタビガイザーの時から薄々思ってはいたんだけど。
ただ杖を奪われた時のコーマックは正直言ってちょっと怖かった。やっぱり私ってああいうアドリブに弱い。あれはアドリブとはなんかまた別な気もするけど……まあそれでもこの明確な弱点はどうにかしなくちゃなぁ。煙たくなったジャケットを脱ぎながら、私は家で一人溜息を吐いた。
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