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「ああぁぁぁ〜〜〜……やだ……やだ……」
膝を抱えて蹲った状態でぶつぶつと呟く。やだ、やだ、やだ。何を考えても、やだ。もうやだ以外の言葉が浮かばない。やだ、やだ、やだ……。
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」
「……僕だっていやなんだからあんまり言わないでくれない?」
「イ! ヤ!」
声高にきっぱり言い切る。コイツ……という顔でハリーの眉がぴくぴくした。卒業前の私ならビビるとこだが、今はそれどころではない。だってハリーがいやなのと私がイヤなのは全くの別問題なので。むしゃくしゃが収まらないまま、勢いづけて立ち上がった。
「ア゚ーーーイヤーーーイヤッ!!」
「ハア……」
「なに? うるさ、ハグリッドの秘蔵っ子でも紛れ込んだのかと思った。なんだよ、エレナじゃん」
やたらカツンカツン足音を鳴らして控え口からひょっこり現れたのはロンだ。彼はこの日のために用意された靴が大層気に入ったようで、見せつけるようにその場で出鱈目なタップダンスを披露してみせた。
「今日身につけてるやつ、全部持って帰ってもいいんだって。やったぜ。なあこれ、トータルで闇祓いの手取り何ヶ月分になると思う?」
「知らない。私のもあげるよ」
「きみと僕とじゃどれもサイズが合わないだろ、いらない」
「サイズが合えばもらうんかい。ていうか奇遇だね、私もいらない。いらないから帰らせてほしい、今すぐに」
踵にあるたっかいヒールへ重心を乗せ、グリグリと床に穴を開けるようにして立つ。見るからにささくれだっている私に、ロンは心底不思議そうな顔をした。
「別に怒られたり笑われるわけじゃないんだからいいじゃん、なにがそんなに嫌なわけ?」
「は? わざわざ言わせるの? じゃあいいよ言ってあげる!」
私はわっと叫んだ。多分、人生で一番大きな声だったと思う。
「場違いすぎる!!!!」
ハリーとロンだけでなく、機材を運んでいた人や作業中だった人たちも合わせてギョッと一斉にこちらを見たがこの際構うものか。どうせどれだけ叫んだって客席までは届かないし、舞台のノイズにだってならないんだからいいでしょ。このステージにそういう魔法がかけられていることは承知済みだ。そう思ったら、ずっと我慢してしょうがなく『やだ』へ変換していた文句が堰を切ったように溢れてきた。
「ハリー・ポッター、ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、アルバス・ダンブルドア…………ていう錚々たる面子の横にエドガー・ワイアットが並ぶだけでもおかしいのに、そこへさらに、別に平和への特別な貢献もしてないただの血縁ってだけの姪まで並ぶのが有り得ないって話だよ!」
「まあエレナ。あなたまだそんなこと言っているの?」
『ただの、とは随分寂しいこと言うじゃないか』
「比喩表現だよでもごめんなさいね!」
そうやって癇癪を爆発させたところで、準備を完璧に整えたハーマイオニー ――その美しさにロンがうっとりと息を吐いている――と、お化粧直しを済ませた叔父さんの肖像画が現れる。さてここで絵なのにお直しなんかがいるのか、という当然の疑問が浮かぶと思うが、この質問は禁句だ。肖像画世界においてこれは相当デリカシーのない発言と見なされるらしい。
「絵のお直しってなにさ?」
「あーあ、しーらない」
忠告する前に面白がって口にしたロンへ胸の中で十字を切る。叔父さんはよよよと泣き真似をしながら額縁へ凭れるように倒れ込んだ。
『なんと、ああ、そういうことを言うんだなロンは……私は悲しい、実に悲しい。悲しすぎてこれから大衆の前で語るべきことはロナルド・ビリウス・ウィーズリーのお茶目な歴史だった気がしてきた』
「エドガーとエレナって臍の曲げ方がそっくりだよね」
「全然嬉しくない」
どこか感心したように言うハリーへむすりと口を尖らせる。そんな私の頬をハーマイオニーがむにむにと指でつついた。
「せっかく可愛くしてもらったんだからそんな顔しないの。ほら笑って、エレナ」
「……、……無理!!」
努力はした。他でもないハーマイオニーに言われたことだから。精一杯、ニ゙ゴ……と口角を持ち上げてみたりはした。でもやっぱり無理なものは無理だったので、感情に従って頭をブンブン横に振った。硬い笑顔を消して本日のデフォ設定である仏頂面へ戻すと、ハーマイオニーは困ったように眉を下げた。
「そんなに渋ることないじゃない。あなたが今日ここに立つことを、ネビルだって――ほら、あんなに楽しみにしてるのよ」
「ぬあ〜いい笑顔……なんで一番前にいるの……」
「僕らが関係者席用意するって言ったのにそれを断って、自分で倍率野生の色違いユニコーンの一般抽選販売の中から入手した上に、それでなんと最前だぜ。こんなエレナから貰えるわけないし、ネビルのやつ一体どうやったんだ? フェリックス・フェリシスでも使ったのか?」
「真に勇気ある者に幸運は不要。そこにあるのは必然のみ。それこそがグリフィンドールの剣を振るうに相応しく、今日あのステージへ上がるべき人物である。……ねえ今からでもそうしない? そうすべきじゃない?」
「そうしたらネビルはきっとガッカリするだろうね」
さっきの全力駄々こねを根に持ってるのか、ハリーが冷たく言ってくる。みんな私がネビルをだせばなんでもよくなると思ってない? 当たってるけど。でも今日だけは例外だ。だって本当に――。
「――さて! この素晴らしき“終戦半年記念”の日に決して、決して欠かしてはならない人物がもう五名いることを、当然皆さんはお気付きかと思われます」
司会の煽りに歓声が巻き起こる。あらあらまあまあ、ハリーとロンとハーマイオイニーと叔父さんで合わせて四人なのに。何言ってるんだかね。ああもしかして間違えちゃった? そういうこともあるよね。イギリス魔法界人口の半分くらいは集結してるんじゃないかってくらいの中継もありな大舞台で緊張しないわけがない。可哀想に、あの司会者さんは今夜自身の失態に強く打ちひしがれて枕を涙で濡らすことになるだろう。
司会者さんのことを思って胸を痛めていると、早くからステージへ登壇していたダンブルドアと目が合う。ダンブルドアは私を安心させるように僅かに目元を綻ばせた。去年の一年間でその眼差しには何度も慰められてきた。そして同じ数だけ丸め込まれてもきた――特に、今日とか。視線を遮断するようにツンと顔を背けた。今日ばっかりは無礼なんて知ったことか。
『おいおいアルバスが落ち込んでるぞ、お前やるなぁ』
「そう? 私にはいつも通りに見えるな。さすが親友様だね」
『全員に噛み付くじゃないか。今日のお前尖りすぎだろ』
「私を――人を騙し討ちにしたらこうなるっていういい教訓になったね。後世に末永く啓蒙して」
こんなにも嫌がっているのに、じゃあそもそもなぜこの場にいるのか。
それはアルバス・ダンブルドア及び出演関係者その他知り合い全員によって行われた卑劣な手口によるものだ。彼らは私をガッツリ登壇者として組み込んでいるのにも関わらず今日の詳細を当日になるまで――いや、当日になっても直前まで伝えず、この“終戦半年記念式典”を迎えさせた。
悪夢の始まりは三ヶ月ほど前になる。『エドガーの肖像画を終戦半年記念式典に登壇させたい』と言われ、私はなんの疑いもなく承諾し、『では当日でいいので直接会場へ持ってきてくれ』という依頼に(ホグワーツにある方使えば良くない?)と疑問を持ちつつもそれにもまあ承諾し。そうしていざ当日肖像画を持って足を運べばそこには既にホグワーツの立派な額の方の肖像画がスタンバイしており、アレッ?……と思った時にはもう遅かった。全力抵抗も虚しくあっという間にマジカルフォームチェンジで目が潰れんばかりの煌びやかなドレス姿へと早変わりさせられた。生まれて初めて魔法が嫌いになりそうになった。
なんだよ終戦半年記念式典って。
と思うが、それは言わない。平和が訪れたんだから、半年記念だって祝福したくなるのはこの世界を生き続ける者たちの想いとして当然だ。そんなん言ったら私だってお祝いしたいもん。つまり、ここまでは理解できる。
でもそんな盛大なお祭りを私がメインメンバーですみたいな立ち位置で祝うのは絶対におかしいだろうが。意味わかんない、なんだよ終戦半年記念式典って。ソシャゲかよ。
「エドガーだけじゃない、エレナがいなきゃ取り返しのつかないことになっていた人は大勢いるんだから。当然の待遇だよ。なんにもおかしくない」
「私がいたから取り返しのつかないことになってしまった人もいますけどね。いや分かってるごめん、そんな顔させるつもりはなくて――ああもうほらこんなのいたらやっぱだめだって。こんなおめでたい祝いの席にこんな……生きたピーブズみたいなのがさ……いやもはやピーブズに失礼か、ハハ……」
「生きたピーブズって言い得て妙だな」
「ちょっとロン!」
『陰気さでいうなら血みどろ男爵の方が近くないか? 生きた血みどろ男爵』
「あ、じゃあそっちで」
「エドガーまでやめてよ!」
収拾がつかないじゃないとぷんすこしながら、ハーマイオニーが肖像画を私に押し付ける。反射で受け取ってしまい、ずっしり重厚感のあるそれを両手で持つしかなくなった。ギャーッ逃げられない!
「ウーッ……それに、だってこんなの……遺影持ってるみたいじゃんか!」
「……まあ、生きてはいないしね」
「ハリーのそういう雑なとこ好きだよ。ねえ別にさぁ、私まで一緒に登壇する必要絶ッッッ対になくない? この人自分で勝手に喋れるんだから台座固定人間役の姪とかどう考えても無用の長物。皆の顔の高さで浮かして並べておけばいいじゃんか。自分やれます、やらせて下さい! この枝ってこういう場面で振るために買ったものでしょ?」
「たしかにホグワーツ校長の肖像画は特別で、生前の本人と同等レベルの会話ができるよう膨大な量の知識や記憶を授けられてはいるけれど……でもそれは記憶に基づく発言なだけだわ。やっぱり肖像画は肖像画で完璧な本人ではないし、当然、生者とも違うのよ」
「それは知ってるけどさあ……」
相変わらずの教科書丸暗記みたいなマジレス正論に項垂れて、流れで渦中の肖像画を上から覗き込む。ご立派で重たい額縁の中から、叔父さんは『諦めろ』となんとも親身で寄り添った助言をくれた。
「それにほら、とっても貴重な物なんだし、やっぱり家族であるエレナがしっかりその手で持っていないと」
「爆弾が投げ込まれた時ちょうどいい盾があって良かったってなるかもだしね」
「エレナ!」
「うそうそ冗談です!」
憤慨、というよりショックを受けたようなハーマイオニーの様子に、慌てて肖像画を守るように抱え直す。
「いざって時はむしろ私がみんなの盾になるから。任せて」
「そこまでしろとも言ってないわよ! ああもう、あなたってどうしてそう極端なの?」
とはいえ私よりこの絵画の方がだんぜん耐久値高そうだけどね。でもそのくらいしないと描き手に呪い殺さねかねないから。
叔父さんはかなーり無茶をしてこの肖像画を用意した。そのことは、絵を描きあげた画家本人から直接耳にタコができるくらいもう散々聞かされている。
ハーマイオニーの説明の繰り返しになるが、ホグワーツ校長の魔法の肖像画というものは、本来ならば記憶や知識を授け、振る舞いや受け答えの差異を細かく修正し、可能な限り生前の本人に近くなるよう数年をかけじっくりねっとりべったりとにかく入念にして慎重な手順で完成させるものだ。
……と、いうところを、叔父さんは僅か一年足らずという短期間で、歴代校長と並んでも遜色ないレベルまで仕上げさせたらしい。ね、暴挙。めちゃくちゃやってる。この叔父にしてこの姪ありだと思う、正直言って。
依頼された画家にとっては、相当大変な無茶ぶりだったろう。しかし当の画家はこの案件を依頼されたこと自体が功績と捉えていて、“我が人生の誇るべき代表作”くらいに思っているようだ。まあ出来栄えに余程の自信と思い入れがなきゃ、顔を合わせる度に情熱込めてあんなに語ってくる理由に説明がつかない。(こんなハチャメチャ納期のお仕事、依頼する方もする方だけど受ける方も受ける方だよね。要するに叔父さんの周りってそんなんばっかりらしい。類友だ)
もうほんとあの、本業忘れてない? 仕事してくんない?? てくらいの熱量で、画家は会う度会う度それはもう長ッ々と話す。内容が内容なだけあってもうその話いいですとはちょっと言いづらく、結構最近の悩みでもある。次回の顔合わせ時には、もう少し頻度を減らしてくれないかと言ってみようと思う。あ、会う頻度の話ね。毎回の無限叔父バナ地獄はこの際諦めて、『診察』っていう前提の回数をこれを機にちゃっかり減らせれば御の字だな、なんて。そんなことを密かに画策していたりする私である。半年間欠かすことなく週一で通ってたんだから、そろそろ許可がおりてほしいところだ。
『エレナ』
叔父さんの声で現実に戻ってくる。私の番が来た、らしい。他のみんなは既にステージの真ん中にいた。そっと様子を伺うような皆の様子に、会場も水を打ったように静まり返っていた。つい苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。あーあ、私を真ん中にして無理やり引き摺りだしてくれたら、私も最後まで恨み言を言えたのに。ここにきての自由意志の尊重なんてほとんど強制と変わらないと思うんだけど。狡い人達。
「(仕方ないか……)」
本当に本当に、もう本当にどこまでも気が進まないが――最後の叔父孝行と思って腹を括ろう。
偉大なる叔父の助言通り『諦め』て、私は舞台袖から大きく一歩踏み出した。
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