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 夏休みも後半に入った。家に遊びに来た叔父さんにホグワーツであったことを端から余さず話していく。話題がちょうどクリスマスにはいったとき叔父さんが思い出したように口を開いた。
 
「手紙の返事を忘れてたんだが、私は図鑑なんて送ってないぞ」
「…………えっいやいやそんなホグワーシュ」
 
 
 
 
 大きな鍋いっぱいに大粒のいちごを敷き詰める。何もしなくても甘いから砂糖は少しだけで充分だ。水とレモン汁少量を加えて弱火でコトコト煮ていく。ダイニングまで届く甘い香りに叔父さんが図鑑から顔を上げた。
 
「何作ってるんだ?」
「いちごのコンポート」
 
 甘く煮れば長期保存も効くし、コンポートや余ったシロップを冷たい紅茶に入れて飲むのがお気に入り。私の言葉に「それは楽しみだ」と笑いながら叔父さんはパタンと本を閉じた。読み終わったようだ。満足げな表情をしている。
 
「絶版本じゃないか。一体どうしたんだ?」
「こ、こっちが聞きたい……」
 
 叔父さんは姿を眩ませる用のネックレスしか贈ってないという。ちなみに煙は新しく補充してもらった。
 まあそれはさておき、叔父さんじゃないなら他に誰だというんだろう。だって私があの花、ムネモリアと縁があることを知ってる魔法族なんて叔父さんくらいしかいないはず。……まさか他の人宛てのが間違えて届いた? でも栞や、それが挟んであったページのことを考えるとそうとも考えづらい。
 悩む私を置いて、叔父さんは「それにしても」と話し出す。その顔はどこか呆れていた。
 
「調合用の鍋で料理とは……」
「だってちょうどいい鍋がなかったから」
「セブルスが見たらなんというか」
 
 赤々としたイチゴが敷き詰められた鍋を見て叔父さんは嘆かわしいと言いたげに首を横に振る。あのスネイプ先生を名前呼びとは。別に寮の先輩というわけでもないだろうに、一体どういう関係なんだろう?
 
 開いた窓から生暖かい夏風とともに灰色のメンフクロウがスイーッと入ってくる。ホグワーツからの手紙を咥えていた。叔父さんは勝手に封を開き、中身を読み始める。いや別にいいんだけどさ。もうちょっとなんかこう、なかったのかな。一言声かけるとかさ。鍋をかき混ぜながらボヤいていると、叔父さんが素っ頓狂な声を上げた。
 
「『ギルデロイ・ロックハート』ォ?」
「知ってるの?」
「ああ知ってるさ。この前強制参加の講演会が開かれたからな。……そうだ、これをやろう。教科書になってるんだろう」
 
 ロックハートのことを思い出したのか、叔父さんの顔は一瞬のうちに酷くやつれた。名前を見ただけで……。
 同情していれば、叔父さんは杖を振ってどこからともなく本を取り出すと、ふよふよと浮遊させる。ダイニングを横切って飛んできたのは『狼男との大いなる山歩き』とかかれた本だった。表紙には世間一般的には整ってる(もしくはそれ以上)と評されるであろう顔立ちをした男が満面の笑みを浮かべている。裏表紙には大きい丸文字で彼のサインがしてあった。
 
「世の魔女はみぃんなそいつに夢中だよ……奴が本に書いてあることの一行分でも本当にできるっていうなら、私にだってグリンゴッツ破りが出来るだろうさ。それこそ目を瞑ってたって簡単に」
「……そんな酷い人なの?」
「あいつに出来るのはこのきらきらした笑顔を配って歩くことくらいだ」
 
 辛辣な言い分だ。私と目が合うと写真の彼は白い歯をキラリと光らせた。個人的にはセドリックの方が爽やかでずっとかっこいいと思う。この人ときたらヌガーみたいにくどい甘さのマスクだ。爽やかのさの字も見当たらない。
 しかしグリンゴッツ破りを引き合いにだすくらい、闇祓いの叔父さんから見た彼は評価が低いようだ。リストの『トロールととろい旅』というタイトルに叔父さんは「トロールの方がよっぽどまともな仕事をするだろうに」と毒づいた。
 
「……あっそうだ、私有体の守護霊作れるようなったんだよ」
「なんだって?!」
 
 がたがたっと音を立てて椅子から立ち上がった叔父さんにふふんと鼻を鳴らす。不機嫌そうな色は一気に払拭され、かわりに興奮したものへと塗り変わった。

 実はそうなのだ。
 クリスマスの次の日──つまり自分ののぞみを知ったあと、あの鏡に映った彼らを思い浮かべて呪文を唱えれば、杖先からは青白く発光する半透明のフクロウが勢いよく飛び出していった。大きな翼を広げて寝室の天井を優雅に旋回したフクロウは、たっぷり五分経ったころやっと満足したのかその姿をキラキラと眩ませた。あの気ままさは完全にアンブルと同じで笑ってしまった。
 
「そうかそうか! よし、さあやってみせてくれ!」
「えっ休暇中は魔法使えないよ」
「……ちょこっとだけ!」
 
 叔父さんは私を退学にしたいのかな? 「退学になったら私が一から教育してやるさ」そういう問題じゃないんだよねえ。
 
「まあともあれ、これで吸魂鬼は敵じゃないな──と言いたいところだが、本物を撃退できるかどうかはまた別だからな……」
 
 叔父さんは「ボガートさえあれば」と悔しそうに膝を叩いた。「形態模写妖怪。その人が最も怖いと思うものに化ける、通称まね妖怪。それがボガートのことだよ」付け加えられた教科書のように分かりやすい説明にふむふむと頷く。知ってたけど。それにしても叔父さんって教えるのが下手なのか上手いのかよく分からないな。
 
「でもそれって私が吸魂鬼のことを一番怖いと思ってなきゃだめなんじゃない?」
「そうなんだよな……吸魂鬼怖くないか?」
「別に。だって見たこともないし」
 
 期待するようにこちらを覗き込む叔父さんに肩をすくめる。本や映画で見たときは『不気味だな』とは思ったが所詮は画面越しの話だ。あれだけでは最大の恐怖の対象になんてなるわけもない。
 そもそも出来ることならばアズカバンの看守を拝む機会なんて一生きて欲しくはないのだが。しかしそうはいかないだろうな……三年目のことを思い出してため息がでそうになった。
 
「叔父さんはボガートなにになるの?」
「私か? 私は……アルバス・ダンブルドアだ」
 
 興味本位で尋ねれば、言いづらそうに口をもごもごさせたがそれでもきっぱりと叔父さんはそう言った。これまた意外な回答。気分が落ち着かないのかそわそわと首を回している。
 
「ダンブルドア校長先生?」
「ああ、そうだ……いや、この話はやめよう、『噂をすれば影』の語源のような魔法使いなんだか、」
「呼んだかね?」
「ら…………」
 
 自身の後ろから聞こえた声に、叔父さんは言葉の途中でぴしりと固まった。向かい合った位置にいる私からは当然、その声の主が見えている。
 
「エレナ、嘘だと言ってくれ……」
「こんにちはミス・ワイアット。休暇は楽しんでおるかの?」
「はい、ダンブルドア先生」
「ああ、嘘だろ……」
 
 ダンブルドアはからからと笑いながら項垂れる叔父さんの肩にぽんと手を置いた。

「随分と寂しい反応じゃのう。わしとエドガーの仲だというのに」
「いや、あの……いや……」
 
 顔が見れないのか、叔父さんは顔を手で覆ったまま返事ともいえないような返事をする。ダンブルドアはしょんぼりとした様子で長い髭を触っているがその目は愉しそうに煌めいている。見事なまでの狸爺だ。
 それにしてもボガートにダンブルドア先生って……叔父さん学生時代に一体なにをしたのか。そんなことを考えているとダンブルドアの視線が私に向く。
 
「それで、きみはもちろんハリーの件を聞いておるじゃろうな」
「え、あ……じゃあロンたちは成功したんですね?」
 
 ダンブルドアは何も言わなかったが楽しそうな笑みを深めた。回答としてはそれで十分だった。
 
 ハリーは手紙をストップされてしまった上、家で魔法を使ったことによりダドリーたちに閉じ込められた。それをロンやフレジョのウィーズリー兄弟が救出する……という作戦の企てを、私はハーマイオニーから手紙で教えてもらっていた。完璧な予定調和。学校はまだ始まっていないがそれでもちゃんと順調に『秘密の部屋』が進んでいるようだ。よしよし。
 
「……ところで、ここになにしにきたんだ?」
「つれないことを言うのう。呼んだのはキミじゃろうて」
「呼んでない!」
「しかしちょうどわしもキミの力を借りたくての」
 
 全力否定を華麗にスルーしたダンブルドアは叔父さんの腕を逃がすものかというようにがっしりと掴んだ。そしてううっと嫌そうに呻く叔父さんをこれまたスルーしてにこやかに私を見る。
 
「それではミス・ワイアット、また新学期に」
「二年目も頑張れよぉおぉ……」
「……叔父さんも頑張ってね」
 
 そう返事をするころには、もう既にダンブルドアも叔父さんも、その場から姿を消してしまっていた。……コンポートは食べれなそうだ。

 
 今年は何が起こるんだっけと、自室にてメモ書きを開く。決闘クラブ、アラゴク、それで最後にリドルの日記……あれ、こんなもんだっけ。なんかもう少し色々あった気が……? あ、ドビーのブラッジャーもあったんだ。あとは、うーん……ネビル関連のこと、なにかなかったっけなぁ……だめだ、思い出せない。あったような、なかったような。
 
 ええと、とにかくその中で私がやるべきことは『ハーマイオニーを石にさせない』。以上だろう。あの才女が戦力として残ってるだけで物語がどのくらい変化するのかは分からないが……悪いことにはならないはずだ、多分。
 
 もし石化阻止に失敗しても結果的には死人もでないし、今年はそこまで気負う必要はないから気持ちは楽だ。

「(でも来年になったらそうも言えなくなるなぁ……)」

 いやほんとピーターどうすればいいんだろう。今年いっぱい使ってしっかり考えなくては。

 伸びてきた前髪を掻き上げながらうんうんと悩む。鬱陶しいな、そろそろ切るか結ぶかしなくちゃ……。
 
 
 そうやって考えているうちに、図鑑の贈り主が誰かだなんてことは私の頭からはすっかり抜け落ちていた。
 

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