7



 こういう式典のあとには、関係者で集まって打ち上げをするのが大抵お決まりとなる流れだ。その手のことにはあまり詳しくないけれど、とにかく今回もそうだった。

「エレナのスピーチ、つまらな過ぎてびっくりした」

 遠慮もなければ慈悲もない。
 広いパーティ会場にて全員での乾杯を済ませた後、わざわざ一番に会いに来るなりそんなありがたい感想を開口一番悪びれずに言ってのけたのは、何を隠そう天下のレベッカ・スミルノフ様だ。身に纏うは態度に相応しい赤いドレス。うーんさすが、炎みたいに燃え上がってるね。
 そんな彼女を、「声が大きい!」と同様に余所行きおめかしスタイルのセドリック・ディゴリーが注意しているが、内容に対する批判は入らないところをみるに彼も同様の感想なのだろう。素直で仲良しな首席コンビだこと。

「……たしかに、先生方も眉をひそめてはいたけど」
「ほんと眠っちゃうかと思った。アンタ、『ありがとうございます』『光栄です』『みなさんのお陰です』の三つを使い回すんだもの」
「ようく傾聴してくれたみたいで……ありがとうございます、光栄です!」

 ついさっきまで使っていた笑顔を貼り付けるとデコピンされた。なんだよ、完全にそういうフリだったじゃん今のは……。
 私はちょっとだけ不貞腐れながら、シャンパングラスを口に運んだ。軽やかな舌触りでアルコール感も強くなく、緊張と疲弊で乾涸びていた喉が心地よく潤った。

「つまり、分かったでしょ? 私がこういうのがどれだけ向いてないか」
「DA記念すべき初集会のときの演説は面白かったわよ」
「あれって演説に入る?」

 好奇心旺盛なザカリアス・スミスがアンコウよろしくみんなの前で吊し上げられただけだと思うんだけど。
 隣にいたネビルに目で訊ねれば、「入るんじゃない」と投げやりに言われた。少なくとも、ネビルはあれがお気に召さなかったみたい。なら同じようなことしなくてよかった。最前列で親友の顔が曇るところは見たくないしね。

「なんであれ、とにかくお疲れ様。……よくちゃんと出てきたよね」

 セドリックがからかうようにちょっと目を細めた。

「偉いよ。僕ら、ひょっとしたらエレナは出てこないんじゃないかってギリギリまで話してたんだ」
「ええ。一人になれたあのタイミングで好機とばかりに姿くらまししてたって、エレナならちっともおかしくないわよねって」
「過ぎったけどね。逃げてやろうかなって。でもあそこまでお膳立てされると流石にねぇ……。これでも空気読んじゃうタイプだから。ただ次はないよ、絶対に。まあマスコミ各位も私の不要さがよく理解出来たと思うし呼ばれることもないだろうけど――ねえそこの英雄トリオなんで無言で顔見合せてるの」

 来年の二月までにニュージーランド辺りへの亡命を検討しようかな……。

 不穏な気配にそんなことを半ば本気で考えつつ、ぼんやりと会場を見回す。
 ダンブルドアがいるのだから、マクゴナガル先生といった教師陣に加え、キングスリーやムーディ先生も来賓しているのは当然といえた。誰も彼も、楽しげに酒を飲んだり料理に舌鼓を打ったりしている。あ、ムーディ先生、スキットルで呑んでるな……じゃあやっぱりあれは信頼だったのか。いや、うーん、でも、解釈……。

「(ていうか今この瞬間に魔法省や学校を襲撃されたらひとたまりもなくない?)」

 主要人物大集合な贅沢な光景に、うっかり物騒な考えが脳裏を過ぎってしまう。今ならいける。いやいけるじゃない、敵側の思想やめろ。我ながらそれは水を差しすぎだとすぐさま反省した。やっぱりこんなやつ壇上に立たせるべきじゃなかったよ。企画したやつ出てこい。

 会場の奥の方では、ブラック夫妻とルーピン夫妻が談笑していた。トンクスも元気そうで、彼女の腕には四月に生まれた息子であるテディが抱かれている。すっかり母親の表情だ。私も卒業後に一度会いに行ったけれど、テディはその時点で早くも七変化の片鱗を見せてくれ、その場にいる人全員を笑顔にさせた。とても幸せな空間だった。

「(あとで抱っこさせてもらいに行こっと)」
『なにをたそがれてる?』
「叔父さん」

 大きな肖像画が人の波をかき分けかき分け、ふわふわ移動してきた。ねえそれ、昼間にやってもらってほしかったな心から……。これ以上蒸し返すのは大人げないので、とりあえず今日のところはもう言わないけど。

『楽しんでるか? 私は楽しんでるぞ。ほら、ご馳走だってこーんなにたくさん――描いてもらったんだからな』
「それは……、……良かったね……」
『ああ』

 額縁の影からちょこんと姿を現した、温かそうなご馳走がテーブルの果てまでこれでもかと描かれた絵に言いたい事は沢山浮かんだけれど、その全てを努力して飲み込む。皆まで言うなと言わんばかりに、叔父さんは目を瞑ったまま両眉を持ち上げ、軽く首を竦めてみせた。

『正しく見たこともない豪華な食卓だ』
「それも“彼”が?」
『ああ。今日の記念に、と。……どうだ、仲良くやってるか?』
「うぅん、うん、うん……まあ……喧嘩はしてない、かな」

 濁し濁しで伝えると、叔父さんは複雑そうな面持ちを浮かべた。珍しく素直に申し訳なさそうな顔で、私はつい笑顔を零した。

「心配しないで。上手くやっていくよ、受診は当分続くようだし」
『……そうか。まあ、お前に任せるよ』

 叔父さんの肖像画を描きあげた画家である彼はカウンセリング資格も持っている人で、終戦後の私のカウンセラー役を請け負っていた。私は戦争が終わってから週に一度、ロンドンにある聖マンゴ病院へ通っていた。
 カウンセリングを受けることは、叔父さんの頼みで決まった。私が通院していることは叔父さんとダンブルドアを除いて、他には誰も知らない。マクゴナガル先生は週に一度外出届けを受け取っていたから察してはいたかもしれない。ネビルも。あとハーマイオニーも。ジニーも気付いてそう。その流れでいうとワンチャンハリーもあるな。あれ結構多い。ホグワーツってほんと機密性が機能しない。


 正直な話をすると、私は“カウンセリングされる”という行為自体が向いていないらしい。それはカウンセリング初期に部屋を壊滅させるレベルで爆発したことで初めて自覚した。記憶にある限りだと、少なくとも五回は爆発させた。起きたら知らない天井でした、みたいにカウンセリング中の記憶がなくなるくらいに暴走したことだってまあまあな数あるので、きっと実際の回数はもっと多いのだろう。こんにちはーって部屋の扉を開けた次の記憶は天井。とんでもないよね。なにやってんだ怖すぎる。でも起きた時には部屋は元通りで何もありませんでしたって感じになってるんだから魔法ってすごぉい。


 この暴挙の数々で分かると思うけど、要するに、私は心の内側に触れられることがとてつもなく苦手だ。嫌悪していると言ってもいいかもしれない。自分の疵を見せたくないし痛みは自分だけのものにしていたいし、そもそも疵も痛みも認めたくない。なかったことにしたい。なかったことでいい。私は自身に関する一切を、なんにも、少しだって、誰にも開示したくない。そうして抱え込んだ果てに息苦しいのはほら、自業自得ってやつで、それは私が一番好きな逃げ道だから。
 それでも自分の好きな人たちが抱える痛みには不必要なくらい敏感で、赦しを待たずに踏み込みたくなる。自分がされたら一番嫌なことを嫌われたっていいと嘯きながらやってしまいたくなる。性悪を通り過ぎていっそ邪悪だ。でも、だって、疵はできる限り少ない方がいい。痛くない方がいいに決まってる。息はしやすくて、世界には己以外の味方がいるのだと思えたほうが、きっといい。
 ……そう、詰まるところ、根本ではそれを間違いなく理解している。だのに、自分以外へは息をするより簡単にできることが、自分へ対してはとんとできなかった! 私はいつの間にか、自分で自分を拒絶するのが大の得意になってしまっていた。昔はこんなじゃなかったはずなのに。
 私はひどく独善的で傲慢で臆病な生き物に成り果てた。己の怪物的な矛盾は酔っ払った誰かさんに指摘されるまでもなくずっとずっと自覚していて、しかし今後も改めるつもりなんてものは、これっぽっちもなかった。――つい先月、花畑で彼と再会するまでは。

 ……話が逸れた。
 とにかくそんなわけで、肝心のカウンセラーとの相性はまあ、前述の通りだ。曇り時々爆発。けれど半年を過ごすうち、徐々にだが信頼できるようになってきた……と思う。少なくとも、叔父バナが長いんですけど、って文句を言おうと思えるくらいには。
 
「……よかった、なぁ」
『そうだな』

 なにが良かったのか分からない。けれど知らず知らずのうちにそう言っていた。この場にいる全員が笑顔で幸福な光に満ち溢れていて、ああ直視するのは眩しいな――なんて思ったら、ぽつりと零していた。よかったなんて言葉の割に、いやに寂しそうに伸びていた。
 自分でも要領を得なかった独り言を、叔父さんはしっかり拾って静かに肯定してくれた。肯定されたことでようやく気が付く。私は今、自分がこの場で生きていて良かったと抑えられないほど強く感じたのだと。そして、ここに叔父さんがいたらもっとよかったのにな、と――無意識のうちに考えたことを、遠回りながら本人に伝えていたことを。……まあ、相手は所詮肖像画なんだけど。とはいえ十分前進といえるよね。カウンセラーの彼もきっと褒めてくれるに違いない。特に、叔父さん関連のお話だし?

 叔父の話題で大興奮する彼は想像に難くなく自然と表情が緩む。グラスの中で気泡を遊ばせる淡い金色が、柔らかく光って揺れていた。
 

- 238 -
 ←前 次→
 back
 >>HOME