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 九月も下旬を過ぎた頃には秋の扉も大きく開き、おかげで随分と過ごしやすくなった。月初に庭先へ蒔いてみたカボチャの種も、ちょうど今朝三枚目の本葉が現れた。そろそろ植え替えの頃合かもしれない。植え替える前に念の為カボチャプロフェッショナルのハグリッドへ確認のフクロウを送ろうと思っている。……この時期は新学期だし色々と忙しいかな? 直接会いに行った方がいいのだろうか。悩みどころだ。
 ちなみに最初は“魔法抜き”で挑戦していた。が植え替え用の土作りが非常に面倒且つ大変そうだったので、魔女をやった。一度魔法を使ったらもう全てがどうでも良くなり、以降は水遣りも温度管理もずっと魔法を使ってオートでやっている。魔法ってサイコー!


 こうして庭仕事へ勤しめる程度には、私生活もようやく落ち着きを見せはじめてきた。暗黒の時代が開けてすぐの新年度にしては上々な幕開けだ。

「エレナは最近なにしてるの?」
「マンドレイク食べてる」
「は?」
「あとカボチャ育て始めたよ。上手に育ったらみんなにもお裾分けするね」
「エレナはハロウィンに合わせて育て始めたのね。おば様のところのカボチャはもう大きくなってたわ」

 こーんなに、と自身の顔より大きな円を描くというお茶目な身振りをしてみせるのはハーマイオニー・グレンジャーである。ほろ酔い気分のようで、頬はほんのり赤くニコニコとご機嫌だ。おば様というのは、ロンのお母様のことだろう。

 ハーマイオニーは卒業以降、週末には隠れ穴で食事をしている。ハリーもロンに連れられてよく集まるらしいし、なんとそんな家族団欒の場にはあのレベッカもたまに同席しているそうだ。みんなに構われて居心地悪げにしているレベッカは簡単に想像がつく。レベッカ本人からその事実を聞いたことはない。言ったらきっと揶揄われると思っているのだろう。正しい。私は初めてハーマイオニーから聞いた時、肋骨が折れそうになるくらい爆笑した。
 だってレベッカってば、初めてお呼ばれした際どうしたらいいか分からないからって部屋の隅っこで立ったまま乾杯に参加したそうなのだ。『いやここで大丈夫です隅に立つのが好きなので』とか頑なに言って。分かる、分かるよ。スミルノフ家とウィーズリー家とでは、食卓の様子はきっと大分違う。だからモリーさん達の温かい気遣いに慣れてなくて縮こまってしまうのも仕方ない……とはいえ笑うものは笑うよねバレたら絶対呪い殺されると分かってても。なにそれ隅に立つのが好きって嘘すぎでしょせめて座りなよ! この目で見たかったな。使えることなら逆転時計だって使うね。フレッドならそのちっちゃくなったレベッカのこと絶対撮ってるはずだから、今度見せてもらおうと思う。十ガリオンまでなら出す。

「植物を育てるって素敵な生活ね」

 モリーさんのカボチャから連想して密かに思い出し笑いしていると、パーバティ・パチルが感心したように言った。

「私もなにか育てようかしら」
「一緒にカボチャ育てよう。それか牙付きゼラニウム」
「なんでその二択なの? いやよ」
「――家庭菜園とか、そんなしゃらくさい話はどうだっていいのよ!」

 金切り声とともにテーブルへ帰ってきたのは、ラベンダー・ブラウンだ。その手にしているのは二杯目のジョッキだが、たった一杯呑んだだけとはとても思えないほど据わった目をしている。彼女は「そんなもの、そんなもの」と繰り返した。

「カボチャとかマンドレイクのサラダとか、そんなことはどうでも……! どうっでもいいのよ……!」
「サラダ??」
「うう、ううーっ……!」

 呻きながらラベンダーは椅子へ倒れ込んだ。振り乱した頭がテーブルへ突っ伏しきる前にハーマイオニーがサッとラベンダーの前の皿を避け、あわや落としかけたジョッキをパーバティが取り上げる。テーブルを掃除したりチェイサーを頼んだりテキパキと慣れたものだ。完璧な連携すぎてこういう時私は大抵やることがなくなる。手持ち無沙汰なのでラベンダーの乱れた髪を撫で付けることに専念した。

 ラベンダーの教育係である上司は、彼女の言葉を借りるなら『トロール“以下”』だ。ホグワーツなら落第。マグル用出入口から退勤して残業騒ぎを起こすなんて日常茶飯事で、ラベンダーは九月から勤務しているが定刻通り退勤できたのはまだ片手で数える程しかないらしい――と、いう愚痴を既に二巡聞いている。
 今日の飲み会はそんな彼女のストレス発散のために開催された。酒! 飲まずにはいられないッ! といったところだ。何事も適度ならね。とはいえ予想外に下戸で驚いた。余程疲れが溜まっていたのだろう。

「……でもねえ」

 恨み辛み呪いを無限に紡いでいたラベンダーが、ふと顔を上げた。瞳がぼんやりと熱っぽい。様子の変わったラベンダーに、みんなで続きを待った。

「彼ね…………すぅっごくハンサムなの」
「ああ、なるほど」
「そういうことね」
「完全に理解した」

 深刻げにするから何かどうしようもない事情があるのかと思ったら、はいはいそういうこと。らしいっちゃらしいけど。
 私達の冷めた視線も気にせず、ラベンダーはうっとり目を蕩かしている。なんだかんだ楽しくやってるようで安心したよ。それでこそラベンダー・ブラウン。

「もう喋らせて。聞いて。あの顔ではにかまれたら全部どうでも良くなる。全ての皺寄せが新人の私に来てるのになにもかも許せちゃう。どうしたらいいと思う?」
「どうもしなくていんじゃない」
「もう、ちゃんと聞いてよ!」
「ちゃんと聞いた着地点がこれなんじゃん……」
「しかもね、彼かなり前からフリーなんですって。そりゃそうよね、あんなに仕事ができないんだもの。プライベートだって充実してるわけない! つまり、チャンスよね?」
「そのチャンスって掴んで本当に後悔しない?」
「しない。顔が好きだから」
「そっか」

 なら頑張れと彼女の頭を撫でた。私はラベンダーのやりたいようにさせてやりたいからさ。

 ところでシームレスに恋バナへ移行したけどこの面子で恋バナ――ていうか“ハーマイオニー”と“ラベンダー”が一緒に恋バナするってマジで? 
 そのことを理解した私とパーバティは瞬時に緊張して素早く目配せをした。私とパーバティにとって二年前の凍えるほど居心地の悪い寝室の空気は、忘れたくとも忘れられない悪夢の一つだ。私たちはお互いの友達同士がなるべく長い時間を共に過ごさせないよう慌ただしく奔走したし、どうしても同じ空間にいるしかない時は可能な限り恋愛の絡まない話題を振ろうと必死で気を遣った。そういったことに疲れ切った時は、二人でしんどいね……と慰め合いながらあえて遠回りしてとぼとぼ寮へ帰ったりした。

「教育係なら接触の機会も現状だとラベンダーが一番多いんじゃない?」
「そう、そうなのよ! さすがハーマイオニー。やっぱり今が狙い目よね」

 なんて身構えたものの、当時のように空気がピリつくこともギスつくこともなかった。肝心の二人の反応はフラットなもので、私たちは拍子抜けした。いや、何事もないならそれでいい。平和が一番ですからね。

「日本だとね、“さすが、知らなかった、すごーい、センスある、そうなんだ〜”の五つが人を褒める時の相槌に便利なんだよ。ラベンダーも困った時に使ってみたら? こう、きゅるんと上目遣いで睫毛ぱちぱちさせてさ」

 気を取り直して、と私も話に参加する。渾身のkawaiiジェスチャーをした私へ、彼女らは揃って意表をつかれたといった顔を並べた。笑ってもらえると思ってやった私も予想外の反応にたじろぐ。

「な、なに? そんなおかしい?」
「ううん、そうじゃないわ。けど、えっと……エレナが積極的にこの手の話題に乗ってきたのがちょっと――意外で」パーバティが遠慮がちに三人を代表した。
「エレナってその……ちゃんと恋愛に興味があったのね?」
「まあそりゃ……人並みには?」

 色恋沙汰に縁のない学生時代を送っていたことは認めよう。だが自分が関係しない恋バナなら私も大歓迎だ。女の子って砂糖とスパイスと恋バナでできてるからね。私だってそこは例に漏れない。
 あとあんまり知られていないのだが、これでも私、意外と恋愛相談を受けていたりする。下級生からが主だけど。きっと話しかけやすいんだろうな。私ってホグワーツでも類稀なほど平凡で普通の模範生だから。

「それってどこのホグワーツの話?」
「どこもなにもある??」
「だって私たちとエレナとで激しい認識の食い違いが起きてるようだから……」
「いやいや、実際私のアシストって結構人気だったんだよ」
「アシスト? それって人体模型みたいな格好に変身して、一階空き教室で夜のささやかなデートを楽しんでいた四年生二人を天文台の塔の天辺まで追いかけ回して過呼吸になるほど泣かせた事件の言ってる?」
「それとも男子生徒を木に変えて、目的の女子生徒が彼に話しかけるまで『このー木なんの木気になる木!』って呪いの歌を彼女の脳内で無限ループさせたこと?」
「ハグのタイミングを見計らってる初々しい二人へセストラルをけしかけて強制的に足場も終わりも見えない空の旅を半日させたこと?」
「その他の事例も含め、そうですね」
「その他? まだ何かあったの? いえ言わなくていい、聞きたくないから」
「ひどくない?」
「誰が?」

 文字通り一肌脱いだ(一皮剥いた?)し、二つ目のはギリシア神話になぞらえた神聖な演出だったし、最後の案は吊り橋効果と密着度アップを同時に狙った賢い策だ。こんなに多彩な手を使うアドバイザーが人気じゃないわけない。事実私がアシストしたカップルが破局したという噂は卒業まで聞かなかった。私のキューピッド慈善活動は引け目なしにかなり上手くいっていたと思う。
 ので、補助職員になっても金の矢を番える任務は引き続き請け負っていく――もちろん校長先生にはくれぐれも内密に――所存だ。歴代の補助職員方に倣って、やっぱり私も生徒に寄り添う先生を目指したいよね。




 卒業後初の記念すべき集まりだったが、二軒目は用事があると言って断った。いや、別に行っても良かったんだけどね。優先順位がめちゃくちゃ高い用ってわけでもない。ラベンダーだって私の不参加への不満を路上ということも憚らず表明してくれたし。……そう路上でね。全身使ってね。酔っ払いって無敵だ、知っていたが。

「(とはいえ、一回気になっちゃったらね……)」

 二次会中ずっと頭の片隅にいられるのも嫌だし。
 そうして暴れるラベンダーを抑え込む二人へ、惜しみつつも別れを告げて一人になった私は、慣れた足取りで夜更けの街を進んだ。いつもの路地へ入り、モグラの案内で地下へ潜る。
 
「ああエレナいらっしゃい! 来てくれてよかった」

 扉をくぐれば、すっかり顔馴染みとなった店主が気安い口調で話しかけてくる。私は手をひらひら振って挨拶もそこそこにし、すぐに部屋の奥へと杖先を向けた。奥から手前へ杖を引っ張る仕草と連動して、ナメクジのようにぐんにゃりと力の抜けた巨体が猛スピードで飛んでくる。

「ウッ……!」頭上から吐く寸前の人がする呻き声が聞こえたが、深くは気にせず店主に向き合った。

「アップルサイダーを一つテイクアウトで。あ、支払いはコーマックで」
「ふざけんな払わねえぞ!」
「あいよ。今日はもう帰るのかい? 次はゆっくりしていってくれよ」
「聞、け、よ! 俺は客だぞ!」

 このお店のアップルサイダーはそんなに度数も高くない上、サングリアのように果実がゴロゴロ入っていて美味しいのだ。デザート感覚で呑める。
 私はコーマックの財布でまとめて会計を済ませ、アップルサイダーを受け取って店を出た。そうして地上に戻ってから、空中で犬掻きをしていたコーマックを地面に落とす。と、早速呪いが飛んできた。酔っ払っているせいか欠伸がでるようなのんびりとした発動速度だ。これならいっそ魔法なしのステゴロで仕掛けた方がずっとマシなくらい。学生時代と比べると本当に腕が落ちている。鈍りすぎ。まあ先月の再会したてを思い出せば、これでもかなり回復した方ではある。コツコツ相手をしてきた甲斐があった。
 私は感慨深い気持ちでアップルサイダーを味わいつつコーマックの杖を吹き飛ばし全身へ金縛りをかけて、最後のおまけにビタンと壁へと引っつけた。コーマックの標本出来上がり。

「クソッ、クソッ、クソッ! なんなんだよ毎回! いつもいつも、いったいどういうつもりで――ッ……俺に構うな、放っておけよ!」
「? ごめん、もしかしてなにか言った? 敗者の声ってよく聞こえなくて」
「舐めてんなマジでテメェ!! 殺す!!!!!」
「ハハ、すっごい声量」

 ウィトルウィウス的人体図よろしく壁へ貼り付けられた状態での暴言は説得力に満ち満ちており、か弱い私としては身が竦んで堪らない。こわやこわやと身震いしながら先程の財布を呼び寄せて、アップルサイダー分の八シックルを返しておく。

「うわ服にお酒零してるじゃん……てかこのネルシャツ何日洗濯してない? ここにある染み五日前にも見た気がする」
「……お前にゃ関係ないだろ。それよりその手に持ってるモンこっちに寄越せ。俺の金だろ。甘ったるくて好みじゃないが、無いよりマシだ」
「たった今ちゃんと返済したしそんな失礼なこと言う人にあげるわけない」

 喉が渇いたならお水を飲もうねと、酒臭い口めがけてアグアメンティする。昔映画観たとき『ハリーもこうすればいいのに』って思ったけど、こうやってカバゴボ溺れてるコーマックを見てたらこれってちょっぴり拷問じみてるかもと思えてきた。そもそもあの洞窟では水を発現できない縛りがあったからってことで今とは状況がまるきり違うんだけど――まあなんであれ見識が深まった、経験するって大事!……わ、なんか今のって教師みたいじゃない?

「私にも教師としての自覚が育ちつつあるみたい。いいことだよね」
「ッ、グ……ガハッ! こんな、ッ、こんな底抜けに頭の悪い教師がいてたまるか! 即刻辞退の申し出をしろクソアマ!!」
「お水が足りないんだね、無限にあるから大丈夫だよ」
「ウ、ッグ、クッッッソが今に見てろよこの野郎。いつか必ず目に物を見せてやる。いつか、必ず……」
 
 コーマックはいつものようにそう言い捨てて、がっくりと気絶した。この台詞も一度くらいは酒が抜けた状態で聞いてみたいものだ。来年ホグワーツに住み込むまでに聞けるかな? 望みは薄そうな気がするな、あんまり期待はしないでおこう。
 

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