13



 満を持して訪れたクリスマスイブに隠れ穴へ赴いた私を真っ先に出迎えたのは、ジニーの熱烈なハグだった。咄嗟に持ってた荷物を宙へ浮かせて両手をフリーにし、たたらを踏みながら彼女を受け止める。お菓子作りをしていたのか、エプロン姿のジニーから甘い匂いがふわりと香った。

「ああエレナ、会えて嬉しい! あなたのいないホグワーツは、鐘楼にある一際大きな鐘が外されてしまったみたいだったわ!」
「え、それは……寂しかったって意味で合ってる?」
「まさか。静かでそりゃもう快適だったってことだろ」
「もう、ロン!」

 一瞬脳裏を過ぎった選択肢をロンが容赦なく突きつけてきたのでギクリとする。その“もう”は『本当のこと言わないの』って意味だったりしないよね? ソファで寝転んでニヤつくロンにジニーお得意のアッパーが落ちたので、恐らく違ったのだろうと思うことにした。
 私はじゃれ合う兄妹の隣をさっと抜けて、荷物を携えてモリーさんの元へ向かう。

「今日はありがとうございます。こっちのシチューは昨日ダンブルドアと作ったんです」
「まあ、ダンブルドアと?」

 受け取りつつも聞き間違いを望むように尋ね返すモリーさんの声は、明らかにギョッとしていた。「アバーフォースも一緒に」と付け加えるのも忘れない。「それは……嬉しいわ」そう言いながら、モリーさんはますます困った顔をした。
 お呼ばれのお礼として私が持参したのは昨日のシチューフェスティバル(参加者:ダンブルドア兄弟、マクゴナガル先生、ハグリッド)で一番人気だった鶏のトマトクリームシチューの大鍋と、今朝焼いたキャロットケーキワンホールと、マクゴナガル先生御用達のお店から取り寄せたジンジャークッキーだ。

「こんなに気を回してくれなくて良かったのに。でも嬉しいわ、ありがとう」
「いえいえこちらこそ。なにかお手伝いすることありますか?」
「あらいいのよ、座っていて」
「あっエレナ、ちょうどいいところに! ねえ、私たち今ミンスパイを焼いてるの。でもなにか決め手に欠けてる気がして……アドバイスをもらえないかしら?」

 キッチンの入口から、狐色にこんがり焼けた星を乗せる小さなパイが並ぶ鉄板を持ったハーマイオニーが、ぴょこっと覗いた。邪魔にならないよう一つに纏められた栗色の髪が、動きに合わせて揺れる。その背後から、にっこり微笑むフラーが「ボンソワール」と歌うように手を振った。ここにジニーも混ざるのだから、私がいたらかなり手狭になってしまうだろうな。女子陣がほぼ集まってるみたいだから気が引けないでもないけど、ここはご厚意に甘えてリビングで大人しくしておこう。
 私は口元に運ばれてきたミンスパイの欠片をじっくり味わい、キッチンに並ぶ材料を少し眺めて「ミンスミートにピーカンナッツかアーモンドを加えてみたら」と提案した。


 リビングではぐったりしたロン、それからハリー、アーサーさん、ビルにチャーリー、パーシーにフレッドが屯していた。暖炉のオレンジがリビングの八割を占める赤毛とそれぞれのカラフルなセーターを赤く照らしていて、とんでもなく明るい光景だ。しかしその中にいるはずと思っていた人物の姿が見当たらない。

「ジョージとレベッカはどこ?」

 レベッカはこっちにいるのだろうと思ったからキッチンから引き下がったのに。期待が外れたことに肩透かしというか、純粋な疑問が頭をもたげる。

「見てのとおり」

 誰ともなく尋ねれば、フレッドが代表して肩を竦めた。

「不在だ」
「うそ、なんで? デート?」
「だったらジョージもさぞや浮かばれるんだけどな。あの二人はな、現在絶賛“破局の危機”だ」
「え?!……いや待って、破局もなにもあの二人いつの間にそんな仲に?!」
「なんだ、知らなかったのか?」

 意外そうに目を丸くされて「聞いてないよ!」と叫ぶ。私以外驚いているのは――いやいない! この場で知らなかったの私だけ! パーシーですら知ってるのに?! 週末ウィーズリー家に顔出すことがあるってのはハーマイオニーから聞いていたけど、そこまで進んでるなんて思いもしなかった。だってレベッカとジョージ――レ、レベッカとジョージなのに?!
 狼狽して取り乱す私に、フレッドはニンマリと面白がる顔をした。

「え? いつから?」
「夏前にはもう?」
「季節跨いでる! え? レベッカともジョージとも結構親しくしてたつもりだったんだけど……なんで二人して教えてくれなかったの?」
「“エレナにだけは教えたくない”だとさ」
「ねえそれ聞いてるってことは私が知らないってことを絶対知ってたじゃん! 最初の白々しい反応なんだったの?」

 思わず声の限りに喚いた私の声に驚いて、パーシーがうっかりチェス駒を間違えて進めてしまったらしい。彼が「あっ」と声を上げると同時に、パーシーの進めた黒い駒がビルの白い駒によって叩き割られる。家族と和解したあとのパーシーはかなり丸くなった。以前であれば鼓膜が割れるくらいの声量でお説教が始まってただろう。今では粉々になった駒を見て悲しげに眉を下げるだけだ。哀愁漂う表情に申し訳なさが募る。

「ごめん、パーシー――でもやっぱり納得いかないよ」

 反省して声を抑え、引き続き不服の意を訴えかける。フレッドに言っても仕方ないけれど、言わずにはいられなかった。

「なんで私にだけ……そりゃ、絶対ニヤニヤするけどさぁ。でも祝福はするのに!」
「そんな言ってやるなって。レベッカは今――というより、前々から、かーなーり参ってるんだ。研究がめちゃくちゃ行き詰まってるらしい」
「レベッカの研究って、……あれ、そういえば私聞いたことないな。なにしてるの?」
「さあ?」

 薬学の道を進んだのは知っている。しかしその詳細を聞いている者はいないようで、要領を得ないさざめきがリビングに広がった。

「ま、兎も角そんなわけで我が片割れは会う暇もろくに取ってもらえず、早くも振られかけてるってことだ」
「へえ……え、それでジョージが振られる側なんだ?」
「そ。“相手にしてあげる時間がないから距離を置こう”、だと。何年もかけてやっとこさ手に入れた恋人の座をたったの半年弱で手放せなんて、当然、できるに決まってるよな?」

 レベッカらしいバッサリした言い方と遠回りな気遣いだ。それでジョージが振られないよう必死になってるって、恋人になっても力関係はあんまり変わらないんだなあの二人って。

「でも、レベッカだってさすがに明日は休むと思うよ」ロンが口を挟んだ。
「だってクリスマスだもん」
「あ、そうだ。明日、シリウスがネビル達も呼んだって聞いたけど」
「うん。“クリスマスは大勢で過ごした方が楽しいよ!”って、ハリーの親代わりさんが言ってくれたからね」

 アーサーさんとファイヤウイスキーを交わすハリーは、「僕もそう思うな」と機嫌よくニコニコ笑った。

 午前はネビルのご両親のお見舞いに聖マンゴへ行くから、ブラック邸へは午後から向かう予定だ。シリウスへクリスマス以降に顔を出すと伝えたら、ネビル、オーガスタ共々招待してくれた。明日は騎士団メンバーも勢揃いだし、とても賑やかな盛宴になりそうだ。明日こそはパーティのお手伝いをしなくちゃな。私はホリデーの期間の滞在許可をもらっているので、暫くお世話になる身として最低限働くつもりでいた。
 

- 244 -
 ←前 次→
 back
 >>HOME