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送ったメッセージの返信が通話になって返ってくる。
それはドラコとの間ではままあることで、普段なら急いで電波の良い場所――つまり魔力の弱い場所だ。電子機器と魔法は生来相性が非常に悪いので――へと移動するところだが、ちょうど病院敷地内から出たばかりの今慌てる必要はない。私は足を止めないで、歩きながら開いた携帯を耳元に押し当てた。
「もしもし?」
『僕だ、ドラコ・マルフォイ』
「知ってる」
『今大丈夫か?』
それって、掛けてから聞くことじゃないけど。なんて苦笑しつつ内心に留め、「平気」とだけ短く告げる。
私が話しながら道の脇へ寄るのと同時に、ポンポン付きの毛糸の帽子を被った二人の子どもが私を追い越していく。真新しいラジコン飛行機を振り回してきゃあきゃあ走る子ども達。そんな彼らを慌てふためいた母親父親が追いかける様は、いかにもクリスマスの午前らしい心温まる光景だった。通りすがりの家族の声はドラコの耳にも届いたようで、電話口から柔らかな笑い声がした。
『外にいるのか?』
「うん」
電話の向こうでカツンカツンという靴音、それからカチャリという音が鳴り、ドラコの吐息が空気を挟んで遠くなる。ドラコの行動は音だけでも十分予想がついた――外に出たのだ。なぜわざわざそんなことをと驚いたが、しかし聞かずともその答えにはなんとなく予測がついてしまい、無性に胸がむず痒くなる。外気を孕んだ雑音がどうにも鼓膜を擽るようだ。
込み上げる思いを堪えるように、また電話口の相手へこの感情を万が一でも気取られぬようにと、口内の肉を柔く食んでこのなんとも言えない間をやり過ごす。
『……寒い。ロングボトムはなにをやっている』
「ネビルは関係ないでしょ……」
とはいえドラコがこんな調子だったから擽ったさなんてあっという間に掻き消えたし、完全に無用な気遣いだったのだが。なーにを張り合ってるんだ。『あるだろ』と意固地になって返すドラコにすっかり気が抜けて、肩を竦めて近くの壁へもたれ掛かる。
『メリークリスマス』
「メリークリスマス」
『今から来年の予約をさせろ』
「えー……」
なにはともあれ、クリスマスである。
聖マンゴ病棟にいるネビルのご両親への挨拶も、つい先程終わった。家族水入らずを邪魔したくはないという理由から、私は二人より一足先にブラック家へ向かう手筈になっている。今はその道中、要はブラック家へ姿あらわしする直前というわけだ。タイミングの良いコールだった。内容は雲行きが怪しいけれど。
『なぜ渋る。ロングボトムが良くて僕がダメな理由を言ってみろ』
「ダメっていうか……」
ハロウィーン前のネビルの件があってから、ドラコは私へ対して緩やかに気安くなった。もっと噛み砕いて言うなら、大変雑になった。再会した日以降封じられていた“お前”呼びからぞんざいで投げやりな口調に、時折飛び出す皮肉。これまでの徹底した甘い仮面の紳士ぶりの反動かと思うほど、私への態度は露骨に雑になった。これこそが友人としての適切な距離感と諸手を挙げて喜ぶべきか、はたまた友人としてのラインを踏み越えつつあると憂い嘆くべきなのか、私はいまいち判断しかねている。
「うーん……ドラコが世界一ダサいアグリーセーターを着てくれるっていうなら、喜んで予定を合わせるんだけどね」
『…………分かった』
「えっ?」
『言質はとったぞ。聞いたからな。僕は約束を果たす。お前も、絶対に違えるなよ』
「……ええ……?」
やけに力が籠った言葉に当惑する。そこまでする? なんか意地になってない? そうやって安易に自分を追い詰めるの、やめた方がいいと思うけどなあ……。まあ、所詮電話越しの口約束だ。ドラコだって来年の今頃にはこんなやり取りのことなど、綺麗さっぱり忘れているだろう。私は多分、忘れないけど。とはいえ覚えていたって、掘り返したりは、きっとしないけど。
とにかく私はさして深くは受け止めず、やれやれと息を吐いた。白く上気した息が顔にかかり、鼻先の冷たさを思い知らされる。
「空気が冷たい」
なんとはなしに独りごちれば、ドラコは『ああ』と実感の伴う声で応えた。
『今夜は雪が降りそうだ。……寒いのか?』
「そりゃあ、実はとっても?」
『……もしも』
「ん?」
『もしも、今からでも僕を傍に呼んでくれるなら、僕はきみの手をいくらでも握ってやれるぞ』
「ドラコ……防寒具って、知ってるかな?」
『知ってるが?! お前は僕をなんだと思ってる!』
「アボカドバナナ」
『アボ、バ――なんだって?』
「え? まだなんにも言ってない」
マフラーに口元を埋めながら、電波が悪いのかなぁとすっとぼける。盛大な溜息が返ってきた。
『まったく、どうしてきみはいつもそう鈍感というか……情緒のないことばかり……』
ハハ、あってたまるかそんなもの。
途切れ途切れで聴こえた憤慨に満足して、うっかり笑みがこぼれる。『楽しそうだな』なんて詰る声は不満気な顔をありあり想像できるくらい忌々しさたっぷりで、また呼気が笑いへと変換されてしまった。
「ふふ、……はあ。それじゃあ、良きホリデーを」
『ああ、きみも良きホリデーを。……また来年』
「うん、また来年」
通話を切って、ついでに電源も落としてしまう。今から行く場所を思えば、どうせしばらくは使えない。私は閉じた携帯電話をダウンジャケットのポケットにしまいこみ、石畳を踏みしめた。
このお屋敷、もはや第四の我が家じゃない? 一に実家、二にホグワーツ、三に叔父さんの家で四はブラック家。贅沢なことだ。
玄関口に飾られていた肖像画とレース越しに目が合う。あっやば叫ばれるかも。私は鼓膜がおしまいになる覚悟を瞬時に固めたが、それは杞憂に終わった。額縁の彼女は来客を一瞥して、無言のまま額の外へと歩いていった。
「あらあらまあまあ、おったまげー……?」
「――エレナ様? ああ、エレナ様!」
たしかに彼女が私たち騎士団員へ叫ぶ頻度は年を追うごとに大分減っていたけど、それでもゼロってわけじゃなかった。去年滞在してた時だって、叫ばずとも睨まれたり呪詛を紡がれたりなんかは相変わらずだったし。だがあんな穏やかなスルーは初めてだ。一体どんな心境の変化が……?
感嘆やら疑問やらで首を捻って立ち尽くしていれば、ドタバタと足音がする。一番手前の扉がパッと開き、そうしてホールに現れたのはクリーチャーだった。生クリームがふんだんに付いた泡立て器を片手に握り締めたままだった。クリーチャーは自分が手に何を持っているかも忘れ、ブンブン振り回して歓迎を示してくれた。大興奮の妖精が四方へ散らす飛沫を慌ててできる範囲でなんとかする。
「ようこそいらっしゃいくださいました、エレナ様!」
「うおっと――メリークリスマス、クリーチャー! 元気そうで良かった。ところで、それは置いてきたら?」
この会話の合間にも泡立て器からクリームが飛び散り滴って、磨かれた手摺からよく手入れされた絨毯に至るまで、ところ構わず着地しようとしている。そんな悪さをしかけている泡立て器を指摘すると、クリーチャーは慌てて泡立て器と、ホールのあちこちへ散ったクリームをパチンと消し去った。
「申し訳ありませんでした。……ええ、クリーチャーは変わりありません。クリーチャーはエレナ様にお会いできてとても嬉しゅうございます。お荷物をお預かり致します。……エドガー様のお肖像画様は?」
「え? 連れてきてないけど……」
「左様でございますか」
あからさまにガッカリとした声に、私はそこでようやく合点がいった。なんだかやけに熱い歓迎だなとは思っていたのだ。
初めて出会った日からずっと、クリーチャーはいつだって私へ丁寧に接してくれていた。生まれに関する蔑称を使われたことなんて一度もない。しかしクリーチャーがこうしてとても私に親切な理由は、我が叔父がレギュラスの任務を(意図せず)引き継いで遂行し、その後のクリーチャーのメンタルケアまでしたからこそだった。
クリーチャーとエドガー・ワイアットが関わった期間は年月にして三年にも満たない。が、それでも二人はいい友人関係を築いていた。クリーチャーは、ダンブルドアと叔父さんの入れ替わりについてを、唯一『友情』を理由として知らされた妖精――事情を知る“人間”の中にも『友情』が理由の者は一人もいないが――でもあった。
つまり、彼が泡立て器を置くことすら忘れて迎えに来てくれたのは、友に会えると思ったがゆえにだったのだ。たちまち罪悪感で胸がいっぱいになる。私はしどろもどろになりながら謝った。
「ごめんね、私気が回らなくて……叔父さんはホグワーツで過ごすって言ってたし……」
「お謝りにならないでくださいまし。クリーチャーは大丈夫ですから」
クリーチャーは淡々と言って、部屋へと向かって歩き出した。けれど自分と同じくらいの大きさのボストンバッグを抱える姿は、見るからにガッカリと落ち込んでいた。パタンと下がった耳に、しまったなとますます後悔する。あとで絶対連れてこなきゃ。
部屋に手荷物を置いて地下へ下りると、すでに騎士団メンバーの大半が顔を揃えていた。テーブルにも料理が並んでいて、パーティは早くも始まっているようだ。顔ぶれの中には昨日見た顔も、久しく見てなかった顔もあり、私は嬉しくてあっと声を上げた。
「トンクスにルッィーマス、それにテディ! ハッピークリスマス!」
「ハッピークリスマス、エレナ」
我ながらかなり無茶な急ハンドルだったが、ルーピン先生は鷹揚に受け入れてくれた。周りの押しもあって最近から渋々リーマス呼びキャンペーンを始めたわけだが、調子はこんな感じで、それはもう芳しくない。しかしこんなに苦戦する姿を見ても「無理して呼ばなくてもいいよ」とは決してなってくれないルーピン先生の様子に、私はどうやら余程思うところがあったらしいなとひそかに反省していた。でも反省してもこの有り様。努力は認めてほしい。
私たちのやり取りを、トンクスは「ルィーマス」と繰り返して笑っている。そんな彼女の腕の中には、小さなテディが抱かれていた。人が大勢で、慣れないのだろう。ふくふくした顔の中では円な瞳が不安げに揺れている。
「あー、かわいい。ほんと雪見だいふく……」
「ユキミダイフク?」
「日本のお菓子のこと。――あっレベッカ!」
昨日は拝めなかった黒髪を見つけて、私は声を弾ませて話しかけた。なにせ八月の半年式典以来である。元気だった? 昨日はお楽しみでしたね?――なんて気さくにかけようとしていた言葉たちは、音にする間もなく口元でしゅるしゅると萎んでしまった。
こちらを振り返ったレベッカは、ろくに寝てないというのがひと目で分かる顔つきをしていた。化粧では隠しきれない顔色の悪さに、やさぐれた瞳。いつもは整えられている豊かな黒髪だって今は雑にまとめられているだけで、毛先も跳ね放題だ。常ならば凛と伸びる背も疲れきって丸まっている。そんな疲弊しきった状態で、彼女はローストチキンを口いっぱいに頬張っていた。普段の少食ぶりを考えればとても珍しい姿だった。
「なんでそんな……不機嫌な顔でチキン食べてるの?」
「余計なお世話よ、この唐変木が」
「で、出会い頭にそれ? ブチ切れてる……なにかあったの?」
当たり前の疑問すら今の彼女には煩わしいらしい。飢えた猛禽類のような眼差しで激しく睨まれ、これ以上の食い下がりは身の危険すら感じる。
そう判断して大人しくお口をチャックすると、レベッカも多少は溜飲が下がったのか、仏頂面でまたチキンにかぶりついた。ぶすくれた口元をまめまめしく拭うのは、同じく昨夜は不在にしていたジョージだ。彼は私へ向けて、「見てのとおり、エネルギー不足なんだ」と深刻に頷いた。それは分かったけど――いや、あなた達ほんといつからそんな……? 揶揄うとかではなく心底からの真剣な気持ちで教えてほしい。……が、今日はやめておくとしよう。
私は、すっかり痩せさらばえた手首がまた新たなローストチキンへ伸ばされるのを見て、「野菜も食べようね」と進言するに留めた。エネルギーも大事だけど、栄養も大事だから……。
食事をつつきながら――というか、レベッカにあらゆる食べ物を与えながら?――暫く話していると、シリウスやソフィア、ハリー達といった馴染みの面子が集まってくる。シリウスは「やあ」と気さくに話しかけてきた。
「マンドレイクチャレンジ中だって? 上手くいってるか?」
「全く。もうどうしたらいい?」
「いっそ一ヶ月寝ないとかどう?」
「な、なんてこと言うの」
ジニーが和やかにとんでもない提案をしてくる。周りもそれだ、みたいな反応をする中で、シリウスは重々しく首を横に振った。
「二週間も寝ないと人間はおかしくなる。これは実体験だ」
「エレナは元から結構おかしい」
「いや、これ以上おかしくなられても困る」
「それもそうだ」
「よくもまあ、当人を前に堂々とやり取りしてくれるよね」
いけしゃあしゃあとしているロンとレベッカを睨みつける。レベッカは調子を取り戻しつつあるようで良かったけど。そんでみんなスルーしてるけどシリウスの言葉も中々ヘビーだし。
「じゃあさ、双子の呪文をかけた葉を仕込むってのはどうだ?」
今度はジョージがニヤニヤと話し出す。どうやらみんな、他人事だと思って面白がっているらしい。この際全員チャレンジしたらいいのにと、私は成り行きを見ながら不貞腐れた。レベッカなんて「アンタはいつも可愛げがないから」と訳の分からない理不尽をご満悦な様子でぶつけてくる始末だ。私が無言呪文習得に散々苦労してたのをお忘れ? それにレベッカから可愛げをどうのと言われるのって、なんだかとっても釈然としないかも。なんて素直に言ったら絶対にどつかれるので黙っておくが。沈黙はガリオンなので。
「増えるからどれだけ葉を飲み込んだって問題なし!」
「ただし無限に生成される」
「そう、それが唯一にして最大の懸念点」
「“致命的”、も忘れるな。その案はジェームズが思いついてピーターで実行したが、開始三分もしない内に胃から食道にかけてを増殖したマンドレイクの葉がギチギチに満杯にし窒息――というか内側から破裂しかけたことでナシになった。つまり、やめておいたほうがいい」
「ご忠告どうも。やるわけがない。ていうかそういうことは自分で試してみるべきじゃない?」
呆れて一言挟んだが、しかしこの場にいない二人の名が上がったことで、自然とみんなの考えがその二人――ジェームズ、そしてピーターへと行き着いてしまった。直前までの歓談がピタリと止まり、クリスマスらしからぬ沈黙が落ちる。
終戦後、自ら出頭したピーター・ぺティグリューは、現在アズカバンの牢獄へ収容されていた。彼は面会を完全に拒絶しており、少なくとも向こう十七年は、誰とも会うつもりがないらしい。唯一直接ピーターから事情を聞いたというキングスリーが、そう話していた。裏切りに報いるにはそれが当然の姿勢で当たり前の覚悟――と、言っていいのかもしれない。けれどそう言い切れないほどには、旧騎士団員の殆ど、またピーターと関わりのあった団員は、ピーターに対し少なからず繁雑な感情を抱いていた。
「……まあ、無難な方法でいくなら猿轡かなにかで口を縛ることをオススメするよ」
落ち込んだ空気を晴らすように、割り切れていない組筆頭であるシリウスが明るく話を戻した。ルーピン先生が倣うように頷くので、遠慮がちながらも霧散していたみんなの意気が戻ってくる。
「でも、それって無難かしら。最終手段じゃない?」
「……とのことだが、パッドフットのご意見は?」
「僭越ながら言わせていただこう」
ハーマイオニーの尤もな言葉に、珍しく悪童じみた笑いをしたルーピン先生がシリウスへけしかける。シリウスは、ここぞとばかりにもったいぶって間をとった。……あんまりいい予感がしないのはどうしてだろう。
「真の最終手段とは、もう一つの口に突っ込むことだ」
「もう一つの口?……え? 待って、それって下ネタ?」
「ヤケクソになったシリウス少年は、要するに常時体内に葉を仕込んでおけばそれでいいんだろうと思ったのだよ。理にかなってるし――と少なくとも当時は本気で思った――、寝てる間にうっかり飲み込む心配もない。紐かなにかでしっかり結んで『出口』の奥まで突っ込むだけ。人に痴態を見られる心配はほぼない。どうだ?」
「どうだってなに? ただただ最悪なんだけど」
「そう言うなよ、男子学生らしいスタイリッシュなアイデアだろ? それに口に忍ばせてるときよりもストレスは格段に減って、そこそこ快適だった。実際、突っ込んでることを忘れてうっかり激辛チョリソーを大量に食ったりしなければ、この方法で術を成功させる未来もあったかもしれない」
「ねえ、ほんと最悪だし最低……」
教育に悪いからもう口を開かないでほしい。
と思ったのにトンクスはテディが怯えるほど爆ウケしていて、私は頭を抱えたくなった。無礼講の日だからか、なんと頼りのハーマイオニーでさえクスクス笑いが止まらなくなっている。どんな活気づき方? 就寝時に口を縛るという方法が無難だという収穫はあったが――にしたって酷い。なにせ結局オーガスタとネビルがやって来るまで、話題は終始『この方向性』で盛り上がっていたんだから、もう本当に最低な話である。まあドンヨリしてるよりかは――いや、どっこいどっこいだな……。
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