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 フグの目玉は刻むのが難しい。いや、フグに限らず刻みやすい目玉などないのだが。眼球の、ゴムのようにぶよぶよとした強膜は刃を通しずらいのだ。ましてやそれを均等に細かく揃えるなんて難しいなんてもんじゃない。そんなことできるのはどこぞの半純血のプリンスくらいだ。
 現にほら、マルフォイだってハリーたちに投げつけて遊びはじめている。だからスネイプ先生はマルフォイを見てほしい。ネビルよりも。ほら! ほらあっち!
 
 当然通じるはずもなく。スルスルと鍋と鍋の間を滑るように進んできたスネイプ先生はネビルの前に並んだ材料をじろりと見下ろした。
 
「『輪切りにする』という至極単純な作業でさえまともにできんのかね、ロングボトムは」
「うっ……」
 
 冷酷な目付きでそう嘲笑う先生に、周りのスリザリン生が同調するように囃し立てる。そして流れるような減点。当のネビルは羞恥で赤くなったり恐怖で青くしたりと忙しそうにころころと顔色を変えた。
 ……出来てないのはネビルだけじゃないのに。そんな意地悪しなくても。ため息を押し殺して、伸びた前髪の隙間からこっそりとスネイプ先生を窺い見る。
 
 この人がたった二年で魔法薬の授業の風物詩となってしまうほどネビルをいびるのは、『予言』が関係してたりするのだろうか。
 
 もし、ヴォルデモートがハリーを選ばれなければ。
 もし、ネビルが『生き残った男の子』になっていれば。
 
 
 そうしたら、彼の愛する『彼女』は死ななかったかもしれない、だなんて。
 
 
「何か言いたいことでもあるのかね、ミス・ワイアット」
「……いいえ、何もありません」
 
 ……そんなたらればを夢想するほど情けない人ではないか。
 
 そのとき、黒い肩越しにハリーがこそこそと動いているのが見えた。手に何か持っている。……え、あれってフレジョの特製花火──
 そしてさらに奥で、ふわふわとした栗色の頭が先生の研究室へと向かっていた。
 
 
 ……あっポリジュース薬の材料調達か。なるほど、もうそんな時期なんだなぁ──
 
 
 じゃなくて!!
 
 
「うわっエレナ、急になに、」
 
 ハリーによって投げ込まれた花火はゴイルの鍋の水面に触れると勢いよく暴れだす。膨れ薬が教室中に雨のごとく降り注いだ。放射線をえがいたそれは私たちにも降り掛かってくる。ネビルの頭を押さえ込み大きな鍋の影へと隠れた途端、教室のあちらこちらから悲鳴が上がった。

 ハリーたちによるこの事件、クリスマスに実行ってところは覚えてたんだけど……材料調達の日がいつだかまでは覚えていなかった。不覚。あまりにも無意味。でもよりにもよって膨れ薬の実習日にやることってある? 大惨事だよもう……! それが目的だったんだろうけどさ、とそろそろ鍋の影から顔を出しながら周囲を見回した。痛みに呻いて喚く生徒で阿鼻叫喚だ。
 
「いっ……」
「エレナ、腕が……!」
 
 隠れるのが一瞬遅かったことを伝えてきた腕の痛みに眉を顰める。膨らんで重くなった右腕がジンジンと熱を帯びていた。それなりに痛いが杖腕じゃなかっただけマシだと思いたい。それにそんな大量に浴びたわけでもないから膨れ具合も周りに比べたらそこまで酷くないし。ボンレスハムに近い形状になってるくらいだ。……あれ、そこそこ酷い? 幸いにも制服は破けなかったが、ちょうど服の伸縮限界で膨らみが収まってしまったようで、膨らんだ腕が服の中にぎちぎちと詰まっている。腕の血が止まりそう、なんか痺れてきた。……これ幸いって言わないのでは? 逆に破けた方がよかった気がする。
 
「静まれ!  静まらんか! ……薬を浴びた者は『ぺしゃんこ薬』をやるからここへ来い」
「早く診てもらわないと……! 並ぼう!」
 
 鶴ならぬ蝙蝠の一声で教壇前へと一斉に人が押し寄せる。ネビルが私を急かして背中をグイグイ押してきた。でもあの人の群れに入るくらいなら正直今は我慢したい。焦る彼を宥めるようと背後の彼を振り返った。
 
「別に腕だけだしそんな慌てなくても平、」
「邪魔だロングボトム!」
「うわっ……?!」
 
 私の声を遮ったマルフォイの声に、あっと思った次の瞬間にはネビルごと押し退けられ、勢いに耐え切れず教壇前へと躍り出る。倒れ込む寸前に壁に真正面からぶつかり鼻を強かにぶつけた。……壁? こんなところに壁なんて、
 
「えっ」
「……」
「す、すみませ……」
 
 私をじろりと見下ろす壁、もといスネイプ先生の迫力に思わず声が震えてしまった。怖い……ぶつかられておこなのかな……そう固まっていればベリっと剥がされて軽く突き飛ばされた。げ、激おこじゃないですか……。
 そして結果的に一番前になってしまったようだ。ちらりと背後を見れば腫らしたマルフォイが不機嫌そうに並んでいる。私より全然酷い。見られていることに気付いた彼はさらに視線を鋭くさせた。これ順番代わった方がいいかな。
 
「あの、マルフォイ──」
「さっさと薬を受け取れワイアット。うしろがつかえてるのが分からないのですかな」
「失礼致しましたお願いします!」
 
 減点される気配を察知! 魔法薬の授業でまだ一度もされてないというのにこんなことで点を引かれるなんてごめんだ。そう慌てて体を前に向け、透明の液体が注がれた小さなカップを受け取った。
 
 列から抜け、人を避けながらネビルのいる大鍋へと向かう。歩きながらなんとなくハリーを見遣れば、彼は『僕知りません』というしれっとした表情を浮かべていた。……これも原作通り、ではあるけど。なんだか、なんとなく納得いかない。こう、なんていうか、……ねえ?!
 
 どこかむしゃくしゃとした気持ちでぺしゃんこ薬を一息に飲み干した。……苦い。
 

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