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「──なか、──で」
「……え」
無理やり絞り出したような自分の声で目が覚める。ひどく喉が乾いていて、口内の水分という水分が欠片もない。それにやけに身体が重い。全身を取り巻く倦怠感に苛まれながら瞼を上げれば、ぼやけた視界を占めたのは見覚えのない天井だった。どこ、ここ……ぼんやりとした面持ちのまま首を横に倒す。こっちから声が聞こえたような気がしたから。
「……マルフォイ?」
「っ……!」
名前を呼ばれた彼はビクンと肩をはねさせる。青白い顔で目を見開いたまま私を見下ろしていた。中途半端に開けた口を震わせている。顔色、悪いなあ。元から白いけど今日の彼はなんだか特に病的だ。ちゃんと野菜食べてるのかな。食べてなさそう。余計な心配をしながら緩慢に身を起こそうとする。
「……あれ」
「あ、……」
しかし腕に力が入らず数センチ浮いて、またパタッとベッドに戻ってしまった。その後も数回試してみるが結果は全部おなじ。マルフォイの腕が不自然に上がって宙で右往左往としていた。……起きれないって、なんで? ていうかここ医務室? ……えっなんで?
「私、なんでここにいるか分かる?」
「……お前、怪物に襲われたんだろ。クリスマス休暇明けすぐに」
なんとか力を振り絞り、無理矢理身体を起こす。枕を背もたれにしながらマルフォイへとダメ元で質問してみれば、意外にもちゃんと回答を返してくれた。当の彼はぎゅっと顔を顰めていたが。
テーブルの水差しに手を伸ばしてグラスに水を注ぎながら彼の言葉を反復する。怪物に襲われた? クリスマス休暇明けに? ……あ、ハーマイオニーのお見舞いに行って、セドリックと別れたあとか! そういえばお花になにか映ってたなぁ。あれってまさかバジリスクの……私、ホグワーツ生でよかったほんとに!
幸運のおすそ分けが来たことに感謝しつつ医務室を見渡した。目が覚めたってことはマンドレイク薬ができたんだろう。でもそれにしては医務室が静かだ。私とマルフォイ以外誰もいない。ハーマイオニーとか、他の石になった生徒がいてもおかしくないと思うんだけど。彼に尋ねれば「ああ」と返事と答えをくれる。
「他の奴らはもう10日も前に目が覚めてるんだから当たり前だろう」
「……パードゥン?」
「だから、お前が一番最後なんだよ」
「……パー、」
「おい」
「ごめんなさい」
青筋を立てられた。調子に乗りすぎた自覚はあるので素直に謝る。だって思いのほか答えてくれるんだもん。嬉しくてつい。
それはさておき。つまり私は薬がなかなか効かなかったってこと……? 他の人は十日も前に目が覚めてるのに? へえ……。
「えっ、なんで?!」
「知るか! 全く、そんなの僕が聞きたいくらいだっていうのに……」
そこでやっとベットの周りにお菓子やお見舞いカードと思しき手紙が山積みになっていることに気付く。……あ、ロックハートからもきてる……こういうマメな所が人気者たる所以なのかなと少し納得してしまった。お礼を言いたいけどもう記憶ないんだろうな。
しげしげとお見舞い品を眺める私に、マルフォイは呆れたようにやれやれと肩を竦めた。……ん?
「どうしてマルフォイが聞きたいの?」
「──……いや、その、それは……」
「ていうか、なんでここにいるの?」
その質問をすると同時に彼はシュババッとものすごいスピードで後ずさった。……医務室にいた理由を聞いただけで、別に私のベットの近くにいた理由を聞いてたわけじゃないんだけども。たまたま近くにいたとかだろうし。それなのにそんな拒絶する……?
密かに胸に傷を負っていれば、マルフォイは視線をキョロキョロと落ち着かなく泳がせた。
「ぼ、僕は、あの──そう! 具合が悪かったんだ! それ以外の理由で医務室にくる必要があるか?」
「まあそれもそうだよね。マルフォイが私なんかのお見舞いに来るわけがないしね」
「そっ」
「『そ』?」
「──そ、そうだとも。……行くわけが、ないだろ」
そして視線を落とすとややあってから小さな声で「……違う」とさらに付け加えた。……いや、ちゃんと分かってるので否定を重ねないでください。この短時間で何回傷付けてくるんだ。起き抜けだっていうのに。
シンと室内が静まり返る。チチチと窓の外で鳥が鳴いていた。どこか気まずくなった雰囲気を変えるため明るい声をだす。
「じゃあ、他のみんなは元に戻って、誰も、その──最悪なことにはなってないんだ?」
「ああ。猫もあの1年坊主もゴーストも……グレンジャーも。すっかり元通りだ」
「そっか、よかっ──ハーマイオニーも石になってたんだ」
「は? ……ああ、お前は石になってたから知らなかったんだな」
再び会話が始まったことにマルフォイはどこかホッとしたような顔をしつつも、嫌そうにハーマイオニーの名前を付け足した。その言葉をサラッと受け入れかけて、慌てて言葉を重ねる。そう、知らなかった『はず』なので初聞きのような反応をしなくてはいけないんだった。危うくスルーしちゃうところだったぜ。おれでなきゃ見逃しちゃうね、というやつだ。
顔を顰めたまま、マルフォイは「揃いも揃って、悪運の強いやつらだ」とボヤいた。誰も悪いことなんてしてないけど確かに運が強いのは否定できない。
ミセス・ノリスの水溜まりやコリンのカメラ。ニック越しのジャスティン。そして自分のケースを思い出す。危機を回避出来た理由に気付くと、怖かったはずの思い出なのに微笑みすら溢れてしまった。
「私にはお守りがあったからかな」
「お守り?」
「そう、これ」
テーブルに置かれていた髪飾りを指させば、マルフォイはぎょっと目をひん剥かせた。なにそれどういう感情? 不思議に思いながらも言葉を紡ぐ。
「これをくれた人は『私のことをよく見てる』人らしいから……こうなるかもって分かってたのかも」
「そんなこと分かってたまるか!」
食い気味でそんな。
すごい勢いで全否定され、解釈するくらいは自由じゃないかと仄かに不満が募る。そもそも、マルフォイに否定されるような謂れはないと思うんですけど! じわじわと反発心のようなものが湧き上がってきて思わず反論するために口を開いた。
「そうかなって──そうだったら嬉しいなって思っただけなのに」
「う、嬉しいって……」
「だってそれは私のことが心配だってことじゃない。少なからず気にかけてくれてる証拠でしょ?」
「しんぱ、……ば、馬鹿じゃないのか?! これだからグリフィンドールは!!」
「いったぁ?!」
最後に見えたのは私に向かってなにかを投げ付けるマルフォイの華麗なフォーム。避ける間もなく飛んできたそれを顔面でキャッチした。見事鼻に直撃ストライク。痛みに呻いている間にドスドスという荒い足音が遠ざかっていった。こ、これでも一応病人なのに! 突然の暴挙に鼻を摩りながら憤慨する。
そしてグリフィンドールに対する熱い風評被害。この夢見る夢子め!って言いたいの? グリフィンドール生がみんなこうだと思わないでほしい。私単体でこうなだけなんです。あっなんか悲しいなこの言い訳。
「……ていうかこの蛙チョコどうするの」
彼が投げてきたチョコを布団の上で所在なさげに弄ぶ。
それに飛び出して行ってしまったけど、具合悪いっていうのは治ったのだろうか? マダム・ポンフリーもいないようだし、特になにもしてなかったみたいだけど。ふくろう小屋のときといい、マルフォイって目的忘れがちじゃない? 意外とうっかりさんなのかな。
不可解な行動ばかりするマルフォイにため息を吐いた、その時だった。
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