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「邪魔をしたかの?」

 室内にのんびりとした奥行かのある声が巡っていく。誰もいないと思っていたものだから思わずひゅっと息を呑んで口を抑えた。

「……っえ、あ、ダンブルドア先生?!」
「具合はどうかね」
「だ、大丈夫です、多分……」
 
 びっっっっくりしたぁ……! 心臓止まるかと。どこからともなく現れた校長の姿に声が裏返った。当の校長といったら驚く私の様子など素知らぬ顔で、惚けた声音で話しながら長い顎髭を整えている。
 
「エドガーが酷く取り乱しておっての。あとで手紙を送ってやらねば」
「叔父さんが?」
 
 意外なことを聞いた。どんなときでも、誰が相手でも(ダンブルドアを除く)基本的には余裕綽々な叔父さんが取り乱すなんて。
 
「キミだけ意識がなかなか戻らんでの……バジリスクの呪いは解けていたはずだったのじゃが」
「あ、はい。聞きました。どうしてなんでしょう……」
「残念ながら、それは儂にも分からん。……なにか、思い当たることはないかね?」
「あ、……」
 
 当然のように『ありません』と答えるつもりだったが、その口の形のまま動きを止める。去年の組み分けの際に言われた『二魂持ち』という言葉が不意に脳裏を過ったからだ。
 
「……いいえ、ありません」
「……そうか」
 
 でもこの単語に聞き覚えもないし、ましてや説明なんてできるはずもない。迷いながらも当初の予定通りの返答をすれば、校長はなんとも言えない不思議な表情で私を見つめていた。嘘を見透かすようなキラキラとした瞳に何故か妙に居心地が悪くなり、手元の蛙チョコの箱をいじくる。
 
「それはミスター・マルフォイの見舞い品かね?」
「いやまさか! ちょっと彼の機嫌を損ねてしまって」
 
 投げられちゃったんですよと苦笑いしながら答えると、校長は「そうは見えんかったがのう」とくすくす意味深に笑った。……いつから見てたんだこの人。叔父さんが怖がる理由がなんとなく分かった気がする。




「というわけで、忘れものですよ」
「……は?」
 
 襲われた人たちもみんな治った。期末テストは免除。そんなふうに全てがいいほうへと解決し、学期が無事に終了する。そしていよいよ家に帰るとなった日のことだ。

 汽車の廊下で、たまたま一人で歩いていたマルフォイを発見し、捕まえて出入り口付近まで無理やり引っ張ってくる。彼は眼前に突き出された蛙チョコに愕然とした表情で立ち尽くしていた。なんだか『信じられない』とでも言いたげだ。
 
「この前医務室に来たとき投げていったでしょ?」
「……それで?」
「それでって……これは貴方のだしお返ししますよって」
 
 一応受け取ってしまった形にはなるけど貰ったわけではない。不可抗力的なあれだし。キャッチチョコレートしただけだ。食べることも捨てることもできないそれを私は今日までずっと持て余していた。そしてついにリリースのときはきた。やっと任務達成できるというほくほく顔で彼を見る。少しは好感度上がったらいいな、なんて打算も込みだが。

 最後まで聞いたマルフォイは頭痛に堪えるように額を抑える。疲れを吐き出すようにそれはもうながーいため息をつくと、低い声で「いらない」と呟いた。……え、いらない?
 
「……マグルの触ったものなんていらないってこと?」
「そうじゃない! ……ただ、それはいらない」
 
 ひねくれた見解はすぐさま否定された。そして彼はボソボソ「もう僕のじゃない」と続ける。
 マルフォイのじゃないなら一体誰のだというんだ。というかそれじゃ尚更困る。返す宛てが────
 
「……あの」
「なんだ」
「まさかこれ、私のだったりする?」
「……」
 
 有り得ないとは思うんだ。ちゃんと分かってはいるんだけど。でも万が一億が一兆が一の可能性がなくはなくはないかもしれない。念の為に確認しておこうと恐る恐る尋ねれば、痛いほどの沈黙が私たちを包む。……あっこれ普通に違うやつですね!
 
「違うよねごめん、いや別に本気で思ってた訳じゃなくて確認したかっただけっていうか、」
「そうだ」
「……え?」
「……だから、そうだと言ってるんだ! あの状況でお前以外誰がいるっていうんだ?」
 
 いやちょっと待ってよ、まさかあれで渡したつもりだったの?! それはちょっとさすがに分かりづらいし不器用すぎない?! 逆ギレし始めたマルフォイに困惑する。

 じゃあなんだ、これはお見舞い品?
 あのスリザリンの純血主義者のドラコ・マルフォイから、グリフィンドールのマグル生まれのエレナ・ワイアットへの? あ、あまりにもホグワーシュ!

「ど、どうして私に?」
「どうしてって、そんなの……お前が見舞われるような状態になってたからだろう」
「……ハーマイオニーにもお見舞い行ったの?」
「は? なんでこの僕が? 行くわけないだろ」
 
 うーん、この。矛盾に気付いてないのかな……。
 でもとりあえず私は好意的に思われてる……? で間違ってない? 好意的とまではいかなくても、お見舞いしてもらえるくらいには……? やっぱり確証は持てない。試しに一つ聞いてみる。
 
「……もしかして私たち、友達になれるのかな」
「……僕が知るか、そんなの」
「あ、はい」
「まぁ、お前がなりたいなら」
 
 小声で「好きにすればいいんじゃないか」とフンと鼻を鳴らされた。私の好きに。しちゃっていいんですか? へぇ、ふぅん、そう……。
 
「……なんだその締まりのない顔」
「えぇ、だって……ねぇ?」
「気味の悪い奴だな」
「ガチトーンじゃん……でも、ふふ、私今日のこと絶対忘れないよ!」
「……ハッ、嘘を吐くのも大概にしろよ──エレナ」
「別に嘘なんて、──えっ今……」
 
 あれ今サラッと名前で呼ばれなかった……? 幻聴? 白昼夢? 目を瞬かせていれば彼は「なんだ?」だなんてしれっとした顔で言ってくるからますますそんな気がしてくる。
 
「……ドラコって呼んでもいいかな」
「だから、好きにすればいい。僕も好きにするからな」
「…………ドラコ」
 
 彼の名前を控えめに転がせばマルフォイの──ドラコの目元がじんわりと赤く染っていく。口は無理やりへの字にしたような歪な形だったがそれでもその瞳は機嫌よく緩んでいた。
 
 
 
 なぜ彼は私と友人になってもいいと考えたのだろうか。
 もしかしたらハリーたちとの仲を修復するための足掛かりにしたいのかもしれない。
 
 いつか利用するためなのかもしれない。
 
 それともただの気まぐれか。
 
 彼が何を考えて、今のこの状況を作り上げたのか、私にはさっぱり分からなかったけど。それでもこっそりとバレないように頬を綻ばせるドラコが私と同じくらい嬉しそうだったから。
 それだけでもう充分だった。
 これ以上、何かを知りたいとは思わなかった。

 
 ……ただ、今にも泣きだしそうにも見えたのはほんの少しだけ気掛かりではあったが。
 
 
 
 
 ぽつぽつと、ぎこちないながらもそれからしばらく会話を続けた。しかしいつまでも戻らなければ怪しまれてしまう。名残惜しく思いつつも別れの挨拶をする。
 
「夏休み、手紙送るね!」
「だめだ」
「えっ」
「……父上に怪しまれる。うちのハウスエルフを送るからそいつに渡せ」
 
 手紙なら誰にも邪魔されないし他人の目を気にする必要もない。我ながら名案と意気込んで伝えたがピシャリと跳ね除けられてしまった。一瞬落ち込みかけたが、すぐに教えられた最もな理由に納得する。その方が確実かも。
 ……あれでもマルフォイ家のハウスエルフって、ドビ──……。
 
「ドビーって名前だ。覚えておけ」
「……はーい」
 
 ……手紙は渡せないだろうなぁ。
 

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