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 叔父さんの家に滞在して一週間が経った日の昼下がりのことである。
 
「断る!」
「そう言うてくれるな、エドガー」
 
 ぷんすこと怒る五十一歳と、オヨヨと泣き真似をする推定百五十歳。……誰得なんだ?
 半目でダンブルドア校長が持ってきた手土産のクッキーを齧った。あ、美味しい。
 
「私は教えるのには向いてない。な、エレナ!」
「えっ、う、うーん……?」
「しかし君の教えで立派な守護霊を作り出すことに成功したんじゃろう。のう、ミス・ワイアット」
「えっなぜそれを」
 
 『闇の魔術に対する防衛術の教員になってよ』『やだ〜!』
 という微笑ましい(?)やりとりが始まってかれこれ一時間は経とうとしている。なぜダンブルドア校長はナチュラルに叔父さんの家にいるんだろう。まさかデキてたり……いやそれこそ誰得。というか私を巻き込まないでほしい。
 
 しかし叔父さんはダンブルドア校長が苦手といっていたし、これは些か旗色が悪いんじゃないだろうか。だってボガートが化けるって相当でしょう。断りきれないに三シックル賭けた。うーん、個人的にはルーピン先生に教わりたかったなあ……できることなら叔父さんには断り切ってほしいところだけど、

「エドガー……頼む」
「っ……」

 ……まあ無理そう。
 何故かシリアスムードがリビングに漂う中、のんびりと紅茶を飲み干す。やいなや、空になったカップにソーサーから自動で紅茶が並々と注がれた。これもお土産なんだけどやっぱり美味しい。さすが偉い人は舌が違う。

 呑気にひとり紅茶とクッキーに舌鼓をうっていれば、やがて沈黙に痺れを切らしたダンブルドア校長が大きくため息を吐いてその場の空気を一拭した。
 
「全く、君はいくつになってもわがままじゃのう……」
「わがまま? わがままかこれ?!」
「そんなに嫌というのなら、代打をだしてくれんかの?」
「代打って……」

 どこまでも自由な校長の言葉に憤慨していた叔父さんだったが、それでも考え込むように視線を宙へ彷徨わせた。

「ああ、そうだ。リーマス。あいつなら私よりもずっと適任だと思うぞ。教え方は上手いし子供受けも基本いいしなにより元監督生だ」
「……ふむ。それもそうじゃな」
 
 納得したように頷いたダンブルドアに叔父さんは分かりやすく顔を輝かせた。そんな彼を横目に校長はついと杖を上げて宙に便箋を用意すると、羽根ペンを魔法で動かし手紙を書きあげる。そしてぴっちりと畳まれ封をされた手紙を、どこからともなく現れたフクロウが咥えて窓から飛び去っていった。

「彼ならきっと来てくれるじゃろうな」
「そうだなきっと。いやーよかったよかった」

 見ている限りでは勧誘の手紙を送ってたと思うんだけど彼らの中ではルーピン先生がルーピン先生になることはもう既に確定事項のようだった。えっノリ軽。
 脳内で三シックル損したことも忘れて動揺する。こんな感じで、こんなノリでいいんだ……? そりゃ叔父さん的には標的から逸れてラッキーだろうけど、一ハリポタファン目線的にはなんだか釈然としないような、複雑な気分だ。彼らは知ったこっちゃないことだからしょうがないことだけど……というかそもそも生徒の前で教師斡旋ってどうなんだろう。

 そんな今更なところにまで意識を飛ばしていると、叔父さんがふむ、と顎をさすった。
 
「来年なら、いや来年も来年で魔法省も学校も忙しいな。再来年なら、まあ考えなくもないが──」
「ほう? 確かに聞いたぞ」
「あっやっぱり難しいかもしれないな心苦しいが前言撤」
「回はできぬ」
「……来年って忙しいの?」
 
 墓穴にダイナミックジャンプで飛び込んでいった叔父さんは無視して。
 何も知らない振りをするために『忙しい来年』についての質問をしておく。一応ほら、この場にいるのに何事もなくスルーっていうのは『何も知らない子供』としてはおかしいから。

 私の問いに大人二人は待ってましたとばかりににやっと愉快そうに口角をあげた。しかし当然、それ以上は特に反応を返してはくれなかった。
 ニヤニヤとはぐらかし仲間外れにするような態度に無意識の内に唇がとんがる。はいはい分かってましたよーだ。どうせ言ってくれないだろうなってことは。全く、大人っていっつもこう──ああ、だめだ。また子供みたいな態度をとってしまった。内心だけならまだしも顔にまでだしてしまうなんて。私も大人なのに。


 なんだかあの事件以降こういうの多くて困る。最近『子供』の意識に引っ張られすぎだ。
 
 気持ちを切り替えるように「じゃあ今年はなんで忙しいの?」と再度問いを投げた。ぶつけられた叔父さんは嘆かわしいと言わんばかりに大仰な仕草で首を振る。
 
「今年はシリウス・ブラックのせいに決まってるだろう! 新聞は読んでないのか?」
「マグルの新聞なら読んでるけど」
「それじゃあだめだ、お前の家も日刊予言者新聞を取るといい」
 
 というかこの家には置いてあるというのに。叔父さんはそんなようなことをブツブツ言いながらソファに鎮座していた新聞を私に投げて寄越す。真っ先に飛び込んできたのはこちらに向かってなにかを叫ぶシリウス・ブラックの手配書だった。うわ間近で見るの初めてだけどシンプルに顔怖っ。写真の撮り方とチョイスに悪意がまみれてるな。
 
「脱獄したのは知ってるよ、マグルのテレビでもやってたし」
「そうだったか? まあいい。……あー、エレナは今年からホグズミードに行けるんだったよな?」
「うん、──あっでも許可証、家……」
「アルバス」
 
 呼ばれた校長はやれやれと肩を竦めながら許可証を宙に舞わせた。……めちゃくちゃ怖がってるわりに使いっ走りにはするんだな。
 どこからともなく飛んできた許可証に叔父さんはサラサラと羽根ペンを滑らせ、書き終わるとそっと私に手渡した。……おお、許可証だ。叔父さんの名前が書いてある。

「(……お母さんだったらきっと許可なんてくれなかっただろうな)」
「ほら、これでいいだろう」

 一瞬胸を覆った黒いモヤを無視して二人に礼を告げる。大人二人は揃ってニッコリした。
 
「ホグズミードは楽しいぞぅ! ハニーデュークスのお菓子屋に行ったら綿あめ羽根ペンを買ってきておくれ。……だがまあ、今年は行かない方がいいんだろうな」
「どうして?」
「吸魂鬼じゃよ。魔法省が警備にと遣わせたのじゃ」
 
 冷ややかな声音でそう言う校長は、叔父さんへ向けてじとりと恨みがましげな眼差しを送った。叔父さんはというと素知らぬ顔で下手くそな口笛を吹いて気付かないフリをしていた。やっぱり仲良しなんじゃないの、この二人。

 それにしても、吸魂鬼か……守護霊を試すいい機会ではあるけど、やっぱりいざ会うかもとなれば少し怖くなってくる。
──そうだ、吸魂鬼といえば。
 
「叔父さんはなにが聞こえるの?」
「ん?」
「吸魂鬼が近くに来ると昔のトラウマとかが聞こえるって……あ、こういうのって聞いたらよくなかったよね」
 
 目を瞬かせた叔父さんにハッとする。親しき仲にも礼儀ありだというのに、もしやこれって失礼すぎた質問だったかな。気分を害してないだろうかと不安になりながらも慌てて謝れば、それを最後にダイニングは嫌な沈黙に包まれた。異様な雰囲気に首を小さく傾げる私を叔父さんどころかダンブルドア校長までもが凝視している。

 な、なんだろう、魔法界でも特別無礼千万な質問だったりするのかな……?!

「──吸魂鬼は」

 叔父さんが訝しむように私を窺う中、ダンブルドアが静かに声を上げた。

「対象の最も嫌な記憶を思い出させる。まだ3年にもなっていないというのに、よく知っておるのう」
 
 どこか含みを込めたダンブルドアの言い方。
 何故か顔を真っ青にして私達を見比べる叔父さん。

 急に流れだした異様な空気感に、なんとなく分かってしまった。
 要するにこれは──『吸魂鬼の声が聞こえることがある』っていうことは、『普通のマグル生まれの二年生』である私が知っているはずのない情報だったってことだ。
 
 …………ついにやっちゃったなぁ?! 
 今すぐ頭を抱えて叫び転がりたい。三年目にしてついに匂わせてしまった。全てが終わるまで、いや終わっても隠し通すつもりだったというのに! まあ私にしてはもったほうだけど……でもタイミングが悪かった。叔父さんだけならまだよかったのに、今この場には『彼』がいるのだ。
 
「……」
「……」
「…………こ、この二年の間にディメンターのこと調べ尽くしたんですよ! 守護霊の呪文の練習の役に立つかなって……あっほら吸魂鬼がどんなかしっかり勉強してたらイメージ掴みやすくなるかなって!」
「そ、そうか! いや私はそうだと思ったぞ。エレナは勉強熱心だもんな!」
 
 私のあからさまな言い訳に、それでも叔父さんは流されるという選択をとったようで、上擦った声ながらもぎこちなく笑顔を作った。偉い偉いと私を褒め称えながら、ダンブルドア校長の方を落ち着かない様子でチラチラと執拗に確認している。


 当のキラキラした青い瞳の持ち主は、いつだかと同じように私を見透かすように静かに眺めていた。
 
 
###
 
 ……以上、ここまで回想。
 
 魔力暴走させるわ、うっかり(しかもあのダンブルドアの前で)口を滑らせてしまうわと……そんなわけで、私は今年が厄年なんじゃないかと考えました、まる。イギリスだと本当の厄年は来年なんだけども。

 あの後ダンブルドアは用が出来たとか言ってまた例年の如く叔父さんを引っ張って姿くらまししてしまったが、恐らくなんとか誤魔化せた……はず。そう思いたいのでそう思うことにする。そうしないと心がしんどいから。
 あの時のダンブルドア校長、ほんと怖かった。無言でめっちゃ開心術かけてきてたりとかないよね? まさかね?……どうしよう、否定しきれない。私までボガートが校長になってしまいそうだ。叔父さんはボガート対策として白鳥バレリーナの校長を思い浮かべるらしいけどそれはそれで普通に嫌だ。そんなの絶対逆にトラウマになる。夢にでそう。というかもう既にでてきた。想像を絶する悪夢だった。
 
「(前途多難がすぎるのでは……?)」

 今年の物語はまだ始まってもいないというのに、なんだろうこの疲労感。
 どう考えてもスタートダッシュがマイナスを明らか逆に振り切ってるでしょ。もうこの夏だけで三年分は老けた気がするし。厄年の前借りなんてした覚えないんだけど……。

 明後日からの学校生活へと思いを馳せれば、口からは自然と憂いのため息が零れた。だってまだ夏休み中だというのに、今年は波乱万丈の苦労しまくりな一年になること間違いなしだよという謎の波動をばしばし感じるのだ。
 今の時点で既にHP赤ゲージなのにやっていけるのかな今年……今年は確か、吸魂鬼にバックビークに悪戯仕掛け人たちにエトセトラ──

「(いやもう無理じゃん)」

 無理だよこれ。おわおわりでしょ。やだぁもう。そんな装備で大丈夫か? 大丈夫なわけあるかい早くホイミして。ああ、ヒーラーネビルに早く会いたい……。
 
「エレナーそろそろ出掛けるぞー」
「はぁい……」
 
 階下から聞こえた叔父さんの呼びかけに返事をして、窓を開けた。そうすると賢いうちの愛鳥は空中でくるりとターンしてそのまま真っ直ぐとこちらに戻ってくる。彼は褒めて褒めてと言うように私の指を柔く啄んだ。ふわふわとした頭を撫でて、籠へと誘導する。


「(今年も良い一年になりますように!)」
 

 無理かもとは思いつつ、そんな願いを込めてトランクの蓋を閉めた。気休め、大事。
 

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