4
◆◆◆
「お前はいつもいつも……!」
「ご、ごめんなさいばあちゃん……」
本屋の前では、聞いてるこっちまで肩を縮こめて平謝りしたくなるような、そんな厳しい声が辺りまで響いていた。なにごとかと野次馬的好奇心から自然と視線が声の方へと吸い寄せられる。なんか謝る声にどことなく聞き覚えがあるようなないような……あっ。
「ネビル?」
「……エレナ!」
人集りの中心で叱責を受けているのは旧知も旧知のネビル・ロングボトムだった。それは聞き覚えもあるはずだ。『この世の終わり』みたいな顔の彼に叔父さんも放って慌てて駆け寄る。
「久しぶり! ……えっと、どうかしたの?」
「じ、実は教科書を買いに来たんだけど……」
リストを忘れちゃって……と俯いてネビルはもごもごと事情を話した。 背後ではピンと背筋を伸ばし、きりりと眉を上げた厳格そうな老婦人──彼のおばあさまが、そんな彼を睨めつけている。ちらりと後ろを確認したネビルはまた小さく縮み上がった。
「リストなら私が持ってるよ、一緒に買おう」
「えっあ、……あ、ありがとう!」
そう言って手を引けば、狼狽しながらもお礼の言葉が飛んでくる。繋いだ手から伝わるじんわりとした熱を感じながら、冷気を漂わせる店内へと踏み込んだ。
夏休み、叔父さんは闇祓いとしての仕事でてんてこ舞いだったようで、あまり家には帰って来なかった。何をしているかは当然教えてもらえなかったけれど、おおかたシリウスを追っていたんだろうなとぼんやり予想している。そういえば叔父さんとシリウスって面識あったんだろうか? 前不死鳥の騎士団結成時に顔合わせくらいはしてるのかな。
ともかく、そのおかげで教科書を揃えに来るのはこんなギリギリになってしまったわけだが、逆にそれはよかったのかもしれない。だってこうしてネビルと会うことができたんだから。
現金なことを考え、ご機嫌に笑いながらリストを読み二人分の教科書を注文する。
「『未来の霧を晴らす』という本と、『怪物的な怪物の本』を二冊ずつお願いします」
聞くやいなや、店主は可哀想になるほど顔をくしゃくしゃに歪めてしまった。店主の変化に驚いたのか、繋いだ手からネビルがビクッとしたのが伝わってくる。店主には申し訳ないとは思いつつも、それがなんだか面白くてまたこっそり笑ってしまった。
それにしても新学期が始まる前からいつものおっちょこちょいを発動させてるなんて……ほんとうにネビルらしい。
恥ずかしそうに頬を赤らめる様子にほっこりと心が和み、またゆるりとだらしなく頬が緩みかける。が、店主さんに恨みがましい視線を送られてしまったので慌てて引っ込めた。
「ありがとう、助かったよ……」
店主からの文句を受け流し、本を受け取って外に出る。ネビルはその丸顔いっぱいに玉のような汗を浮かべていたが、それでもへにょっと眉を垂れ下げて笑った。そんな様子を見た彼の祖母はやれやれと深い息を吐いてからゆらりと私に視線を向ける。
「それじゃあ、貴女が“あの”エレナ・ワイアットさんなのね?」
「は、はい、ネビルとは仲良くさせていただいていて……あの、クリスマスはケーキありがとうございました」
「いえいえ、うちの愚孫がいつもご迷惑をおかけしていることですし」
「いやそんな……えっと、私の方こそお世話になっていますから……」
なんていうか、圧がすごい。威厳の塊みたいな感じだ。マクゴナガル先生みを感じてちょっと身が縮こまってしまった。しどろもどろになりながらも言葉を返せば、彼女はほんの少し目を丸くしぱちくりと瞬きをする。
「まあ……そんな見え透いた気を使わなくともいいのですよ」
「気なんて……ほんとうに、助けて貰ってるんです」
彼にとってはなんでもない当然の優しさと心遣いは私をいつも救ってくれている。私が勝手に救われてるだけなのでネビルは気付いてないだろうが……とにかく、私たちは持ちつ持たれつなのだ。WinWinな関係なのです、多分。
満足気に笑う私を、祖母とその孫はそっくりの不思議そうな顔で見つめていた。
「エレナはロングボトムのせがれと仲が良いのか?」
「ネビルとは親友だよ!」
「……そうか」
ロングボトム家と別れアイスクリームパーラーへ向かっていれば、叔父さんから唐突にそんなことを尋ねられる。私の答えに叔父さんは顎に手を当てなにかを考えるような仕草をした。
「……ハリー・ポッターやウィーズリー家の末の息子とも同じ学年だったと思うが、彼らとは?」
「普通に仲はいいけど……でもネビルやハーマイオニーと一緒にいることのほうが多いかな」
なぜハリーとロン? と思ったけど、ハリーは有名だしそういえば叔父さんはウィーズリー家と親交があったんだった。彼らのことも大好きだが、初めて会ったのがハーマイオニーとネビルっていうのもあるし、思い入れが強いという意味では彼女たちのほうがちょっぴり特別な存在だ。
……というかさっきからなんなんだろ、この質問。無言で質問の意図を問いかけたが、曖昧な笑顔とともに差し出されたアイスクリームで誤魔化されてしまった。アイスが美味しいからしょうがないので誤魔化されてあげるとしましょう。スイーツは正義。
###
色々あった夏休みも終わりを迎えた。始まったばかりなのに帰ることを考えると今から気まずい。今年のクリスマスは……学校に残ろう……
汽車が動き始めてしばらく。お手洗いから帰る途中、死角から突然腕を掴まれ引っ張られた。
「誰……あっドラコ!」
「……」
見知った顔に思わず笑顔になる。が、当のドラコはなぜかしかめっ面を浮かべていた。拗ねてるような……でもどことなく安心したような顔をしている。
「……手紙」
「……え?」
「なんで送ってこなかったんだよ」
そうだ手紙。そういえば約束してたんだった。反抗期だったりして忙しくてだす暇がなかった。忘れてはなかった、けど、書こう書こうと思ってなかなか書けなかった……ぶっちゃけドラコの方もそんなに気にしてないかな、とも思ってた。
そう思ったのが丸々顔にでていたのか、彼はさらに顔を顰めた。ごめんて……で、でもドビーは来れなくなっちゃったし、それ以外には郵便方法ないんだからしょうがなくないかな……?
「お前のフクロウはそんなに大きくないんだから見つからないように配達することなんて余裕だろ!」
「無茶をいうね?!」
予想外の無茶ぶりを返されて思わず声が大きくなる。それは無理だって。(元)闇の魔法使いのお宅に隠密して届けるなんてアンブルにはできない。アンブルじゃなくてもだいぶ無理だと思う。
そしてそんなこと、ドラコが一番よく分かっているはずだ。口を尖らせて駄々っ子みたいなことをいうなんて、なんだからしくない。今日のドラコは変だ。いやわりといつも変だけど……。不埒な考えが伝わったのか、キッと睨みつけられた。
「それでも! もっと、こう、他にも方法があったはずだろ!」
「方法って……」
「連絡をとる方法だよ! 僕がどれだけ……!」
ドラコはそこで言葉を切ると少し俯いて両手で目を覆ってしまった。唯一見えている唇はぎゅっと噛み締められていた。そんなに噛んだら痛いでしょう。やめなよ、という気持ちを込めて手に触れれば、彼はビクリと肩を跳ねさせた。柔く両手首を掴むと、一瞬抵抗するように力が入った。それでも最後は諦めたように顔から手がゆっくりと離れていく。彼の顔を覗き込んだ瞬間、ドクンと心臓が強く鳴って息が止まる。
「……ドラコ」
「……」
「ドラコ」
「……うるさい」
「ごめんね」
手紙、書けなくて。
それを聞くと、ドラコは瞳を揺らしたままそろりと私の髪飾りへと手を伸ばす。つるりとしたその花弁を指先で触り、眉を寄せた。
「……忘れたのかと、思っただろ」
「忘れないよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃ……私のその忘れっぽい設定どこから来たの?」
これでも暗記科目は得意なのに!
そう怒ったふりをすれば、彼はやっと表情を緩め「バカ」と小さく微笑んだ。
◆◆◆
- 37 -
←前 次→