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「……ところで、選択科目は何にしたんだ?」

 ドラコは壁に寄り掛かり腕を組むとそう尋ねた。先程のことが少し気恥しいのか目線を窓の外へと流し平静を装っている。目元が少し赤いのはきっと指摘しないほうがいいんだろう。

「占い学と魔法生物飼育学にしたんだけど……占い学はまだ迷ってる」
「えっ」
「数占い学と変更しようかなぁ……」
「じゅ、授業選択は前年度末にやったことでもうとっくに確定してるんだぞ。変更なんて……」
「学校着いて直ぐに頼み込めばなんとかならないかな?」

 正直なところ占い学を選択する理由は『前世でみんながやってたし』というミーハー的な理由しかないのだ。今更ながら動機が不純……あとぶっちゃけていうとトレローニー先生、ちょっと性格が合わない気がするし。やっぱり数占い学を取った方が……。

「……占い学の担当はシビル・トレローニーだ。彼女はあの有名な予見者のカッサンドラ・トレローニーの曾々孫なんだぞ。本人にだって予言の才能があるという噂もある。父上はくだらないと仰ってはいたが……だがそんな人物に教わる機会なんてそうそうない。だから数占い学とかいう地味でつまらなそうな科目なんかより占い学をとった方が断然いいに決まってる。占い学をとるべきだ。変更する必要なんてない、占い学をとれ!」
「こわいこわいこわい」

 回し者なの?? 基本何事もクールにスマートにキメようとしている(できているとは言ってないが)ドラコらしからぬ熱弁だ。押しが強すぎる。嫌味以外でそんな長文喋れたんだってくらい真剣すぎて逆に怖い。さっきまでのしおらしさは何処へ??
 怯える私を見てさすがに落ち着いたのか、ドラコは若干前のめりになっていた体勢をなおすと、こほんと咳払いをした。

「僕は占い学と魔法生物飼育学をとってる」
「そう……」
「お前もそうしろ」
「なんで??」

 冷静になったかと思ったらそんなことなかった。元々魔法生物飼育学のほうはとるつもりだったけども。ドラコのこの占い学猛プッシュはなんなんだ? 弱味でも握られてるのかと心配になるレベルで勧めてくるじゃん……。

 そんな彼に若干引きつつもとりあえず真面目に考えてみる。占い学ねぇ……ドラコが激推ししてるその先生こそが、私が迷ってる理由がそのものなんだけど。まあ人間的にも教師的にもロックハートよりは断然マシ、だとは思う。きっと。……見栄っ張りの部分でいうならどっこいどっこいな気もする。

「数占いなんて独学でも学べるだろ。それに比べて占い学の担当は実力が確約されてるんだ」
「そう、かなぁ……」
「そうだ」

 いまいち乗り気になれない私に、ドラコは焦れたように言葉を重ねた。……そういえば、映画の記憶を辿る限りではあの授業は実技が多かった気もする。お茶とか水晶とか。ただの座学だと眠くなってしまうから結構いいかもしれない。そもそも前世でも数学とか苦手だったし数占いより楽そうな気がしてきた。

「そこまで言うなら変更の相談はしないでおこうかな」
「そ、そうか!」
「……でもやっぱり一応ネビルとも相談、」
「しなくていい」
「……ソウデスカ」

 遮られてピシャリと告げられる。にべもなかった。まあ相談はするけどね。


 なんだかやたらと機嫌のいいドラコを横目に、もうひとつの教科──魔法生物飼育学に思いを馳せる。魔法生物飼育学……ハグリッド……ヒッポグリフ……。

「はぁ……ドラコ……」
「な、なんだよ! 人の顔みてため息なんかついて……!」

 耐え切れなかった溜息に、彼は「失礼だろ!」とキャンキャン噛み付いてくる。うんうん子犬みたいで可愛いねぇ。でも今ドラコ(とその周りがしでかす)のことで悩んでるからちょっと待ってね。


 あのハグリッドがとうとう先生になる。

 ハリーたちと違って一生徒と森番っていうごく普通の関係しか築けてないけど、彼も大好きな登場人物の一人だ。実はひっそりこっそり一方的に慕っている。授業を楽しみにしているであろう彼のことを考えるとこちらまで嬉しくなってくる。そんな彼の顔が曇るところはできることならみたくない。最終的にはどうにかなるとしても、出来ることなら最初から回避してあげたい。バックビーク、綺麗だし。

 あの事件、どうにかして防げないかなぁ。ヒッポグリフは三年生の授業で扱うには少し難しい動物かもしれないけど、それでも元はちゃんと授業を聞いてなかったドラコも悪い。……だというのにモンペすぎる、モンペすぎるぞルシウス・マルフォイ。まあ彼の場合モンペっていうよりただのアンチダンブルドアなだけだけども。

「…………ドラコ」
「なんだよ」
「(先生が誰であろうとも)授業、ちゃんと真面目に受けるんだよ?」
「は……あ、当たり前だろう、僕をなんだと思ってるんだ!」

 ほんとかなぁ……。
 私の念押しに、彼は口をへの字にして分かりやすく不満を表明した。ちょっと不安だけど……こうやってお願いしたことでなにか未来が変わるかもしれない。とりあえず信じてみるとしよう。

「このふたつのどちらかがグリフィンドールとスリザリンの合同授業になるといね」
「……そうだな」

 怒ったような顔が僅かに緩み、柔らかい声で肯定の言葉が返ってくる。前世特典で魔法生物飼育学が合同なのは知ってるが、まあそれはそれとして。

「……そろそろ戻るか」
「そうだね」

 通りかがったハッフルパフの上級生から興味深そうに視線を向けられ、ドラコが気まずそうにそう切り出した。比較的人通りが少ないとはいえ、全くないわけではない。こんなところでいつまでも立ち話していてはいらない興味を引いてしまうだろう。ただでさえホグワーツの生徒は好奇心旺盛なのだ。妙な噂が流れてしまったらドラコに迷惑がかかるだろう。

 そういえば、と何の気なしにふと思ったことを尋ねてみる。

「ねえ、そんなに占いとか予言に興味があるの?」
「ない」

 去り際に投げかけた問いが秒速豪速球で返ってきた。な、ないの? えっほんとにないの? あれだけセールスしてきたのに? 信じられなくて何回も聞き返すと、ドラコは鬱陶しそうに小さく顔を歪めた。

「僕はお前より頭がいい」
「え、あっはい……」

 唐突なマウンティング。びっくりしすぎてしゅんとなった。確かにドラコは私より成績がいい。地頭の良さもあるけど概ねは努力の賜物だ。素晴らしいと思うし尊敬もしてる。でもそんな、えぇ……? いきなりなんなの。
 彼は分かりやすく勢いを萎ませた私にしまったという顔をした。慌てたようにやや早口で続きの言葉を紡ぎ出す。

「だから、同じ科目なら分からない所を教えてやれるだろう」
「……え」
「そういうことだから……その、またな」

 呆ける私を置いて、最後に小さくはにかむとドラコは背を向けた。彼の姿がドアの向こう側へと消えた頃、やっと硬直がとけた私の体は窓へと倒れ込んむ。ガンと額が強くぶつかった。痛いけど痛くない。


 今のってつまり『一緒に勉強会しようね、頼っていいからね』ってことで合ってるのかな。結構意訳したかもだけど、でもそう聞こえてしまった。……なにそれ可愛い。可愛い! 手紙の件だって『寂しかった』って言ってるようなものだもんね?
 ……ちょっと曲解しすぎた気もするけどまあ(私が)幸せならオッケーです。ひんやりとした窓ガラスに熱くなった額を押し付けた。

 新学期に入ってからドラコのデレが多すぎる。幸せの供給過多で倒れそうだ。
 

「そこで何をしているの?」
「っうわ、」

 余韻に浸っていれば唐突に、背後から刺々しい声が降ってくる。驚きすぎて可愛くない悲鳴があがった。こういうときに可愛らしく「キャッ」と言えるか言えないかで魂の女子力が決まってくると思う、持論だけど。

「ちょっと、聞いているのかしら」
「な、なんでもないんです! すぐに戻──あっ」
「……」

 苛立ちが増す声音に慌てて振り返り弁解をしようとした。しかし見覚えのある顔を見て口の動きが止まる。この人、確か去年の決闘クラブのときにいたスリザリンの、ディーンの杖を目の前で踏み付けてきた怖い先輩だ。名前はちょっと覚えてないけど……うわやばいのとエンカウントしてしまった。寄りにもよって、という感じだ。さっさと戻っておけばよかった。

「こんな場所でトロールみたいに突っ立ってるなんて迷惑だって思わないのかしら?」
「えっ、と……」
「……本当に邪魔だわ、貴女」

 そんなに? 確かにトロールのごとく突っ立ってましたけど通路のど真ん中というわけでもないのに?? そこまで邪魔でしたか??? 

 『心底憎たらしい』という表情と『とてつもなく不愉快』という声音が容赦なく心を抉ってくる。大した絡みもない二度めまして、というかほぼ初めましての先輩に一瞬でここまで憎悪を抱かれるってそれはもはや才能な気がする。全然嬉しくないし普通に心折れそうだし破茶滅茶に怖くて泣きそう。ネビル助けて。今すぐ来て。まじで。

「……すみませんでした。すぐ退きます」

 でも祈ったって仕方がない。早くここから逃げよ。会釈をし、なるべく顔を見ないようにしながら彼女の横を通り抜け、

「ッい、た……?!」

 ようとした瞬間、一つにまとめた三つ編みを思いっ切り引っ張られた。えっなに、なんですか? 何か御用ですか? じゃあ口で呼び止めて頂きたいのですが? 貴女のやってること構ってちゃんな小学五年生なんですけど? いや待ってほんとに千切れるハゲる辞めてくださいうちの家系多分禿げやすいので冗談抜きで勘弁してください。

 痛さと禿げたくなさから身動ぎをすれば、抵抗が気に食わなかったのだろう。更に力が増して、グッと強制的に顔を上げさせられた。


 互いの鼻がくっつきそうなほどの距離感に目を見開いた。近付いた彼女の顔にはこれといった感情は浮かんでいない。しかし色素の薄い瞳には私に対する憎悪がありありと滲んでいた。呼吸をすることすら咎められているような、そんな感覚が襲われる。

「──、──」
「は……」

 彼女は口をほとんど動かさずに何かを告げた。至近距離だというのにうまく聞き取れず、小さく声がこぼれる。聞き返され、眉をひそめることでその真顔が崩れた。彼女は先程よりも分かりやすく不快を表した表情で再び声をだす。


「調子に乗るんじゃないわよ、穢れた血の分際で」


 結いた髪の先から、花の髪飾りがするりと抜け落ちる。カタンと床に転がる音がやけに大きく聞こえた。



「そこで何をしているんだ?」
 

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