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背中から疑念たっぷりの声がかけられる。彼女は視線だけで声の主を確認すると髪を掴んでいた力を緩めた。……離してはくれなかったが。
「……あら、ディゴリー。あなたこそなにをしてるのかしら」
「(あ、やっぱりセドリックか)」
「質問しているのはこっちだ、スミルノフ。それからその手を離せ」
振り向けないから確信が持てなかったがやっぱりセドリックの声だったようだ。彼に強い口調で注意された、スミルノフさん? は鼻を鳴らし、ポイっと投げるようにして私の髪から手を離した。再び掴まれることを警戒してセドリックの方へと数歩あとずされば、彼女はわざとらしく眉を下げる。
「悲しいわ、ただお話してただけなのに」
「話すのに髪を掴む必要があるのか?」
「綺麗な髪ねって褒めたかったのよ」
褒められるどころか穢れた……。流れるように嘘を吐き続けるなこの人。
何を言っても動じない彼女にセドリックは顔を顰め、額の皺を濃くした。低い声で静かに問う。
「じゃあ、その杖は」
「……これは、別に」
杖? 改めて彼女を見ると後ろ手が不自然に隠れていた。えっまさか呪いでもかけるつもりだったんですか? な、なに、私のこと大嫌いじゃんこの人。こわ……どうして……?
とうとう言い逃れできなくなったのか、むっつりと不機嫌そうに黙り込む。そんな彼女の足元で不意になにかが煌めいた。見ればちょうどそのつま先辺りに私の髪飾りが落ちている。うわ、あんなとこにあったら踏み潰されそう。早く回収したい。
「……私も暇じゃないの。失礼するわ」
「待て、まだ話は──」
「じゃあまたお話しましょうね、ワイアットさん。今度は二人っきりで」
「え、えー……」
やだぁ……。
彼女はニッコリと笑う。先程まで纏っていた冷たい雰囲気がガラリと変わった。せめて初対面でこの対応してくれてたら。もうわざとらしすぎて同意できない、普通に怖い。だってもう裏しかないでしょこんなの。『今度』が二度とないことを祈っておこう。
「あっ」
「……」
歩き出した彼女の靴が、落ちていた私の髪飾りを軽く蹴り飛ばす。咄嗟に小さく声をこぼした私を一瞬見遣ったが、彼女は何も言わなかった。
慌てて拾い上げ、壊れてないかを確認する。壊れはしてないとは思うけど……せっかく貰ったものだし、なにより私のお守りだし。傷がついてたら嫌だ。大切にしたい。
念入りに確認して傷がないことが分かりほっと息を吐いた。その様子を黙って見ていたセドリックが喋りだす。
「それ、大事なものなんだ?」
「うん、クリスマスプレゼントなの」
「そっか。壊れてなくてよかったね」
「ほんとにね……そういえば、セドリックはどうしてここにいたの?」
優しく微笑む彼に大きく頷いた。しつこく追求することなくさらりと肯定するに留めておくそのイケメンさたるや。私でなきゃ落ちてた。罪な男だ……内心で戦慄しつつ、先程彼女も投げ掛けていた問いを再度尋ねる。
「たまたま通りかかっただけだよ。スミルノフが誰に詰め寄ってるかまでは見えてなかったけど……」
彼は「杖まで取り出していたら放ってはおけないだろう?」と、軽く肩を竦めた。聞けば彼女はセドリックと同じ学年で、なんとスリザリンの監督生を務めているらしい。ま、まじかよ。監督生が他寮の下級生をあんな露骨に嫌って呪おうとするなんてことある……?? 闇の時代(※アンブリッジ時代)じゃあるまいし。まああったんだけどね事実……謎すぎるし怖すぎる。ロックハートレベルで二度とエンカウントしたくない。
セドリックも彼女の行動を疑問に感じるらしい。なんだか深刻そうな顔をしている。
「エレナ、彼女と何かあったのかい?」
「私が一番知りたい」
本当に今年は厄年なんだな……。
重いため息を吐いた私を慰めるように、彼は私の背中をぽんぽんと叩いた。
「あっエレナ! 遅かったね、何かあったの?」
「……当たり屋に会ってた」
「……?」
髪型をなおしてコンパートメントに戻るなり、ネビルが心配そうな顔で話しかけてくる。ドラコとも話してたし当たり屋先輩に絡まれたしセドリックに助けて貰ったし……まあ色々あった。でもそもそもドラコと友達になれたことはまだ誰にも打ち明けていない。
とりあえず全てを説明すると長くなりそうなので適当に笑って誤魔化しておく。
席に腰掛け、窓の外を眺めた。心なしか進行速度がゆっくりになっている気がする。着くにしては早すぎる。どうしたのかと訝しみながら窓から視線を離すと、ジニーがこちらをじっと見つめていたことに気付いた。
「……」
「……」
「……」
「えっーと……ジニー? どうかした?」
「……ううん、なんでもないわ」
なんだろう、感情が何も読み取れない。
瞬きひとつしないジニーに困っていると、彼女は首を振ってやんわり微笑んだ。いや嘘じゃん、そんな見つめておいて『なんでもない』は違うでしょ……とは思ったけど、本人がそう言うならこれ以上追求してはいけない気がする。
「……そう? なら、いいんだけど……」
「うん。……そうだネビル、さっき買ったお菓子開けようよ」
「あ、そうだね! エレナがでてる間に車内販売の人が来てね、───」
ガタンと列車が一際大きく揺れた。
突然のその反動でネビルが壁へ頭を強くぶつけて呻く。大丈夫かと声をかける前に室内の、いや汽車内全体の明かりがパッと消え、あたりが暗闇に包まれた。
窓の外へと目を凝らす。外は強い雨のせいか、汽車内に負けじと酷く暗いが、それでもまだ夕方にもなっていない。こんなところで止まるなんて、一体なにが、なにかトラブルでも────あっ。
「(吸魂鬼だ?!)」
そうだ、行きの汽車内で“奴ら”と初エンカウントするんだった!
暗闇で見えないのをいいことに頭を抱える。ああ……シリウスやピーターのほうに気を取られすぎてすっかり忘れてしまっていた。この件に関しては回避しようがないから仕方ないとはいえ……ここまで綺麗に忘れていたなんて! 少しショックですらある。あとで記憶ノートをちゃんと確認しておこう。
「……なにかが汽車に乗り込んで、キャッ?!」
「ジニー?!」
不安そうに窓へ張り付いていたジニーが小さく悲鳴をあげて窓に添えていた手を離した。見れば白い霜が窓ガラス一面を覆っている。そっと指先を押しあてると、刺すように鋭い冷気が伝わってきた。
暗い中、誰かが──おそらくネビルが、立ち上がった。
「何が起こったのか誰かに聞いてくるよ」
「あっ待ってよネビル! 私も行くわ!」
「えっじゃあ私も、」
「エレナは此処で待ってて!」
彼にしては珍しい、いやに厳しい声色でピシャリと告げられた。今の、ちょっとおばあ様に似てたかも。きっちり閉められた扉を見つめてそんなことを考える。
「…………えっなんで?」
ガランとした室内に、遅れてやってきた疑問が回った。普通最年少のジニーを残すべきなんじゃ……いや最年少だからこそ残していけないとか……?
ともかく一人になってしまった。寂しいっていうか怖い、心細い。この際だしもう私も着いて行きたい。でもネビルには待っててって強めに言われてしまったし。どうしようか? 原作ではハリーたちのコンパートメントに吸魂鬼が現れて、…………あれ。
「ネビルたちってハリーたちのとこ行ったんじゃなかったっけ」
座ったまま呟くが当然返事はない。あっても困るけど。
朧げな記憶だが、確か、暗闇の中でなんかすごいわちゃわちゃしてたような……? でもあの部屋にはルーピン先生がいるはずだし心配しなくてもいいのかな?
そう、ぐだぐだと悩んでいるときだった。
カチャリという音が室内に響く。音源をみるとドアノブがひとりでに動いている。
「……え、」
何が起こっているのかを理解するよりも先に扉が開かれた。音もなく開かれた扉からはぞっとするような冷気が押し寄せてくる。
「(……そっか、一体しかいない、なんてはずないよね)」
名目としては『脱獄犯の捜索』なんだから。ハリー目当てで遊びに来たわけではないんだった。
スルスルと裾を引き摺らせながら押し入ってきた吸魂鬼を見つめながら、脳内のやけに冷静な部分がそんなことを思考した。
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