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 ややギリギリの時間で広間に降りてきたネビルは、はぁと息を吐く。朝から酷く疲れている。階段にはまっちゃったんだろうな……そんな彼にかぼちゃジュースの瓶を差し出した。ネビルは項垂れたまま律儀に「ありがとう」と返してからコップに注ぐと一息で飲み干す。そしてそろりとこちらを見つめた。

「……急がないと一時間目に間に合わないよね」
「そうだね、占い学は北塔のてっぺんでやるらしいし」

 ネビルはよしと呟いてからトーストを猛スピードで口に詰め込みはじめた。いやなにもよしじゃないが。そんな調子で食べてたら喉に、ああほら……注意する前に噎せ始めたネビルの背中をさする。


 ふと視線を感じて顔をあげれば少し離れたスリザリンの席に座るドラコと目が合った。口パクでおはようと伝えるとドラコは目を見開いてからぱちぱちと数度瞬きをする。それから慌てて小さく周りを見渡すような動きをした。まるで自分宛か確認しているみたいな……変なの。ドラコ以外にいるはずないのに。
 不思議そうにしているのがあちらまで伝わったのか、彼はハッとしてからこほんと咳払いをした。それから顔を横に背けたまま口を動かした。……見えづらいけど、『おはよう』って返してくれたのかな、多分。というか、朝から元気だなぁ、ドラコは。

「……食べ終わった! じゃあ僕行くね!」
「あっ!」

 こっそり和んでいたら置いて行かれた。いやネビルどころか周りにグリフィンドールの3年生はほとんどいなくなっている。やばい、私が遅刻しそうだ。ドラコへちいさく手を振ってから鞄を掴んで大広間を飛び出した。

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 なんとか授業に間に合ったはいいものの、正直な話、私は既に挫けそうだった。なぜって、思っていた以上に『彼女』のキャラが濃かったからだ。彼女ってあれね、ドラコがなぜか激推ししてるあの先生。

「おかけなさい。あたくしの子どもたちよ」

 あたくしの子どもたち……おかしな言い回しではないかもだけど、この二年で習った先生たちには言われたことないから、とてつもない違和感だ。こう、うなじがぞわっとするような。微かな寒気を感じつつ、ネビルと並んで長椅子に腰掛けた。

「『占い学』にようこそ」

 全員が座ったのを確認すると、彼女はふわりふわりとした高い声をあげた。言葉尻がほんの僅かに震えているのは神秘的な演出の一環なのだろうか。

「あたくしがトレローニー教授です。たぶん、あたくしの姿を見たことがないでしょうね。学校の俗世の騒がしさの中にしばしば降りて参りますと、あたくしの『心眼』が曇ってしまいますの」

 そこまで言うとトレローニー先生はふぅ、と憂うようなため息を落とした。今この瞬間生徒の過半数がが思ったであろう(この人やばい)って感情を察知できてない時点でもう曇ってると思う。

 彼女はスパンコールが散りばめられたショールを羽織りなおしながら、占い学がいかに難しい学問であるかをつらつらと説明していく。どうでもいいけどそのショール、チクチクしそう。スパンコールが刺さって痛そう。

「そこの男の子」

 なんの前触れもなく話が中断される。いきなり声をかけられ驚いたネビルが長椅子から落ちかけたので、私は慌てて彼の裾をぎゅっと掴んだ。そんな私たちの様子を気にも留めず、トレローニー先生は「お祖母様はお元気?」と問い掛ける。突然のことに戸惑いながらもネビルはおずおず「元気だと思います」と答えた。

「あたくしがあなたの立場だったら、そんな自信ありげな言い方はできませんことよ」
「えっ……」

 顔をぐしゃぐしゃに顰めそうになるのをなんとか堪える。力入れすぎて顔の筋肉が吊りそう。だって全方位に失礼すぎるんだものこの返答……原作読んだときもドン引きしたな、ここの流れ。
 頑張ってピクピク痙攣させる程度に収めていれば、「あなた、」と唐突にぎょろりと先生の瞳がこちらに向けられた。

「ええ、あなたですよ。あなたの叔父さまはいかがかしら?」

 心眼発動で不埒な考えを読まれたのかと身構えたがそんなことはなかった。叔父さんならウルトラハッスル元気です。夏休みもほぼ一緒に暮らしてたし。シリウス逮捕に奔走してるから疲れてはいるだろうけど。

「……知らないほうがいいことも、ありますものね……」

 せっかく答えたのに儚げに目を伏せられた挙句ゆったり首を振られる。餌食にされた……洗礼の餌食にされた……。

 謎の敗北感と悔しさに呆然とする私を置いて話は授業内容へと戻る。そして流れのついでとばかりにパーバティとラベンダーが洗礼を受けていた。なんて迷惑なついでなんだ。


 一通りの洗礼が終われば、いよいよ二人一組となりお茶の葉を読み合う演習がはじまった。手順を説明する際にまたもや洗礼の対象となってしまうネビルに内心で手を合わせる。変なの──もとい特徴的な人に絡まれやすいんだね、ネビルは……。

「あなた、一個目のカップを割ってしまったら、次のはブルーの模様が入ったのにしてくださる?」

 忠告の通り、ネビルが棚に近づいた途端カップが割れる。しょげた様子でネビルが席に戻ってくるのを横目に、割れたカップを片付ける先生を見つめた。

「(……レパロで直せばいいのに)」
「先生のカップ割っちゃった……」
「事故だよ、事故」

 レパロだけじゃない。掃き掃除も魔法を使えば簡単にできそうなものだ。トレローニー先生って魔法が得意じゃないんだっけ……? それともあえて魔法を使わない縛りでもしてるのかな。そこらへんの設定はよく分からないんだけど、とりあえずネビルはなんにも悪くないから落ち込まないで。
 そもそも『忠告を受けたネビル』が『棚に近寄った途端』割れるだなんて、それこそ魔法のようだと思うけど……占いって不思議だなぁ! 魔法と占いって相性が悪い……? いや逆にいいのかも。それを考えるのがこの分野の真髄なのかもしれない……。

 ……というか熱い紅茶を一気飲みしたせいで口内がヒリヒリする。この分野の真髄は紅茶の熱さに耐え切れるくらいの頑丈な口内を作ることにあるとみました。
 同じ痛みを感じているのか、少し眉根を寄せた顔のネビルと水気を切ったカップを交換し合う。まずは僕が、と張り切ったネビルが教科書を片手に私のカップを覗き込んだ。

「ええと、エレナのこの模様は……手みたいに見えるな。開いた手は……助けてくれる友達で、それからこっちのは……なんだろう、何本かの棒?」
「棒なんて項目ある? ……あ、木じゃないかな」
「そうかも。木は幸運、でも何本か離れてるから……誰かとの別離……」
「……助けてくれる友達はいるけど誰かと喧嘩するの?」
「で、でもほら、その分幸運もあるみたいだし……」

 それを差し引いてもあんまりいい結果とはいえない気がする。すごく不穏。その助けてくれる友達と喧嘩する可能性もあるし……今年が散々な年になりそうなのは夏休みから分かっていたことだけどこんな占いにすらそれがでてしまうとは。

「うう……ごめん、僕がもっとちゃんと読めれば……」
「いいのいいの。当たるも八卦当たらぬも八卦、鰯の頭も信心〜てことで、次はネビルね!」
「イワシ……?」

 ネビルが鰯に気を取られているうちにページをめくる。せっかくならいいことばっかりを予言したいな。

「これは……岩? あ、違う、亀かな。尻尾があるし。諦めないで頑張れば努力は実る……」
「なるほど……」
「それでこれが太陽だから大いなる幸福。ということで、ネビルには努力は実を結ぶし幸福が約束された明るい未来が待っていることでしょう……」
「……これ太陽かなぁ? 風車に見えるよ」
「何言ってるの、360°どこから見ても太陽じゃん」
「でも180°から見たらさ……」
「やだな、太陽は球状なんだよネビル。角度は関係ないよ」
「そういうことじゃないんだよエレナ」
「あたくしに貸してご覧なさい」

 風車って過労の予兆とかであんまり良くない意味だし見ないようにしよ。太陽だと思えばこれは太陽になる。これは太陽!
 なかなか納得してくれないネビルと言い争っていればすっと頭上に影がさす。振り向くとトレローニー先生が目を細めてこちらを見下ろしていた。やれやれといった雰囲気で私の持っていたカップを読んでいく。

「梟……怠慢……」
「ネビルはいつも頑張ってるから少しは休んでもいいよってことだね」
「握った拳……新たな敵の登場……」
「薬草学で難しい難題でもでるのかな? ネビルなら大丈夫だと思うよ!」
「……ここの剣は事故や、」
「違います」

 我慢できなくなり、とうとう先生の言葉を遮った。声が大きかったのか、周りの生徒がこちらを注視している。遮られた先生は驚いたように口をポカンと開けていた。そんな彼女からカップを取り返し、彼女が『剣』と言ったものを改めて見る。
 到底剣には見えないけど、もしこれを剣というのならそれはひとつに決まっている。これはグリフィンドールの剣だ。

「つまりこれはネビルが将来この剣をふるって世界を救うということの暗示です」
「何言ってるんだ??」

 少し離れた方から困惑しきったロンの声が聞こえた。間髪入れずのツッコミに辺りからは小さな笑い声が沸き起こった。

 その声でハリーたちに興味が移ったのか、先生は滑るように彼らの方へと移動する。こちらを見ていたハリーたちはあからさまにゲッという顔をした。選手交代。頑張れハリー。

 先生が遠ざかると、ネビルは小声でどこか咎めるように話しかけてくる。

「グリフィンドールの剣って」
「……だって私たちはグリフィンドール生だし。別に変な結びつけじゃないでしょう」
「変だよ」

 キッパリと言い放ちながらネビルは再度私のカップを手に取った。お茶の葉読みのリベンジするみたいだ。偉い。もう私ときたらこんなにやる気が失せてしまっているのに。怠惰の梟、私のカップにこそ居そうだな。

「これは靴だから……なにかを探している……?」
「なにも探してないかなぁ」
「棍棒……攻撃、これは幸せなカップではありませんわね……」

 ああ、ハリーが洗礼を受けている声が聞こえる。そもそも先生はどうして人を不安にさせるようなことばかり言うんだろう? 商売ならそれで幸運アイテムを売りつけられるからいいかもしれないけどこれは授業なのに。

「……これハートじゃない? つまりエレナには、」
「おおぉぉ……なんてことでしょう……!」
「あっ!」

 先生の悲痛そうな声、生徒たちのざわめき、そしてネビルが再びカップを割る音……それらをBGMに瞼を下ろす。


 密閉された空間のせいで頭はぼんやりするし紅茶のおかげで身体はあったかいしでひどく眠くなる。なにより先生はこんなだし。悪い人ではないと思うけど……私はちょっと苦手かも、この授業。
 ともかく、早くドラコと話したい。三時間目のときに話す機会があるといいけど。
 

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