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 地下牢教室に入ってすぐにドラコを探す。もうすぐ授業も始まるというのにその姿は見つからなかった。

「ああ、ドラコ……。なんて可哀想なのかしら」

 聴こえた声の先には嘆くパンジーがいた。彼を想ってか、その瞳はうるうると震えている。周りのスリザリン生がそんな彼女を慰めていた。その光景になんだかむかむかと自分の心がささくれ立つのを感じる。


 先日、最後に見た彼は心底怯えた表情で血に塗れた右腕を庇っていた。きっと物凄く痛くて怖かったはずだ。パニック状態で「死んじゃう」と叫んでいたが、きっとそのくらい不安だったのだろう。杖腕である右腕が使えなくなるということは魔法使いとしての死にも等しいものだから。あの時の彼がそこまで考えていたとは思えないけど。

 だからパンジーの言葉は間違ってはいない。そんな恐怖や痛みや不安を休み明け初日から味わった彼は『可哀想』と称してもなんら、おかしくはない。

 が、しかしだ。それを踏まえた上で、やっぱりこの件はハグリッドの注意を無視したドラコが悪いと思う。浅慮がすぎる。
 ドラコを憐れむスリザリン生たちを見ていると世の中には『自業自得』という言葉があるのをご存知ない? だなんて意地の悪い感情が鎌首をもたげてくる。……我ながら性格の悪いことだ。

 ああ、腹が立ってしょうがない。教師の言葉を軽んじたドラコにも、なにひとつ出来なかった自分にも。あんなに近くにいたのに。怖くて動けないとか以前に、バックビークの速さに追いつかなかった。だけどギリギリで展開を察せたんだからドラコを突き飛ばすなりできれば。己の不甲斐なさに嫌気がさしてくる。

 苛立ちに任せてやや乱暴に鞄をテーブルへ置けば、隣に座ろうとしたネビルが肩を跳ねさせた。そして恐る恐るといった様子で「……エレナ、あの」と声をだす。

「なに?」
「マルフォイ、大丈夫かな」
「……知らない。大丈夫なんじゃない?」

 私の言葉にネビルが困ったように眉を下げた。自分の声音の硬さに遅れて気付く。これじゃ八つ当たりだ。なるべく穏やかに聞こえるようにと注意しつつ「マダム・ポンフリーに治せない傷はないと思うな」と付け足した。

「それはきっとそうだろうけど……、……心配、だよね」
「うん?……ああ、ハグリッドね。マルフォイの自業自得なんだし、悪いことにはならないでほしいよね」
「アー……そう、だね」
「それより今日は何の薬作るんだろうね」
「教科書通りなら縮み薬だと思う!」

 どこか歯切れの悪い返事を不思議に思いながら話題を変えると、予習をしたらしくパッと明るい顔で答えてくれた。ネビルが魔法薬学の授業でこんな顔するなんて珍しい。初めてなんじゃない? 驚く私に気付かず、ネビルは早くも開き癖がついた教科書を見せてくる。それは所々に線が引いてあったり、ページの一部が皺になっていたりインクが擦れたり。今日初めて使うはずなのにかなり汚れていた。夏休みのうちから魔法薬学の準備していただろうということが分かる。それもとても入念に。

「ヒルの汁の分量とかを間違えると毒になっちゃうんだって」

 「他にもネズミの脾臓とか……」と、やる気に満ちた様子で教えてくれる。苦手意識を持つ中これまでも頑張っていたけど、今日はそれ以上の気合いだ。これも『頼らない』宣言の効果なのだろうか。やっぱり今まで少しネビルにくっつきすぎていたのかな。「気を付けなきゃね」と相槌を打ちながらそんなことを考えた。



「お前の腕はどこも悪くないんだ」
「ウィーズリー、スネイプ先生の仰ったことが聞こえただろう。根を刻めよ」

 片方は悔しそうに、そしてもう片方は勝ち誇った顔をしているんだろうなというのは見なくても分かった。自分の材料を準備しながら隣の彼に内心でため息を吐く。

 薬作りの途中から教室にやってきたドラコをスネイプ先生は快く出迎え、私達のテーブル──つまりハリーとロンがいるテーブルに座るよう促した。ネビルは始まる直前に違うテーブルになってしまっていたけど、こうなってしまっては逆にそれでよかったなと心底安心する。
 だってハリーとドラコがセットになった時点でこのテーブルにスネイプ先生が来る頻度が高くなるというのは目に見えてる。もしそんな所にいたら、ネビルはきっと肩身が狭いどころの話じゃなくなっていただろう。せっかく沢山予習してきたのにそれはあんまりだ。

「せんせーい、ウィーズリーが僕の根をめった切りにしました」

 ドラコの気取った声に顔を上げる。スネイプ先生は大小不揃いに切られた根を瞳だけでじろりと見下ろし、「君の根とマルフォイのとを取り替えたまえ」とロンに言った。

「先生、そんな──!」
「いますぐだ」

 唇をぎゅっと噛み締めながら、ロンは均一に切り揃えられた自分の根をドラコへと押しやった。
 本当に、ここにネビルがいなくてよかった。少し離れたテーブルで鍋をかき混ぜている後ろ姿を見る。ネビルへ。このテーブルは地獄です。私より。
 先生がいなくなったのを確認してから、ロンの方へ自分の根を渡し、代わりに彼の根を自分の台へと引き寄せる。ロンはそんな私の行為に「なんだよ」と怪訝そうにした。

「これ、私が使うよ。ロンはそれ使って」
「はあ? 何言ってるんだよ、そんなめちゃくちゃなやつでまともな薬が作れるわけない」
「確かに不揃いだけど、それならいっそ全部細かくしちゃえばいいんじゃないかな。みじん切りは得意だし」

 結局は溶けやすくする為に大きさを揃える必要があるんだと思う。多分だけど。それに分量は指定から変わってないし、このくらいで酷い失敗をすることはないだろう。……これも多分だけど。

「だからって君がそれを使う必要はないだろ」
「でもロンより私の方がみじん切り慣れてると思う」

 マグルだし。料理はそれなりにするし。いうなれば適材適所だ。そう言ってみじん切りをしていれば、ロンは黙って私の萎び無花果をとって皮を剥き始めた。

「ハッ、随分と心優しいことだな、ワイアット」
「別に。できるからやってるだけだよ」
「……お人好しなやつめ」
「そうかな」

 人前で話しかけられたことを意外に思いながら、根から目を離さないまま答えた。ダン、と最後に1回強めな力で台をナイフで叩いてみじん切りの作業を締める。まとめて鍋に入れ、それからドラコに笑顔を向けた。

「私もなにかお手伝いしようか、マルフォイ」
「……、……必要ない」
「そう」

 彼の鍋を見て確かにと頷く。手伝いが必要そうな作業はもう頼みきったあとみたいだった。もう少し早く聞いてあげればよかったかな、ハリーとロンのためにも。そう鍋を混ぜていれば当のハリーとロンがまじまじとこちらを見ていた。首を傾げると、ハリーが少し言いづらそうにもごもごとしてから、やがて「もしかしてなんだけど」と前置きをした。

「エレナ、怒ってる?」
「……私が?」
「う、うん。なんとなくなんだけど……」
「笑顔怖いし」

 機嫌を窺うようなハリーとは対照的に、ロンは気味が悪そうに顔を顰めていた。思わず頬をさする。地下老教室に鏡なんてないから確認のしようがない。
 怒ってる? 怒ってるか……。

「まあ、ちょっとだけ」
「なんで?」
「『授業真面目に受けてね』って約束したのにって思って」
「それって誰と──」

 ガタガタっという隣からの音がハリーの疑問をかき消す。ツヤツヤとした質のいい黒い羽根ペンを拾い上げた。

「はい、どうぞ」
「…………ああ」
 
 受け取る仕草はぎこちないものだった。怪我が痛むのかな。包帯に包まれた右腕へ指先を伸ばせばびくりと固まった。

「骨だって一晩で生やしちゃうあのマダム・ポンフリーでさえもまだ完治させられてないなんて」
「っ……」
「早く良くなるといいね」

 早く良くなってほしいというのはもちろん本心だ。だからそんな怯えたような顔されたら悲しくなってしまう。ただでさえ約束を守ってもらえなくてショックを受けてるというのに。


 ドラコのみならずなぜかハリーとロンも黙り込んでしまい、テーブルがやけに重い沈黙に包まれる。そんな中、黄緑色の縮み薬だけがこぽりこぽりと音を立てていた。
 やっぱり根が多少不揃いに切られてたくらいじゃ失敗しないんだな。よかったよかった。
 

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