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けたたましいクラクションが耳をつんざく。目を焼くように強い光に耐えきれず、手を顔の前に翳した。指の隙間からは、トラックがまっすぐ私の方へと飛び込んでくるのが見えた。
あ、これ死んだ。
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「目が覚めたようだね」
「ルーピン先生……」
そのままでいいと制止されたが首を振って起き上がる。どうやら医務室で寝かされていたようだ。
「あの、私どうしてここに……?」
「ボガートと対峙してる途中で気を失ってしまったんだよ」
「……え、ボガートが怖すぎて気絶したってことですか?」
「端的にいうとね」
まじか。私の返答に先生は少し答えづらそうに困った顔をした。なるほどね。つまり私はヒッポグリフに続けてボガートも出来なかったということか。……えっそんなことある? いや事実あったんだけど……。
「き、気絶したのって私だけですか……?」
「……まあ、ウン。そうなるかな」
藁にすがる思いで分かりきっていた質問をしてしまい自爆する。そうだよね。小説とかではみんな楽しそうにクリアしてたもんね。ハーマイオニーは別として。……それでも彼女は気絶してなかったけど。
あからさまに凹む私に、先生はレモンキャンディーを手渡してきた。チョコレート以外も持ってたんだこの人。
「エレナはなにが来ると思っていたんだい?」
「……ブラウン管に映る井戸とか」
なにを指しているかピンときていない様子の先生に苦笑する。分からなくてもしょうがない。ブラウン管で井戸ときたら、日本人であればもう即お察しだろうけど。
『いちばん怖いものを想像してみて』と言われたとき、ジャパニーズホラーがきたら嫌だな〜とか考えていた。生前はそういうものには耐性が全くなかったし、ボガートが化けるとしたらこれ系統のものかな、と。……実は肖像画が動いてるのも未だにビクッとなることがある。夜とか怖いよね、あれ。
だからとにかく、そういう路線だと思っていたのだ。それがまさか、
「でもボガートが実際に化けたのは『トラック』だった、と」
「全然予想してませんでした……」
「考えていたものと違ったから通常よりもボガートの影響が強く作用してしまったのだろう」
「……最初からトラックを想定していたら成功してましたか?」
「ああ、きっとね。次からはもう大丈夫だ」
力強く肯定され、ちょっとだけ安心してしまう。慰めるための気休めかもしれないが、それでも沈んでいた気持ちが少し軽くなる。まあ苦手意識がついてしまったので正直『次』がないことのほうが望ましいけどね! あ、でも試験で挑まなきゃいけないんだっけ? じゃあそれまでになんとかしなくちゃいけないのか……なんとかなる気がしない。試験が憂鬱なのって転生してから初めてかも。おのれボガート。
「……それにしてもなんでトラックだったんだろう」
「心当たりがないのかい?」
心当たりと言われても、トラックとの関わりなんて昔事故にあったくらいしか思い付かない。しかしそれを聞いた先生は「ああ、それは怖かったね」と眉を寄せた。
「……え?」
「ん?」
「あ、いえ……なんでもないです」
「そうかい? なんにせよ、もう少し休んでいるといい」
先生はゆったりと微笑んで「お大事に」と医務室を出て行く。その背中を見送って、先程の言葉を胸の中で反芻した。『怖かったね』。怖かったね? 怖かった……そうだ、確かにあれは怖かった。
そっか、私、怖かったんだ。
交通事故からはや十三年。
私はそんな事実にやっと気付いたのだった。
八限終わりの鐘がなるまで医務室でたっぷり休ませてもらい、空腹に急かされながら早足で大広間へとむかう。そういえば私の荷物はネビルが持ってきてくれたらしい。それにさっきまで傍にいてくれていたとルーピン先生から聞いた。あとでお礼言わなきゃ。
ふと足を止める。赤々とした西日が射し込む中、柱の影にひっそりと身を潜め、その人は佇んでいた。
「お昼ぶりだね、ドラコ」
「……ああ」
返ってきたのは硬い声音だ。それはそうか、魔法薬学のときあんなに喧嘩売っちゃったもんね。……厳密に言うと喧嘩を売ったつもりはないっていうか、ただ結果的にそうなっちゃったっていうか……。
そもそもあんな口約束で本当に未来を変えようなんて本気で思っていた訳ではなかった。ただ『あ、守ってくれないんだちょっと悲しいなぁ』と思ってしまいまして。それに怒っていたというのも、無力な自分が嫌だったからだし……つまりドラコには八つ当たり(パート二)をしてしまったわけだ。申し訳ないという気持ちしかない。謝らなくては。
「あの、さっきは──」
「倒れたと聞いた」
「え、誰から」
「別に誰だっていいだろ。……で、それより具合は」
「元気だけど……」
彼は「そうか」と言い、それきりむっつりと黙り込んでしまった。誰から聞いたのか気になるけど答えてくれなさそうだ。気絶してからまだ数時間しか経ってないけど、もしかしてすごく噂になってるのかな。『ボガートごときで気絶した三年生がいるんだってよ!』『親戚に闇祓いいるくせにな!』みたいに? やだなにそれすごく恥ずかしい。恥を誤魔化すようにへらりと笑う。
「今期の私、だめだめだね。ボガートもヒッポグリフもうまくいかなくて」
ドラコが息を飲んだ音だけが聞こえる。影に覆われているせいでその表情は見えなかった。この距離、絶妙に話しづらいな……。そう思って近付いたが、彼は更に影に隠れるようにして後ずさった。避けるようなその仕草に足を止める。
「ドラコ?」
返事はない。なにか言おうと悩んでるような空気は伝わるけど喋りだす気配は一向に訪れなかった。……ああもう、焦れったい!
再度足を踏み出した私の行動に伴い、ドラコがまた下がろうとした。予想通りの行動に口角が上がる。逃げられたくなったら追いたくなるのが人間の性だ。そっちがその気なら、と大きく足を伸ばして距離を詰めた。ドラコは慌てて後ずさろうとするがもう遅い。彼の驚いた顔が間近になる。さあ観念しなさい!
「なっなに、は、うわっ?!」
「え?!」
突然近寄ってこられたことに相当驚いたのか、ドラコはたたらを踏んでそのまま背後にぐらりと倒れた。観念しなさいとは言ったけど転んでとは言ってない! 咄嗟に手を伸ばすが、無防備な同年代の男の子を支える力なんて当然なく。二人揃って廊下に崩れ落ちた。
「い、たた……、大丈夫?」
「っお、まえなぁ……!」
「だってドラコが逃げるから……」
「……逃げてない」
「逃げたから足もつれさせたんじゃん」
「もつれさせてない!」
怒ったあと、呆れたようにため息を吐く。そして座り込んだまましげしげとこちらを見つめ「お前……」と口を開いた。
「……いや、なんでもない」
「な、なに……気になるよ」
「別に。気にしてた僕が馬鹿みたいだいや気にしてないが」
「ほんとになに??」
困惑する私に、ドラコは「気にするな」と首を振る。いや気にするけど。私の疑問にはもう答える気はないようで、彼は顔を背ける。その視線の先には私たちの影が廊下を分断するように長く伸びていた。やがて、不意にドラコが「ホグズミード」と呟いた。
「今年から行けるだろ」
「そうだね、いつ頃になるんだろ」
「………………一緒に、行かないか」
「え、いいの? やった、行きたい!」
「えっ」
そっちが誘ったのになんで驚くの。冗談だったの? まさか弄んだの? ショックと少しの詰りを込めた顔をすれば慌てて否定される。
「い、いやだって! お前、その……ロングボトムはいいのか?」
「いいもなにも、ネビルとホグズミードの話したことなかったし……」
あと私自身、ネビルと距離を置いた方がいい気がし始めていた。フレジョが言ってたように私の存在は彼の交友関係を狭めているのでは、と。過保護……にしていたつもりはないけど、言われてみれば確かにベタベタし過ぎだった気もしないでもない。
でもそんな事情を含めずとも、ドラコからの誘いは普通にとても嬉しい。どのくらい嬉しいかって今ならボガートを撃退できる気がするくらいに。嘘それは盛った。いくら今がウルトラスーパー嬉しくともそれは無理。
「どうしようかなって思ってたの。誘ってくれてありがとう、ドラコ」
「そう、か……」
どこか呆然としているドラコの右腕に目が止まる。いけない、謝るの忘れてた。
「ねえ、魔法薬学のときのことなんだけど、」
「じゃあ行く日が決まったらまた連絡するから」
「あ、はい。……あの、」
「よしそろそろ行くぞ、夕食を食べ逃すなんてごめんだからな」
話を打ち切るようにドラコは立ち上がり左手を差し出してくる。さっきといい今といい、もしかして意図して遮られてる? 蒸し返されたくないっていう主張? えー……私としては謝りたいところなんだけど……。でもホグズミードに誘ってくれるってことはそこまで気にしてないってことでいいのかな。
それならば、まあいつかそのうち。忘れるくらい大人になったときにでも。昔話をする流れで話すとしよう。
そんなことを思いながら彼の手をとる。思っていたよりも強い力で引かれ少し驚いた。
「ホグズミード、楽しみだね」
「……そうだな」
思いもよらない素直な返事に思わずドラコを振り返る。珍しく力の抜けた、年相応な笑みを浮かべていた。
「僕も、楽しみだ」
そんな微笑みを携えた彼は、噛み締めるようにそう囁く。斜陽がドラコを儚く染め上げていた。
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