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十月も半ばとなり、夏の暑さもすっかり隠れた頃。寮の掲示板にはとうとうホグズミードの日程が貼りだされた。十月三十一日、ハロウィーンだ。ジニーが「いいなぁ」と羨ましそうにそれを見つめている。
「来年なんてすぐだよ」
「そうだけど……エレナはネビルと行くのよね?」
「うーん、今回は違う人とかな」
「……ねえ、それってもしかして」
「おい! 離せ! この野郎!」
ロンのがなり声に談話室の注目が集まる。クルックシャンクスがカバンにしがみつくのをロンが躍起になって引き剥がそうとしていた。ロンがクルックシャンクスをあんまり乱暴に扱うのでハーマイオニーが悲鳴をあげる。そうして振り回したカバンから、スキャバーズが勢いよく飛び出した。ぐるぐるされることに堪らなくなって自分から這い出たのだろう。そうして談話室内を逃げ回るのを、クルックシャンクスは、器用に生徒たちの足の合間を通り抜けて追っていく。そんなリアルトムジェリごっこは飼い主たちが二匹を捕まえるまで続いた。
ハーマイオニーを怒鳴りつけ、肩をいからせて男子部屋へと姿を消したのを見届ける。
「ロンってスキャバーズのことそんなに好きだったっけ」
「さぁ……これまではずっと文句ばっかりだったけどね」
ジニーは肩を竦めて「素直じゃないんだから」と澄まし顔で大人びた返事をした。
「ところでなにか言いかけてなかった?」
「ううん、別になんでもないの。……ホグズミード、楽しんでね」
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そう、スキャバーズだ。
今年一番の悩みどころである。とりあえず、彼の偽装工作は阻止しなきゃなと思っている。具体的にいつだったかはちょっと記憶に定かではないけど……クリスマスよりあとだったかな、確か。それでそれ以降は……まあ動向を注意しつつって感じで様子を見よう。
ゾンコのお店とかになんかこう、いい感じの捕縛玩具とかないかな。今日時間があれば探してみたい。ドラコは悪戯専門店とか興味なさそうだけど行けるかな。
ドラコは待ち合わせ場所にホグズミードへの一般的な入口ではない、かなり入り組んだ場所にある入口を指定した。手紙には手描きの簡易地図が同封してあったけど、見る限りそれなりの時間を要しそうだった。
「ご機嫌はいかがかしら、マグルのお嬢さん」
「……スミノルフさん」
だから、今は当たり屋さんに割ける時間などないのだ。
城の出入り口に向かっていると突然三つ編みを後ろに引っ張られ、かと思ったら、そのまま髪を解かれて。振り返ったら納得の人物である。はい、でしょうね。こんなことするの貴方くらいしかいませんもんね。「気安く呼ぶのはやめて、品位が下がるわ」プライドエベレストですか?? 苗字すら許されないの? じゃあもうほんとに当たり屋さんって呼んでいい?
当たり屋ノルフさんは私の髪飾りを手の中で弄んでつまらなそうに眺める。
「なに、これ」
「頂き物です」
「大事なもの?」
本当は答えたくなかった。だってなんだか嫌な予感がする。しかしここで黙っていたら余計反感を買うかなと思い渋々頷いた。私の返事に彼女は「ふぅん」と呟いたかと思うと、おもむろにそれを自身のポケットにしまいこんだ。
……は?
「え、えっ、なにして、」
「私に触らないで。穢れた血のくせに」
「っ……」
思わず手を伸ばせば憎々しげに睨みつけられ、鋭い声で牽制された。いやまだ触ってませんけど。というか人の物を奪っておいてなんなんですかその言い分。
「返してください」
「なんのことかしら」
白々しくそう言ってため息を吐いた。「貴方なんかに構ってる暇はないのよね、私」あの絡んできたのはそちらなんですが。そんなこと言ったら私だって早くドラコのところに行かなきゃいけないのに。酷い言い分に憤慨していれば、彼女は背を向けた。そしてそのまま歩き始めた。
…………は??
「ちょっと!? 待って、待ってください!」
穢れた血と蔑み再三嫌がらせをしてくる彼女が、私の呼び声なんなで足を止めてくれるはずがなかった。角を曲がった背中を数秒遅れて追うが、どこに消えたのかその姿はもう見当たらなかった。姿くらまし、いやまだここギリギリ校舎内だから無理か……。
「(どうしよう)」
あれは私の大切なお守りなのに。よりにもよってあんな、……訳の分からない人に奪われてしまった。ああ、本当にどうしよう。
「エレナ?」
「セドリック。どうしてここに」
「忘れ物しちゃって……友達には先に行っててもらったんだ」
途方に暮れて立ち尽くしていれば名前を呼ばれた。セドリックは照れ臭そうにはにかんだあと、不思議そうな顔で「君こそどうして?」と問いかけてくる。
「入口はそっちじゃないけど」
「人と待ち合わせしてるの。もうひとつの入口があるみたいで」
「もうひとつ……ああ、あっちのやつか。あそこ結構分かりづらいんだけど……よければ途中まで一緒に行こうか?」
それはただでさえ時間を大幅にロスしていた私にはかなりありがたい申し出だった。困ったときのセドリック……。一年のときから、いや鍋を買うときに会った日からもうずっと頼りになりすぎる。
「今日は髪の毛おろしてるんだね」
「これは不可抗力というか……変かな?」
「新鮮でいいと思う。待ち合わせてる相手ってネビル?」
「ううん、違う人」
「へぇ……。もしかして、デート?」
「ふ、……っあはは! そんなわけないじゃない!」
口元に手を当て、笑いを隠そうとする。が、だめだった。堪えきれず声を上げて笑った。私とドラコはデートするような関係じゃないのに。くすくす笑いながら、面を食らっているセドリックにきちんと訂正をした。
「そんなんじゃなくて、ただの大事な友達だよ」
「遅い!」
そんな大事な友達は私の姿を見るやいなや吼えるようにそう言った。
「何年待たせるつもりだ?」
「ごめんて……。でもここ、かなり分かりづらかったよ」
「それは、まあ……」
「セドリックもちょっと迷いかけてくらいだし」
「……なに?」
ドラコは突然じろりと私を凝視した。
「なぜディゴリーの名前がでてくるんだ」
「近くまで案内してもらったの」
彼は腰掛けていた柵から身を離してこちらを見た。眉間には深い皺が刻まれていて、ひどく苛ついているようだった。
「大丈夫、セドリックには誰と待ち合わせてるか教えてないよ」
「違う、そうじゃない。」
「じゃあどうして怒ってるの?」
「別に怒ってなんかない。僕はただ、……」
ドラコはそこで一度口を閉じる。視線をそわりと彷徨わせたあと、せせら笑いを浮かべた。彼から突如として冷徹な雰囲気が醸し出される。
「ただ呆れてるだけだ。よくあんな奴が信頼できるな、と」
「……それどういう意味?」
「去年のことを覚えてないのか? お前が石にされたのはあいつのせいみたいなものじゃないか」
「私が石になったことにセドリックは関係ないよ」
「関係あるだろう。最後まで一緒にいたのはあいつなんだから」
いやない。全くもってない。あれは遅くまで出歩いていた私の過失だ。たまたま会っただけのセドリックにはなんの責任もない。
「そんな不甲斐ない奴を庇うなんてどうかしてる」
「どうかしてるのはドラコの方だよ」
どうしていきなりセドリックを責め始めたんだ。滅茶苦茶な論理を展開しだしたドラコにため息が溢れる。変な当たり屋に絡まれたばかりなのに、と疲れが滲んでしまった。露骨な態度が癪に触ったのか彼は顔を歪めた。
「そんなにあいつが大事なのか」
「当たり前でしょう、友達だもの」
「なら僕とあいつどっちが大事なんだよ」
「は……な、何言ってるの?」
本当にどうしちゃったんだドラコ。どういう心境なの? 捉え方によっては『私と仕事どっちが大事なのよ!』的なめんどくさい彼女みたいになっちゃうけど??
「そ、そんなの、どっちが大事とか比べることじゃなくない?」
「答えられないのか」
「いや答えられないっていうかさぁ……! じゃあドラコは私とクラッブやゴイルを比べてどっちが大事とか答えられるの?」
「はあ? そんなのわざわざ答える必要がない」
「な、なにそれ。自分のことは棚に上げるんだ!」
「上げてないだろ!」
そう声を荒らげて私を睨んだが、ドラコは怪訝そうに眉をひそめた。「髪飾りはどうした?」落ち着きを取り戻した声音で問う。
「お守りだとか言ってただろう。どうして付けていない?」
「あれは……今はなくて」
「失くしたのか?」
失くしてはない。……多分。当たり屋ノルフさんが持ってるはずだし。捨てられてたらどうしようかという不安が一瞬頭を過ったがそれを考えるのは後にしよう。
答えられないままの私に、ドラコが冷たく口端を吊り上げた。
「お前の『大事』なんてたかが知れてるんだな」
どうして彼はさっきから喧嘩を売るような言い方ばかりなんだ。遅刻したことをすごく怒ってる? そんなの、私も遅刻したくてしたわけじゃない。あなたの先輩に絡まれてたんですけど?
伝染してきたイライラにダメだな、と頭の冷静な部分がそう判断していた。落ち着かなきゃ。十三歳相手に大人気なく怒るような真似するなんて……いや最近八つ当たりしたばっかだけど。とにかくその失態を繰り返す訳には、
「そもそも、あの間抜けでウスラトンカチなロングボトムなんかを友達だとか──」
「帰る」
「……は、おっおい! 待て!」
背を向けた私の腕をドラコが慌てて掴んだ。随分と狼狽えた声だ。
「ど、どういうつもりだよ」
「ごめん、もう聞きたくないの」
「っ……」
「……ドラコはホグズミード楽しんできて」
彼の手から腕を引き抜く。その手は私の腕を掴んだ形のまま固まっていた。
足早に寮に戻ってベッドに倒れ込んだ。
帰ってきてしまった。衝動的な怒りに任せて。せっかく誘ってもらったのに。酷いことを言う前でまだよかったけど……それも最悪のその先を回避しただけの話だ。最悪には変わりない。
寝返りをうてば長い髪が顔にかかった。鬱陶しい。なにか纏めるものを、と探そうとしてあのスリザリンの当たり屋女学生を思い出してさらに気分が沈んだ。
ジニーにお土産を買って帰りたかった。叔父さんにあげる綿あめ羽根ペンとか、ピーター捕獲に使えそうなグッズとかも探したかった。
「(クリスマスプレゼントとかも)」
今年からはドラコにも渡せるから、どんなものが好きなのかな、とか。
「〜〜〜!」
枕に顔を埋めて呻く。足をバタバタさせた。もう嫌だ、疲れた。母親もダンブルドアもヒッポグリフもボガートも当たり屋さんもドラコも。
重々しい頭痛がする。痛みを逃がそうと瞼をおろせば眠気が待ってましたといわんばかりに襲ってきた。
目が覚めたら、手紙が届いたあの日の朝であればいいのに。
そうしたら、全部分かってる私が全部なんとかしてくれるのに。
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