15



 ハロウィーンの夜、シリウス・ブラックの襲撃にあってしまった「太った婦人」は療養(というのかは謎だが)となり、グリフィンドールの扉番は「カドガン卿」が請け負うことになった。彼はやや偏屈な気性の持ち主で、生徒たちからはかなりの不況を買っていた。しかし他の肖像画たちが仕事を嫌がったため彼以外の代役は見つからなかった。

「明日の合言葉は『鋼鉄の筋肉』、と……」
「あの、ネビル。紙に書き留めるのはよくないと思うの」

 手の甲にメモするとかではだめなんだろうか。夜、談話室でパーシーが発表した合言葉を書き留めるネビルにおずおずと言う。ネビルは「それだと擦れて読めなくなっちゃうかもしれないし」と言い、そして満足そうに紙切れをポケットにしまった。……シリウスが乗り込んで来るまでにもう何回かそれとなく注意してみよう。よし、と気合いを入れ課題に取り組もうとしているネビルを見てそう決意した。

 今夜の談話室内には普段と比べて人が少なかった。きっとみんな明日のクィディッチに備えているからだろう。

「エレナは人狼のレポート終わったの?」
「終わってない。というかやる気もない」

 人狼のレポートとは体調不良のルーピン先生の臨時として授業をしたスネイプ先生がだした課題だ。バッサリ切り捨てればネビルは驚いた。

 机におかれた彼の教科書をパラパラとめくり、人狼のページを開く。だって、教科書のこんな最後に載ってるものを学期が始まって少ししたくらいの今にやるとか、普通におかしい。期末試験明けの授業とかで時間を持て余してやるとかならまだしも。
 こんなの、“彼”が『人狼』そのものであるということを除いたとしても、病み上がりに授業進行予定範囲外の分野の羊皮紙二巻き分レポートを評価させるなんてシンプルにただの嫌がらせだ。グリフィンドール生への嫌がらせにもなるし、スネイプ先生にとっては一石二鳥だろう。誰かが気付くかもという可能性も含めれば三鳥かな。

「嫌がらせにわざわざ加担する必要もないでしょ」
「君、そういうとこあるよな」

 シェーマスが紙飛行機を飛ばしてきた。自分だってやる気ないくせに……。ぺしっと跳ね除ければ、紙飛行機はそのまま床に転がった。



 荒れ狂う空を選手たちが飛び回っていた。グラウンドに吸魂鬼の姿はまだない。一先ず目立たない場所に、と人混みを縫って一番上の席まで移動する。

 今試合はどうなってるんだろう。豪雨のせいでリーの実況すらまともに聞き取れない。耳を澄ませてみても聞こえるのは雨がバタバタと降り注ぐ音と吹き荒れる風の音だけだ。目を凝らしたって選手たちのシルエットが辛うじて分かる程度だ。いやこんな中試合って無茶では? なんで中止にしなかったんですか??
 ……あ、タイムアウト取ったのかな今。黒い点のような選手達がグラウンドに集まっていくのを見てそう判断する。……一番小さいあの人ハリーぽいな。再び試合が再開され、点たちが散り散りになる中、ただ一人、動点Pは雲の中へと高く舞い上がった。

「(……そろそろかな)」

 ちょうど視界の隅に黒いボロ雑巾のようなものが映りこんでくる。慌てて杖を握りしめた。

「エクスペクト・パトローナム!」

 雨粒が顔面を叩く中、上空を見上げて呪文を叫んだ。
 私じゃ百体の吸魂鬼を退けるなんて無理だ。だけど少しでも軽減させられたら。祈るように両手で杖を支える。

 なにも分からないまま、分厚い雲の先をじっと見据えた。吸魂鬼はどうなった? 私の守護霊はまだハリーの傍にいる? やきもきとした気持ちだけが募っていく。

 不意に遥か上空でぴかりと稲妻が光った。咄嗟に顔を背けた拍子に強い雨が私の手から杖を滑らせる。慌てて拾おうと首を回せば目が合った。……え、なにと? 

「えっ」
「……」

 いつから居たのか、黒い犬が自分を凝視していた。ギョロリとした大きな目が私を捉えている。しばらく見つめあった後、痩せこけた犬が先に動き出す。

「あ、どうも……」

 ガリガリの前足で私の杖を蹴り上げてこちらに寄越した。間の抜けた私の言葉に鼻を鳴らすと、『もう用はない』と言わんばかりの態度で後ろを向く。ぼんやりとしたまま遠ざかっていくくるんとした尻尾を見送る。

「(…………い、今のって、)」

 耳鳴りのような悲鳴がフィールド全体から巻き起こった。見ればハリーが、……いや、ハリーとセドリックがぐるぐると二人巻き付いた状態で空から落ちてきていた。……原作では落ちてくるのはハリーだけだった気がするんだけど。
 嫌な予感に苛まれながら急いで観客席を降りた。




「吸魂鬼は飛んでたけど、途中まではそんなに影響は受けなかったんだ」

 暗い顔で横たわったまま、ハリーは事の顛末を教えてくれた。

「でもセドリックがスニッチを掴んだ瞬間、雷が光って、気が付いたらセドリックが落ちてきてて……それから急に寒くなって、それで僕……」

 吸魂鬼に襲われたときの感覚が蘇ったのか、ハリーはぐっと言葉を詰まらせた。誰もなにも言えない中、彼は「スニッチ、取れなかった」と苦々しげに呟いた。今年はウッドが優勝杯を獲得する最後のチャンスだったのでみんな特に気合いをいれていたのだ。選手たちが口々にハリーを慰める。

 しばらく選手たちが今後の優勝杯争いについて論議したあと、ハーマイオニーが「でも」と言った。

「どうしてハリーは途中まで吸魂鬼の影響を受けなかったのかしら」
「……そういえば、あの時──」
「さあもうお喋りは終わりです。彼は安静にしなくてはならないのですから」

 ハリーがなにかを言いかけた。しかしそれはモップを片手に現れたマダム・ポンフリーの声により遮られ、私たちは医務室から追い出されてしまった。
 

- 49 -
 ←前 次→
 back
 >>HOME