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◆◆◆
『ハリーとロンには私が勝手にやったって伝えてほしい』
これがハーマイオニーと交わした約束だった。ハーマイオニーには表向きだけでもいいから『ブラックからなのでは、とは思ったが没収はやりすぎだ』という立場でいてほしかった。
当然、最初は反対された。「そんな嘘はイヤよ」「貴方一人が責められてしまう」と。それを強引に押し切る形でなんとか言いくるめて約束してもらったのだ。
ハーマイオニーは、そろそろキャパオーバーになる頃合だと思う。
それは記憶を書き写したノートを見なくても一緒に過ごしていれば分かることだった。今はまだ少し余裕があるようだけど、それももう時間の問題だろう。常に机に向かい右手で羽根ペンを動かし左手で参考書を捲る。そんな限界生活の中で親友と箒のことなんかで喧嘩なんてしたら精神状態は最悪を逆天元突破するに決まってる。ただでさえペット達のせいで険悪になっているのに。
これ以上ハーマイオニーの負担を増やしたくない。勉強とかクルックシャンクスのことは無理だけど、このくらいの肩代わりくらいはさせてほしかった。
「(約束できてよかった)」
パンパンの鞄を揶揄われながらも、ロンやハリーと楽しそうに話しているハーマイオニーを見て改めてそう感じた。
テーブルに私がいるのを見てロンがムッと口をひん曲げた。彼はハリーとハーマイオニーを押して離れた席に移動していく。ハーマイオニーが振り返ってちらちらと見ていたので小さく手を振った。
そんな私たちを、ネビルが「休み中なにかあったの?」と怪訝そうに見比べる。
話すかどうか一瞬悩んで、話すことにした。
ハリーに箒が送られてきたこと、それがブラックからなんじゃないかと思ったこと、その考えを先生に話して箒を回収してもらったことを話した。ネビルは一通り聞いたあと、「そっかぁ」と間延びした声をあげて、控えめに微笑む。
「なにもないって早く分かるといいね」
「……うん、ほんとに」
柔らかい声音に、ホッと力が抜けていく。
なんだ、悩む必要なんて全然なかった。実はネビルにまで怒られたらどうしようと、休みの間から密かに怯えていたのだ。グリフィンドール、というより魔法界の人はクィディッチに熱狂的な人が多い。だからもしネビルもそうなら、と本当は言いたくなかったけど、完全に杞憂だった。
そうだよね、ネビルはそこまでクィディッチに熱あげてないもんね。いやほら、原作だとクィディッチが原因でよく友情が壊れかけてるから……多少怖くなっても仕方ないと思う。実はそんな意味で苦手意識があったりする。余談だが。
「あつっ」
「大丈夫?」
テンションが上がって紅茶を一気に飲み干したら火傷した。ネビルから水を受け取る。……そういえばお茶の葉占いで喧嘩するみたいな結果がでてたっけ。これってロンたちとのことだったのかな。
「ルーピン先生が今日の八時に魔法史の教室だって」
「……へ?」
「それじゃ、伝えたから」
本日最後の授業が終わり、寮に帰る途中。後ろから追い掛けてきたハリーは素っ気なくそう告げた。引き留める間すら与えずにすたすたと私達を追い越していった。
「エレナ、なにかしたの?」
「してないはずだけど……」
レッドキャップやヒンキーパンクも及第点はだせたはずだし。この授業での大失敗といえばボガート以外には特にないはずだ。あ、ボガートの件か。『ボガート』と聞くと、何故かネビルの方がそわそわ落ち着かなくなった。どうしたどうした。スネイプ先生[お祖母さんの服装ver]を思い出しちゃった?
「違うよ! そうじゃなくて……大丈夫そう?」
「私? 私ならもう平気だよ。なんとかなると思う、多分!」
「そっか、ならよかった」
「……けどルーピン先生って補習とかするタイプだっけ」
二人揃って首を傾げる。先生なら頼めばやってくれそうだけど……。私がボガートの失敗をそんなに引き摺っているようにみえたのだろうか? それならば克服したことをしっかりアピールしなくては。ボガートなんてもう余裕ですよと。『え今なんかいました?』みたいにサラッと。実際脳内シュミレーターでは五十回以上トラック爆破させてるし大丈夫大丈夫怖くない大丈夫。
「リラディクスリラディクス」
「リディクラスだよ」
「……ま、間違えて覚えちゃってただけだよ」
慌てて弁解したがネビルから刺さる視線が痛かった。ほんとだもん……ちょっと間違えただけで別に怖くないし……。
夕食後、ネビルとともに図書室で時間を潰す。ひそひそと声を潜めながら司書のマダム・ピンスから隠れるようにして本棚の間を歩く。
「……うわ、見てこれ」
「ロックハートの本だ。懐かしい、まだ置いてあるんだね」
「読む人いるのかな……」
「ハーマイオニーとか?」
「もう暗記してるでしょ」
「たしかに。……あ、もうすぐ八時だ」
ネビルの言葉に『雪男とゆっくり一年』を棚に戻した。こんなふざけた題名の本が教科書になってたなんて未だに信じられない。フィクション作品として読むなら面白いだろう。まあ読みませんが……。
出口近くのテーブルにドラコが座っていた。私を見てガタリと勢いよく立ち上がる。が、ネビルの姿にすぐさま口を閉じると視線を下に移した。私もなにも言わず、彼の横を黙って通り図書室からでていく。
しばらく無言で廊下を進んでいると、ネビルが静かに話しだした。
「マルフォイが使ってた羽根ペン、ホグズミードでエレナが買ってたやつと同じだったね」
「……ほんと? 気が付かなかった」
「うん、そう見えたんだけど……」
ネビルは横目でこちらをちらりと見る。私の反応に自信を失ったようだった。
「……気のせいだったかな」
「どうだろう。……あ、私こっちだ」
「あ、うん……。じゃあ談話室で」
ネビルと別れて魔法史の教室へ向かう。指定時間よりやや早く着いたので、教室にはまだ先生はいなかった。ランプに火をともして机に寄りかかった。呪文の練習でもしておこうと杖を振る。リディクラスリディクラスリラディラリクス……あれ?
そうして十分ほど経った頃、ドアが開く。ルーピン先生かなと思いながらそちらを見た。
「え、ハリー?」
「どうして驚いてるのさ」
私の声にハリーがムッとした顔をした。どうしてもなにも。
「だってこれ、ボガートの補習でしょう?」
「え?」
「ああ、お揃いのようだね」
ハリーが目を丸くした直後、再び教室のドアが開いた。今度こそやってきたルーピン先生はにこっと笑う。その手には荷造り用の大きな箱が抱えられていた。私たちの視線に、先生は「ボガートだよ」とマントを脱ぎながら教えた。
「火曜日からずっとコイツを探していたんだ。フィルチさんの書類棚に潜んでいた。本物の吸魂鬼に近いのはこれだからね。練習にはぴったりだろう」
「はい」
ハリーはうっすら微笑んで返事をしたがその声は硬かった。どうやらこれはボガートの補習なんかではなくハリーの守護霊の練習のようだ。先生の言葉、そしてハリーの様子からそう悟る。でもそれなら、なんで私まで呼ばれたんだろう。ボガートいるからついでに練習させてくれるとか?
「──それじゃあ頼んだよ、エレナ」
「え? あ、はい。……はい?」
「君の守護霊をもう一度私達に見せてくれ」
「あ、ああ……分かりました」
先生に頷いてから、もう言い慣れた呪文を口にして大きく杖を振るった。杖先から銀のフクロウが飛び出して、教室内を羽ばたいていく。索敵をするように天井近くを円を描いた軌道で飛んでいる。やだ、私の守護霊、闘争心つよすぎ……? 助かるけどなんか複雑だな……。誰に似たんだろう。杖をもう一度軽く振ればフクロウはすっと空気に溶けた。
拍手の音がした。ハリーが「すごい!」と目をキラキラさせている。向けられたのは無邪気な笑顔で、ファイアボルトのことなどすっかり抜け落ちているようだった。
「相変わらず見事なものだ。彼女の叔父さんは守護霊のスペシャリストなんだよ」
「じゃあエレナはその人から教わったんだ」
ハリーがまた小さく「すごい……」と呟いた。尊敬を込めたような純粋な眼差しにこそばゆくなる。あれ私達喧嘩というか少し険悪な感じになってなかったっけ。私は気にしてなかったけどね? でもハリーはいいのそれで。
「よーし、それじゃ──吸魂鬼で練習してもいいかい?」
「はい」
杖を握ったハリーがボガートと向かい合うように教室の真ん中に立つ。私は邪魔にならないようにそっと壁際に寄った。ルーピン先生が箱の蓋を引っ張ると、途端に部屋全体が冷たく、そして暗くなった。箱から飛び上がるようにして出てきた吸魂鬼がハリーを見下ろす。
「エクスペクト・パトローナム! エクスペクト──」
ハリーは呪文を唱えていたが何も起こらない。がむしゃらに叫ぶ彼に吸魂鬼が覆いかぶさった。その瞬間、ハリーががくりと膝から崩れ落ちる。慌てて駆け寄った。
「リディクラス!」
ハリーの肩を掴むと同時にバチンという音がする。先生がボガートを片付けたようだ。水晶のようなものに化けたボガートが箱に押し込まれた。
「ハリーは?」
「気絶したみたいです……ハリー、ハリー!」
軽く揺さぶって声をかけるとハリーは目を開いた。その顔はすっかり血の気が失せている。彼はよろよろと立ち上がり、机に寄りかかった。先生はハリーと私にチョコレートを渡した。
「母さんの声がますます強く聞こえたんです。それに、ヴォルデモートの声も……」
「ハリー」
「それから、父さんの声が。初めて聞いた──母さんが逃げる時間を作るために1人で対決しようとしてた……」
「ハリー!」
ハリーはどこか虚ろな顔付きで口を動かす。先生は少し焦ったように彼の名前を強く呼んだ。その声で我に返ったのか、ハリーはハッと顔を上げた。私と先生がここにいることをたった今思い出したかのようだった。ハリーはきまり悪そうに顔をよそに向けながらチョコレートを口に運んだ。しかし逸らす寸前に瞳が涙で光っているのが見えてしまった。
「私は、……ハリー、今夜はもうこのくらいでやめよう。こんなこと君にさせるべきではなかった──」
「そんな、やめてください! 出来ます、やらなきゃいけないんです!」
強い口調でハリーが言った。「次の試合に負けたら、クィディッチ杯は取れないんです!」とさらに続ける。クィディッチと聞いてファイアボルトの件を思い出してしまい、一瞬ぎくりとしたが、ハリーはルーピン先生しか見ていなかった。
先生はハリーの言葉に渋い顔をした。眉を寄せて「だが──」と口篭る。まだ納得していないようだった。ハリーは薄ら瞳を潤わせたまま私の方を見た。
「エレナが初めて成功したときはどんなことを考えてた?」
「私は──初めて魔法が使えたとき、魔女だって分かったときのこと……だったかな」
私の返事にまた少し考えるように俯く。しばらくそうしたあと、ハリーは立ち上がって再度ボガートの前に出た。彼が小さく頷いたのを見て先生がため息を1つ吐いたあと箱の蓋を開けた。また室内が暗くなり冷気に包まれる。
「エクスペクト・パトローナム!」
先程よりもずっとしっかりした声が教室内に響く。吹き出した銀のモヤはやがて大きな塊となってハリーと吸魂鬼の間に盾のようにして漂った。吸魂鬼がハリーの前をうろうろと彷徨う。ハリーの守護霊より前には近付けない様子だった。やがてハリーの身体がぐらぐらと揺れ始めたので、先生がハリーと吸魂鬼の間に飛び出して「リディクラス!」と叫んだ。
「ハリー!」
へたり込む彼に駆け寄る。返ってきた笑顔は力なかったが、それでもその目は爛々と光っていた。
「よくやったハリー! 素晴らしい!」
ルーピン先生が興奮したように大股で歩いてくる。ハリーは笑顔を深め、期待を込めて先生を見た。先生も優しくそれを見返す。
「もう一回やってもいいですか? もう一度だけ?」
「いや、それはダメだ。やるならまた来週の同じ時間にね」
ガッカリしたのを顔全面にだしたハリーを苦笑しながら、ルーピン先生は大きな板チョコをハリーと私にまた手渡した。私なんにもしてないから貰うのなんか悪いな……。というかいた意味あったかな、私。チョコレートを受け取りながら、ずっと考えていた疑問がつい溢れた。
「私、最初ボガートの補習で呼ばれたのかと思ってました」
「なに? ハリーから聞いてなかったのかい?」
「はい」
「え? 僕前に言ったよ、『アドバイスしてほしい』って」
「え? ……あっ、アレのこと?!」
それなら確かに言われたけど。でもまさか一緒に課外授業受けようって意味だとは思わないでしょ。驚く私に言葉不足だったとハリーも気付いたのか、気まずそうにした。ルーピン先生は「食い違いがあったようだね」と朗らかに言って時計を見た。
「さあ、二人とももう帰った方がいいね。今日はもうおやすみ」
先生に挨拶を返して教室をでる。しばらく歩くと、ハリーが甲冑の陰に座った。迷ってから少し離れて隣に座る。疲れた? と聞けば、ハリーは「少しだけ」と答えた。そしてこちらを見ないまま「先に帰っててもいいよ」と続ける。
お父さんの声を聞いたと言っていた。もしかしたら独りになりたいのかもしれない。立ち上がる。ついでに板チョコを押し付ければ、ハリーは怪訝そうに眉を顰めた。
「嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど、私はそんなに疲れてないから」
「……ありがとう」
どういたしましてと返して歩きだす。しかし数歩進んだところで「ねえ!」と呼び止められた。振り返ると、バツが悪そうな顔で「ファイアボルトのことなんだけど」と言われる。
「君が善意でやったことだとは分かってるよ。でもさ、もしこれでファイアボルトには呪いがかかってなかったら──?」
「そうしたらファイアボルトは保証された完璧な状態で返ってくるだろうね」
ハリーは目をぱちくりとさせた。前も『返ってくるだろう』ってことは伝えたはずなんだけど……あの日は興奮してて聞いてなかったのかな。少し戻って、ハリーの前にしゃがんで目線を合わせる。
「ファイアボルトは世界一高い箒だよね」
「う、うん」
「そんな箒が、宛名なしで。つまり保証書もなしで送られてきた。……これ、ブラックがどうとかじゃなくてもちょっと怪しいって思わない?」
「え?」
「呪いがかかってるかもとか以前に、もしかしたら偽物かもしれない。それか盗品かも」
私の言葉にギョッとする。素直な反応がちょっと面白い。
「もし偽物だったら危険だし、盗品だったらハリーに罪がきせられるかもしれない……あくまで可能性の話だけどね!」
サッと顔色を青白くさせたハリーに慌てて付け加えた。分かりやすく危機感を煽りたかっただけでそんなに脅したかったわけではない。
「とにかく、なにに置いても警戒するに越したことはないよねって」
「……僕そこまで考えてなかった。ただ、ブラックのせいで全部台無しにされるのかってカッとなっちゃって……」
「ハリー、クィディッチ大好きだもんね」
ハリーの声がみるみる萎んでいく。当たり障りない返答をすると、ハリーは逡巡した後に小さく頷いた。そして「ごめん」と小声で謝ってくる。
「ううん、私も説明が足りなかったし……あっ説明不足といえば今日のことなんだけど、ハリー?」
「あ、あー……それもごめん。あれで伝わったと思ってた」
「や、あれだけじゃ分からないよ……」
補講だと思って結構緊張してたのに!
冗談めかしてそう口を尖らせると、ハリーはやっと硬かった表情を笑顔で崩した。
ブラックが『憎むべき仇』と分かった直後で、しかもまだ気持ちの整理がつききれてないタイミングで、『ブラックが送った“かも”しれない』という理由により世界最高峰の箒を没収された。要は最悪なタイミングの最悪コンボだったのだ。ハリーの気分的には最悪の四乗みたいなものだろう。気が立つのもしょうがない。
というかこの件に関しては完全にシリウスの悪手なので……。大人の感性から言わせてもらうといただけないが過ぎる。名無しの高級品なんて怪しさ満点だしなにかしら裏を疑わざるを得ないよね。ここら辺の危機感についてはいずれ機会があればぜひお話したいなと思ってますよ、シリウスさん。
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