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森に近付くにつれ、ルンルンとした明るい鼻歌が聞こえてくる。私たちがやって来たのを見ると、ハグリッドはさらににっこりとして笑顔を深めた。そんな彼を見て私たちみんなが驚く。だってこんなに明るいハグリッドなんて久しぶりだ。なにせバックビークのことを気に病んでずっと沈んでいたんだから。
「ハグリッド、どうしちゃったんだ?」
「空元気って訳でもなさそうだな」
レタス食い虫を取りに行った背中を見ながらシェーマスがヒソヒソと不気味がる。ディーンはちらりと小屋の周りを見た。ブランデーの空き瓶が転がってないか確認したのだろう。空元気と書いて酔っ払いと読むのやめなさい。
でも確かにちょっと怖いくらいに元気すぎだ。今学期はずっとしょんもりしてたのに……これまでとの落差よ。ほら、なんなら今にもスキップしだしそう。頼むからレタス食い虫の桶を持ってる間だけはスキップ我慢してほしい。
「レタス食い虫が急成長したとか? それか急増殖」
「やめてよなんでそんなこと言うの」
「エレナ、レタス食い虫のパイ苦手だよね」
「ランチのメニューから廃絶したい」
ネビルが面白がるように揶揄ってくる。アレを料理としてテーブルに並べるの本当にやめてほしい。あんな具が至る所からはみでたパイもどき、食べ物だなんて絶対認めないから。シェーマスは「そんな言うほどか?」と首を傾げたが、マグル育ちであるディーンは私に同意するよう頷いた。
するとハーマイオニーが「気持ちは分かるけど」と横から口を挟む。
「多分そのうち変身術の授業でも使うわよ」
「なんで?!」
「レタス食い虫を揚げ物に変身させる授業」
「家庭科じゃんそんなの!!」
「そんじゃ、自分のレタス食い虫と餌を取りに来い!」
せめてマグル学の実習とかでやって?!
ハグリッドの指示が私の嘆きに被さる。ネビルが苦笑しながら「取ってくるよ」とハグリッドの方へ向かっていった。
「バックビークが無罪になったわ」
残ったハーマイオニーがぽつりと呟いた。へえ、と口の中で言葉を転がす。
もし私がスキャバーズを運良くきちんと捕まえられたら、その時点でシリウスの無罪の証明には十分なはずだ。でもそうしたらハリーたちがタイムターナーで戻る理由もなくなってしまう。ダンブルドアがヒッポグリフの為だけに時戻りしろとハリーたちに助言をしてくれるとも考えづらいし。
つまり、スキャバーズを捕まえてしまったら、バックビークはもう助けられないということになる。
バックビークを助けたいなら、最初の"彼"の怪我を回避する以外の方法はもうスキャバーズを一度見逃すほかないのかなって悩んでたから、いや無罪になってもうほんとに、──。
「無罪?!」
「声が大きい!」
「いやだって……えぇ……?!」
何人かが振り向いたのでハーマイオニーが慌てたように声を荒らげた。驚きすぎて一瞬スルーしてたけど。スルーして受け入れて長考入りかけたけども。だってスルーしてしまうくらい有り得ないことじゃないか、それは。バックビークが無罪だなんて。
「代わりにハグリッドが処罰を受けるとか……?」
「いいえ、ハグリッドもバックビークも厳重注意だけ」
それなら控訴でハグリッドがめちゃくちゃ答弁頑張ったから? しかしハーマイオニーはまた首を横に振った。
「そもそも控訴自体が取り消しになったの」
「えっ」
「ルシウス・マルフォイが突然訴えを取り下げたんですって。詳しい事情はハグリッドも知らないらしいけど」
なにそれこわい。
私の率直な感想にハーマイオニーも渋い顔で頷いた。だって何考えてるか分からなすぎるじゃんそんなの。今度はなにを企もうとなさってる……? ルシウス・アンチダンブルドア・粘着質・マルフォイに大人の慈悲など期待してはいけない。いい歳して十二歳の子どもに死の呪文放とうとしちゃうような人に信頼の余地などないのだ。
「あなたマルフォイのお父さんに会ったことあるの? すごい言いようだけど」
「ないけど心象はよくないよね、なんとなく」
百割方前世の影響だと思う。まあ多分実際会ったところで私はマグルだしいい顔はされないだろうな。しかも親戚に闇祓いいるし。
「でも変ね」
ハーマイオニーが顎に手を当てる。その視線の先にはちょうど話題にしていた彼の息子がいた。
「バックビークもハグリッドも、なんの処罰を受けなくなったでしょ? だからてっきり、マルフォイの機嫌はきっと最悪だろうと思ってたけど──」
いつもとさして変わらないみたい。
ハーマイオニーは軽く肩を竦めてから、スタスタとハグリッドの方へ歩いていった。
「六月の試験は球に関するものだと、運命があたくしに知らせましたの」
「(本当に面白いなこの先生)」
「『運命が知らせましたの』? 試験を出すのは自分自身じゃない。なんて驚くべき予言なのかしら!」
ハーマイオニーが不愉快さを声音に乗せて言い切る。私含め、周りの生徒がぎょっと彼女を見た。いや声でっか。確かに私も思ったけど……。彼女と同じテーブルのロンとハリーはおろおろとしている。
「水晶玉はとても高度な技術ですから、皆さまが初めから何かを『見る』ということは期待しておりません」
トレローニー先生はそんな痛烈な皮肉が聞こえなかったように話し続けた。それぞれ用意された水晶を覗くようにと生徒たちへ促す。
光の反射を抑えるようにと、ネビルの手が水晶の周りをグルグルと動く。見た目はすごい"それ"っぽい。様になってる。
「で、見えてるの?」
「見、え………………」
集中しているのか、言葉が途切れる。そして少しの沈黙のあと、「ない」と締め括られた。そっちはどうなんだと脱力したネビルが視線で問い掛けてくる。白い煙が渦巻く水晶を見つめた。
「うーん、うんうんなるほど……」
「え、なに?」
「夕食にシチューがでたら嬉しい!」
「うん、僕もそう思う」
まあ見えるわけないよね。期末テストがこれになるならカンペとか用意しとこうかな。
「さあ心を拡げて……。内なる眼で見るのです……」
生徒たちの様子を気にかけつつ、それでも明らかにハリーの方へと近付いていた先生の足が突然ピタリと止まった。私を──正確には私の水晶を凝視している。一度私の顔を見たあと、先生は「ちょっと失礼」と素早く近付いてきた。お、洗礼か? 今日はハリーの気分じゃないのかな? と思ったけど先生の顔はやけに真剣だった。
「貴女、複雑な魂の形をなさってるのね」
「そうですかね……?」
「ええ、前から気になっていたのですけれど」
「ま、前から」
慄く私に彼女は繰り返し頷いた。「水晶を使用したらそれがより顕著に現れはじめましたわね」色んな角度から覗き込むように首を回し、水晶から視線を外さないままそう呟く。
「でも酷く不明瞭ですわ……まるでふたつの運命が重なっているよう……」
目を眇めてじっと水晶を見ながらぶつぶつと小声で話す。独り言のようだった。いつものパフォーマンスとはちょっと違う雰囲気だ。わけがわからないね、と軽い気持ちでネビルを見たが、彼は先生と同じように真剣な様子で私の水晶玉を見つめていた。
「迫る壁、二つの光……」
「(……トラック?)」
つい先生を見る。しかし先生は水晶に集中していた。彼女はなにかに取り憑かれたようにぼうっとした様子でつらつらと言葉を重ねていく。
「白い部屋、啜り泣く人々……それからこれは──花畑?」
トラック以降思い当たりが0になった。天国の話ですか?? 花畑……生垣程度だったらまだ心当たりあるんだけどな。
「大きな黒い影……どんどん近付いてくる──」
「いい加減にしてよ! またあのくだらない死神犬?」
ハーマイオニーが叫ぶのと、ネビルが立ち上がったのはほぼ同時だった。数個離れたテーブルから先生を睨みつけたハーマイオニーは、どこか緊張していた空気をぶち壊すように続けて怒鳴った。
「馬鹿の一つ覚えみたいに死神犬死神犬って! それしか言えないの?」
「まあ、あなた……!」
怒りからか、いつもの滑るような歩き方をする余裕はないようだった。先生は、ドスドスと足音を立てて大股でハーマイオニーの方へと向かっていく。
「こんなことを申し上げるのはなんですけど──」
「……ネビル、大丈夫? 酷い顔色だけど」
「平気、うん、僕は平気」
向こうで始まったキャットファイトを聞き流しながら、立ち尽くしている彼の袖を引く。ネビルはぎこちない動きで腰を下ろした。
「ねえ、先生は本当に死神犬が見えたと思う?」
「違うんじゃないかな」
確証はないけどそんな感じではなかったと思う。なにを言おうとしてのかは分からないが。でも仮にあの水晶玉に黒い犬が映ってたとしてもおかしくはない。だってこの前会ったし。
「もし黒い犬とか見かけたらすぐ言ってね」
「……うん」
顔面蒼白のネビルがぎゅっと手を握ってくる。『もう見た』なんて伝えたら倒れちゃいそうだ。
「(それにしても)」
意外と当たるものなんだな、占いって。後半はほとんど分からなったけど。もうちょっと真面目に取り組んでみようかな。
そう意気込んで改めて水晶を覗いてみたが、見えるのはやはり白い霧だけだった。まあ意欲と才能は別だからね……。
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